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『日本の進路』地方議員版17号(2002年11月発行)
はじめに
今日の市町村合併問題は、とてもわかりにくい。それは地方自治の現場の延長に議論されているのではなく、地方財政の膨大な赤字を打開するものとして国の側から強引にすすめられていることと、住民たちにとっては日頃なじみのない地方財政の仕組みの問題がかかわっているからだ。
合併問題で、次のような話を聞いた。知人が同じ島の和泊町からタクシーに乗ったところ、タクシーの運転手が「合併をすれば、町の借金が帳消しになるそうだ」と話かけてきたそうだ。
もう一つは、役場のある課長の話。「それぞれの町が体力のあるうちに、合併しなければならない」と。体力とは、簡単にいえば財政力のことだ。たしかに、現在多くの自治体が多額の地方債残高をかかえ、財政圧迫にあえいでいる。それでもなんとかやっていけるうちに合併したほうがいいという意味だが、合併すれば体力(財政力)がつくのだろうか。
この二つの疑問以外にも、住民から質問されるのは、「合併しなかった場合に、交付税はどれだけ減らされるのか」「なぜ合併しないといけないのか」など、合併に対する素朴な疑問が多い。その疑問に対して、行政側が十分に説明をしているとはいいがたい。本稿は、知名町当局が5月に行った住民説明会の資料をもとに、この素朴な住民側の疑問に答えるかたちで、展開したい。
一、 合併特例債
知名町当局が平成14年5月、全集落を対象に行った「市町村合併問題住民説明会」の場で配布した資料には合併特例債について、次のように書かれている。(以下「説明会資料」という)
2合併市町村まちづくりのための建設事業に対する財政措置
・合併後10カ年度は市町村建設計画に基づく特に必要な事業の経費に特例地方債を充当(95%)
・元利償還金の70%を普通交付税措置
3合併直後の市町村振興のための基金造成に対する財政措置
・旧市町村単位の地域振興・住民の一体感醸成のために行う基金造成に対し、特例地方債を充当(95%)
・元利償還金の70%を普通交付税措置
(145678は略)
なお、沖永良部・与論が合併した場合の財政支援額は
・建設事業に対する交付税措置 69億8千万円
・基金造成に対する交付税措置 11億4千万円
(後略)
右記の説明会資料の数字をもとに、合併特例債(説明会資料では「特例地方債」)とはどのようなものか、そしてその問題点を考えていきたい。ここでは、建設事業にかかる合併特例債についてだけ検討する。紙数の関係もあるが、国による市町村合併への誘導策の大きな二つの柱が、建設事業にかかる合併特例債と、あとで検討する地方交付税の合併算定替えであるからだ。
まず、「建設事業に対する交付税措置・69億8千万円」について。この金額は、説明会資料にも書かれているように、「沖永良部・与論が合併した場合」の、つまり沖永良部島の知名町と和泊町、与論島の与論町の3町が合併した場合の金額である。そしてこの金額は、国が定めた標準全体事業費算定式に基づいて算出された事業費総額いっぱいの事業をした場合に、国から交付税措置というかたちで交付される金額であり、上限額である。
3町合併の場合、国が合併特例債の対象となる全体事業費として示した額は、104億9千万円。104億9千万円までは合併特例債の対象事業費となるという意味である。たとえば「市町村建設計画」に基づく「建設事業」の全体事業費が100億円であれば、合併特例債の対象事業費は100億円である。「市町村建設計画」とは、合併特例法第三条第一項にうたわれている合併協議会が作成する、合併した場合にできる新自治体のマスタープランのことである。
ところで、総事業費104億9千万円がまるごと合併特例債として借入できるわけではない。説明会資料に「特例地方債を充当(95%)」とある。全体事業費(104億9千万円)のうち、95%は特例地方債(合併特例債)を財源(つまり借金)としていいですよ、という意味である。5%(5億3千万円)は、合併市町村の自主財源でまかなうことになる。合併特例債として充当(借金)できる金額は、104億9千万円の95%であるから、99億6千万円となる。
説明会資料の「元利償還金の70%を普通交付税措置」について。市町村建設計画に基づいて算出された実際の全体事業費が、国が示した上限額いっぱいの104億9千万円であったとすると、その95%の99億6千万円を合併特例債で借入(充当)できるが、そのうちの70%は後年度、国が地方交付税で合併市町村に交付するという意味である。99億6千万円の借入金全額を合併市町村が負担するわけではなく、そのうちの70%(69億8千万円)は国が地方交付税というかたちで補填するということである。
地方単独事業の延長としての合併特例債
合併特例債は、合併特例法の99年法改正で新たに創設されたものであるが、その内容をみると、90年代の影をたっぷり背負い込んだ仕組みとなっている。市町村合併へと国をつきすすませることになった地方債残高の増大。その原因となった仕組みをより拡大するかたちで、合併特例債は「創設」されたといってもよい。その仕組みは、本来あるべき地方交付税制度をゆがめたものでもある。
合併特例法自体は、1965年に制定されて以降、10年ごとに時限立法として延長されてきた。そして、1995年の3度目の延長に際して、大幅な内容の改正が行われた。95年改正は、法改正というかたちをとりながらも、当時の自治省幹部に「実質的には、新法の制定に近い」と言わせるほどの、内容であった。九五年改正をきっかけに合併特例法は、市町村合併に対して中立的な法律から、市町村合併を積極的に支援していく法律へと、大きくその性格を変えたといわれている。
新法に近いといわれる内容の代表的なものは、住民発議制度が取り入れられたことである。そして財政支援策としては、合併した年度とそれに続く10年間に限り、「まちづくり推進事業」のための財政支援策が導入された。事業費の90%まで地域総合整備事業債の発行をみとめるというもので、さらに、合併市町村の財政状況に応じてその元利償還金の45%から70%(合併補正として措置率15%を上積み)を地方交付税で措置するというものであった。
それがさらに拡大されて、99年の法改正により、合併特例債が創設され、充当率も90%から95%にまで引き上げられた。つまり、最大で、事業費の95%まで地方債が発行できることになったのである。さらに、交付税措置される割合も、合併市町村の財政状況にかかわりなく、起債の元利償還金の70%とされた。また、これまで、対象外とされていた国庫補助事業や合併後の市町村振興のための基金造成に対しても、交付税措置の対象とされたのである。
80年代の第二臨調のもとですすめられた「増税なき財政再建」路線の下で、国庫補助金の削減措置がとられた。その一方で、政府は89年の「日米構造協議」による外圧をうけて策定された「公共投資基本計画」(90年)において、10年間に630兆円もの公共投資を行うことを国際協約として約束させられた。91年にはバブル経済が崩壊。政府は「増税なき財政再建」から、「財政再建下の内需拡大」という二律背反の政策に転換した。その中心を担わされたのが、国と地方の財政関係をフルに活用するかたちで推進された、地方債と地方交付税をセットにした補助金化による、地方単独事業の推進であった。
地方債許可と地方交付税措置とをセットにした地方単独事業の推進は、バブル崩壊後の不況にたいする総合経済対策推進の主役を地方財政に負わすかたちで、90年代を通して一層拡大された。
国の総合経済対策推進の主役となった地方単独事業であるが、それは地方債と地方交付税を組み合わせた「補助政策」であることから、旧自治省主導の下ですすめられた。旧自治省が各種の事業の起債充当率と交付税の公債費の元利償還率とを操作することにより、一般財源である交付税が、従来のひもつき財源であった国庫補助金と同じように、国の奨励する事業へと地方単独事業を誘導するシステムが生み出されたのである。(市町村合併でも同じ手法がとられている)。
合併特例債の対象となる建設事業
合併特例債の対象となる建設事業について、合併特例法によると次のとおりである(第11条の2)。
1、合併市町村の一体性の速やかな確立を図るため又は均衡ある発展に資するために行う公共的施設の整備事業
2、合併市町村の建設を総合的かつ効果的に推進するために行う公共的施設の統合整備事業
「合併市町村の一体性の速やかな確立を図るため又は均衡ある発展」、「合併市町村の建設を総合的かつ効果的に推進」のための建設事業が合併特例債の対象となるのだが、具体的には、旧市町村間の道路・トンネル等の整備、運動公園の整備、介護福祉施設等が整備されていない地区への整備、類似の目的を有する公共的施設を統合する事業、などである。※『市町村合併Q&A』(鹿児島県総務部地方課市町村合併推進室)から
あいかわらず箱もの建設ばかりだが、90年代に、地方債許可と地方交付税措置とをセットにした地方単独事業として、箱もの建設は積極的に推進されたばかりではないか。その結果が、国と地方の膨大な長期累積債務の急増である。
わが町、知名町も、90年代に、過疎債、地域総合整備事業債、厚生福祉施設整備事業債などの、有利な起債を組み合わせるかたちで若者定住等緊急プロジェクト事業を行った。武道館新築、文化ホール新築、国民宿舎建替え、公園整備などである。
総事業費58億円のうち、約92%にあたる53億円が起債、つまり借金である。その結果、知名町は1991年度の地方債残高48億円が、若者定住等緊急プロジェクト事業が終了した2000年度には地方債残高は98億円へと、二倍にも膨れ上がったのである。98億円といえば、2002年度の知名町の単年度予算のほぼ倍額である。
知名町だけが特別だったわけではない。90年代には全国中で、地方自治体が同じようなことをしていたわけである。地方自治体の責任も問われなければならないが、地方単独事業を積極的に推進させた政府の責任こそ厳しく問われなければならない。貝原俊民・前兵庫県知事は、市町村合併についてのインタビューに、「今の財政危機は振り返ると政府の独り芝居ではないか。7、8年前から官主導の需要創出策で自治体に協力させ、地方債残高が120兆円も増えてしまった。自治体の規模が小さくて無駄が多いから危機になったのではない」(朝日新聞/02年6月18日)と答えている。
貝原・前知事の言うところの「官主導の需要創出策」が、地方債許可と地方交付税措置とをセットにした地方単独事業の推進である。その財源調達の中心的方法であったのが、地域総合整備事業債。さきに述べたように、合併特例債はその地域総合整備事業債が「進化」したものである。
このことから、今日の市町村合併は、国と地方の財政の健全化の方向に進むのではなく、むしろ悪化させるのではないかという指摘もある。川瀬憲子静岡大学助教授は著書『市町村合併と自治体の財政』の中で、合併特例債の問題点について、「合併市町村の公債依存度が高まるなどの問題を考慮せねばならないだろう。それはまさに『合併特例債バブル』であり、国と地方の借金を膨らませる可能性がある」(70P)と指摘している。
「合併特例債バブルの可能性」については、学者だけの指摘ではない。10月17日に開かれた九州市長会で、「合併押しつけの背景には、国の財政運営の失敗がある」と訴えた後藤国利・大分県臼杵市長は、「国は景気対策のために、地方に対し、後で交付税で手当てすると言って、借金である地方債の発行を強いてきた。合併特例債はこうした借金をさらに膨らませ、後に禍根を残す麻薬のような存在だ」(朝日新聞西部本社版/02年10月22日)と述べている。
10月21日付け朝日新聞社説も、「『合併バブル』も危惧される。特例法は合併後10年間の特例債発行を認め、返済額の3分の2は国が交付税でまかなう。このため、合併後の新しいまちの計画に、オペラハウスや美術館といった旧来型の箱もの事業が並ぶ例も少なくない」と指摘している。
「合併特例債バブル」は可能性の問題ではなく、もはや現実となりつつある。合併が決まった市町村において合併特例債を使った箱もの建設計画をズラリと並べるだけではなく、合併を目前に過疎債を増発し、基金を取り崩し、箱もの建設を進めている町村も出始めているという。
次に述べるように、「合併算定替え」で普通交付税は、10年間は旧市町村を単位として計算され、その後5年間で段階的に削減されることになっている。つまり、合併後10年間は地方交付税の減額効果があるわけではない。その一方で、合併特例債による新たな借金(国負担70%/地方負担30%)は20兆円とも70兆円ともいわれている。市町村合併によって、国と地方の財政が健全化されるどころか、破綻をまねく方向に進むことも否定できない。
2、 普通交付税の合併算定替え
合併特例法で定められている、市町村合併に対する国の財政支援策のもう一つの大きな柱が、普通交付税の算定上の特例である。いわゆる「合併算定替え」といわれているものだ。
説明会資料には、次のように書かれている。
(1)普通交付税の算定特例期間の延長
・ 合併後10カ年度(従来は5カ年度)は合併しなかった場合の普通交付税を全額保障。
・ さらにその後5カ年度は激減緩和措置。
「合併算定替え」とは、簡単にいえば、合併市町村の普通交付税合計額を10年間は保障するというものである。いくつかの小規模市町村が合併する一般的な合併の場合、合併後の市町村の普通交付税額は、合併前の各市町村の普通交付税の合計額の5割から6割に激減すると言われている。それが、今回の市町村合併の本来の目的でもある。だからこそ、5年間の「激減緩和措置」期間があるわけである。
「日本一の福祉のまち」づくりに力を入れてきた、新潟県加茂市の小池清彦市長は五月に、知事や県内の国会議員、市町村長らに合併反対の文書を送った。それは、加茂市を含めた六市町村で合併した場合、類似団体の都市で推計すると、合併市町村の普通交付税合計額から半減することから、これまで進めてきた訪問介護や訪問看護の無料化などの、独自の福祉政策ができなくなる、などの理由からである。
ところで、普通交付税の合併算定替えについて、誤解されている部分がある。正確にいえば、合併算定替えによって、旧市町村の合併前の普通交付税合計額が10年間、そのまま全額保障されるわけではない。合併算定替えは、合併後10年間は、毎年度、合併前の旧市町村を単位として計算されるという意味である。だから、「段階補正」等の見直しで普通交付税の減額があれば、合併市町村に対してもそれは反映されるのである。
「昭和の大合併」の際も、「合併前の交付税額が保障される」と誤解していた町村長が多かったようだ。「昭和の大合併」の事例を考えると、「平成の大合併」においても、国はさまざまな理由をつけて、合併市町村に対しても交付税減額の圧力をかけてくることが予想される。
1998年度から3年間、自治省(現総務省)は、人口4000人未満の町村に対する地方交付税の配分を減額した。それは、人口4000人未満の町村の段階補正にかかる割り増し率を、一律にするというかたちでの引き下げであった。そして現総務省は、2002年度から3年間かけて、人口5万人以下の市町村の地方交付税を、同じく段階補正の見直しにより削減することにしている。
この3年間の、「段階補正」の見直しというかたちでの地方交付税の減額が具体的な数字として発表されることによって、地方交付税減額圧力への不安は和らいだようにも思える。なぜなら、それまでは「地方交付税はどこまで減らされるのか」という漠然として不安が、地方自治体側にあったからだ。
総務省が「段階補正の見直し」を発表した直後の今年一月二九日、自治労が総務省交付税課にヒアリングを行った。交付税課は、説明のために訪ねたある政党の国会議員に、「段階補正」の見直し額のモデル試算値を見せたところ、「こんなのでは合併は進まない」と言われたという。
交付税の減額だけでは、市町村合併への圧力としては限界があることから、政府及び自民党サイドは、合併しないままの小規模市町村の権限を縮小することを主張しはじめている。この問題は地方自治体の基本的人権を奪うものとして憲法上も問題があること、分権と逆行することを対置して闘うだけではなく、真の地方自治を確立するために、自民党政権の打倒をめざして闘うべきだ。
おわりに
2002年6月6日付け毎日新聞は、「ふるさと創生事業に幕」と題して、地域総合整備事業債が2001年度で廃止されたことを報じている。要約すると、次のとおりである。竹下政権下で開始され、14年間にわたって続けられた「ふるさと創生」事業の中心的制度が、昨年度いっぱいで廃止された。地域総合整備事業債(地総債)のことである。「ふるさとづくり事業」は、90年代は国の大型景気対策と連動、単独事業の費用を国が部分負担しテコ入れした。地方交付税で面倒をみるため「地総債」が活用され、ハコもの建設を中心にメニューも拡大。ピーク時の地総債許可は単年度で2兆円近くに上った。地方財政が深刻化しているのに自治体の「ハコもの」建設を誘導したとの批判が強く、総務省も整理を迫られていた。
記事には書いていないが、地域総合整備事業債は完全に滅びたわけではない。合併特例債という姿に「進化」して、生きのびているのである。本論で述べたように、合併特例債をつかった建設事業は、地方財政が深刻化しているのに、さらにまた「ハコもの」建設を誘導しようというものである。
日本の国と地方の行政事務の配分は地方6・国4であるのに対して、租税配分は地方4・国6といわれている。このような財源のありかたこそ是正されるべきではないか。あくまでも地方自治の単位は、基礎的自治体としての住民生活に身近な市町村である。その財源保障を確立するとともに、住民生活とは無縁のところで進められている大型ダム開発などの大規模公共事業、鹿児島県でいえば人工島建設などの、ムダな大型プロジェクトを中止していくことが、財政再建の第一歩であろう。