[新しい日本をめざす] 中国の内政に干渉してはならない

日本は米国一辺倒でいいのか

(一財)東アジア共同体研究所理事長 鳩山 由紀夫(元内閣総理大臣)

米中の緊張は
簡単に解けない

 アメリカと中国との関係は、これからしばらくは、ある意味での厳しい状況は続くと思うんですね。それはグレアム・アリソンが唱えたいわゆる「トゥキディデスの罠」のように、新興国を恐れる覇権国が、自分たちがやられてしまわぬうちに、今のうちに叩いておこうということで、米中には潜在的な軍事衝突の危険があるのではないか、ということです。したがって米中関係の緊張はそう簡単には解けない。このことを前提として私どもは考えなきゃならないのではないかと思います。
 日本においては、安全保障で常にアメリカに追随しているばかりでよいのか。それでもまだある意味で米ソの緊張があったときは、どちらか一方についていることで、ご利益も安定もあったかもしれませんが、冷戦構造がなくなった後でも、アメリカ一辺倒でいいのかということを、私たちはもっと真剣に考えなきゃいけない時期だと思っています。
 日本は経済成長がこの30年間全然うまくいってない。その間に中国が急成長して、今はGDPで言えば日本の4倍を超えてしまう成長ぶりです。それを見ていれば「妬み」のような気持ちが生まれてしまって、中国に対して必ずしも好意的でない気持ちが鬱憤みたいな形でたまってきている。そういう状況の中でアメリカと中国が緊張関係にあると、どうしても日本はアメリカ寄りになってしまいがちであるということですよね。

中台の緊張が高まっている

 そこにいわゆる台湾問題が出てきて、安倍さんなどは「台湾有事は日本有事である」とおっしゃったわけです。それはある意味当たっていますが、それはアメリカが中国と戦闘状態に陥ったときに、日本も協力せざるを得ないということになり、まさに日本有事になるわけですよね。そのような状況をわれわれが避けられるかどうかということを、日本の安全保障の最も重要なテーマとして捉えなきゃいけない。

6月28日北京人民大会堂で開催された「平和共存五原則発表70周年記念大会」会場で習近平中国国家主席と握手する鳩山由紀夫さん(右)

 台湾で頼清徳さんが新総統になりました。報道では頼清徳総統が就任演説で、「現状維持」だと言ったと伝えられたので、とりあえず現状は変わらないんだなと安堵しましたが、どうも、現実はそう捉えられていない、少なくとも中国側には。中国を、蔡英文前総統でさえ「大陸」と呼んでましたが、頼清徳総統は中華人民共和国と呼び、そして自分たちは「中華民国」であると、まさに別な国であるというような言い方をした。彼の就任演説を聞いた中国は「二国で現状維持」と理解したわけですよね。
 ですから頼清徳総統が「二国での現状維持」と言ったとすれば、それは「一つの中国」原則の根幹に関わり、中国としては看過できない大変大きな問題で、そのままでは済まないという話になる。ただ日本側はそうではなくて、現状維持で今まで通りなんだろうみたいな話で、割と楽観的に捉えているのです。
 私たちは、中国の捉え方をもう少し真剣に理解しなければならないと思います。頼総統が本気で「二国で現状維持」だと言ったとすれば、中国は絶対に認めるわけがない。すると、まさに緊張が高まっていく可能性はあるわけですよね。
 その緊張が高まっていく中で、例えば石破さんとか、かつては麻生さん、野田さんも枝野さんもみんな台湾詣でをしている。台湾と中国のどっちに力を入れているかというと、どうも台湾に力を入れている、そんな状況ですよね。

米中を戦わせてはならない

 それは非常に危ないことだと私は思っていて、台湾有事を日本有事にしてはいけない。どうすれば台湾有事を日本有事にしないで済むかというと、その道は二つしかない。それは中国が台湾に仕掛けようとしたときに、アメリカが介入しなければいいわけですね。そうすれば、日本有事にはならない。
 もう一つは台湾有事が起きたときに、日本の米軍基地をアメリカに使わせない。アメリカが台湾や中国に対して攻撃するとすれば、日本の基地を使わざるを得ない。それを使うなということを言えるかどうかが極めて重要な話になります。でも今の政権ではとても言えそうにない。だとす
れば、やはり基本的な問題として、米中を戦わせてはならないのです。
 米中の緊張を緩和させるために、日本という国が間に入って役割を果たさなければいけない。今まさにその時ではないか、と思います。そのときに基本になるのは、1972年の日中共同声明です。台湾は中国人民共和国の不可分の一部であるという彼らの主張に対して、日本がそれを理解し尊重すると言っている。この線を絶対に曲げてはならないということだと思うのです。
 アメリカもそれを基本的には認めているわけですから、われわれとすればアメリカに対して、台湾は中国の一部であり、台湾有事があったとしてもそれは中国の内政問題なんだということをはっきりと認めるよう説得し、お互いに理解してそこを超えないような外交を行うことがいちばん大事で、ある意味それしかありません。
 ですから、今いちばん重要なことは、田中角栄総理時代の日中共同声明に基づいて、「台湾は中国の一部だから中国の内政問題に干渉しない」というその筋を最後まで押し通すことが、日本の政府として、そして日本の生きる道なんです。それを外れてしまうと、まさに台湾有事が日本有事になります。
 日本有事になったときに、例えば日本の原発が攻撃されたらどうなりますか。南西諸島や沖縄のミサイル基地からある程度は中国を攻撃できるかもしれませんが、中国は保有するミサイル数が圧倒的に多い。そのような戦闘状況に絶対に日本が追い込まれないような環境にしていかなきゃならない。日本は憲法でずっと戦争を放棄すると言っているのです。戦争状態に決して陥らせないような外交をアメリカに対して、あるいは中国に対して続けることが、私は今こそ大事なことではないかと思いますし、政府がやるべきことだと思います。

首脳会談を
どんどんやるべき

 さっき申し上げましたが、日本人の中国人に対する「中国だけなぜこんなに成長するのだ」といういわゆる妬みが根本にある。でも、考えてみれば向こうは14億人でこちらは1億2000万人。人口が10倍あるんですから、いったん動き出せばGDPだって上回るのは当たり前なんです。本来そんな妬む話ではないということですよね。
 歴史的には、日本は、農業・文字・仏教などはおおむね中国大陸・朝鮮半島からの渡来人によって伝えられ、いわゆる遣隋使・遣唐使などが、隋唐の政治・経済制度などの知識を持ち帰り、それを参照に日本国内の制度を整備し、日本の律令国家への発展に寄与したのです。
 また現在の交易もアメリカ以上に中国の方が多いわけです。そういう現実があるということは、やっぱり中国との交流が重要だと考える国民は、潜在的にはかなりいることは間違いないことです。
 私のところにも中国人企業家の来日グループが、毎月のように面談を申し込んできます。すべてに対応しているわけではありませんが、伺ってみると、日本の企業経営のやり方などに尊敬の念と関心をもって、企業訪問を積極的に行っているようです。経済規模は大きくなっても、短期間での急成長ですし、経営の理念などは日本に学ぶべき点が多くあるのでしょうね。こういうことを含め、日中関係は、民間人同士の交流を高めていくということが、遠回りのようだけれども、実は日中をいちばん友好的にさせていく手立てだと私は思っています。
 そういう意味でビザの問題を早く解決して、多くの日本人が中国に自由に行くことができて、また多くの中国人に以前のように日本にどんどん来ていただいて、交流を高めていくということが、何より大事だというふうに思います。そのために、私は政治が役割を果たすべきではないかとそう思います。
 政治レベルで日中関係を好転させていくことがなかなか難しい環境かもしれませんけども、私は首相のときに2回ほど、日本と中国と韓国の首脳会議をやりました。ソウルには日中韓の協力事務局もできましたが、それがうまく使われていない。中国や韓国が乗り気でも日本があまり乗り気でないですね。どうも3カ国の協力関係がうまくいってない。
 政治体制が違っても、私は日中韓の首脳会談を年に何回も行うことが大事だと思っています。首脳同士が何度も顔を合わせて話し合えば、必ず心が通い合っていきます。私は日中もそうですが、日中韓の首脳会談をどんどんやってほしいと思っています。
 新総理になられた方には、アメリカに行かれるよも先にまずアジアの国々に行ってほしいですね。特に中国、韓国ですよね。その順番はどちらでもいいと思うんです。新総理が胸襟を開けば、習近平主席は会いますよ。ですから、ぜひそれは実行するべきだと思いますよ。
 そうすることによって、日本と米国、日本と中国の間が不等辺三角形みたいな形になっているから、正三角形に近い姿に戻していくということが、私は日本の安全保障にとってものすごく大事なことであると思います。

防衛費よりも
教育費倍増を

杭州市にある日中不再戦の碑。1962年、当時の岐阜市松尾吾策市長の提案で、同市長の揮毫「日中不再戦」と杭州市の王子達市長の揮毫「中日両人民世世代代友好下去」の碑文が交換された。

 今のように中国を敵視して、その結果としてアメリカから、役に立つかどうかわからないような古くて高額なトマホークなどをたくさん買わされる。5年間で43兆円も買わざるを得ないというような環境にするよりも、中国と韓国とあるいは北朝鮮も含めてですけれども、正常化というか、より国交を発展させていくため努力をする。それによって防衛費を減らしていく。

 防衛費を倍増するくらいだったら、教育費を倍増すべきだと思いますよ。日本の教育は曲がり角、デッドロックに乗り上げそうになっています。教師のなり手がいない。低い給料で、1日7時間平均ぐらい時間外で働かざるを得ないような環境に追い込まれて、もうクタクタになってしまっている。やはりもっと教師を厚遇することで働く環境をつくり上げていかないといけませんよね。本来そういうところにお金を使うべきであって、ミサイルを買うとかでお金を無駄にするべきではないと私は思います。防衛費にお金を浪費させてはならないと私は思っていて、お年寄り以上に若い人たちに予算を回すべきだと思います。

米国にノーと言える日本に

 INF(中距離核戦力)全廃条約がなくなったので、アメリカは中距離ミサイルをどんどんつくる。つくったら日本に置きたくなるのでしょうが、日本は「東アジアの平和構築を一番に掲げているから、ミサイルを中国向けにあるいは北朝鮮向けには置かない」と、アメリカのミサイルの日本配備に対してノーと言えるかどうかなんですよね。ノーと言えるぐらいの日本にならなきゃいけない。
 中国に対しても、日本もミサイルを減らすので中国も日本に向けるミサイルを減らしてくれと言えばいいと思うんです。平和国家でいこうとしているわけですからね。
 また、日中間の意思疎通を確立する方向へ向けて日本の政治を本格的に動かすには、国民の対中感情を改善することが不可欠です。 そのためには例えば、日本人の観光ビザの免除措置の早急の復活など望みたいですね。実際に中国を見た日本人が中国に対する印象を改善させていることは幾つもの例が示していますから。逆も同じです。

日米同盟で大丈夫なのか?

 私が残念なのは、自民党はともかく、野党である立憲民主党の安全保障政策が自民党とほぼ変わらないことです。日米同盟が前提とか、日米同盟をさらに強化することが当たり前のようになっていること自体がおかしいんです。まず日米同盟ありきになっています。
 それには私にも責任があるのかもしれません。鳩山が対米関係をより自立させようとして失敗したから政権がおかしくなったんだ、だから同じ間違いを起こさないという思いから、日米関係をうまくやることが最重要だと思っているのかもしれない。
 でも米国追随外交を続けてきて、果たしてこの国が良くなってきているんでしょうか。これからも日米同盟で大丈夫なのかというところを、もっと検証しなければ。日米同盟破棄とまでは言いませんが、日米同盟が本当に日本のためになっているのかという問いかけは絶対必要です。私はそう思いますよ。
 アメリカはとにかく民主主義の名の下、世界のどの国よりも戦争を仕掛け、行い、それで自国経済を回している側面があります。9・11はともかく、自分たちの国の中ではなくて外に出て行って、戦争を仕掛けてきています。ウクライナでもそうですし、軍産複合体でお金を稼いでいます。今度はアジアでも同じことをやろうということか、と思います。ウクライナとロシアはほとんど同じ民族ですよね。同じ民族同士を戦わせる。中国でも台湾と同じ民族同士で戦わせて、そこで武器を買わせて大儲けしようとでも思っているのでしょうか。アメリカの魂胆に絶対乗っちゃいけないってことですよね。

自立した政権が
求められている

 対等な日米関係の政権ができないのか。そこがやっぱり難しい点ですね。そういう思いをもっている人たちは結構いると思うのですが、そういう人たちの声を吸収することができるような、やっぱり一つの舞台をつくらなきゃいけないんじゃないかという気がするんですね。
 本来だったら、私は立憲民主党がその役割を果たすべきだと思うのですが、残念ながら今の立憲民主党にはいわゆる対米自立のような発想が乏しい気がします。
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 ところで、私の夢は日中韓の常設のオーケストラです。これは元駐日韓国大使の崔相龍さんの提案なんですが、日本と中国と韓国のそれなりに優秀なメンバーを集めてオーケストラをつくる。それが日本と中国、韓国あるいは世界を回っていけば、日中韓の信頼と結束を表し、東アジアの平和のシンボルになる、そういう雰囲気も醸成できるわけです。
 これは政府レベルでも民間レベルでも、可能な発想だと思います。そういうものを通じて、それぞれの国の皆さんに日本と中国、韓国が協力している姿を見せることは、とても温かい話であるし、今こそやるべきだと思いますね。芸術家の中でそういうことをやりたい人はいると思うんですよね。ちょっとお考えいただくとありがたいですよね。