第17回全国地方議員交流研修会 ■ PART2 パネルディスカッション
バイデン政権の新しい東アジア戦略
青山学院大学名誉教授・神奈川大学教授 羽場 久美子
今年はあの広島・長崎の原爆投下から76周年目にあたります。
私の父は広島で少年のときに被爆し、そして奇跡的に命を永らえ、2000年に癌で亡くなりました。毎年巡ってくる終戦の日、そして原爆投下の日というのは常に、いかにそれを繰り返さないかということが問われていると思います。昨日の長崎では「最後の原爆投下になるように」という言葉も出ました。
キナ臭い情勢が続くなか、いかに近隣諸国と手を結んで、平和と繁栄を維持していくかという観点から国際政治を学んできました。
そのような観点から本日は、東アジアが「新冷戦」の舞台となるのか、特に新しいバイデン米政権が東アジアにおいて安全保障面でかなり積極的な戦略を採ろうとしていることをどう考えるのかということについて、少し広く世界の観点から問題提起をさせていただきます。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
20世紀の世界秩序形成を牽引してきたアメリカ
20世紀、世界の秩序形成を牽引してきたアメリカという存在がありました。「20世紀は戦争の世紀」と言われており、第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして冷戦が続き、それは32年前に終焉しました。
アメリカは二つの世界大戦のなかで「価値に基づく秩序」ということを主張してきました。第一次世界大戦末期に当時のウィルソン大統領は「戦争をやめさせるための戦争」と矛盾に満ちた言葉を発し、「ウィルソン14カ条」を掲げ、「自由、民主主義」に基づき、4大帝国(ドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・オスマン帝国)の解体と国民国家形成、そして国際連盟の創設を訴えました。当初オーストリア=ハンガリー帝国だけは生き延びさせようとしましたが帝国は内から崩壊していきます。
第二次世界大戦末期には、ルーズヴェルト大統領が「表現の自由、信仰の自由、欠乏からの自由、恐怖・戦争からの自由」という「4つの自由」を掲げ、戦争を終結させる方向を提示しました。同時に「4人の警察官」構想というものも打ち出しました。ここにはアメリカ、イギリスに加えて、ソ連と当時の中華民国も入っていることは特筆すべきことだと思います。ルーズヴェルトは今でいう中国・ロシアも入った形で新しい国際秩序をつくろうとしたのです。
現在のバイデン大統領は、今年6月に開かれたG7(主要7カ国首脳会議)で、いわゆる「コロナ後」という「戦後」に向けた新しい「価値の同盟」を主張しました。
これは第一次、第二次世界大戦当時のものとは若干異なり、明らかに中国、ロシアの伸張を封じ込め、そしてアメリカのリーダーシップを維持しようという側面があったために欧州や日本でも戸惑いが広がりました。
われわれはコロナ後の21世紀前半、いかなる時代をつくるか?
現在、東アジアが米中対立の最前線になろうとしています。
「新冷戦」がもたらされるのか、あるいはアメリカの覇権によらない時代が始まっていくのか。今のところはまだアメリカの持つ余力から「新冷戦」の方向になるという危機的な状況があります。
そして、日本、ASEAN(東南アジア諸国連合)、欧州はアメリカの側につくか、中国との経済関係を維持していくのか、この二つのバランスをどうとるかが迫られています。
バイデン政権の動きというのはまさにウィルソン、ルーズヴェルトに並んで「21世紀の新しい世界秩序」を「自由と民主主義」で「権威主義」に対抗する方向を打ち出そうというものです。
しかし、国際社会ではもはやこのG7がリードする時代は終わって、中国やロシアなど新興国も入る主要20カ国・地域首脳会議(G20)に参加する国々が台頭する新しい時代が始まりつつあるのではないかという声もあります。
その意味で、私たちは、21世紀の前半をつくる新たな10年、2030年代に向けていかなる時代をつくるのかという分岐点にいると思います。
衰退するアメリカの限界
重要なことは、アメリカ一国による覇権が終わりつつあるということです。それはアメリカ自身がよく自覚しています。だからこそ、トランプ前大統領とその支持者がMAGA(Make America Great Again)とよく言いますね。「再びアメリカを偉大に」という意味です。衰退しつつあるアメリカの限界を表していると思います。
そして、これに対抗してコロナ禍のなかでBLM(Black Lives Matter)、「黒人の命も大切」という運動が広がりました。
私たち東アジアの国民としても、「アジア人の命も大切」(Asian Lives Matter)ということも考えなくてはいけない時代に入っていると思っています。
バイデン米政権の「価値の同盟」による中国の排除と封じ込めは非常に危険な役割をはらんでいると思います。アメリカとしては自国を追い抜かそうとする中国を抑え、同盟によってこれをつぶそうとしているわけです。
これに対して、私たちはアジアの一員として、中国を締め出すのではなく、ワクチンや医療技術、IT(情報技術)やAI(人工知能)などの分野も含めて、共同して新しい未来と繁栄を享受する時代をつくる必要があると思います。
21世紀に入っていわゆるグローバリゼーション、「新自由主義」とも言われるような経済競争が全世界を覆いました。これは競争だけでなく格差を生み、それは南北格差のみならず、特に先進国における中間層の没落や先進国経済の頭打ち、そして皮肉なことに途上国の急成長を生みました。
ご存じのように中国のGDP(国民総生産)は2010年には日本を追い越し、14年にはPPP(購買力平価)ベースのGDPでアメリカをも追い越しました。IMF(国際通貨基金)や世界銀行も「2030年代には中国が世界一になり、その後をインドが追う時代になる」と指摘しています。
米ソの冷戦対立当時とは異なり、今や中国を含む世界経済はきわめて密接に結びついています。「排除して同盟を組めば終わり」という状況ではありません。
アメリカによる中国封じ込めの開始
そのなかで、アメリカによる中国の封じ込めが開始されました。バイデン大統領はトランプ政権の政策は踏襲しないとして、経済面では中国と米国の歩み寄りを求めつつ、他方、安全保障についてはQuad(日米豪印)を中心とする封じ込め戦略を始めています。
これが現実に進んでいけば、中距離核戦力の拡大をトランプ以降、バイデンも進めていますが、中国や北朝鮮の中距離核ミサイルがアメリカ本土に届かない形で、東アジア、極東の地域紛争が起こる可能性があります。そして、東アジアでひとたび戦争が起これば日本は最前線になります。
これまでは「アメリカが日本を守る」という大義名分の下に日米安全保障条約がありました。2、3日前に、アメリカで沖縄の米軍基地についてのオンライン研究会がありましたが、そのときアメリカの研究者が、中国や北朝鮮の中距離核ミサイルは日本の東京が標的であるが、それはアメリカ本土には届かないと言って笑う状況があって、ちょっとゾッとしました。
地政学的な位置からすると、日本は中国大陸、そして、極東、ロシア、朝鮮半島から台湾にかけて3千キロにわたる封じ込めの「自然の要塞」になり得る特徴があります。これはアメリカにとっては最良の要塞です。(図1)
アメリカのインド太平洋戦略は日本を要塞として利用するだけでなく、Quadも活用しようとしています。このQuadですが、4カ国を線で結ぶとちょうど中国の「一帯一路」にクギを刺すような形で存在するのが分かると思います。
これを最初に提唱したのが実は当時の安倍政権だったと言われています。そしてこのQuadに、韓国、ベトナム、ニュージーランド、台湾を加えたQuadプラスということが言われ、さらに東アジアでの対中封じ込めを固めようとしている状況があります。(図2)
これが実行に移されていけば、いや応なく日本は新しい対中封じ込めの構図のなかに組み込まれていきます。これが新たな形での「新冷戦」です。米中戦争のシナリオは実はアメリカは安全ななかでの、極東限定の戦争、場合によっては限定核戦争の可能性すらあります。
新冷戦か? 米中核戦争のシナリオ
最近、「朝日新聞」でアメリカのNATO(北大西洋条約機構)軍の元最高司令官であった人物が2034年の米中核戦争というテーマの小説を書いたという報道がありました。そこには三つのレッドラインが示されています。一つは尖閣、二つ目は南シナ海、三つ目は台湾。いずれも日本列島のすぐそばです。
米海軍も価値の同盟を維持するということでやはり、3点挙げています。
一つは、中国が勝てると思わないよう、米国の軍事力を維持・拡大する。これはすでに実行されています。
二つ目は、同盟の活用です。中国の同盟国はロシアや北朝鮮だけ。アメリカにはQuadやQuadプラスがある。
ただし、見方を変えれば、今やアメリカの同盟国より、中国やロシアの同盟国、つまり中央アジアやアフリカの国々がかなりの数になります。同盟のイリュージョン(幻想)を私たちは現実から払拭し直さなければなりません。
そして3番目は、中国が台湾、尖閣を攻めれば、大規模な経済制裁を行うということで、すでに中国経済へのデカップリングを始めています。
戦争を仕掛けるのは中国か、アメリカか
戦争を仕掛けるのは中国なのか、アメリカなのか。
国際政治の観点から分析すると、今中国から戦争を仕掛けることはないと考えています。なぜか。中国はこのままいけば、近い将来、経済力でアメリカを追い越すことは目に見えています。これは世銀もIMFも、それからOECD(経済開発協力機構)でさえ言っています。
中国は今、戦争を仕掛けても、現在軍事力で勝るアメリカにつぶされ、孤立化させられるだけで、メリットはまったくない。だから、慎重にいかにこの地域での戦争を避けアメリカと友好関係を維持しながら、日本や周辺国とも友好関係をつくるかという努力をしていると思います。しかし、足元に香港や台湾問題、そしてインドとの間では国境線問題があり、非常に不安定になっているのは事実です。
戦争を仕掛けるのはアメリカ、あるいはアメリカの同盟国の側であろうと思います。仕掛けられた戦争を中国が買う可能性はありますが、むしろ追い詰められているアメリカの側から、何らかの形で偶発的な事件を起こす可能性があります。それに一役買う可能性があるのが日本です。
米中戦争の最前線は日本だからです。東アジアでの限定核戦争が起こり得る。その場合にはハーバード大学の教授が言ったように、中国や北朝鮮の中距離核はアメリカ本土には届きません。日本は最前線で、アメリカには届かないミサイルを日本本土に受けながら、「アメリカを守るために」中国、ロシア、北朝鮮に対抗するのか。いや、日本が中国と戦争することは、アメリカを守ることにすらならない。日中両国自滅の道です。ここをしっかりと考えてほしいと思います。
敵同士を戦争させて自らは戦争をしない
アメリカの戦争戦略について言えば、1938年の「ミュンヘン会談」を思い出させます。このときナチ・ドイツとソ連は東で対峙していましたが、英仏伊はこの首脳会談でドイツの攻撃を西側に向かわせるのではなく、東に向かわせようとしました。それに対しナチは裏をかいて、39年8月、独ソ不可侵条約を結び、世界を震撼させます。が、ドイツは続いて39年9月にポーランドを侵略します。これが第二次世界大戦の勃発です。その後ナチは、41年6月、ソ連との不可侵条約を破ってソ連に侵攻しモスクワまで攻め入ることになります。
敵同士を戦争させて、自分たちは戦争を避けるというのは欧米の一つの「平和戦略」でもあるかもしれません。これは現在でいえば、東アジア人同士の戦争をさせ、そしてアジアの経済成長を止め、アメリカや欧州の「自由、民主主義」のシステムを継続するという、高度な戦略的側面もあるということを認識していただけたらと思います。
限定核戦争でなく経済発展の道を
最後のまとめです。
「限定核戦争でなく、経済発展を」と掲げました。私たちは東アジアで再び戦争するためにこの戦後76年努力してきたのではありません。バイデン政権の安全保障戦略はまさにアメリカが経済力、技術力、政治的影響力など、軍事力を除くすべての面においてトップの座から滑り落ちそうになっているときに、自らは戦争せず、中国を孤立化させて追い落とそうという試みです。そしてそれに同盟国を巻き込んで、封じ込めようという戦略です。バイデンの言う「価値の同盟」というのは普遍的利益ではありません。アメリカがトップであり続けるための、アジア人同士を戦わせるための戦略です。
日本の役割はアメリカの先兵になることではなく、地政学的に非常に重要な位置にあるからこそ、米中をつなぐブリッジであるべきだと思います。アメリカの先兵となって中国、ロシア、北朝鮮の前に立ちはだかることは、まったく日本の利益とは相いれません。日本は中国やインド、ASEANなどの近隣諸国と結びつつ、アジアの経済発展を支え、リードする役割を果たすべきだと思います。東アジアの局地戦争は、日本に核の雨を降らせる可能性があります。イージス艦やイージス・アショアでたとえ核ミサイルを大気圏外で撃ち落としてもその残骸が広範に日本列島に降ってきます。しかし、アメリカは安泰です。アメリカに高いお金を払って、私たちはもう一度核の雨を浴びることを選択するのでしょうか。
アジアの限定核戦争は、日中韓が相互に戦い合うことで、アジアの経済発展を押しとどめ、アメリカを回復させるだけです。そうではなく、私たち東アジアの国民が得意とする勤勉さと経済的な技術力によって、アジアの経済力による共同発展と繁栄によって、「コロナ後」の世界をリードしていく役割を果たすべきだと思っています。
(山本)
ありがとうございました。真夏でちょうどよいというか、背筋の寒くなるようなお話でもありました。
さて、引き続き問題提起を受けていきます。
この東アジアの情勢から始まって、ではこれからどうするのかという点について、柳澤協二さん、お願いします。