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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2002年4月号

国と自治体は失業対策を急げ

迫田富雄


 二〇〇二年二月の全国の完全失業者は三百五十六万人に達し、前年同月と比べて三十八万人増で失業率は五・三%。ハローワーク(職業安定所)には失業者があふれ、大都市の駅周辺には路上生活を余儀なくされる人々が急速に増え、公園では青テントが目立っている。昨年一年間の自殺者は三万数千人で交通事故死亡者の三倍以上である。「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(日本国憲法第二十五条)とは名ばかりの実態がある。

 多くの失業者を救済しない日本の雇用保険制度

 三百五十六万人の完全失業者のうち、失業手当の給付を受けているのは約百十万人である。約二百四十万人は、失業手当がない。しかも、職さがしをあきらめた人は完全失業者にカウントされていない。こうした人々も含めた実際の失業者は八百万人ともいわれる。実際の失業者のうち、九割弱は失業手当を受けていないのである。
 失業手当を受けていない失業者が多いのは、第一に、自営業者やパート労働者には雇用保険が適用されないからである。廃業したり失職しても、こうした人たちは失業手当を受けられない。第二に、失業手当の給付期間が短いからである。給付期間は、年齢、被保険者期間、離職理由などによって異なり、九十日〜三百六十日間(三〜十二カ月)。有効求人倍率が低い今日、職に就くのは容易でなく、就職できないまま給付期間が切れる失業者が多い。
 フランスでは年齢および被保険者期間に応じて、百二十二〜千八百二十五日間(四カ月〜五年間)、基本手当が支給される。失業手当を受給できない人や受給期間が切れた人には、年金開始時までの所得補償がある。
 ドイツでは被保険者期間の長短、年齢に応じて六〜三十二カ月間、賃金の六〇%が支給される。さらに、失業手当の受給資格がない失業者や、失業手当の支給期間が過ぎた失業者に対しては、全額国庫負担の失業扶助制度が適用され、次の職が見つかるまで賃金の五三〜五七%が支給される。
 イギリスでは九六年、制度が改悪されて給付期間が一年から六カ月に短縮されたが、それでも六カ月以降も、低所得者かつ求職者の要件を満たしていれば、無期限で所得援助が受けられる。
 また、これらの国では、扶養手当も加算される。こうした制度は労働者が闘いとってきたもので、フランスの場合は一九九七年の全国労使間協約によるものである。
 失業者が失業手当を受けられないのは、本人の責任ではない。雇用保険を適用してこなかったり、短期間で給付を打ち切る国の責任である。国は給付期間をもっと長くすべきであり、雇用保険を適用してこなかった人々に対しても最低の生活を保障する制度を確立すべきである。

 アリバイ的な「緊急対策」

 政府は昨年十月、総額五千五百億円の雇用対策を決定した。その主な内容は、緊急地域雇用創出特別交付金の三千五百億円と、中高年が職業訓練を受ける場合の失業手当給付日数を最長二年まで延長するための千九百五十六億円である。特別交付金は都道府県に配分し、自治体はこれをもとに学校補助教員など公的事業で雇用を創出するというものである。
 国は雇用創出効果を五十万人と見込んでいるが、現実はどうであろうか。例えば神奈川県の場合、昨年の平均完全失業者二十一万四千人に対して、特別交付金による県の雇用創出事業で雇用できるのは二〇〇二年度がわずか五百十二人。福岡県では失業者十六万一千人に対して、雇用創出は八百人に満たないといわれる。しかも、その雇用は臨時採用、期間は原則として六カ月未満である。焼け石に水であり、膨大な失業者を救済することはできない。
 政府は九八年三月の銀行二十一行と、九九年三月の十五行向けに七兆四千五百億円の公的資金を投入した。その銀行への手厚い保護と比べ雇用や失業対策へ充てる費用はあまりにも少なすぎる。
 政府の失業対策はこのようにアリバイ的づくりなものに過ぎない。政府はその場しのぎにさえならない雇用対策ではなく、ヨーロッパの制度も参考にしながら、雇用を保障し失業者の生活を保障する制度を確立すべきである。政府は破たんした長期信用銀行に四兆円を投入した。それに比べるならば、失業対策に五兆〜十兆円の金を投入してしかるべきであろう。

 失対法廃止は時代に逆行
 
 わが国の戦後の雇用対策は大戦後の膨大な失業対策から始まった。一九四七年職業安定法が施行されるが、巷には失業者あふれ、全国で「職よこせ」運動が起こり、職安に人々が押し寄せ、対自治体、対政府の闘争が行われた。一九四九年に緊急失業対策法(失対法)が施行され、以降、各自治体では失業対策費が費目として予算に計上され、失業対策が制度として定着した。失対法は就職が困難な労働者に国と自治体が就労の場を保障するものであった。失業対策事業で働く労働者は最盛時には三十万人をこえた。
 一九八六年、政府は労働事務次官通達で全国の職安へ失業対策事業への紹介業務の打ち切りを指示し、失業対策事業の強制終了へレールをしいた。世相がバブルに浮かれていた裏側で、失対事業から排除された高齢失業者の痛ましい自殺が相次いだ。そして一九九五年、失対法は廃止された。その年、日本の失業率は調査開始以来はじめて三%台となり、以降急上昇を続けた。失業対策が重要になったその時に、失対法は廃止されたのである。

 地方自治体独自の対策を
 
 地方自治体独自の雇用創出と失業者救済の取り組みが緊急に求められる。事態は深刻で、福岡県では失業で健康保険料を払えず保険証の返還を余儀なくされた世帯が二万三千世帯にのぼる。生活に困窮した失業者がサラ金地獄に陥り、家族ぐるみで借金取りから逃げ回るようなことも当たり前になってきた。自己破産者の急増がそれを示している。
 「住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担う」(地方自治法第一条)のが地方自治体の責務である。
 地方自治体は厳しい財政の中からでも、独自の雇用創出と失業者救済の措置に財源を投入すべきであろう。国からの緊急地域雇用創出特別交付金を消化するだけなら、国の下請け機関にすぎない。それにしても財源がない。財源を握る国に対して、抜本的な雇用創出と失業者救済の措置を要求すべきであろう。
 失対法は失業者が闘い勝ちとったものだ。給付期間が二年延長される炭鉱離職者の黒手帳も炭鉱労働者の闘いが背景にあった。失業者の生活を守るヨーロッパの諸制度も労働組合が闘いとったものだ。一九六三〜六七年、大阪の労働組合は失業者とともに闘い、自治体に困窮した失業者を救済させた。国と自治体の失業対策を余儀なくさせるのは、失業者、労働者自身の闘いである。