TPP11はTPP12より悪い

2018年5月17日衆議院内閣委員会資料

東京大学  鈴木 宣弘

はじめに(要点)

「賃金が下がり、失業が増える、国家主権が侵害される、食の安全が脅かされる」としてTPPを否定したのは米国民の総意(日本のTPP反対の声と同じ)だったことを重く受け止めるべきである。

米国抜きのTPP11の発効は、日米2国間でTPP以上の対日要求に応えることとセットなので、「TPP11+米国へのTPP12以上の譲歩=TPP12以上の日本の打撃」となる。これは、米国がTPPに復帰するとしても同じである(TPP以上に利益がないと復帰しないから)。つまり、結果的に、TPP11を進めることはTPP12よりも悪い。

TPP11で凍結したい項目が80も挙がったこと自体がTPPの問題の大きさを如実に示しているが、それらは22項目が凍結されただけで、削除されていない。休眠しているだけである。

農林水産業をないがしろにし、輸入食料がさらに増え、自給率が下がることの命、環境、地域、国土維持のリスクを考慮すると、このようなTPPプラスの自由化ドミノと規制緩和を続ければ、国民を守れない極めて危険な事態を招くことを国民が今認識しないと手遅れになる。

「影響がないように対策するから影響はない」と言いながら、出されている対策は、「看板の付け替え」の類(たぐい)が多く、影響を相殺できるような抜本的対策にはほど遠い。今回、牛豚マルキンが強化され、法制化されることは一定の前進ではあるが、対照的に、酪農には十分な下支え政策もないまま、生乳共販組織が弱体化されようとしている。戸別所得補償制度の廃止後の農家単位の収入保険は「底なし沼」で下支え水準が見えない。

TPP12で、あれだけの国論二分の議論があったのだから、今は、それ以上の議論が必要である。もう一度立ち止まって、「食を外国に握られることは国民の命を握られ、国の独立を失うことである」ことに立ち帰り、安全保障確立戦略の中心を担う恒久的な農林水産業政策を、政党の垣根を超え、省庁の垣根を超えた国家戦略予算として再構築すべきである。

 「保護主義との闘いのためTPP11などを推進する」はごまかし

なぜ米国民にTPPが否定されたのか。「もうかるのはグローバル企業の経営陣だけで、賃金は下がり、失業が増え、国家主権が侵害され、食の安全が脅かされる」との米国民のTPP反対の声は大統領選前の世論調査で約8割に達し、トランプ氏にかぎらず大統領候補全員がTPPを否定せざるを得なくなった事実は重い。日本でのTPP反対の主張と同じだった。

だから、「トランプ氏が保護主義に走っただけだから、保護主義と闘わなくてはならない」という日本での評価は間違いである。冷静に本質的な議論をせずに、保護主義と闘うという名目で、TPP11(米国抜きのTPP)を推進し、TPP型の協定を「TPPプラス」(TPP以上)にして、日欧EPA(経済連携協定)やRCEP(東アジア地域包括的経済連携) にも広げようと「TPPゾンビ」の増殖に邁進している日本は異常である。

米国民によるTPPの否定は「自由貿易」への反省の時代に入ったことを意味する。米国では新自由主義経済学が「現実を説明できないし改善できない」として急速に見直されている。この事実を米国でシカゴ学派の経済学を叩き込まれて帰ってきた日本の「信奉者」たち(無邪気に信じているタイプと意図的に企業利益のために悪用しているタイプも)は直視すべきである。

一方、米国内のグローバル企業とその献金で生きる政治家は、米国民の声とは反対に、今でも命や環境を犠牲にしても企業利益が最大限に追求できるTPP型ルールをアジア太平洋地域に広げたいという思いが変わらないから、そういう米国のTPP推進勢力に対して、日本が「TPPの灯を消さない」努力を続けているところを見せることも重要な米国へのメッセージなのである。

 自由貿易、規制改革の本質~「お友達」への便宜供与

国家戦略特区に象徴される規制改革はルールを破って特定企業に便宜供与する国家私物化であり、TPP型協定に象徴される自由貿易は国境を越えたグローバル企業への便宜供与で世界の私物化である。米国共和党のハッチ議員が製薬会社から2年ほどで5億円の献金をもらって、ジェネリック医薬品が作れないように新薬のデータ保護期間を20年に延ばせ、と主張したのがTPPの本質を象徴している。

つまり、自由貿易=グローバル企業が自由にもうけられる貿易であり、グローバル企業の経営陣は、関税など撤廃で貿易利益を増やし、投資・サービスの自由化で人々を安く働かせ、命、健康、環境への配慮を求められてもISDS(投資家対国家紛争解決)条項で阻止し、新薬など特許の保護は強化して人の命よりも企業利益を増やそうとする。利権で結ばれて、彼らと政治、メディア、研究者が一体化する。これが規制緩和、自由貿易の本質である。(これは本来の自由貿易でないとスティグリッツ教授は言う。氏は本来の自由貿易は肯定するが、筆者は「本来の」自由貿易も否定する。なぜなら、完全雇用や完全競争は「幻想」で必ず失業と格差、さらなる富の集中につながるからである。市場支配力のある市場での規制緩和(拮抗力の排除)はさらなる富の集中により市場を歪めるので理論的に間違っている。)

このように、国民の声と政治は必然的に乖離する。「1%対99%」と言われるが、政治は1%の「お友達」の利益のために進められるから、99%の声は無視される。米国は直接選挙の大統領選で国民の声が勝利したが、日本ではそれが実現していない。そうしたグローバル企業などの要求を実現する窓口が規制改革推進会議であり、人事権の濫用で行政も一体化し、国民の将来が一部の人達の私腹を肥やすために私物化されている現状は限度を超えている。

(一方、その対極に位置するのが食と暮らしを核にした共助・共生システムである。一部に利益が集中しないように相互扶助で農家や地域住民の利益・権利を守り、命・健康、資源・環境、暮らしを守る共同体(農協、漁協、生協、労組など)は、「3だけ主義」には存在を否定すべき障害物である。そこで、「既得権益」「岩盤規制」と攻撃し、ドリルで壊して市場を奪って、自らの既得権益にして、私腹を肥やそうとする。例えば、米国ウォール街は郵貯マネーに続き、貯金・共済のJAマネーも喉から手が出るほどほしいから農協改革を要請する。これが「対等な競争条件」要求の実態である。)

TPP11も日米FTAも「両にらみ」~TPP破棄で一番怒ったのは米国農業団体だった

「TPP11を急げば日米FTAを避けられる」というのは間違いである。米国抜きのTPP11が発効したら、出遅れる米国は、逆に日米FTAの要求を強めるのが必定である。かつ、その際にはTPP以上の譲歩を要求されるのも目に見えている。

そもそも、TPP破棄で一番怒ったのは米国農業団体だった。裏返せば、日本政府の影響は軽微との説明は意図的で、日本農業はやはり多大な影響を受ける合意内容だったということが米国の評価からわかってしまう。せっかく日本から、コメ(従来の輸入枠も含めて毎年50万トンの米国産米の輸入を保証)も、牛肉も、豚肉も、乳製品も、「おいしい」成果を引き出し、米国政府機関の試算でも、4千億円(コメ輸出23%増、牛肉923億円、乳製品587億円、豚肉231億円など)の対日輸出増を見込んでいたのだから当然である。

しかし、これまた感心するのは、米国農業団体の切り替えの早さである。すぐさま積極思考に切り替えて、TPPも不十分だったのだから、2国間で「TPPプラス」をやってもらおうと意気込み始めた。それに応じて「第一の標的が日本」だと米国通商代表が議会の公聴会で誓約した。

両面から米国への忠誠をアピール

日本はTPPプラスの米国からの要求を見越している。そもそも、米国の離脱後にTPPを強行批准したのが、トランプ大統領へのTPPプラスの国益差し出しの意思表示だ。トランプ大統領の来日時にも共同声明では明示されなかったが、日米FTAへの強い意思表示があった。米国は、TPP12以上の上乗せを日米FTAで要求するか、TPP12以上の上乗せを要求してTPPに復帰しようとするか、いずれかが想定される。

日本の対米外交は「対日年次改革要望書」や米国在日商工会議所の意見書などに着々と応えていく(その執行機関が規制改革推進会議)だけだから、次に何が起こるかは予見できる。トランプ政権へのTPP合意への上乗せ譲歩リストも作成済みである。米国の対日要求リストには食品の安全基準に関する項目がずらずら並んでいるから、それらを順次差し出していくのが、米国に対する恰好の対応策になる。例えば、BSE(狂牛病)に対応した米国産牛の月齢制限をTPPの事前交渉で20カ月齢から30カ月齢まで緩めた(TPPで食の安全性が影響を受けないとの政府説明は「偽証」)が、さらに、国民を欺いて、米国から全面撤廃を求められたら即座に対応できるよう食品安全委員会は1年以上前に準備を整えてスタンバイしている(ついに、2018年1月13日に米国が全面撤廃を要求との新聞報道があり、「科学的観点から慎重に検討する方針」との日本政府見解は茶番劇)。さらに、すでに日本は米国からのSBS米を1万トン台から6万トンまで増加させ、TPPでの約束水準をほぼ満たす対応をしている。

情けない話だが、米国にはTPP以上を差し出す準備はできているから、日米FTAと当面のTPP11は矛盾しない。いずれも米国への従属アピールだ。先述のとおり、米国内のグローバル企業と結託する政治家は、米国民の声とは反対に、今でも「お友達」企業の儲けのためのTPP型ルールをアジア太平洋地域に広げたいという思いが変わらないから、そういう米国のTPP推進勢力に対して、日本が「TPPの灯を消さない」努力を続けているところを見せることも重要な米国へのメッセージだ。

TPP11交渉で「米国に迫られていやいや認めた項目(米国市場アクセスを期待して)なので本当は外したい」という凍結要求が各国から80項目も出たこと自体、TPPがいかに問題が多いかの証明とも言えるが、ならば米国離脱で削除すればいいのに、米国の復帰待ちで最終的には22項目を凍結し、否定したい項目なのに米国が戻れば復活させるとは、どこまで米国に配慮しなくてはならないのか、理解に苦しむ。しかも、日本だけが「外したい項目は一つもなし」という徹底した米国追従ぶりである。

米国に盲目追従して、はしごを外される哀れな日本

グローバル企業が引き起こす健康・環境被害を規制しようとしても、逆に損害賠償を命じられるというISDS(投資家対国家紛争解決)条項は、米国とそれに盲目的に追従する日本の2国がTPPで強く推進し、タバコの健康被害を抑制しようとしてフィリップモリスから訴えられたオーストラリアを筆頭に他国は反対だった。日欧EPAでは、EU はISDSを「死んだもの」(マルムストローム欧州委員)とさえ言った。

そして、何と、ついには、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉で、「震源地」の米国がISDSを否定する事態となり、米国に追従してISDSを必要不可欠と言い続けた日本だけがはしごを外され、孤立するという哀れな事態となってきた。

先述のとおり、「賃金は下がり失業は増える」「国家主権の侵害だ」「食の安全が脅かされる」との米国民のTPP反対のうねりが、トランプ氏にかぎらず大統領候補全員がTPPを否定せざるを得なくした。この「国家主権の侵害」は、もちろんISDS条項を指している。

 一方、NAFTAにおける訴訟の状況を見ると、勝訴または和解(実質的勝訴)しているのは米国企業の12件だけ(2017年3月現在)であり、国際法廷の判決が米国企業に有利と言われてきた。だから、グローバル企業と結びつく米国政治家はISDSを強く推進しようとした。

しかし、その米国で、連邦裁判所でなく国際法廷が裁くのは「国家主権の侵害」との声が大きくなり、2017年9月には中小企業の社長100人が連名でISDS条項削除を求める手紙を出し、最高裁首席判事のジョン・ロバーツ氏も同条項に懸念を表明した。こうした中、ISDSを推進したいグローバル企業と結びつく政治家の声を抑えて、トランプ政権はISDSを否定する方向に舵を切った。

そして、NAFTAで米国は「選択制」を提案した。すなわち、訴訟に際して、国際法廷に委ねるISDSを使うか、国内法廷で裁くかは、各国が選択できることにし、米国は国内法廷で裁く(ISDSは使わない)と宣言したのである。カナダとメキシコはそもそもISDS削除を求めていたので、かりに米国提案の選択制を受け入れたとしても、やはりISDSは使わない選択をすることは明白である。つまり、米国提案の選択制はNAFTAにおいて実質的にISDSを否定することになる。

TPP11では、ISDSの新たな投資に関する部分を凍結することで、ISDSの懸念をかなりの程度抑制したとしているが、既存の制度に対してISDSを適用して理不尽な訴訟が起こり得る懸念は残っている。米国への「忖度」で、中途半端な凍結をTPP11では行っているが、そもそも、米国がISDSを使わないと宣言した以上、TPP11で残す意味はなくなったといえる。

この期に及んで、「死に体」のISDSに日本だけがいつまで固執するのだろうか。自身でしっかり考えず、盲目的に米国に追従してはしごを外される哀れな国から早く卒業すべきである。

TPP12以上に増幅される日本農林水産業の打撃~見捨てられた食料

米国を含むTPPで農産物について合意した内容を米国抜きのTPP11で修正せずに生かしたら、例えば、オーストラリア、ニュージーランド、カナダは、米国分を含めて日本が譲歩した乳製品の輸入枠を全部使えることになる。オーストラリアとニュージーランドという最強の農業国から攻められて日本の打撃は増す。かつ、バターと脱脂粉乳の生乳換算で7万トンのTPP枠が設定されているが、そのうち米国分が3万トンと想定されていたとすれば、米国が怒って米国にもFTAで少なくとも3万トンの輸入枠を作れということになるのは必定で、枠は10万トンに拡大する。

かつ、上述のとおり、すでに米国がTPPも不十分としてTPP以上を求める姿勢を強めていることから、米国の要求は3万トンにとどまらないでなろう。結果的に日本の自由化度は全体としてTPP12より間違いなく高まり、国内農業の打撃は大きくなる。ただでさえ設定量が大きすぎて実効性がないと評されていた牛肉などのセーフガード(緊急輸入制限)の発動基準数量も未改定だから、TPP11の国は、米国抜きで、ほぼ制限なく日本に輸出できる。

このように、強引に合意を急ぐために日本農業は「見捨てられた」。新協定の6条で、TPP12の発効が見通せない場合には内容を見直すことができることにはなっているが、何をもって米国の復帰なしが確定したと判断するのかも難しいし、協議を要求できるだけで義務付けられていないため、他国が容易に応じるとは思えず、本当に見直せるか、極めて不透明である。「気休め」条項にごまかされてはいけない。

TPPでは米国の強いハード系チーズ(チェダーやゴーダ)を関税撤廃し、ソフト系(モッツァレラやカマンベール)は守ったと言ったが、日欧EPAではEUが強いソフト系の関税撤廃を求められ、今度はソフト系も差し出してしまい、結局、全面的自由化になってしまったという流れも、いかにも場当たり的で戦略性がない証左だ。TPPでもEU・カナダFTAでも、国益として乳製品関税を死守したカナダを少しは見習うべきである。

極めつけは、2018年4月、拉致問題を言及してもらうだけの見返りに、日本自ら二国間協議を提案しに訪米した。これはTPP以上の国益差し出しを約束しに行ったようなもので、「飛んで火にいる夏の虫」である。際限なき米国へのごますりと戦略なき見せかけの成果主義では国民の命は守れない。

「恣意的」影響試算は国内対策検討の議論の土台足りえない

①生産性向上、②賃金上昇、③投資増加の3つのドーピング薬

政府の影響試算は国内対策の検討に使えるものではない。その前提は①価格下落以上に生産性が伸びるとか、②下がるはずの賃金(例えば、ベトナムの賃金は日本の1/20~1/30である。投資・サービスが自由化されたら、アジアの人々を安く働かせる一方で、日本の産業の空洞化(海外移転か日本国内での外国人雇用の増大)による日本人の賃金減少・失業・所得減少こそ懸念される)が逆に上がるとか、③GDP増加と同率で投資が増えるとか、どれも恣意的なドーピング薬で、効果がいくらでも水増しできる。まず、純粋に貿易自由化の直接効果だけをベースラインとして示し、その上で、生産性向上がこの程度あれば、このようになる可能性もある、という順序で示すのが、「丁寧・真摯」な姿勢であろう。姑息な提示の仕方は逆に信用を失うことが、なぜわからないのか不思議である。

影響がないように対策をとるから影響がない?

農林水産物も、価格が下がれば生産は減る。価格下落×生産減少量で生産額の減少額を計算し、「これだけの影響があるから対策はこれだけ必要だ」の順で検討すべきを本末転倒にし、「影響がないように対策をとるから影響がない」と主張している。

例えば、TPP11で酪農では加工原料乳価が最大8円/kg下がると政府も試算している。8円/kgも乳価が下がったら、廃業や生産縮小が生じるはずなのに、所得も生産量も変わらないという。国産チーズ振興への助成金の拡充だけで、乳価全体が8円上昇するわけはない。畜産クラスター事業の強化で生産費が8円下がる保証もないが、可能だと言うなら根拠を示すべきである。しかも、加工原料乳価が8円下落しても飲用乳価か不変というのは、北海道が都府県への移送を増やし、飲用乳価も8円下落しないと均衡しないという経済原理と矛盾する。
 ブランド品への価格下落の影響は1/2というのも根拠がない。例えば、過去のデータから豪州産輸入牛肉が1円下がるとA5ランクの和牛肉は0.87円下がるという、ほぼパラレルな関係にあるとの推定結果もある。
 日本側の形式的評価と実際の影響が乖離する可能性は、輸出国側の評価でわかる。例えば、TPPレベルをEUにも譲った豚肉について、日本側は「差額関税制度が維持されたので9割は現状の価格で輸入される」としているが、EU側は「日本の豚肉は無税になったも同然(almost duty free)」と評価している(TPPでの米国の評価と同じ)。この意味は重大である。

また、今回、牛肉・豚肉生産の赤字補填対策(マルキン)が強化され、法制化されることは評価されるが、牛肉・豚肉は赤字の9割補填をするから所得・生産量が変わらないというのは無理がある。農家負担が25%あるから実際の政府補填は67.5%で、平均的な赤字額の67.5%を補填しても大半の経営は赤字のままだから全体の生産量も維持できない可能性が大きい。

表1 去勢若齢肥育牛1頭当たり収益性

飼養頭数
規模別

粗            収            益

生産費総額

利潤

TPP後の粗収益

TPP後の利潤

TPP後の利潤

(補填あり)

主産物

副産物

 

a

B

c

D

a-d

a*=b×0.9483+c

a*-d

平均赤字の9割補填

平均

917,334

907,897

9,437

947,841

▲ 30,507

870,396

▲ 77,445

 

  1  ~  10頭未満

929,812

904,105

25,707

1,082,695

▲ 152,883

883,070

▲ 199,625

▲ 129,924

 10 ~  20

948,302

927,326

20,976

1,051,184

▲ 102,882

900,359

▲ 150,825

▲ 81,124

 20 ~  30

930,789

910,264

20,525

1,036,527

▲ 105,738

883,728

▲ 152,799

▲ 83,098

 30 ~  50

878,181

868,397

9,784

996,995

▲ 118,814

833,285

▲ 163,710

▲ 94,009

 50 ~ 100

922,081

907,735

14,346

980,388

▲ 58,307

875,151

▲ 105,237

▲ 35,536

100 ~ 200

908,213

900,254

7,959

937,280

▲ 29,067

861,670

▲ 75,610

▲ 5,909

200頭以上

922,811

917,133

5,678

912,324

10,487

875,395

▲ 36,929

32,772

表2 肥育豚1頭当たり収益性

飼養頭数規模別

粗            収            益

生産費総額

利潤

TPP後の粗収益

TPP後の利潤

TPP後の利潤(補填あり)

主産物

副産物

 

A

b

c

d

a-d

a*=b×0.69+c

a*-d

平均赤字の

9割補填

平均

34,156

33,343

813

34,784

▲ 628

23,820

▲ 10,964

 

    1  ~   100頭未満

35,820

31,912

3,908

55,272

▲ 19,452

25,927

▲ 29,345

▲ 19,477

  100  ~   300

36,861

34,635

2,226

44,263

▲ 7,402

26,124

▲ 18,139

▲ 8,271

  300  ~   500

36,771

35,361

1,410

39,387

▲ 2,616

25,809

▲ 13,578

▲ 3,710

  500  ~ 1,000

34,244

33,496

748

36,642

▲ 2,398

23,860

▲ 12,782

▲ 2,914

1,000  ~ 2,000

34,014

33,403

611

33,850

164

23,659

▲ 10,191

▲ 323

2,000頭以上

33,398

32,682

716

31,901

1,497

23,267

▲ 8,634

1,233

「食料自給率は変わらない」というのも説明不能である。輸入価格低下で輸入量が増加するから、かりに国内生産量が不変とした場合、食料自給率は低下するはずである。

生産者損失の過小評価と消費者利益の過大評価

さらに、当研究室での試算では、主要野菜14品目に焦点を当てて関税撤廃(世界全体に対する)の生産者・消費者への影響を推定した結果、生産額の減少総額は992億円と見込まれ、これだけでTPP11の農産物全体の政府試算の最大値にほぼ匹敵し、政府試算がいかに過小か、そして野菜類への影響はほぼ皆無とみなす政府試算は重大な過小評価だとわかる。

一方、テレビなどで関税撤廃による消費者利益*の大きさが強調されるが、輸入価格下落の50~70%程度しか小売価格は下がらない現実を考慮すると、野菜14品目の関税撤廃による消費者利益の増加総額は897億円と推定され、価格が完全に連動していると想定した場合の消費者利益の増加総額の推定値1448億円の6割程度まで縮小する。さらには、失う関税収入は野菜14品目だけでも101億円と計算される。*消費者利益=(自由化前の価格-自由化後の価格)×(自由化前の消費量+自由化後の消費量)/2

つまり、政府試算は「意図的に」生産者の損失を過小評価し、消費者利益を過大評価している側面が強いが、これは計算を担当した所管官庁や所管部署の責任ではない。結局、国民や農林漁家を欺く数字を「意図的に」出すよう指示した責任は誰がとるのか。欺かれた国民、農林漁家がツケを払わされるだけでは済まされない。

しかも「影響がないように対策する(から影響はない)」と言いながら、出されている対策は、国産チーズ振興への助成金の拡充など以外は、「看板の付け替え」(従来からある事業でTPP関連対策に位置づけられる内容のものを寄せ集める)の類(たぐい)が多く、影響を相殺できるような新味のある抜本的対策にはほど遠い。

また、畜産クラスター事業にもみられるように、規模拡大要件が厳しいため、家族経営が現状規模で持続するのをサポートする政策が少ない。メガ・ギガファームの振興だけでは国民への基礎食料の供給ができなくなる事態はすでに顕在化してきていることを踏まえる必要がある。

国産牛乳が飲めなくなる?

  TPP合意でもハード系ナチュラルチーズ(チェダー、ゴーダなど)の関税撤廃が最大の打撃といわれ、大手乳業メーカーは50万トンの国産チーズ 向け生乳が行き場を失うと懸念し、北海道生乳が都府県に押し寄せて、飲用乳価も下がり、共倒れになると心配された。
 それなのに、 EUとの交渉では、さらにソフト系(カマンベール、モッツァレラなど)も輸入枠は設定したものの、枠数量 は20,000トン(初年度)から31,000トン(16年目)(生乳換算×12.65=40万t)と拡大し、17年目以降の枠数量は国内 消費の動向を考慮して設定するとされ、実質的に継続的な枠の拡大が約束されており、枠内関税は段階的撤廃となった。EUからの輸入量に応じて枠を拡大していく、つまり、実質は無制限の関税撤廃に等しいのである。これでは、国産チーズ向け生乳50 万トンが行き場を失い、乳価下落の負の連鎖によって酪農生産に大きな打撃が生じる可能性は一層強まったと言わざるを得ない。

 酪農は「トリプルパンチ」である。「TPPプラス」の日欧EPAとTPP11の市場開放に加えて、農協共販の解体の先陣を切る「生贄」にされた。頻発するバター不足の原因が酪農協(指定団体)によって酪農家の自由な販売が妨げられていることにあるとして、「改正畜安法(畜産経営の安定に関する法律)」で酪農協が全量委託を義務付けてはいけないと規定して酪農協の弱体化を推進している。EUでは、寡占化した加工・小売資本が圧倒的に有利に立っている現状の取引交渉力バランスを是正することにより,公正な生乳取引を促すことが必要との判断から、独禁法の適用除外の生乳生産者団体の組織化と販売契約の明確化による取引交渉力の強化が進められているのとは真逆の我が国の異常性が際立っている 。生ものの生乳は量が把握できないと需給調整・管理ができず、加工・流通が混乱するから、生乳について「二股出荷」を認めている国は世界にない中で、二股出荷を拒否できなくしたのは世界で日本だけというとんでもないことをしてしまった。

生乳は英国の経験 が如実に示すように、買いたたかれ、流通は混乱する。こうしたトリプルパンチの将来不安も影響して、すでに都府県を中心とした生乳生産の減少が加速しており、「バター不足」の解消どころか、「 飲用乳が棚から消える」事態が今夏から頻発しかねない国民生活の危機である。消費者はチーズが安くなるからいいと言っていると国産牛乳が飲めなくなる危機を認識すべきだ。

 いまこそ、TPPプラスの自由化ドミノに歯止めをかけるとともに、酪農にも、せめて牛肉・豚肉のような「酪農版マルキン」(四半期ごとの家族労働費を含む生産コストと市場価格との差を補填する)といった所得の下支え対策を提示すべきである。国産チーズ振興への助成金の拡充だけで相殺できるものではない。

それなのに、今年の夏に想定される飲用牛乳危機に備えて、抜本的な国産生乳振興対策を打ち出すのでなく、バターと脱脂粉乳の輸入を増やして還元乳生産を増やして乗り切るという。これは基礎食料の自給を放棄する方向を示している。

酪農・畜産の衰退では飼料米政策も破綻する将来展望の欠如~貿易の一層の自由化以前に進む現場の疲弊

TPP11、日欧EPA、日米FTA以前の段階で、このままの政策体系では、日本の食と農を持続的に守るのは困難な情勢になっていることを認識すべきなのに、このような「自由化ドミノ」を進めることは、まったく将来展望が欠如している。我々の試算では、戸別所得補償制度を段階的に廃止し、生産調整が緩和されていくと、コメの総生産は15年後の2030年には670万トン程度になり、稲作付農家数も5万戸を切り、地域コミュニティが存続できなくなる地域が続出する可能性がある。

一方、コメの消費量は一人当たり消費の減少と人口減で、2030年には600万トン程度になる。なんと、生産減少で地域社会の維持が心配されるにもかかわらず、それでもコメは70万トンも「余る」のである。そこで、コメから他作物への転換、あるいは主食用以外のコメ生産の拡大が必要ということになるが、しかし、非主食用米のうち最も力点が置かれている飼料米については、その需要先となる畜産部門の生産が現状の4~5割程度まで大幅に縮小していくと見込まれるため、生産しても「誰が飼料米を食べるのか」という事態が心配される。メガ・ギガファームの振興だけでは生産減少をカバーしきれず、国民への基礎食料の供給ができなくなる事態になることもこの試算が如実に示している。

貿易自由化を勘案しなくても、現状の政策体系では農村現場がうまく回っていかないのに、一層の自由化を進め、岩盤(所得の下支え)をなくす農政改革、農業組織(JA、農業委員会、農林水産省など)の解体などが進められたら、現場はどうなってしまうのか。

表3  2030年における品目別総生産・消費指数(2015年=100)と自給率の推定値

 

生産

消費

自給率

コメ

87.71(670万トン)

75.23(600万トン)

115.35

84.22

75.23

111.80

生乳

65.99

65.77 (チーズ123.51)

52.62

牛肉

56.55

78.29

27.19

豚肉

40.04

125.84

10.96

ブロイラー

55.60

130.20

21.23

資料:東京大学農学特定支援員姜薈さん推計。
注:コメ生産の上段は2005-2010年データ、下段は2000-2005年データに基づく推計。その他は2000-2005年データに基づく推計。

「安い食品で消費者が幸せ」のウソ~食に安さを求めるのは命を削ること、今の基準でも危険な輸入農産物

確かにTPP11などによって関税が下がれば、さらに安い農林水産物が入ってくるから、例えば牛丼や豚丼や乳製品、そのほか多くの食品は安くなる。しかし、輸入食品の検疫では、O157やあり得ない化学薬品をはじめ様々に汚染された食品が山のように摘発されている(付表参照)が、水際での検査率はわずか7%だから、大半は検疫をすり抜けている。日本の消費者が安さを求めるから輸入業者が現地に徹底した低価格での納入を無理強いする。現地は安全性のコストを切り詰めてしまう。気付いたら安全性のコストを極限まで切り詰めた輸入農水産物に一層依存して国民の健康が蝕まれていく。

しかも、輸入農水産物は、成長ホルモン(牛豚肉のエストロゲン、乳製品の遺伝子組み換えBST)、成長促進剤(ラクトパミン)、遺伝子組み換え、除草剤(グリホサート=ラウンドアップ)の残留、収穫後農薬(防カビ剤のイマザリルなど)などのリスクがある。このような健康リスク(病気が増え、命が縮む)を勘案すれば、実は、「表面的には安く見える海外産のほうが、総合的には、国産食品より高い」ことを認識すべきである。

すでに、牛肉・豚肉の自給率も5割を切っている。さらに、安い牛丼・豚丼ありがたいと言っているうちに、健康を害して、やはり、安全な国産が食べたいと思った時には自給率が1割になっていたら、選ぶことさえできないことを今気づかないと手遅れになる。

「食に安さだけを追求するのは命を削ること、孫子の世代に責任持てるのか」と認識しないとならない。食料安全保障には質と量の両面がある。質の安全保障を確保するには量の安全保障、つまり、食料自給率の維持が不可欠なのである。

武器としての食料

 国民の命を守り、国土を守るには、どんなときにも安全・安心な食料を安定的に国民に供給できること、それを支える自国の農林水産業が持続できることが不可欠であり、まさに、「農は国の本なり」、国家安全保障の要(かなめ)である。そのために、国民全体で農林水産業を支え、食料自給率を高く維持するのは、世界の常識である。食料自給は独立国家の最低条件である。

例えば、米国では、食料は「武器」と認識されている。米国は多い年には穀物3品目だけで1兆円に及ぶ実質的輸出補助金を使って輸出振興しているが、食料自給率100%は当たり前、いかにそれ以上増産して、日本人を筆頭に世界の人々の「胃袋をつかんで」牛耳るか、そのための戦略的支援にお金をふんだんにかけても、軍事的武器より安上がりだ、まさに「食料を握ることが日本を支配する安上がりな手段」だという認識である。

ただでさえ、米国やオセアニアのような新大陸と我が国の間には、土地などの資源賦存条件の圧倒的な格差が、土地利用型の基礎食料生産のコストに、努力では埋められない格差をもたらしているのに、米国は、輸出補助金ゼロの日本に対して、穀物3品目だけで1兆円規模の輸出補助金を使って攻めてくるのである。

ブッシュ元大統領は、食料・農業関係者には必ずお礼を言っていた。「食料自給はナショナル・セキュリティの問題だ。皆さんのおかげでそれが常に保たれている米国はなんとありがたいことか。それにひきかえ、(どこの国のことかわかると思うけれども)食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。(そのようにしたのも我々だが、もっともっと徹底しよう。)」と。また、1973年、バッツ農務長官は「日本国を脅迫するのなら、食料輸出を止めればよい」と豪語した。

さらには、農業が盛んな米国ウィスコンシン大学の教授は、農家の子弟が多い講義で「食料は武器であって、日本が標的だ。直接食べる食料だけじゃなくて、日本の畜産のエサ穀物を米国が全部供給すれば日本を完全にコントロールできる。これがうまくいけば、これを世界に広げていくのが米国の食料戦略なのだから、みなさんはそのために頑張るのですよ」という趣旨の発言をしていたという。戦後一貫して、この米国の国家戦略によって我々の食は米国にじわじわと握られていき、いまTPP合意を上回る日米の2国間協定などで、その最終仕上げの局面を迎えている。

故宇沢弘文教授は、友人から聞いた話として、米国の日本占領政策の2本柱は、①米国車を買わせる、②日本農業を米国農業と競争不能にして余剰農産物を買わせる、ことだったと述懐している。トランプ大統領は、①最低輸入義務台数を20万台として米国車を買え、②コメの最低輸入義務数量を7万トン(TPPで追加した米国枠)からもっと増やせ、と要求している。占領政策はいまも同じように続いているのである。

食料を守らない日本

また、日本の農家の所得のうち補助金の占める割合は3割程度(漁家では15%程度)なのに対して、EUの農業所得に占める補助金の割合は英仏が90%前後、スイスではほぼ100%と、日本は先進国で最も低い。「所得のほとんどが税金でまかなわれているのが産業といえるか」と思われるかもしれないが、欧州では幾度の戦争を経て国境防衛と食糧難とに苦労した経験から、命を守り、環境を守り、国土・国境を守っている産業を国民みんなで支えるのは当たり前なのである。それが当たり前でないのが日本である。

表4 農業所得に占める補助金の割合 (A)と農業生産額に対する農業予算比率 (B)

 

A

B

 

2006年

2012年

2013年

2012年

日本

15.6

38.2

30.2(2016)

38.2

米国

26.4

42.5

35.2

75.4

スイス

94.5

112.5

104.8

フランス

90.2

65.0

94.7

44.4

ドイツ

72.9

69.7

60.6

英国

95.2

81.9

90.5

63.2

資料:鈴木宣弘、磯田宏教授、飯國芳明教授、石井圭一教授による。漁業は14.9%(2015年)。

日本農林水産業が過保護だから自給率が下がった、耕作放棄が増えた、高齢化が進んだ、というのは間違いである。過保護なら、もっと所得が増えて生産が増えているはずだ。逆に、米国は競争力があるから輸出国になっているのではない。コストは高くても、自給は当たり前、いかに増産して世界をコントロールするか、という徹底した食料戦略で輸出国になっている。つまり、一般に言われている「日本=過保護で衰退、欧米=競争で発展」というのは、むしろ逆である。

だから、日本の農林水産業が過保護だからTPPなどのショック療法で競争にさらせば強くなって輸出産業になるというのは、前提条件が間違っているから、そんなことをしたら、最後の砦まで失って、息の根を止められてしまいかねない。早くに関税撤廃したトウモロコシ、大豆の自給率が、0%、7%であることを直視する必要がある。

食料自給率を死語にしてはならない

我が国では、国家安全保障の要(かなめ)としての食料の位置づけが甘い。一応、実現目標として掲げられたカロリーベースで45%という数字はあるが、いまや38%まで下がり、そこから上がる見込みも、上げる努力の気配も感じられず、食料自給率と言う言葉さえ、死語になったかのように使われなくなってきていることは、世界の流れに完全に逆行している。

 我々は原発でも思い知らされた。目先のコストの安さに目を奪われて、いざという時の準備をしていなかったら、取り返しのつかないコストになる。食料がまさにそうである。普段のコストが少々高くても、オーストラリアや米国から輸入したほうが安いからといって国内生産をやめてしまったら、2008年の食料危機のときのように、お金があれば買えるのではなくて、輸出規制で、お金を出しても売ってくれなくなったら、ハイチやフィリピンでコメが食べられなくなって暴動が起きて死者が出たように、日本国民も飢えてしまう。

だから、そういう時に備えるためには、普段のコストが少々高くてもちゃんと自分の所で頑張っている人たちを支えていくことこそが、実は長期的にはコストが安いということを強く再認識すべきである。

しかし、さらなる貿易自由化と国内の規制緩和(セーフティネットの削減)による既存の農業経営の崩壊、農協解体に向けた措置(全農共販・共同購入の無効化、独禁法の適用除外の実質無効化、生乳共販の弱体化、信用・共済の分離への布石)、外資を含む一部企業への便宜供与(全農の株式会社化→買収、特定企業の農地取得を可能にした国家「私物化」特区、種子法の廃止、農業「移民」特区の展開)、そして、それらにより国民の命と暮らしのリスクが高まる事態が「着実に」進行している。

「企業参入」という日本の植民地化

それでいいのだという人たちがいる。既存の農家がつぶれたあと、日本の農地の1%でもいい。一部の「お友達」企業が参入して儲けられればよいのだという。「今だけ、金だけ、自分だけ」の日米大企業の利益のために、本気で既存の農家を潰し、組織を潰し、地域を潰すつもりなのか。しかし、一部の企業の農業がかりに儲かっても国民に食料を十分に供給できない。軍事による安保ばかり強調して食料自給率をないがしろにする人達は安全保障の本質を理解していない。

国民の命の要の基礎食料の、その源が種であるが、米麦の優良な種を国と県が安く提供する種子法も廃止し、種の情報をグローバル種子企業に差し出すことになってしまった。グローバル種子企業にとって「濡れ手で粟」である。「払い下げ」で手に入れた種をベースに遺伝子組み換え種子にして特許化して独占し、それを買い続けない限り、コメの生産が継続できなくなり、価格もつり上げられていく。国民の命の源を握られかねない重大な危機である。

日本の国境を形成する沿岸海域の「制海権」を外国に売り渡すような漁業権の開放も日程に上っている。例えば、尖閣諸島のような領土問題が広がる可能性もある。そもそも、尖閣諸島には、鰹節などをつくる水産加工場があって、200人以上の住民がいた。まさに、漁業の衰退が、尖閣諸島の領有権を海外に主張されることにつながった。

国土・国境が脅かされる事態を回避するために、ヨーロッパ各国は国境線の山間部にたくさんの農家が持続できるように所得のほぼ100%を税金で賄って支えている。彼らにとって農業振興は最大の安全保障政策である。日本にとっての最大の国境線は海である。沿岸線の海を守るには自国の家族経営漁業の持続に戦略的支援を欧州のように強化するのが本来なのに、企業参入が重要として、結果的には日本の主権が脅かされていく危機に気付いてないのであろうか。日本国民にとって国家存亡の危機である。

欧米は国境を守る農林水産業に所得の100%近くを税金で支えるような徹底的な戦略的支援をして守っているのに、我が国はどうなってしまうのか。「民間活力の最大限の活用」だ、「企業参入」だと言っているうちに、気付いたら、安全性の懸念が大きい輸入農水産物に一層依存して国民の健康が蝕まれ、日本の資源・環境、地域社会、そして、日本国民の主権が実質的に奪われていくという取り返しのつかない事態に突き進んでよいのか。農林水産業は国土・国境を守っているという感覚は世界では当たり前なのに、我が国では、そういう認識が欠如している。

安全保障政策としての農林水産業政策

結局、安さを求めて、国内農家の時給が1,000円に満たないような「しわ寄せ」を続け、海外から安いものが入ればいい、という方向を進めることで、国内生産が縮小することは、ごく一部の企業が儲かる農業を実現したとしても、国民全体の命や健康、そして環境のリスクは増大してしまう。自分の生活を守るためには、国家安全保障も含めた多面的機能の価値も付加した価格が正当な価格であると消費者が考えるかどうかである。

スイスで1個80円もする国産の卵のほうが売れている原動力は、消費者サイドが食品流通の5割以上のシェアを持つ生協に結集して、農協なども通じて生産者サイドに働きかけ、ホンモノの基準を設定・認証して、健康、環境、動物愛護、生物多様性、景観に配慮した生産を促進し、その代わり、できた農産物に込められた多様な価値を価格に反映して消費者が支えていくという強固なネットワークを形成できていることにある。

そして、価格に反映しきれない部分は、全体で集めた税金から対価を補填する。これは保護ではなく、様々な安全保障を担っていることへの正当な対価である。それが農業政策である。農家にも最大限の努力はしてもらうのは当然だが、それを正当な価格形成と追加的な補填(直接支払い)で、全体として、作る人、加工する人、流通する人、消費する人、すべてが持続できる社会システムを構築する必要がある。

イタリアの水田の話が象徴的である。水田にはオタマジャクシが棲める生物多様性、ダムの代わりに貯水できる洪水防止機能、水をろ過してくれる機能、こうした機能に国民はお世話になっているが、それをコメの値段に反映しているか。十分反映できていないのなら、ただ乗りしてはいけない。自分たちがお金を集めて別途払おうじゃないか、という感覚が税金からの直接支払いの根拠になっている。

根拠をしっかりと積み上げ、予算化し、国民の理解を得ている。個別具体的に、農業の果たす多面的機能の項目ごとに支払われる直接支払額が決められているから、消費者も自分たちの応分の対価の支払いが納得でき、直接支払いもバラマキとは言われないし、農家もしっかりそれを認識し、誇りをもって生産に臨める。このようなシステムは日本にない。

さらに、米国では、農家にとって必要な最低限の所得・価格は必ず確保されるように、その水準を明示して、下回ったら政策を発動するから安心してつくって下さい、というシステムを完備している。これが食料を守るということだ。農業政策を意図的に農家保護政策に矮小化して批判するのは間違っている。農業政策は国民の命を守る真の安全保障政策である。こうした本質的議論なくして食と農と地域の持続的発展はない。

2008、2009年のエサ危機には、緊急予算を3,000~4,000億円も手当てした。それを、そのまま緊急的な乳価補填に使えば、機動的に畜産・酪農所得を支えられたが、乳価補填には100億程度しか使われなかった。その他の大部分はどこへ行ったのか。なぜ、もっと直接的に農家の所得補填ができなかったのか。この指摘は、食農審の畜産部会や農畜産業振興機構の第三者委員会において消費者側委員からもなされた。

我が国の農林水産業政策には、様々な政策メニューがあるが、それらを集約して、シンプルに、ピンポイントに、より直接的に農林漁家の所得形成につながるような政策に集中的に予算配分することが検討されてよかろう。また、めざすべき方向で大枠の予算がとれても、それを現実的にそれぞれの施策に落としていくと、非常に細かくなり、それが現場に行くと、その市町村で一手にそれを引き受けて、似たような事業がまた錯綜したり、書類は多いが使いづらい、効果が実感できないという指摘が相変わらず多い。この辺りは所管官庁も相当に改善に努力しているが、さらに、わかりやすさ、使いやすさ、ポイントを押さえて所得形成に届く重点化という点で改善がないと、結果的に現場で使いにくいという点を打破できない。財務官庁が一層厳しい要件を付けるため、現場で使用できずに国に返還される仕組みになってしまうとの指摘もある。所管官庁も、とりあえず予算がつけばよし、となると、結局泣かされるのは現場の農家である。この問題を今度こそ改善しないといけない。

また、我が国には、「緊急対策」というのが多いが、これは政治家にとっては手柄になるが、一過性の対策は農家を常に不安にさせ、将来計画を立てられなくしている。この対極が、対策の発動基準が明確にされ、農家にとって「予見可能」で、それを目安にした経営・投資計画が立てやすくなっている欧米型のシステマティックな政策である。

今回、牛豚マルキンが強化され、法制化されることは一定の前進ではあるが、対照的に、酪農には十分な下支え政策もないまま、生乳共販組織が弱体化されようとしている。戸別所得補償制度の廃止後の農家単位の収入保険は「底なし沼」で下支え水準が見えない。

こうした点の改善も含め、「食を外国に握られることは国民の命を握られ、国の独立を失うことである」ことを常に念頭に置いて、安全保障確立戦略の中心を担う恒久的な農林水産業政策を、政党の垣根を超え、省庁の垣根を超えた国家戦略予算として再構築すべきである。

(注) 日本では、自己や組織の目先の利益、保身、責任逃れが「行動原理」のキーワードにみえることが多いが、それは日本全体が泥船に乗って沈んでいくことなのだということを、いま一度、肝に銘じるときではないかと、自戒の念を込めて思う。
とりわけ、組織のリーダー格の立場にある方々は、よほど若い人は別にして、それなりの年齢に達しているのだから、残された自身の生涯を、拠って立つ人々のために我が身を犠牲にする気概を持って、全責任を自らが背負う覚悟を明確に表明し、捧げてはいかがだろうか。それこそが、実は、自らも含めて、社会全体を救うのではないかと思う。いくつになっても、責任逃れと保身ばかりを考え、地位に執着し、見返りを求めて生きていく人生は楽しいだろうか。