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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2001年7月号

小泉政権の「改革」は誰のためか

日本大学名誉教授  北野 弘久


 八〇%をこえる小泉内閣支持率。これをみて私が子どもの頃、日米開戦前夜の近衛内閣に期待した国民の空気を思い出します。それから一九三〇年代初頭に登場したナチスドイツに熱狂的な期待を抱いた状況と非常に似ています。国民の価値観が多様化している時代なのに、八〇%以上という支持率は異常であり、恐ろしさを感じます。第一次世界大戦に負けて誇り高いドイツ民族は自信を失った。賠償金を課せられるなど経済も含めて社会全体に閉塞感があった。そういう時にヒットラーが酒場などで憂国あふれる演説をぶち、熱狂的な支持を得る。ヒットラーなら何かやってくれるという期待、いまの小泉内閣と同じです。日本はバブル崩壊後、十年以上も経済が停滞している。消費税引き上げなど自民党政治の失政に反省もせず「改革」を叫ぶ小泉に多くの国民が期待する。マスコミが小泉人気をあおっている。これは非常に危険です。

激痛をともなう「改革」

 小泉総理は、「聖域なき構造改革」「痛みを恐れず」と声高に主張しています。その一つが「二、三年以内に不良債権の最終処理」です。日米会談などでも約束しており、国際公約になった。不良債権の責任はバブルをあおった政府と、無責任に貸し付けた銀行にあります。政府は不良債権処理にともなう新たな失業は二十万人前後だと予測していますが、そんなものではおさまらない。日本は世界一中小企業が多い。不良債権処理で中小企業を切り捨てれば、どれほどの連鎖反応が起こるか。どれだけ雇用を失うか、これは大変なことですよ。いまでも失業者は約三百五十万人、失業率四・九%です。民間の調査機関は新たな失業者を百五十万人以上と予測しています。国民にとって大変な激痛です。
 政府は新たな産業で五百万人の雇用を生み出すと言っています。しかし、不良債権処理で倒産失業するのは建設、流通などの産業です。地方では建設業をやっている人たちの多くが高齢者です。たとえIT関連で雇用が増えても、この人たちがコンピュータを使った仕事に再就職できるとは思えません。
 また「国債発行を三十兆円以下に抑える」「増税しない」とも言っています。しかし、国債発行三十兆円以下は、これまでの規模であり改革ではない。また増税しないというのは、参院選挙を目前にした「人気取り発言」で、参院選挙後には消費税引き上げなど大衆増税を持ち出すと思います。
 「地方交付税の見直し」を主張しています。地方分権の時代だと言われますが、ぜんぜん変わっていません。地方分権で最も重要な地方財政権の確立はまったく手つかずです。実際の福祉の仕事をやっているのは市町村、都道府県なのに大部分の税金は財務省が取っている。ですから、市町村、府県が主な税金を取る。たとえば所得税を全部市町村税に、相続税も県税にすべきです。消費税がすぐに廃止できなければ、形を変えてアメリカのセールスタックスのように全額県税にすべきです。市町村や県に財源を下ろして、余ったものを財務省経由で足りない県・市町村に配分する、そういうやり方をすべきですが、逆のことをやろうとしています。国税庁職員の相当数を地方公務員に配置換えすべきです。
 さらに社会保障、医療費の国民負担を増やすとも言っています。

国家主義的な発言

 小泉総理は、歴代の自民党政権すら抑えてきた総理の靖国神社参拝をはじめ、集団的自衛権の行使、憲法改正、首相の公選制などを声高に主張しています。宗教法人である靖国神社への公式参拝は憲法違反です。「国及びその機関は、いかなる宗教的活動もしてはならない」という憲法二十条および、八十九条に違反します。侵略戦争を推進したA級戦犯が祀られている靖国神社に総理大臣が参拝することは、中国や朝鮮、韓国をはじめアジア諸国の気持ちを考えれば慎むべきです。
 戦争放棄、軍備は保持しないという憲法九条はむしろ世界に広めるべきなのに、公然と憲法改正を主張する。すぐに憲法改正ができなければ、安全保障基本法のような法律をつくって、集団的自衛権の行使ができることをめざしているのではないか。
 就任時の田中真紀子外務大臣が本音の発言をしました。外務省の機密費問題、ミサイル防衛や教科書問題発言、日米安保からの自立発言、さらに小泉首相の靖国参拝には反対という発言など。これらの発言を小泉総理が支持すればいいんですが、実際はその逆です。日米首脳会談でも日米同盟関係を強調し、アメリカ一辺倒のままです。そして歴代の自民党政権も言わなかった国家主義的な発言を続ける。ヒットラーと同じです。その上、ナチスドイツの宣伝相ゲッベルスの役割をマスコミがやっている。小泉総理の掲げる「改革」は、私たちに激痛をともなうだけでなく、平和憲法改悪など日本の将来を誤らせる危険のものです。

さらなる競争社会へ

 この期間、政府は画一的な規制緩和や自由競争を押し進めてきました。私的独占禁止法の形骸化、つまり財閥の復活。大型店舗法の廃止、中小企業の倒産は放任、競争に負けた人は死ねと、そういわれている。コメを含む日本農業の崩壊、労働法制の空洞化も進みました。
 さらにバブル崩壊後の十年間、大企業の法人税や高額所得者の所得税を大幅に減税した。かつて七五%だった高額所得者の最高税率は、「直間比率是正」等の名目で減税され現在では三七%です。大企業の法人税も大幅に減税が行われた。こうした不当な減税のため、十年間で地方税を含めると年平均十一兆五千億円も税収が減った。歳出面では、冷戦崩壊後も防衛費が増加しています。財政赤字六百六十六兆円の大きな原因です。一方、低所得者に負担の重い消費税引き上げが行われました。
 バブル崩壊後のこうした政治の結果、日本経済は深刻な不況、財政赤字を抱えました。アメリカの財政再建に学ぶべきです。アメリカでは、大企業や高額所得者に対して累進課税を強めて日本規模に置き換えると年十兆二千億円の歳入を増やした。歳出面では米ソ冷戦崩壊による軍事費などの大幅削減、年十四兆三千億円(うち軍事費は七兆円)を行った。さらに九〇年代に好景気が続いたことでアメリカは財政再建に成功しました。日本には六百六十六兆円の財政赤字がありますが、全体で見ると日本には借金を支えるだけの貯蓄や資産がある。大事なのは、これ以上借金を増やさないことです。
 そのために歳出面ではゼネコン型の公共事業を圧縮する。それから世界第二の軍事費大国の防衛費を削減する。ODA予算も見直す。歳入面では、大企業や高額所得者には累進課税を強化する。現在三〇%の法人税率を大企業には五〇%に上げ、中小企業には一〇%とすべきです。課税最低限を上げて低所得者の税金を軽くする。逆進性の強い消費税は廃止か引き下げるべきです。
 ところが、小泉総理の「改革」はまったく逆です。グローバルスタンダード、弱肉強食社会への道です。「改革」「変革」を訴える小泉総理のポーズに惑わされてはならない。日本人は良い意味で「個」の確立が希薄である。革命を経験していないため付和雷同の傾向がある。小泉内閣の改革が誰のための改革か、国民の生活と日本の将来に何をもたらすのか、その本質を真剣に考える必要がある。参院選挙で自民党を勝利させるようなことになれば、倒産や失業、医療や福祉の削減、増税、平和憲法の改悪など国民に激痛を伴う「改革」が押し寄せてくることになります。    (文責編集部)