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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2000年11月号
なぜ教育基本法を改定したいのか
教育ジャーナリスト 矢倉 久泰
森首相と自民党は、憲法とともに戦後民主主義のバックボーンになったきた教育基本法を改定しようと、やっきになっている。なぜなのか。その背景を探っていくと、民族主義復活の影が見えてくるのだ。
教育基本法改定の動きは、なにも最近始まったわけではない。憲法改定とともに自民党結党以来の悲願だったのだ。
保守合同で一九五五年に結成された自民党は、政治綱領で「憲法の自主改正」をうたい、翌五六年二月、岸信介幹事長の提案で内閣に憲法調査会が設置された。その六月には清瀬一郎文相が「教育基本法には国家への忠誠が書かれていない」と基本法の改定を審議する「臨時教育制度調査会設置法案」を国会に提出している。野党の強い反対にあって成立しなかったが、以後、機会あるごとに自民党は教育基本法改定を口走ってきた。
「戦後政治の総決算」を掲げて登場した中曾根首相は八四年、教育基本法改定をねらいとした臨時教育審議会設置法案を国会に提出する。しかしこのときも野党が「基本法改定をめざすなら反対」と抵抗したため、基本法改定は下ろして設置したのだった。
これで中曾根氏は基本法改定をあきらめたわけではない。ずっと執念を燃やしつづけ、講演や著書で改定の必要性を訴えてきた。
「共同体や自己犠牲がない」
彼は基本法のどこが気に食わず、どう変えたいのか。たとえば『日本教育新聞』今年一月七日付けの「新春インタビュー」で、次のように語っている。
「教育基本法は内容的には民主的で立派なものです。しかし共同性という概念がない。民族が持つ歴史、伝統、文化などの背景というものが全然ない」「いまの基本法は蒸留水なのです。日本の水の味がしない。アメリカやイギリスのように個人が出すぎて、(いまの日本人には)共同体的秩序、規律、自己犠牲あるいは責任、そういうものがなくなっている」
小渕首相は今年三月、基本法改定を視野に入れた教育改革国民会議を首相の私的諮問機関として立ち上げたが、裏で中曾根氏が動いたのではないかと私は睨んでいる。
その小渕首相は国民会議を発足させるにあたって学者、文化人など百五十九人に「ブッチフォーン」ならぬ「ブッチレター」を出したが、その中で@教育という営みにとって大切な視点(基本理念)は何か。A学校・家庭・地域社会のそれぞれがどのように役割を発揮すべきか、生涯学習をどのように進めるか。B「個」と「公」についてどのように考えるべきか。C教育改革を今後どのように進めていくべきか――という四つの課題を示して意見を求めた。これらが国民会議の検討事項になることが手紙に書き添えてあった。
「基本法改定」と明記はしていなかったが、かねてからの彼の発言からしてそれを意図していることは明らかであった。ちなみにこの手紙の差出人は中曾根弘文文相と連名になっていた。親父の悲願実現に向けて息子を文相に押し込んだのだろうか。
志半ばで亡くなった小渕首相のあとを引き継いだ森首相は、臨教審を設置したときの文相だった。あのとき基本法改定を課題にできなかったことで中曾根元首相に借りがあると思っているのか、国民会議のあいさつで、はっきり「基本法の見直し」を求めた。それだけでなく、別の席で教育勅語を評価し、例の「神の国」発言まで飛び出した。
民間からも改定要求
基本法改定を求める声は自民党だけでなく、民間からも出されている。
たとえば教育改革研究会(会長・末次一郎日本青年奉仕協会会長)という団体が「青少年の人間性をはぐくむために――道徳的実践規範の確立と教育基本法の改正――」という提言をまとめ、九八年十二月、当時の小渕首相、森幹事長はじめ各党幹部、文部省などに提出している。
その提言の中で教育基本法で「改正」すべき点として次のことが上げられている。
▽道徳教育の確立=「共同体としての国家の観念」に基づく愛国心、献身等の社会的規範や、勤勉、忍耐、努力、責任、克己等の自律的規範を明らかにし、我が国の歴史、文化、伝統の尊重とその継承の上に立った日本人としての誇りと使命を自覚する国民の育成を期することを明らかにする必要がある。
▽家庭教育の確立=家庭は人間教育の場であり、親は慈愛をもって子どもの心身の育成に努め、「しつけ」を大切にし、子どもは敬愛をもって親に孝養をつくすなど、家庭教育の意義と役割を明らかにする必要がある。
このほか、生涯学習の機会拡充と情報化社会への対応、マスメディアに教育的配慮を求める、宗教的情操の涵養――などが盛られている。
また「新しい教育基本法を求める会」(会長・西沢潤一岩手県立大学長)は、国民会議が中間報告を出す直前の今年九月十八日、森首相に要望書を提出している。その主な項目は、@伝統の尊重と愛国心の育成、A家庭教育の重視、B宗教的情操の涵養と道徳教育の強化、C国家と地域社会への奉仕――などとなっている。
改定で何を狙っているのか
いまなぜ改定を求めるのか。その背景は何か。私は次のように見ている。
一つは、湾岸戦争以後、「普通の国」をめざして自主防衛論が高まったことだ。日本が外国から攻めてこられたら、自ら武器を取って戦い、祖国を守る国民を育てるために、あるいは「新ガイドライン」による国家総動員体制を確立するために、愛国心や自己を犠牲にして国家に忠誠を尽くす「公共の精神」を養う必要がある、ということだ。
二つ目は、国際化が進む中で民族派が「日本人の民族的アイデンティティーの確立」を求めていることだ。そのために日本の伝統や文化の尊重、歴史への誇りを持つことを強調しているのだ。
三つ目は、青少年の「健全育成」と少年犯罪の防止である。「自由放任、個人主義の戦後教育が子どもをだめにし、少年の犯罪を増加させた」。したがって家庭でのしつけと学校での道徳教育を強化すべきだ、ということだ。
こうしたことを背景に、国民会議は、教育基本法、学校教育の改善、創造性の育成を三本柱として審議を行った。
教育基本法については「時代の変化に合わせて適宜見直す必要がある」「個人や普遍的人類などが強調されすぎ、国家や郷土、伝統、文化、家庭、自然の尊重などが抜け落ちている」「宗教的情操の涵養が必要だ」などの意見が出された。中曾根氏や民間団体の改定案とよく似た意見である。
九月二十二日に出された中間報告では結局、「基本法改定」は明示せず、「必要に応じて改正されてしかるべきである、という意見が大勢を占めた。しかしながら、具体的にどのように直すべきかは集約できなかった」とし、「国民的議論を期待する」と結論を先送りした。
最終報告は今年中にまとまる。森首相は次期国会を「教育国会」と位置づけ、来年夏の参院選で教育基本法改定を争点にする、と意気込んでいる。そのために自民党は改定案づくりを進めているところだ。その内容は、ここに紹介したのと同じようなものになるだろう。