8月30日の総選挙で、自民党は300議席から119議席に激減し、1955年の結党以来はじめて、第一党の座から転落した。主要な原因は、戦後半世紀以上にわたって続いた対米従属政治とアメリカ発の世界経済危機によって、国民の生活・営業が危機に瀕し、国民の不満と怒りが極限に近づいたためである。民主党がその受け皿となり、民主党・社民党・国民新党の連立による鳩山政権が誕生した。受け皿というにとどまらず、民主党のマニフェストが危機の打開を求める有権者を引きつけたのもまちがいない。それだけに、鳩山政権に対する国民の期待は大きい。鳩山政権は高まる期待に応えなければならない。
民主党はマニフェストで「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす」とうたった。「対等な日米同盟関係」「主体的な外交戦略」の中味は定かでないが、少なくとも、自民党政権下のこれまでは「対等な日米同盟関係でなかった」、「主体的な外交戦略はなかった」と言っていることは確かだ。
現実はどうか。鳩山首相はオバマ大統領と初の日米首脳会談で、各論にはふれず、今後の日米関係をうらなうことになる総論を述べた。外務省の「日米首脳会談の概要」には次のようにある。
「冒頭、鳩山総理より、自分の内閣でも日米同盟を日本外交の基軸として重視していく考えを伝達し、両首脳は日米同盟の一層の強化で一致した」。
「地域の課題及びグローバルな課題についても、建設的で未来志向の日米関係を築き、従来にも増して協力の幅を広げていくことを確認した」。
「日米安保に関し、鳩山総理より、日米安保体制はアジア太平洋地域の平和と安定の礎であり、日米安保を巡るいかなる問題も日米同盟の基盤を強化するかたちで、緊密に協力したいと述べ、引き続き緊密に協議していくこととなった」。
鳩山首相は「自分の内閣でも」と述べているように、自民党政権のこれまでの対米外交、つまり日米基軸路線を踏襲することを鮮明にした。
「グローバルな課題について協力の幅を広げる」、「日米安保体制はアジア太平洋地域の平和と安定の礎」の部分は、次の文章とまったく同じである。
「日米同盟は、日本の安全とアジア太平洋地域の平和と安定のために不可欠な基礎である。同盟に基づいた緊密かつ協力的な関係は、世界における課題(グローバルな課題)に効果的に対処する上で重要な役割を果たしており、安全保障環境の変化に応じて発展しなければならない」。
この文章は、2005年に日米の外務・防衛の閣僚が署名した「日米同盟―未来のための変革と再編」の冒頭部分である。この日米合意によって日米同盟は変質し、第1に対象範囲が極東から世界全体に拡大された。第2に「日米共通の戦略」が強調され、差し迫った脅威に対抗するために認められた武力行使から、米国にとって望ましい安全保障環境をつくるための武力行使に変わり、これに日本が参画・協力することになった。
日米同盟の変質については、前防衛大学校教授の孫崎享氏が『日本の進路』の前号(9月号)で論じているので、それをごらんいただきたい。孫崎氏はそこで、「米国には戦略がありますが、日本にはありません。『共通の戦略』と言っても、常に米国が戦略を示し、日本がそれに同意するという関係が続いています」と述べている。「日米同盟―未来のための転換と再編」は米国の戦略に日本を組み込む合意である。
残念ながら、鳩山首相の発言はこの合意をコピーしたようなものとなった。偶然の一致なのか、それとも外務官僚のレクチャーに従った結果なのか。いずれにしても、鳩山外交の幕開け、その総論展開は、「対等な日米同盟関係」や「主体的な外交戦略」というマニフェストにそったものにはならなかった。
民主党のマニフェストは、日米関係の各論で「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」とうたっている。どんな方向への見直しか明記していないが、鳩山氏は選挙戦のさなかに「普天間基地の県外移設」を主張していた。国民とりわけ沖縄県民が、見直し=県外移設と受けとめ、これに期待をよせるのは当然である。
ところが、鳩山首相は10月7日、普天間基地の移設問題について、「時間という要素によって、見直し方針が変化する可能性は否定しない」と述べ、名護市辺野古に移設する現行計画を容認する考えを示唆した。沖縄県民や連立与党内部から抗議の声があがった。翌8日、首相は「いろいろな可能性を検討している。前政権の合意も重い決定であることは間違いない。ただ、本当にそれがベストなのか。必ずしもその道だけではないと考えており、いろんな選択肢の中で、特に沖縄県民が理解できるような着地点を探していきたい」と述べ、前日の発言について釈明した。
鳩山首相は結論を出す時期についても、政権発足後100日以内というこれまでの主張をくつがえし、「名護市長選(来年1月)と沖縄県知事選(来年11月)の中間くらいで結論が必要になってくる」と述べて、来年に先送りすることを表明した。なぜ先送りするのか。「中間くらい」と言えば7月に参院選がある。参院選後ならば、県外移設の断念で国民や連立与党内から反発があっても乗り切れると考えたのか。それとも他の理由があるのか。首相の本音がどこにあるのか定かでない。
閣内も一致していない。北沢防衛相が「県外移設は難しい」と言い、他方で前原沖縄相が「辺野古への移設は疑問。新たな移設先を再検討すべきだ」と主張。岡田外相も、首相の結論先送り論に対して、年内に結論をめざすと発言した。
アメリカは鳩山政権の米軍再編見直し論にいらだっている。仲井真知事が主張する沖合移動論に応じる考えを示した上で、辺野古を移設先とする現行計画が実行できなければ「日米の信頼関係に打撃になる」と恫喝し、鳩山政権に早期の合意履行を迫っている。
鳩山政権はどのような決断をするのだろうか。アメリカの要求に屈し、沖合へ50メートルほどの微修正で現行計画に同意するのか。新たに辺野古以外の県内移設を追求するのか。県外の国内移設を追求するのか。国外移設をアメリカに迫るのか。たとえ沖合へ50メートルほどの微修正でも、「見直した」と強弁できないことはない。「全力をあげて頑張ったが、できなかった」と言うこともできよう。だが、国民とりわけ永く米軍基地の重圧の犠牲を強いられてきた沖縄県民が切望しているのは国外移設である。鳩山首相みずからもそれが国益だと考え、以前から発言していたことは、外国軍隊に自国領土から撤退してもらうことではなかったのか。アメリカが応じないからといってあきらめてはならない。独立国としての尊厳をみずから辱めてはならない。アメリカがどんなに反対しようと、鳩山政権が決断しさえすれば、実行できる方法が日米安保条約にも明記されている。
沖縄県民は普天間基地の即時閉鎖、辺野古への新基地建設中止を求めて、11月8日午後2時、宜野湾市海浜公園野外劇場において、超党派の「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」を開催する。鳩山首相には、沖縄県民の切実な願いに応え、鳩山政権が普天間基地の閉鎖、辺野古への新基地建設中止を決断したと、オバマ大統領の訪日の際に、はっきり伝えていただきたい。
それこそが「対等な日米関係」、「主体的な外交」が意味する政策の実行だと確信する。