命育む農業、食料安保を基本に据えて

共有(シェア)Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

置賜自給圏推進機構代表理事 渡部 務 さん

地域が支え合い生きられる政治を

 私、18歳から農家をやってもう50年になります。ずっと今まで「猫の目農政」に振り回されながら、なんとかここまでがんばってきました。今の「農協改革」をみると、小泉進次郎とか呼び捨てで申し訳ないですが、彼らは本当に農家の気持ちを分かっているのでしょうか。本当は理解していないのではないかと思います。
 農協という「自主・自立」「相互扶助」にもとづいた独立した組織なのに、政府が介入してくるというのは、とんでもない話です。これは、どうしてもはねのけて、がんばらなくてはいけないと思っています。
 やはり、人や食べ物を大事にする、つまり、食べ物をつくる土地を大事にするということです。39%という、先進国では最低の食料自給率になっているという実態をちゃんと自覚しなければなりません。軍事力で防衛するということよりも、食料安保こそ重要です。
 そのことが飽食と言われる日本ではなかなか理解が得られていません。その事例として1993年の「大冷害」を思い出してほしいと思います。あの年、国産米が足りなくなり生産者米価が3万円を超え(現在は、1・1万円)、さらに消費者には緊急輸入されたタイ米の3割抱き合わせ販売が実施されました。その時私たち稲作農家に、「にわか親戚」という状況が現れ、タイ米を食べたくないために少しの縁を頼ってコメの買い出しに来られた方がたくさんいました。ところが翌年豊作になり、そうした状況はなくなりました。まさに「熱しやすく冷めやすい」日本人の特性がよく表れています。
 20数年前のこの出来事は平時で、日本が経済的に優位な時で、札びらでタイ米等を買い集めて対処できたため、大きなパニックにはなりませんでした。島国である日本です。食料供給で息の根を止められかねない事態になることを想定し、国策の基本に据えるべきです。
 そのために地域が生き残って、食料が生産できるよう支え合っていけるような地域の仕組みをつくらなければならないし、そのための農協組織を大事にするような政治でなければいけないと思います。
 今日、亀井先生の話で「民進党は原発について明確でない」という指摘がありました。土が汚れたら農業はできません。自民党の高市政調会長(当時)が、「原発事故で死んだ人はいない」と言いましたが、とんでもない話です。福島県須賀川市では有機農業をやっている人が自殺をしました。土が汚れたからです。そういう人がいるということを日本人は忘れてはならないし、そういうことが現実に起きているということをもう一度、認識して、政治にこのことを基本に据えてほしいというふうに思います。

深刻な農村の状況

 地域の農村社会に住む者にとって、どうやって支え合いができる社会をつくるかが大事なことだと思っています。経済的な側面だけで、安倍首相はいろんな発言をしています。「棚田は涙が出るくらい美しい」と言いますが、棚田や中間山地で生活できる仕組みをどう施策に取り入れるかが私には見えません。
 さらに「棚田に経済的価値はないに等しい」と答弁しています。その言葉に同じ農民として腹も立ちますが、そもそも命を育む食料とそれを生産する農業を、経済効率最優先で他産業と同様の政策で進めることには無理があります。
 わが家に農業体験で来る学生は、黄金色に輝く稲穂の上を赤トンボが飛び、その背景の赤く沈んでいく夕日を見て「きれいですねー」と感激して帰って行く。その光景を維持するのはキチッと管理する農民の汗の結晶であることを私は話しています。
 こうした日本人の琴線にふれる風景のみならず多様な価値を有する農業を日本文化の中心に据えてこそ「瑞穂の国」であると思います。
 私の集落では平坦部なので、まだ農業をやっている人がいますが、以前は23戸だったのが、今は5戸です。それでもまだ維持できる状況にありますが、妻の実家の中間山地に入ると75歳の人が集落でいちばん若いという状況です。そして、田んぼは荒れ放題です。林業も成り立たない、米価もこれだけ安くなっているという状況で、集落では暮らせなくなっています。
 そして、山に人が入らないから、イノシシやシカなどの獣が町に下りてきます。そういう獣に農作物が荒らされ、田畑の畔(あぜ)が壊される被害が問題になっています。
 林業をみても、70、80年と伐採に適した時期の大木を切って売っても、1本数百円にしかなりません。自分の家を建てるときに、国産の木材を使うことを奨励する施策などによって、林業が生きて、山に人が入り、中間山地の生活が維持できるという仕組みが生まれると思います。
 今、当地域においても新築建物の8割は大手ハウスメーカーと聞いています。そこでは地元産材はほとんど使われていませんし、伝統的に積み上げてきた大工技術は必要ありません。ほとんどが工場で作られ、それを組み立てる工法だからです。
 これを100年はもつ伝統技術を生かした工法であれば地元の木材も活用され、製材所に雇用も生まれ、しかも建築費用が地域で回ることになります。

地域の資源を最大限生かした地域自立の運動を

 1967年に始まったコメ増産運動(山形県60万トン米つくり運動)がありましたが、その後しばらくしてコメが余ると今度は減反という状況でした。ところが外国からコメを入れ、さらに減反が強化され、農家はいっそうコメつくりから離れるという状況になっていました。業務用のコメが丼1杯20円程度といいます。こんな価格で主食であるコメが扱われているということについて、農家として非常に腹立たしい思いです。
 農業、食料を命を育む大事なものとして位置付け、そのことを国民がもっと認識する必要があるのではないでしょうか。山林や農地がちゃんと守られることによって、日本の豊かな国土が守られているのだという意識を広く国民が共有してほしいと思います。
 そこで私たちは、山形県南部に位置する3市5町、人口22万人の中で地域自立をめざした「置賜自給圏推進機構」(一般社団法人)を立ち上げ、その活動を開始しています。新自由主義が台頭し規制緩和が進み、格差社会が進行しているのを実感しています。地方の疲弊進行が目の前にある中で、この地で生きてきた者として「潰されてたまるか」との強い思いで動きだしました。
 当地方は、ほとんどがかつて上杉藩の領地でした。名君上杉鷹山は「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と藩財政危機に立ち向かい、稲作、養蚕、絹織物を奨励し生産を活発化して、北前船を使った京との交流で「外貨」を稼ぎ、立て直しを図った。
 この歴史に学び、生活全般の域外依存を減らし、地域資源を利用・代替していくことで地域の産業を興し、雇用を生み、地域経済の好循環をもたらす地域づくりをしようと決意しています。

 その具体策として――

①エネルギーの自給をめざす

 東電福島の原発事故以後、当地にもメガソーラーが広がりましたが、それだけでなくダムでの水力発電に加えて農水路を活用した水力発電が稼働し、温泉熱での発電も研究されています。さらに薪(まき)ストーブやペレットストーブの普及等の取り組みも行われています。

 ②資源循環型農業の推進

 43年前に始めた有機農業や生ゴミの堆肥化による市民参加の生産と消費の連携活動等を基盤にし、耕種農家と畜産農家の連携による循環農法の実践をさらに進めていきたい。そして直売所等を活用した「地産地消」を進め、学校給食や病院、福祉施設等での取り組みも充実させたい。
 とくに大豆加工品には地元産の活用が少ない現状にあり、豆腐・納豆等でのいっそうの地域内活用に向けて取り組みたい。

 ③人材育成、産官学の連携

 この実践には住民の理解と人材確保が急務です。そのためには県をはじめ地方自治体との連携が重要です。政策提言に加え、補助金などを活用し具体的な実践を通して地域住民への理解醸成を図る必要があります。そのために大きな役割を担うのは農協、生協、地域内の企業やNPO、そして地域の住民団体です。
 こうした取り組みにより、この地に住む人びとが連携し、支え合って地域を維持発展させたいと考えています。

 ――こうして地域のなかのエネルギーや食料などの資源を十分に認識し、お互いに支え合っていこうという運動を始めています。地方の農民と都市の住民がつながるような運動、地域の資源を最大限生かした運動をめざします。

共有(シェア)Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn