絶対に戦争しない公正な社会めざそう
日米関係を考え直すチャンスが来た
古賀茂明政策ラボ代表 古賀 茂明(元経済産業省)
政治が右にシフトした
総選挙で自民党が大敗したという意味で、右傾化を止めたかのように表面的には見えます。でも、実は、全体として見ると右傾化の流れは止まっていない。維新の勢いは止まりましたが、保守党や参政党も大きく伸びた。それから国民民主がものすごい勢いで躍進しました。
しかも野党第一党の立憲民主党代表の野田さんは自民党の右派に近い、安倍さんに近い勢力だと思うんです。選挙の総括としても、共産党を切って右にウイングを伸ばしたので勝ったというような評価が出てくること自体が立憲民主党の右傾化を示していると思います。そういう意味で、全体として政治が右にシフトしたと見た方がいいと思うのです。
その一例が原発を巡る動きですね。自民党の河野さんや小泉さんみたいな脱原発の代表格の人たちが、AIで需要が伸びるという口実で、原発も活用するという言い方に変えたのがその象徴です。もはや自民党には、原発を減らそうという勢力はほぼゼロになったといえます。
それから立憲も公約の中から「原発ゼロ」をなくしました。原発に依存しない社会というようなことは書いてありますけれども、前から比べれば明らかに原発推進寄りになっています。立憲の中でも脱原発を本気で言っている人はむしろ少数。連合との関係などでそういう流れになっています。
対立軸1
戦争の道か日中不戦の道か
これから与野党を超えた再編が起きる可能性が出てきましたが、新しい政治に向かっていく場合にどういう対立軸をつくればいいのか。私は二つあると思っています。一つは何が何でも戦争しないという哲学を持って外交安全保障政策をやることです。
最近「戦争はしたくないが、いざとなったら戦争も辞さない」という勢力が非常に増えています。これは非常にうまいロジックで、「戦争はしたくないんだけど相手がプーチンとか習近平とか金正恩とかとんでもない奴で、いつやられるかわからないでしょう」と言うわけですよ。「仮にそうなったときにやられてもいいんですね」と問われると「いやそれは困ります」となる。
「もちろん外交の努力もしますよ。でも外交の力をより強化するためにも、もし何かやったら手痛いしっぺ返しを食らうよという抑止力を持たなきゃいけないでしょう」と言うわけですよ。「もちろん自衛のための抑止力で、余計な戦力まで持つ必要はないんだけど、相手は中国だよ。中国にやられても何とか持ちこたえられるだけの体制をつくったほうがいいですよね」という問いに対しては、積極的ではないけれども「それは必要かもしれない」という回答になってくるわけですね。そこまで国民が説得されている状況です。
しかしそれは何を意味するかというと、いざとなったら戦うという前提で準備するわけですから、逆に言うと「やられても大丈夫だぞ」という考え方を育てていくということになるわけです。ウクライナを見てもわかりますが、戦争を始めたら勝ち負けは関係ないですね。特に相手が中国とかロシアだったら数日で終わることはありえない。国民が大変な被害を受けることを考えると、場合によっては一部領土取られたって戦争しないほうがいいというぐらいの考え方もあるわけですね。
憲法前文こそ
日本がめざすべき道
日本国憲法の考え方がお花畑だとか米軍から押し付けられたものだとかと、自民党が批判してきたんですけれども、実は今の世の中は、日本国憲法が最もぴったり当てはまる状況だと思います。9条もそうなんですけど憲法の前文ですね。そこに書かれている精神こそが日本がめざすべき道です。
日本が憲法の精神を守ったままほとんど非武装中立でいれば、中国はもちろん攻めないと思います。仮に中国が攻撃してきたとしても、世界中が非常に厳しい制裁をするでしょう。これが最大の抑止力です。中国に対する抑止力は軍事よりも経済のほうが有効なんです。よく中国をWTOに入れて自由貿易の利益を享受させたのは失敗だったと言うんですけど、実はこれは成功なんです。経済的には世界の貿易の仕組みに完全に組み込まれてしまっているんですよ。
日本がアメリカに寄り過ぎているままだと、世界中から支持を集めるのはなかなか難しいでしょう。しかし、米中の間の位置に立ち、決して軍事大国にならない。昔、福田赳夫首相がフィリピンで宣言した「福田ドクトリン」があります。そういう主義をはっきり打ち出していけば、十分に世界中の支持を集めることはできるはずです(注︰1977年、マニラで「日本は平和に徹し軍事大国にならないことを決意しており、ASEANひいては世界の平和と繁栄に貢献する」と謳った)。
日本国憲法前文でいう「国際社会の中で名誉ある地位を占める」ということは、軍事力で認められるということではないはずです。ところが日本はそこをはき違えている。
大国主義が道を誤らせる
日本は明治から昭和にかけて、アメリカや主要先進国のリーダーを追いかけて、その中で高い地位を占めるという道を選んできました。今も自民党のリーダーは軍備増強してアメリカに褒められて気持ちよくなっていますが、それは彼らの満足のためですね。国際会議の集合写真でいかにアメリカの大統領の近くに立てるかというのが自分たちの目的みたいになっている。これは大国主義の一つの表れですが、この大国主義というのが日本の道を誤らせる最大の問題だと思います。
例えば原子力も、原発だけじゃなくて核兵器を持ちたいということと密接に結びついているわけです。そのためにエネルギー政策がものすごく歪められている。再生可能エネルギーが必要、重要だとわかっているのに、原発維持のために他のエネルギーを抑えざるを得ないわけで、そのツケが今出ているわけです。
大国主義は軍事面だけでなく産業政策も歪めています。大国だからジェット機を造りたいとかロケットを打ち上げたいとか、半導体も最先端のものを作らなきゃいけないとか。そういうことをずっと続けてきました。
そして最先端の競争で負けそうになると、政府が出てきて大金を入れて失敗を繰り返す。日の丸ジェットもロケットも、いいかげんやめたほうがいいのですが、いまだに宇宙で日本の地位を確立すべしとか言って、さらにまたお金をつぎ込もうとしています。
半導体のラピダス、僕は始まったときから絶対失敗すると言い続けているんですが、5兆円じゃ絶対済まないですよ。40ナノまでしかできなかったのに、いきなり2ナノに突っ込んでいく。これは常識から考えれば絶対あり得ない。何でそれをやるかというと、役人のDNAですね。「何とか夢をもう一度」といつも言っています。さらに、とにかくお金を集めて企業に配るのが役人の最大の仕事というか利権の元になるので、それは規模が大きければ大きいほどいい。「日本はまた半導体大国になる!」と言って国民をだまし、5兆円をドブに捨てる。これはまさに大国主義の弊害です。
大国主義の反対と言えば小国主義という言い方になるかもしれないんですけども、ただ小さいというんじゃなくて「小さいけどキラリと光る国」というのが日本のめざす姿だと思っています。最近は石橋湛山の考え方を学び直しましょうと言われていますが、それに近い考え方です。
僕は銀河に例えているんです。地上から見ると天の川みたいにうっすらとしか見えないけど、近くに行けば太陽より輝いている星がいっぱいある。例えば半導体産業でも素材とか製造装置とか部品とか、これがないと半導体ができないという企業が日本にはたくさんあるわけですね。遠くから見るとこまごました企業だけど近くで見るとすごく輝いている。
TSMCが熊本に入ってきて日本の素晴らしさに気づいたようですが、日本にはいい企業が揃っているんですね。それで第2工場建設から第3工場もやろうかというぐらいの勢いで進んでいる。小さくてもキラリと光る産業政策をめざしていけばいいんです。5兆円あったらものすごく発展しますよ。
対立軸2
効率社会か公正社会か
もう一つの対立軸は経済ですね。今までの経済、産業政策は効率優先ですよ。とにかく規制を緩和して自由にやらせると企業が頑張って生産性が上がる。それによって賃金も上がり国民も豊かになるというロジックだったんです。これを突き進めると何が起きるかというと、第1に、企業が強くなり、勝敗が非常にはっきりしてきます。それで格差が広がり脱落した人が貧困のまま放置される。格差とか貧困の問題が非常に大きくなります。
第2に、効率優先でやっていると環境問題より企業利益を優先してしまう。世界中が一緒になって失敗した結果が地球温暖化です。国単位で見ても公害などの弊害が起きる。
第3に、効率優先を続けると、不正が非常に増えるんですね。利益最優先ですから。最近の自動車含めた認証不正もそうですが、そこらじゅうに蔓延しているわけです。
僕は対立軸としては公正・フェアということを言っています。それは、第1に「人に優しい」ということですね。労働法制をみても、規制を維持しようとすると企業から効率が落ちると反対されて企業側に寄っていた。そうじゃなくて労働者の側に立って規制を強化するなど見直すことが必要です。
第2に、環境や自然との対立の問題についても、企業優先じゃなくて自然・環境を優先していくということですね。
第3に、日本は公正についてのルールだけはあるのですが、それが厳しく執行されていません。サービス残業はその最たるもので、これは外国人に説明できません。「残業してもお金もらえない」と言ったら、「それはただの犯罪でしょ。なんでそんな犯罪が許されるの」とそれで終わりですよ。あるいは認証問題でも、あれだけ悪いことをやっておきながらトヨタだったら許されるというような風潮があるわけです。そういうことを全部正していく。
人に優しい、自然・環境に優しい、そして不正に厳しいという三つの哲学を持った新しい「公正」を柱とする改革ですね。改革というと小泉改革が弱者を切り捨てたと言われるんですけど、そうではなくて日本の制度は正すべきところが山ほどあって改革はもう絶対に欠かせない。日本維新の会や自民党が言っている改革は古い改革で、レーガノミクスとかサッチャリズムとか言われていた効率最優先時代の改革。それを超えて公正を旨とした「新しい改革」に進んでいくべきだと思います。
これは実は小国主義ともマッチしています。この改革を進めていくと大企業は好き勝手できなくなります。防衛費を増やすときも新しいミサイルを開発するのではなく自衛隊員の処遇を上げていく。人に優しいということにもつながって、ただ大きければいいというものではないという考え方にもつながっていく。経済の軸と外交安全保障の軸はリンクしながら進めていくものだと思います。
トランプ大統領は
日本が変わるチャンス
トランプ氏が大統領になるのは日本にとってはチャンスです。これまで日本国民は「アメリカは正義だ」と信じていました。アメリカから見ると日本国民の世論がそうである限りは、放っといてもアメリカに寄ってくる。万一それに逆らうような首相が出たら、つぶして新しい政権をつくればいいと考えています。そのロジックのポイントは「決めるのは日本の国民だ」ということなんですよ。
もし日本の国民が反米になったら政権をつぶしても駄目で、また別の反米政権ができるんです。アメリカから見ると日本国民の世論がいちばん怖いんですね。だから国民世論をまず反中嫌中に染め上げる。中国は悪い奴で日本がかわいそうだから助けてやる。それでアメリカが善いものになるという作戦が非常に成功しているんです。
安倍さんのときは、トランプが変なことを言いそうなときは逆に日本からそれを提案する形をつくったんですね。だけど石破さんだったら、へたに喧嘩する必要はないですが、「アメリカはこんなこと言ってます。どうしますかね」と言って国民に考えさせる。国民から見ると「アメリカはひどい」となるでしょう。関税を一方的にかけられることもそうですし、これをやっていくと今の「アメリカ一辺倒で中国大嫌い」という世論のバランスが変わってくる可能性がある。
そして一方で中国とは対話を重ねる。とにかく繰り返し会わないと信頼関係は生まれません。中国との関係を少しでも良くしてリスクを小さくしながら、アメリカとの間合いを少しとっていくというようなバランス感覚でやればいいと思います。
日米地位協定改定を
突破口に
そういう意味では日米地位協定改定というのは一つの材料で、立憲から自民党に申し入れる。国民民主はどういう立場なのかよくわからないですが。そういうことは思い切りやってもいいし、石破さんも本当のところはそれをやりたいと考えている。ただ石破さんが日米対等と言うとき、日本はアメリカのことを守る義務を負ってもいいぐらいの考えを持っています。そっちに行くのは危険だと思いますけど、日米関係をもう1回考え直す場をつくるのは大事です。
その第一歩として参議院選に向けての政治家の動きが非常に重要になってくる。石破さんに期待するのは、とにかく企業団体献金の廃止に踏み込んで、自民党が割れたりバラバラになったりするぐらいやってほしい。裏金問題で明らかになった通り、自民党の政治は基本的にはお金を企業や業界団体からもらう贈収賄の政治なんですね。企業団体献金をやめれば、自民党の議員は本当にただの人になるんです。日本の政治が根本的に変わる可能性があると見ています。
企業団体献金をなくせば野党も平場で平等に戦えるので、そうなったら心ある政治家が本当の政策の対立軸でもう1回集まり直して、国民に問いかけることができるんじゃないか。そういうことが起きるのかどうかが、2025年ということだと思います。
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こが・しげあき 政策コンサルタント・政治経済評論家、古賀茂明政策ラボ代表。1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒、通商産業省(現・経済産業省)入省後、産業組織課長として持ち株会社の解禁、産業再生機構執行役員、経済産業政策課長としてカネボウやダイエーの再生など、一貫して経済改革を推進。2008年、国家公務員制度改革推進本部事務局審議官として急進的な改革を進め「改革派の騎手」となるも、財務省の圧力に屈した民主党政権を批判。11年4月、日本で初めて東京電力の破綻処理策を提起して原子力ムラと対決。度重なる退職勧奨の末、同年9月に退官。在職中に『日本中枢の崩壊』(11年、講談社)など。退官後は、利権と闘う経済改革、原発・自然エネルギー、特定秘密保護法、外交安全保障など幅広い分野について独自の視点で情報と提言を発信。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍したが、15年3月、安倍内閣にすり寄るテレビ朝日の意向で報道ステーション金曜コメンテーターを降板させられる。『官邸の暴走』(角川新書)、『分断と凋落の日本』(講談社)など著書多数。