対米追従の限界~背筋凍るTPPの真実

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<シリーズ・日本の進路を考える>
世界の政治も経済も危機は深まり、わが国を亡国に導く対米従属の安倍政権による軍事大国化の道に代わる、危機打開の進路が切実に求められている。
本誌では、各方面の識者の方々に「日本の進路」について語ってもらい、随時掲載する。(編集部)

食料安全保障政策の確立を

東京大学大学院教授 鈴木 宣弘suzuki-tpp

 「東京オリンピックまで首相を続けたい」という発言に象徴されるように、米国に追従して自らの地位を守り、国民の命と生活を犠牲にする政治は限界に来ている。米国でも批准が困難になっているTPP(環太平洋経済連携協定)を決めようと、日本政府は水面下で国益を差し出し、ひとり批准を急ぐ。
 危険水域に入った暴走政治の現状と背筋凍るTPPの真実を見る。

日本は米国の草刈り場

 去年10月、アトランタでTPPの「大筋合意」が行われたが、それに臨む日本政府の方針は「オバマ政権のためにTPPを決めてやる。譲れるものはすべて譲る」だった。農業分野は1年前に譲り終えており、日本だけが7年後の再交渉でさらなる関税削減を約束させられていた。2カ月前のハワイ会合では自動車の利益確保にこだわり、TPPを決裂させたが、アトランタではそれさえも譲り、TPP域内での部品調達率が55%以上でないと関税撤廃の対象とならないとする原産地規則を受け入れた。中国やタイなどでの部品調達が多い日本車がこれをクリアするのは難しい。米国普通自動車の関税2・5%削減開始は15年後で撤廃は25年後、大型車の関税25%は29年間現状のままを受け入れた。それを見て他の国は、「経済大国の日本が、国民の利益を犠牲にしてよくそこまで譲れるものだ。日本はアメリカの草刈り場みたいだ」とあきれていた。
 国内ではTPP協定の詳細も示さず、影響試算が出される前に「国内対策」だけが先に示された。この国内対策も、現場の意見を聞いて決めたということになっているが、実際には事前に農業団体の要望をチェックし、政府の対策にない要望は役所の幹部に取り消させるよう指示していた。また、国会決議を守ったと強弁するため、「除外」の意味は全面的関税撤廃からの除外だから1%でも関税が残っていればいいとの屁理屈を用意し、「再生産が可能に」との文言を国会決議に紛れ込ませ、「国内対策で再生産可能にしたから国会決議は守られた」と主張した。
 協定の日本語版を一部出したが、それだけでは解釈が困難だった。国会審議で条文の背景説明を求めると、「交渉過程は4年間秘密なので説明できない」と回答し、タイトル以外は黒塗りの資料を出した(写真参照)。まともな説明もないまま、党議拘束をかけて批准しようとしている。全国各地の説明会では「まともな説明も回答もない」と、不満が噴出した。noriben-tpp
 2015年末にやっと政府の影響再試算が出されたが、前回、TPPによる全面的関税撤廃の下で3・2兆円の増加と試算されたGDP(国内総生産)が、13・6兆円の増加と4倍以上に修正され、農林水産業の損失は3兆円から1300~2100億円程度へ20分の1に圧縮された。「TPPはバラ色で、農林水産業への影響は軽微だから、国内対策で十分に国会決議は守られたと説明するために数字を操作した」と自ら認めているようなものだった。
 共同通信社が2016年4月に実施した、全国知事へのアンケート調査によると、TPPに関する政府の説明が「十分」と回答した知事はゼロ、国会決議が「守られた」もゼロ、試算が「現実的」もゼロだった。

TPP以前に日本の食と農の持続は困難に

 TPP以前の段階でも、今の政策体系では、日本の食と農を持続的に守るのは困難な情勢になっている。我々の試算では、戸別所得補償制度を段階的に廃止し、生産調整を緩和していく「新農政」が実施されると、10年待たずして米価は1俵1万円を切ると見込まれる。コメの総生産は2030年に670万トン程度になり、稲作付農家数は5万戸を切り、地域コミュニティが存続できなくなる地域が続出する可能性がある。一方、コメの消費量は1人当たり消費の減少と人口減で、2030年には600万トン程度になる。生産減少で地域社会の維持が心配されるに、コメは70万トンも「余る」のである。そこで、コメから他作物への転換、あるいは主食用以外のコメ生産の拡大が必要となるが、畜産部門の生産が現状の4~5割程度まで大幅に縮小していくと見込まれ、飼料米の需要は激減する。

 この状況でTPPを進め、所得の下支えをなくす農政改革、JAや農業委員会の解体などが進められたら、現場はどうなるのか。それなのに、TPPの影響は軽微だから抜本的対策はせず、競争にさらせば農業は輸出産業になると空論を展開する。「農家は潰れても構わない」と言っているのに等しい。これで農業所得倍増ができると言うのだから、あきれる。既存農家のほとんどが潰れても、条件がいい1%の農地でLファームとかOファームとかの企業が自由に農業をやれば所得倍増だ、と言うのだ。
 残りの99%の農地はどうするのか。K大学名誉教授のT氏は高知県の中山間地に行ってこう言った。「何でこんなところに住むんだ。こんなところで農業をするから、行政も無駄な金がかかる。早く引っ越し、原野に戻せ。地域の伝統や文化、コミュニティなどは、非効率だから要らない」。
 一部の企業が儲かっても国民に食料を十分に供給できない。彼らがよく言う安全保障はどうなるのか。それはどうでもいいようだ。「今だけ、金だけ、自分だけ」で、政権党に結びついている一部の者だけの利益が保障されればそれでいいのだ。
 巨万の富を得ている、きわめて少数の者たちが政府の会議を利用してさらに私腹を肥やし、地域を苦しめている。例えば、人材派遣業大手P社の会長でもある先述のT氏、O社のM会長、S社のN社長などだ。T氏はP社会長として1億2000万円の年収がある。彼が政府の会議を利用してやったことは、首切り自由特区と短期雇用で労働者を雑巾のように使い回していく雇用改革法案の成立。これでP社が儲かる。N氏は政府会議のリード役の立場を利用して、新しい農地集積組織(中間管理機構)で自社農場へ優良農地を集積し、農業委員会を骨抜きにして農業に参入し、儲からなければ農地を自由に転売して儲けられるように画策した。M氏は役員報酬が年に55億円。郵政を民営化したら皆が幸せになれると言って政府会議の座長をやりながら、かんぽの宿をO社が安く買い叩こうとしたことがばれた。H県Y市の農業特区は象徴的だ。O社の関連会社が農地を買い、その社外取締役にN氏とT氏が就任した。

命と健康よりも、企業利益を優先するTPP

 米国製薬会社が新薬特許の保護期間の長期化を執拗に求めて難航したように、TPPでは命や健康よりも大企業の利益が優先される。「米国企業に対する海外市場での一切の差別と不利を認めない」ことがTPPの大原則で、食の安全が脅かされる。
 米国牛にはBSE(狂牛病)の危険性がある。日本はBSEの発症例がほとんどない20カ月齢以下の牛に限定して輸入を認めていたが、米国から「TPPに参加したいなら規制を緩めろ」と言われ、30カ月齢以下にまで緩めてしまった。
 米国の果物や穀物には、日本への長期間の輸送でカビが生えないように防カビ剤(ポストハーベスト農薬)をかけなくてはならない。政府は米国の圧力に屈して、防カビ剤の分類を農薬から食品添加物に改め、日本への輸出を許可した。ところが、食品添加物は食品パッケージに表示する義務がある。米国はそれが不当な差別だと言い出したので、政府はさらに規制を緩めることを約束した。政府はそんな約束はしていないと言い張っていたが、TPP付属文書には2年前に米国の要求に応えて約束したと書かれてある。
 米国は、遺伝子組み換え(GM)食品は安全が明らかだから、「GMを使用していない」との表示は消費者を惑わす表示だと主張しており、やめろと迫るだろう。GMのもう一つの懸念は、GM大豆やGMトウモロコシには発ンガ性が確認されているグリホサート系の除草剤がかけられていることだ。しかも、耐性雑草が増えてきたため散布量が増え、薬剤の残量濃度はさらに高まっている。このように健康リスクは海外産の方が国産食品より高く、食品の原産地表示の強化が求められる。だが、原産地表示は米国産を差別するものとして、投資家対国家の紛争解決(ISDS)の提訴で崩される可能性がある。
 TPPによって関税が下がれば、米国から安い牛肉や豚肉が大量に入ってくる。米国で牛の肥育に投与されているエストロゲンは発ガンがあり、牛や豚の餌に混ぜる成長促進剤のラクトパミンは中毒症状を起こすとして、EUは国内使用も輸入も禁止している。日本も国内使用を認めていないが、輸入は認めているので、食の安全が脅かされる。
 ISDSについて言えば、韓米FTA(自由貿易協定)で明らかなように、地方自治行政そのものが否定されかねない。かたや米国は、TPPが連邦法にしか影響しないので、州レベルの公共事業は国際入札の対象外だし、国外企業を差別する州法による米国産義務付けも影響を受けない。
 TPP交渉において、政権公約や国会決議で守るべき国益とされた農産物関税も、食の安全、医療、自動車などの非関税措置も、日本は全滅である。

 一番分かりやすいのは郵政解体である。米国の金融保険業界が350兆円の郵貯マネーを狙って郵政解体を迫り、小泉政権が解体した。米国A社は民営化したかんぽ生命を見て、「かんぽ生命はガン保険に参入しないと宣言せよ」と迫り、所管大臣はしぶしぶ参入しないと発表した。さらに、半年後に全国の2万戸の郵便局でA社の保険販売が始まった。日本は米国の身勝手な要求に屈服しながら、それを「自主的にやった」と説明している。だが、TPP協定の付属文書には「米国の要請に日本が応えた」と書いてある。
 この付属文書で、日本は米国投資家の追加要求に、規制改革会議を通じてさらなる対処をすることも約束している。際限なく続く日米2国間協議で、巨大企業の利益のために国民生活を犠牲にする。法的位置づけもない諮問機関に、米国の経済界と密接につながり利害の一致する仲間だけを集めて、国の方向性を勝手に決めてしまうのは、不公正かつ危険きわまりない。

農業政策こそ国民の命を守る、真の国家安全保障政策

 日本は、国家安全保障の要(かなめ)としての食料の位置づけが甘い。
 米国ウィスコンシン大学の教授は講義で「食料は武器であり、日本が標的だ。米国が食料や飼料穀物を全部供給すれば日本を完全にコントロールできる。これを世界に広げていくのが米国の食料戦略だ」と発言をしていた。この国家戦略で我々の食は戦後一貫して米国に握られてきた。
 米国のコメ生産コストはタイやベトナムの2倍近いが、1俵4000円で輸出し、農家には12000円との差額を補填してきた。輸出補助金は穀物3品目だけで1兆円だが、日本農家に輸出補助金はない。
 EUの農業所得に占める補助金の割合は平均95%だ。命を守り、環境を守り、国土を守っている産業を国民皆で支えるのは当たり前となっている。それが当たり前でないのが日本で、補助金の割合は2割に満たず、先進国では最も低い。日本は垣根を低くして、補助金漬けの米国農産物で潰されようとしている。
 米国では、我が国の稲作に匹敵する酪農は「公益事業」と言われ、酪農家に最低限支払われるべき加工原料乳価は連邦政府が全国一律に決め、飲用乳価に上乗せすべきプレミアムも約2600の郡別に政府が設定している。さらに、2014年から「乳価マイナス餌代」で確保すべき水準を示し、それを下回れば政府からの補填が発動される。
 カナダの牛乳は1リットル300円で、日本より大幅に高いが、カナダの消費者は「米国産の成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」と言っている。
 スイスの卵は国産1個80円もするが、その卵の方が売れていた。小学生くらいの女の子が「これを買うことで生産者の生活が支えられ、そのおかげで私たちの生活も成り立つのだから、当たり前」と言う。
 イタリアの水田の話は象徴的だ。水田にはオタマジャクシが棲める生物多様性、ダムの代わりに貯水できる洪水防止機能、水をろ過してくれる機能に国民はお世話になっている。それが米価に反映していないのなら、タダ乗りせず自分たちがお金を払おうという感覚が税金からの直接支払いの根拠になっている。

 農産物にはさまざまな価値が込められている。それを具体的に数値化して、国民が応分の負担をしていくシステムをEUはつくり上げてきた。だから消費者も納得して支えることができるし、生産者も誇りを持ってつくっていくことができる。これができていないのが日本である。
 農業政策は農家保護政策でなく、国民の命を守る真の国家安全保障政策である。軍事による安全保障ばかり強調して、食料自給率をないがしろにする人たちは、日本の国家安全保障を危うくする。

米国追従を止めない限り、食料安全保障は成り立たない

 米国への譲歩が水面下でさらに進んでいる。
 TPP推進の製薬会社などから5億円も献金を受けている共和党のハッチ議員は「新薬のデータ保護期間を延長しろと言ったのに、8年とか5年にしかなっていない。これでは批准できない」と憤慨している。一方、失業増大の懸念からTPPに反対してきた民主党は、想定以上にひどいと怒っている。賛成派も反対派もこれではダメだと言い、民主、共和のどちらが大統領になっても公約を反故にしない限り、TPPが米国で成立する見込みはない。

 そこで日本が動いている。駐米公使が「条文の再交渉はできないが、日本が水面下で米国の要求を呑み、米議会でTPP賛成派を増やすことは可能だ」と漏らした。例えば、米国の豚肉業界が「日本は関税を大幅削減したが、国内対策で差額補填率を引き上げれば米国からの輸入が十分増えない。この国内対策をやめろ」と要求してきている。一昨年秋の米議会で、大統領に一括交渉権限を与える法案が一票差で通った。あの時、日本政府はロビイストを通じて、民主党のTPP反対議員に多額の金を配って賛成を促したという。
 関係者が目先の条件闘争に陥ると、日本の食と農と地域の未来はない。TPP農業対策の大半は過去の事業の焼き直しだけでなく、法人化・規模拡大要件を厳しくして一般農家の応募を困難にし、対象を大企業に絞り込もうとしている。収入保険を経営安定対策であるかのように提示しているが、過去5年の平均米価を補填基準収入の算定に使い、下がった価格を順次基準にしていくのだから収入保険は「底なし沼」で下がっていく。
 全国で地域の人びととともに、食と農と地域の未来を守るため主張し続けなければならない。守るべき国益を規定した政権公約と国会決議に合致するとの根拠を国民に示せない限り、批准手続きを許してはならない。
 オバマ政権のレームダック期間にTPPが米国で批准される可能性は極めて低いが、クリントンが大統領なら「現状のTPPには反対」だから、日本がさらに譲歩させられてTPP成立となりかねない。トランプが大統領なら「TPPに署名しない。2国間FTAでよい」ということだから、日本が一層譲歩させられかねない。米国で批准できそうにないから大丈夫との他力本願は通用しない。
 対米従属の呪縛から解放されないかぎり国民の食料は守れない。

真っ向から対峙する意義が確認できた参議院選挙

 7月の参院選で政権党が議席を増やしたため、TPP推進や農政・農協「改革」の流れが承認されたかのように政府は主張している。
 しかし、選挙結果をみると、多くの農家、農業関係者を中心に今の流れに反発する動きが見られた。結果に結実しきれなかった県もあるが、「東北・甲信越の乱」と言われるように、稲作を中心に農業依存度が高く、まだ震災の影響があるのに放置されてきた東北、あるいは北海道・沖縄・甲信越でも、地域にシワ寄せして人びとを苦しめ、地域の暮らしを奪っていく政治への大きな怒りが結果に表れた。
 東北のある県では、前回の選挙で農協組織が政権党ではない候補者を推薦して惜敗したが、政権党の候補者を推薦しなかった「見せしめ」に独禁法違反の嫌疑で公正取引委員会の査察が入った。それにひるむことなく人びとは踏ん張り、今回の選挙で前回惜敗した候補者が圧勝した。
 「見せしめ」を恐れ、従い続けて自ら墓穴を掘る対応ではなく、地域を守ってきた誇りを持って、真っ向から対峙すれば未来は切り開けることを先の参院選結果は示している。国民の命を守る使命に誇りを持ち、ひるむことなく前進しよう。
 詳しくは『悪夢の食卓』(KADOKAWA)を参照されたい。

【すずき のぶひろ 1958年、三重県志摩市生まれ。農水省を辞めて九州大学教授から現職。著書に「悪夢の食卓」他多数。本論は、第13回全国地方議員交流会での同氏の発言を編集部の責任で編集したもの】

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