自立した安全保障を考える時
NPO法人国際地政学研究所理事長 柳澤 協二(元内閣官房副長官補)
トランプは「戦争嫌い」か?
トランプ政権の下で日米関係がどうなっていくのかを考えると、率直な疑問が出てきます。まず一番の疑問はトランプの米国は日本を守らないのではないかということです。朝日新聞の4月下旬の世論調査では、77%の国民が「守らない」と感じている。
それからトランプは「戦争嫌い」だと思われているのですが、では米中戦争の危険は高まったのか、去ったのかということです。トランプは中国に「台湾に武力を使えば200%関税をかける」と言う一方、台湾防衛については明言を避けています。トランプの国家目標は、米国自身の利益を最大化することです。また、トランプには、米国が他国防衛の戦争に関与したことが米国の国力を低下させたという認識がある。その観点からは、中国との戦争という選択肢は考え難い。
一方、米国の参戦パターンを見てみると、自国民が被害を受けたときに国民感情が沸騰し、復讐のような形で戦争に参加しています。1次・2次世界大戦に遅れて参戦したのもそのパターンです。これが米国のDNAのようにも思えます。だからトランプがいくら「戦争嫌い」であっても、米国人に被害が出れば戦争を選択する可能性はある。
問題は台湾有事です。米国は台湾に武器を提供しても参戦することはないでしょう。しかし、米国の民間船や飛行機が攻撃されて米国人が殺されたら、理屈抜きで戦争を始める危険性は、トランプだからこそ高いとも言えます。いずれにせよ戦争の選択は個人の好みの問題ではないので、米中戦争をさせないという政治課題は、引き続き重要です。
トランプが米軍撤退で
脅したら…
もう一つの疑問は、日本はトランプの理不尽な要求を断れるのかということです。防衛費をGDPの3%にしろとか、駐留経費を出せとか、そういう要求を断ったときに、トランプが「嫌なら日本から米軍を引き揚げる」と脅してくる可能性は大いにある。一方、トランプの要求には際限がない。ちなみに、GDPの3%は18兆円です。そんな財源がどこにあるのか。
米国にとっては、日本の米軍基地はものすごく大きい世界戦略上の資産です。今回もイラン情勢の緊迫に合わせて、南シナ海にいた空母をインド洋に回していますが、そういう動きができるのも日本に基地があるからなんですね。だから、「米軍を引き揚げる」と言うなら、「それならどうぞ」という姿勢がないと、まともな交渉にはならないわけです。私はそういうことをやってほしいし、日米地位協定を改定する一つのチャンスにしてほしいと思います。
ただ、その場合に、日本の政治家や国民は「米軍がいなくなったら日本の安全保障はどうする?」と考えるわけですね。米軍撤退はあり得るという前提で、プランBを考えなければならない。安全保障における対米自立は、そこからスタートするものだと思います。
■在日米軍がいなくなったら…
自前の核武装は可能か?
米軍が撤退して自力で防衛する場合にどうするか、決定的なアイデアはありません。ただその議論の中で「自前の核武装」という発想が当然出てきます。米国はイランの核開発を阻止するために核施設を爆撃しました。日本が新たに核武装を始めるとなると相当な政治的コスト、経済制裁も出てくるわけで、とてもできることではないと思います。
核抑止力の本質は「相手の核攻撃に耐えて第二撃する能力を持つ」ところにあるわけで、核を使った後にどちらが生き残るかということです。その能力をどうやって持つのか。国土が狭隘な日本は、原子力潜水艦に頼ることになります。
スウェーデンの研究所が最近出した報告書では、中国の核弾頭は600発です。仮に600発の核弾頭に対抗して日本が第二撃能力としての核を配備しようとすれば、原子力潜水艦1隻に20発として30隻が必要となる。30隻を常時稼働させるためには3倍の90隻が必要という具合に、もうとんでもない数字になってくるわけですね。
有効な核抑止力を日本が持つというのは、軍事的にも不可能だと思います。日本国民が全滅して、その代わりに北京と上海を火の海にするというような核の持ち方は、抑止力としては成り立たない。ほとんどの専門家が自前の核に否定的な意見だと思います。
通常兵器で優位に立てるか?
核兵器がだめなら通常兵器を増強することになりますが、これにも私はすごく否定的です。日本は狭い島国で資源がないし、財政も苦しい。そして若年人口がどんどん減っているので、兵器を扱う人員が足りないという大きな問題があります。ドローンとかAIを活用した省人化もありますが、領土獲得の戦争になれば、ミサイルやドローンによる破壊の応酬だけでは決着しない。歩兵がその土地を占拠するためには、それなりの陸上兵力が必要です。
それから通常兵器の高度化では、中国のほうがはるかに進んでいます。中国はAI大国・ドローン大国で、さらに独自の宇宙開発計画も着実に進めているわけですね。中国に対する抑止として、通常兵器の性能上の優位というのは難しいだろうと思います。仮に優れた通常兵器を持ったとすれば、相手は核の引き金に手をかけるかもしれない。結局「核の敷居」をどう考えるかということが自立的な防衛体制を考える上でも非常に大きなファクターになってくるわけです。
「拡大抑止」は機能するか?
それでは米国による「拡大抑止」(注)は機能するでしょうか? そもそも「拡大抑止」とは、アメリカが同盟国への攻撃を自国への攻撃とみなして、アメリカが同盟国を防衛する能力と意思を持っていることですね。
ただ「拡大抑止」は米軍の在否とは別問題なので「常時駐留なき安保」という論理的な選択肢もありうるとは思いますが。米軍が「トリップ・ワイヤ」(注)としてその国に存在していることは、一種の人質です。その国を攻撃することは、米国軍を攻撃するということで米国の戦争意思を表す象徴なんですね。
なぜ「拡大抑止」という発想が生まれたのかというと、冷戦時代にソ連封じ込めという戦略をとっていたからです。米ソの間には、政治的イデオロギーが全く相いれない体制間対立というものがあった。だから米ソが戦うことになれば、相手を打ち倒すために核の応酬にエスカレートしていくに違いない。そうなればお互いに滅んでしまうから、戦争はやらないほうがいいという形で、逆説的に非常に強力な抑止が機能していたと思います。
今日、ソ連の代わりに中国がいるわけですが、問題は米国と中国の対立関係の性格ですね。米中は、相手の政治体制を否定していません。米国が中国の政治体制を転覆させて民主化するとか、中国が米国を社会主義化するとか、そういうイデオロギー的な対立関係ではない。
そういう状況の中で、米国が同盟国の防衛のために、自国への報復の危険を冒して核を使う信憑性が問われている。つまり「拡大抑止」は冷戦という特殊な時代的・地政学的な条件の下で成り立った概念であり、いまや核を前提にした「拡大抑止」が成り立つ条件はないのではないか。
核使用の論理
世界各地で戦争が起きている今、核兵器がどのように使われ、あるいは制約されるかという問題を考える必要があります。
核を使う引き金になるのは、戦争の相互作用から考えると、相手が使うからです。非核保有国に対して核を使うという動機は、一般論としては、出てこない。
核保有国同士の関係においては、戦術核を使うことでさらに大きな核の使用に拡大していく可能性があるので相互確証破壊(MAD)(注)による抑止は依然として機能していると言えそうです。ただ、相互に核を使わない保証があれば、戦争は起こりやすくなるとも言える。
さらに核保有国が戦局を打開するために、限定的に核を使うということは論理的にはあり得ますが、実例はないわけですね。朝鮮戦争、第2次台湾海峡危機、ベトナム戦争、それにウクライナなんかでも検討されたようですが、結局使われていない。なぜそうなのか? これは私の仮説ですが、核は特殊な兵器であって、「自国の存立危機以外で使用する正当性がない」という事実上の基準が存在している。その基準を強化するため、核の先制不使用や核兵器の廃止を制度化することが、人道的見地だけでなく日本の自力防衛のためにも不可欠になってくると思います。
■大国の存在と日本の安全の論理
日本は米中対立の最前線
今日最大の戦争要因は、米中の対立そのものです。日本は地理的に最前線に立たされています。その中で、米軍がいるほうが安全なのか、いないほうが安全なのかを考えてみます。核保有国が通常戦力での劣勢を挽回するために核を使うのであれば、通常戦力として最大の脅威である米軍がいないほうが核を使う動機はなくなります。他方、米軍がいなければ通常戦力を使って、例えば尖閣を攻め取りに来るようなことはやりやすくなってしまいます。
米軍がいなくなるということは、米国は米中の対立最前線を放棄するということです。第2列島線(注)までの西太平洋を、中国の勢力圏と認めるような妥協が成立するかもしれない。そうなれば日本が米中戦争で最前線になることはないわけですから、日本の軍事的安全は高まるわけですね。
米軍撤退で中国の勢力圏に?
しかしその結果、日本が中国の勢力圏に入ってしまうことになります。その意味合いを考えておかなければいけない。中国には自分の政治体制を押しつけるという発想はないと思うんですね。日本にもそういう発想はない。
中国は、香港では強制的に政治体制を変えた。台湾も、それを恐れている。ただそれはもともと中国の一部だからそうしているので、米軍がいなくなれば、統一・支配への軍事的抑止は不可能でしょう。そこは内政問題であって、日本の問題ではないと割り切らなければならない。
日中間の固有の対立要因は、主権が絡む尖閣です。私は、もともと米国が外交的に介入することはあっても尖閣のために参戦することはあり得ないと思いますが、なんとか衝突を避けながら、いずれかの時点で政治的解決を図らなければならない問題です。海保や自衛隊の命を犠牲にしてはいけない。さらに漁業の問題とか、いろいろ無理難題を吹っかけてくると思うんですが、それは今までもそうでした。米軍の存否とは関係ないことだと思います。むしろトランプの無理難題とどっちがマシかという見方もできそうです。
「日中同盟」という選択はどうか。中国が日本を守ってくれる意思と能力があるとは思えません。そもそも、大国に頼る発想を私は好みません。軍事バランスだけを考えるからそういう発想になる。どのみち日本は最前線ですから、大国間対立の中で自国の安全を考えるとすれば、どちらとも距離を置くという発想も必要ではないでしょうか。少なくとも、台湾を巡って日本にミサイルが飛んでくる戦争よりも悪いシナリオはあるのか、よりマシなシナリオを考える必要があると思います。
専守防衛と外交の力で
これまで日本は、安全のために米国に従属してきた部分がある。それは核大国に囲まれ、自力で絶対的な安全は図れないから核の傘に依存し、米軍にいてもらったほうがいいという発想です。そうなると、米国に頭が上がらない。その範囲での自立しかできないのは当然ですね。
それを「平和の代償」と言っていたんですが、それは米国が自由の守護者であって、ソ連という明白な脅威があった限り、合理的な選択であったと思います。今日、それが通じるでしょうか。トランプの発想は、「米国が守ってやる」だけの同盟は時代遅れということです。それでも日本は「平和の代償」を負い続けるのかという問題があるわけです。
ではどうするか。日本は専守防衛に徹した国力相応の防衛力しか持てないわけで、それで足りない分を米国の傘に頼るのではなくて、外交力で補うことを考えていかなければいけない。なぜなら、日本に可能なことはそれしかないのですから。日本の自立のカギは、そこにあると思います。
ミドルパワー連合という発想
実は、日本だけではなくて多くの国がこういう状況に置かれています。そこでミドルパワー連合という発想が出てきます。これは大国、とくに米中の覇権抗争に与しない、米中戦争を望まない諸国の連合です。マクロン仏大統領も「米国と中国とどちらか選ばせるような状況はやめよう」と言っています。まさにそこが出発点です。ASEAN、EU、グローバルサウス、特に非核保有国との連携で外交的包囲網を作っていくということです。
ミドルパワー連合は、大国の存立を脅かすような脅威を与える能力がありません。だから、戦争しても勝てないのです。一方、戦争は相互作用ですから、相手の反応は、こちらが与える脅威に応じたものになるはずです。大国には軍事的な余裕がありますから、武力行使の政治的コストを計算します。政治的に見合わない状況を作ることで、大国を抑止することも不可能ではないと思います。
軍事的には、抵抗して相手の疲弊を待つという弱者の戦略、防御の戦い方をするということですね。それは弱者・多数者としての政治的・軍事的な戦いですから、先制攻撃とか敵基地攻撃、弱者の正当性を揺るがすような戦い方をしてはいけない。これは相当な覚悟と忍耐を迫られる戦い方ですが、勢いに任せた戦争よりもはるかにマシではないだろうか。
以上は、仮定の話ですが、原則の話でもあります。混乱の時代にだからこそ考えなければいけないことだと思います。
(注)――――
拡大抑止=米国の同盟国に対する攻撃が、米国の報復を招くと敵に確信させ、同盟国に対する攻撃を思いとどまらせる措置
トリップ・ワイヤ=わな線、仕掛け線。比較的小規模で前線に展開する部隊で、その後の大規模な作戦を引き起こすきっかけをつくるもの
相互確証破壊(MAD)=核戦略における相互抑止の概念。冷戦時代に米ソが互いの核攻撃能力によって相手を抑止する戦略構想
第2列島線=米国の対中封じ込め政策における戦略ラインで、伊豆半島から小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアを結ぶライン