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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2000年5月号
 

朝・日交渉の本質は過去清算

本末転倒しては進展は望めず

全 哲 男


 朝鮮民主主義人民共和国(以下朝鮮)と日本の政府間による国交正常化交渉が一九九二年十一月に決裂して以来、七年五カ月ぶりに平壌で開かれた。本会談は九回目となる。
 会談は予想どおり、朝鮮側の攻勢、日本側の守勢で終始し、何一つ新しい合意も進展もなかったが、会談を継続することは約束して終わった。まさに、これからの交渉が長期戦になることを予期させる再開となった。
 会談の途中、両代表団は朝鮮の景勝地、妙香山に登った。双方の人間的な信頼関係を築くことが目的だったが、日本側は予想していなかったハイキングに少々戸惑ったらしい。それでも日本側代表の高野幸二郎大使は「くたびれたら鄭泰和大使がおぶってくれる約束だ。これは政府間合意だ」と軽口を飛ばしながら、元気に山を登った。しかし、だんだん足取りは重くなる。朝鮮側が見兼ねて何度か「そろそろ戻りますか」と労ったが、高野大使は「まだまだ」と頑張った。
 登山の途中、つり橋にかかった時、鄭大使がおどけて橋を揺らし、高野大使がよろけた。その瞬間を撮った写真が各紙に掲載されたが、まさにこの登山行は、現在の、そしてこれからの朝・日会談を象徴するものではなかっただろうか。
 朝鮮側は会談で、「交渉の基本中の基本は過去の清算である」という原則を一歩も譲らない反面、@分野ごとの分科会を設けて会談の迅速な展開を図ろうAその都度、合意文書を作成しようB年内にも「朝・日関係基本条約」(仮称)というような平和条約を先に締結しよう、などと非常に意欲的な姿勢を見せた。これに対し、日本側は「外務省だけでは判断できない」と守勢に終始するしかなかった。これを見ても、どちらが国交正常化交渉に積極的で、どちらが消極的かは一目瞭然である。日本マスコミの基本的論調も「日本側が急ぐ必要はまったくない」というものだが、本当にそうなのだろうか。
 今回、朝鮮側は過去の清算について@最高責任者名による、法的拘束力のある文書に謝罪を明記A人的、知的損失に関する被害者の納得する補償B文化財の返還と補償C在日朝鮮人の法的地位の保証ーーを要求し、「この四項目で一つのパッケージ」と主張、包括的な解決を求めた。いわば、朝鮮版「包括的アプローチ」である。
 これに対し、日本側は謝罪については九五年の「村山談話」で済んでおり、補償には応じられず、植民地支配から生じる請求権で処理すべき問題だと、旧来と変わらない立場で対抗した。
 ここで留意すべきは、いったん金丸訪朝団が了承し、朝鮮側が過去の会談でも主張してきた、戦後補償や交戦国としての賠償問題には言及していないことである。これは、金丸訪朝団と朝鮮労働党との戦後補償合意は「土下座外交」だとして日本国内で激しい反発が起こったこと、交戦国としての賠償については日本側が断じて応じられない立場にあることを考慮したもの、と推察される。朝鮮側は貴重な「外交カード」を二枚も伏せて、大幅に譲歩したわけである。おそらく日本側は、胸をなでおろしたのではないだろうか。
 しかし、朝鮮側の譲歩にもかかわらず、日本側は過去清算についての論議よりも、いわゆる「日本人拉致問題」とか「ミサイル問題」などに固執した。残念ながら、これらの問題は懸案事項ではあれ、国交正常化交渉の本質的問題にはなりえない。会談が瑣末的な問題に止まっている以上、話し合いの進展はありえない。にもかかわらず、日本側がこれらにあくまで固執するのは、交渉を早期妥結させる意思がないものと判断せざるをえない。
 「拉致問題」について言えば、残された家族の悲痛な心情は察してあまりあるが、朝鮮が二十数年前に行方不明となった日本人を拉致したという証拠は何一つない。つまり、現在もただの「疑惑」にすぎない。朝鮮側は今回も「拉致というものは社会主義の朝鮮においては絶対にありえない」と反駁している。「疑惑」を国交正常化交渉の議題にすること自体に無理がある。この問題を双方の赤十字にまかせ、本会談では本質的問題を討議しようという主張は正当で、合理的である。
 「ミサイル問題」も日本の懸念は理解できないわけではないが、ミサイル開発は国際的に認められた当事国の自主権に関わる問題であり、他国が干渉することではない。しかも、九八年に朝鮮が発射した飛翔体は弾道ミサイルではなく人工衛星だったということは、もはや国際的な共通認識になっている。今回も朝鮮側はそう主張したが、日本側が反発したため論議は平行線をたどったのである。
 これら「懸案問題」は、両国の関係を正常化し、信頼関係を醸成していく過程でしか解決不可能な問題であろう。そういう意味において、本質的問題ではなく瑣末的問題だと言うのである。瑣末的「懸案問題」を基本的問題として誤認し、あるいは固執するかぎり、交渉は一歩たりとも進展しまい。問題解決の優先順位を違えてはならない。本末転倒の対応では、何一つ解決できないだろう。
 「過去の清算の問題が拒否されるなら、会談を持つ妥当性はなく、ほかの道をとらざるをえない」(鄭大使)
 これがただの牽制や脅しではなく、必然的結果であることを日本側は納得すべきである。なぜなら、かつて日本が侵略したアジア諸国の中で唯一残った朝鮮に対する過去清算が実現しないかぎり日本の戦争責任の清算も、新たな出発もできないからである。そして、朝鮮との関係正常化の成否は、今後の日本の行く末を大きく左右する問題にならざるをえないからである。
 たとえば、朝鮮側が要求の四番目として挙げている在日朝鮮人の法的地位の保証において、「地方参政権」を付与するかしないかの問題は、すぐれて日本の内政問題であると同時に国際問題でもある。この問題は、朝鮮との関係が正常化されて初めて整合性を持って提起されうる問題であって、現時点での論議は時期尚早だと指摘せざるをえない。現在、取り沙汰されている「法案」では適用対象から「朝鮮籍」を有する者を除外しているが、これなど在日朝鮮人社会に新たな混乱と亀裂をもたらすだけであり、きわめて悪質で危険な動きと言わねばならない。
 ここで、日本のマスコミの論調に一言言っておきたい。「 『過去の清算』だけを先に進めるという主張には、まず日本からカネを引き出し、拉致やミサイルなどの問題は先送り、棚上げしようという思惑が透けて見える。『過去の清算』と、拉致問題などの懸案は同時に包括的に論議すべき問題だ」(読売新聞4月8日付社説)。ほとんどのマスコミがこのような論調を張ったが、前述したように過去清算と「懸案問題」は同列では論じられない問題であり、包括的解決は絶対に不可能である。補償(カネ)をするのは謝罪するうえで当然のことである。にもかかわらず、「したたかな北朝鮮外交」にたぶらかされるな式の論調を展開することは、百害あって一利なしでしかない。マスコミは決して日本の政府と世論をいたずらに刺激し、誤導すべきではない。
 日本側は朝・日問題の本質を自覚し、両国間に存在する諸問題を根本的に解決するためには、まず相手が納得する形で過去を清算することによって、早期の朝・日国交樹立を誠意を持って目指すべきである。会談の成否は全的に日本側の対応にかかっている。
(チョン・チョルナム、朝鮮新報論説委員)