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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2001年3月号
イスラエルにおける超タカ派のシャロン政権の誕生とイラクへの空爆。一見、二つの違う問題に思われそうだが、根はひとつ。中東地域の支配というアメリカの野望と連動するイスラエルの拡張主義である。
「世界の火薬庫」中東地域で、パレスチナ問題、湾岸戦争、イラク制裁など世界を震撼させる大きな動乱が続くのも、三大陸を結ぶ戦略的位置にあり、石油など資源の豊富なこの地域を支配し、その富の独占をめざす、かつてはイギリス、現在はアメリカの野望に基づくものだ。
そのために、アメリカは地域の様々な民族的、宗教的対立を抗争から戦争にまで煽り立て、殺しあわせ、地域の諸民族を弱化し、大国への隷属化を図る冷酷な政策を遂行している。対立する両者に兵器を売却し、地域の環境、インフラの破壊を徹底させ、復興事業をもビジネス化する戦慄すべきアメリカの産軍複合体の謀略が秘められている。
湾岸戦争の際、劣化ウラン弾を三十九万発も打ち込むなど、徹底してイラクの市民生活、経済の基盤を破壊尽くした米軍の殲滅(せんめつ)作戦の実体を知れば知るほど、ラムゼイ・クラーク元米司法長官が言う通り、「いずれアメリカは、自らの犯した罪の深さにさいなまれる日がくることだろう」(ラムゼイ・クラーク著『湾岸戦争』地湧社)という残酷なもの。
アメリカの憲兵イスラエル
パレスチナ和平の進展もオスロ合意後、イスラエルとパレスチナ自治政府の間で、牛歩の交渉が重ねられて来た。しかし、イスラエルはこの間に、国連決議を無視して、入植地の拡大、エルサレムのユダヤ化、ロシアからの大量の移民受け入れ等の既成事実化を着々と積み重ねてきた。そして既成事実に国連からの強い抗議のないことを見極めると、もう後戻りできないよと開き直るのがイスラエル得意のお家芸である。
歴史上でも、イスラエルは、一九一七年のバルフォア宣言の「パレスチナにおける民族的郷土」を次第に「パレスチナの中の民族国家」に変容。四七年の国連分割案では、ユダヤ人国家はパレスチナの五六%の土地をぬれ手で粟のつかみどりし、四九年休戦協定ではアラブ人に割り当てられた地域を含め八〇%に拡大した。更に五六年のスエズ戦争で、英仏の侵略戦争の露払いを務め、六七年中東戦争で、ヨルダン川西岸地区、ガザ地帯など、イスラエル本土の四倍半の広大な土地を占領した。
そして今、シャロン政権は、聖地エルサレムを「イスラエルの不可分の永遠の首都」として完全主権を主張、西岸の入植地は保有し、領土の返還もパレスチナ側に渡した占領地の四〇%だけという厚かましさ。
こうした際限なき膨張路線をひた走るのも、イスラエルの国境確定を極端に嫌う特異な国の体質による。
そもそもシオニスト達のいう建国の大義名分は、三千年前の一時期、この地に存在した王国の再現と言うお伽話のような夢物語。国旗にあるダビデの星の上下二本の水色の線がナイルとユーフラテスであるともいわれ、イスラエルの右翼宗教政党の目標は、「ナイルからユーフラテスまで」の「歴史的イスラエル」の建設という途方もない野望である。
二十世紀の時代に、三千年前の居住権実現に成功出来たのは、ひとえに中東の植民地化を目指す西欧列強の憲兵の役割の代償として与えられたのである。しかも、西欧系のユダヤ人の祖先は、古代イスラエルの土地に住んではいなかった!
イスラエルの指導者達自身は植民地主義者だが、西欧社会のユダヤ人への不当な差別迫害、とりわけ、ナチス・ドイツの虐殺から逃れて来た貧しいユダヤ教徒は、イスラエルに辿り着いた瞬間から、この地で安住しようとする限り、祖父の土地を取り戻したいと抵抗するパレスチナ人と血の抗争を余儀なくされている。この点では、両民族とも『分割支配』の大国の政策の犠牲者である。また、不況をかこつ軍産複合体の兵器産業は、この抗争の爆発を待ち受けているという地獄絵の構造である。
では中東に真の平和をもたらす道はあるか。それは、かってPLO(パレスチナ解放機構)が主張していた「民主的パレスチナ国家」、イスラム教徒も、キリスト教徒も、ユダヤ教徒もともに共存できる、つまり、一九一七年のイギリスのバルフォア宣言以前、諸民族、諸宗派の住民たちが営なんでいた昔に戻ることである。この考えが現在、ハタミ大統領らイランの指導者たちに支持されていることは心強い。
イラクの石油埋蔵量が米・イラクの抗争の種
イラクへの経済制裁の継続とアメリカ・イラクの対立も、ひと皮むけば、世界第二の埋蔵量(全世界の一一・二%)を誇るイラクの石油をねらうアメリカの野望のためだ。
「湾岸戦争は、アメリカが仕掛けた戦争で、一方的な殺戮(りく)行為だ。国際的に裁かれるべき戦争犯罪である」とラムゼイ・クラーク元米司法長官は一九九二年ニューヨークで国際戦争犯罪法廷を開き、ブッシュ元大統領らを平和に対する罪、戦争犯罪、人道に対する罪により有罪との最終判決を下した。
罪と罰といえば、今日アメリカに「ならずもの」国家と烙印を押されれ、湾岸戦争後十年以上も非人道的な経済制裁を押し付けられているイラクの罪はと言えば、周到に準備された罠にはめられたクゥエイトに侵攻したことを別にして、すでに六四年にイラクがOPEC(石油輸出国機構)の成立にも尽力した頃からアメリカにマークされていた。
さらにイラクは、これまで、アルジェリア独立運動、スエズ戦争、イラク石油国有化の実現、イラン・イラク戦争で軍事大国として勝ち残り、とりわけパレスチナの闘いを敢然と唱道するなど、米国とイスラエルに最も許せない国となった。
中東の石油の独占を企む米英の巨大石油資本にとって、石油国有化を進め、自国の工業化や近代化に石油や石油代金を使う国はサダム・フセインであれ誰であれ僭越(せんえつ)の極みと写る。アラブの中に民主主義を育てようとする国家も危険な国家として処罰の対象となる。今回の二月十六日のバクダード空襲も、大国に抵抗するイラクへの懲罰である。
日本外交は何処へ
まさに野蛮と文明の衝突であるが、わが日本の独自外交は? 戦後アメリカの政治に日本も感染し、ウソを真実のように語る名優のブッシュ前大統領に感染したのか、平然とウソをつく政治家が永田町でやたらに増殖した。教育改革を行なうのはどこよりも先ず永田町からだろう。
ところで、湾岸戦争は、オイルショック以後、アラブ地域に大きく進出してその建設に力を発揮し、この地域で根を張ろうとして来た新参者日本を追い返す絶好の機会となった。正確には、はじめからこの戦争はワンセットだった。アメリカは、湾岸戦争の中で日本の自衛隊の派遣を目論み、「手を汚させて」欧米帝国主義国と変わらぬ国と宣伝させたかったのだが失敗した。
その代り、アメリカは湾岸戦争への貢献金として日本から一三五億ドルを上納させ、空母インディペンデンスやF15を横須賀、沖縄など日本の基地から出動させた。また、湾岸戦争を契機に「一国平和主義」の非難を大合唱し、日本の政治の極端な右傾化に成功。今日、日本の弱体化、収奪化が粛々と進んでいることは諸兄姉の御覧の通りである。
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