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月刊『日本の進路』1999年8月号
野宿を余儀なくされている人に
人間の尊厳に値する生活の保障を!
神戸女子大学教授 庄谷怜子
野宿者の現状
長引く不況の最底辺で、駅や高架下、ビルの谷間、公園に段ボールを敷いて寝る野宿者(いわゆるホームレス)が急増している。その数は大阪市内での昨年夏の調査で8660人、全国では2万人を超えている。とりわけ高齢者は冬の寒さ、真夏の暑さに耐えられず、栄養失調と病気のため路上で死ぬ人が増えている。危害を加えられた人も少なくない。
名古屋での聞き取り調査でも、野宿を強いられている人たちは「雨に濡れて寒い。粗大ごみからダンボールや毛布などを集めた。腹が減る。惨めになる」「安心して寝られる場所がほしい」「高齢でもできる仕事がほしい」と訴えていた。仕事があれば就労できる状態の人が50%、福祉的援助をすれば軽作業ができる人が41%、すでに就労困難と思われる人が9%であった。
福祉事務所の窓口で
1994年冬の名古屋市で、聞き取りに応じてくれた野宿者は64人、福祉事務所への相談事例は70件もあった。相談はバブル崩壊後の92年から急増して、94年までの3年間に全体の7割が集中していた。相談内容は、健康を害した、生活保護の申請をしたい、住居の世話をしてほしい、物品・金銭の援助を、というものである。
健康状態を訴えた人の多くは応急手当という名目で受診しているが、それが生活保護の医療扶助によることの説明はなく、文書による決定通知書をもらった人はいない。保護廃止の通知もない。野宿をしているのに、手持ちの金がいくらあるか、住居はどうしたのかという質問もなく、野宿者には生活扶助や住宅扶助の要否は検討されていない。
生活保護法の立法時、提案理由を説明した厚生大臣は「抑々、現行の生活保護制度は、生活の困窮と言う事実を唯一の要件として、……これを無差別平等に保護するという建前で」あるとし、立法者の小山進次郎は「保護を要する状態に立ち至った原因の如何によって差別的に取り扱われることはない」と明記している。96年、名古屋地裁は、野宿労働者の林さんについて、「当時軽作業を行う稼働能力は有していたが、就労しようとしても、実際に就労する場がなかったものと認め」て林さん勝訴の判決を下した(現在、最高裁係属中)。
野宿に至る主な原因1:失業
野宿に至る直接の主な原因は不況による失業で、収入がなくなり住居費が払えなくなったことによる。
しかも中高年の雇用情勢は極端に厳しい。林さんは日雇労働者で体も小さく頑強ではなかったが、92年ごろから両足が痙攣し、病院で治療を受けサロンパスを貼り、少し良くなればまた就労していた。しかし、7月には就労中に足の痙攣を起こしたため解雇されてしまった。しばらく休養していたが手持ち金がなくなり、初めて野宿を余儀なくされた。仕事を探すが、折りからの不況で就労先がなく、55歳以上になると有効求人倍率も急激に低くなり、中高年で足の痙攣がしやすい林さんが就労することは、現実にきわめて困難であった。支援の炊き出しで雑炊を分けてもらい、あとは空腹をごまかすために水をがぶ飲みするしかなかった。
野宿者の大半は林さんのように必死になって仕事を探している。曇りのない目で見て、この状態は人間の尊厳に値する生活といえるだろうか。政府の経済運営失敗のしわ寄せを受けたわけで、個人責任に帰するのは正しくない。
野宿者増の原因2:福祉の後退
もう一つの隠れた原因は、1980年代からの社会保障政策の後退にある。そもそも生活保護法は「最後のセーフティネット」として、健康で文化的な最低限度の生活を保障することを目的とする制度である。
ところが80年代にはいると、福祉見直し政策が「日本型福祉社会」「家族『含み資産』」論等のキャッチフレーズで浸透する。生活保護に関しては、81年の123号通知による不正受給を理由とする削減政策の強化、85年には保護基準算定方式の見直しによる一般世帯との格差是正の停止、86年には「補助金等臨時特例法」によって保護費の国庫負担率を8割から7割(3年後に7.5割)へ減じるなど、矢継ぎ早の見直し策が続く。その結果、85年からの約10年間に保護受給者の数は143万人から88万人へと実に50万人以上減少した。
この間の生活保護の運用は多くの場合、「定まった居住地がないものや、稼働能力のあるものは保護の対象外」とされてきた。その結果、生活保障の予防的機能が働かなくなり、保護が必要な状態に陥ってしまった人々を、最後のネットである生活保護でも受け止めていない恐れがある。
法律上、生活保護受給に住民登録は必要でない。定まった住居がない人には施設やアパートを確保して保護できる。努力しても働き口がなくて稼働能力を活用できず、経済的に困窮している失業者は保護対象である。貧困の一形態としての野宿者のこれほどの大量化は、経済情勢の反映だけでなく、社会保障政策の後退的運用の帰結なのである。
ドイツでホームレスは?
野宿に至る原因や存在形態は国によって異なるが、昨秋、訪問調査したドイツでは失業者も野宿者も社会扶助の範囲にある。生活保障の「最後のネット」としての社会扶助の役割は日本と違ってしっかり守られていた。ブラウンシュバイク市の福祉担当者が「公務員としては2つの『濫給』を見逃すより、1つの『漏給』を見過ごすことを恐れる」と語ったことが印象的であった。
ドイツ地方自治体の「ホームレス」に対する対策は、まず住居を失う前に援助するという予防対策から入る。社会住宅の建設など住宅政策とも連携し、必要な場合には個別の医療やケースワーク的援助で対応する。人口約8万人のフレンスブルク市では1年間に約1000人が、家賃滞納、賃貸契約違反などで強制立ち退きの予告を受けたり、判決が出たりする。社会事務所では専門職がチームを組んでいち早くこれらの情報をキャッチし、社会扶助法では15条a「特別な場合の生活扶助」や72条「特別な社会的困難を克服するための扶助」を活用して、家を失わないように手を打つことによって大部分は解決のめどがたつ。残る29ケースは複雑で困難な問題を抱えていたために、専門職による身体的・心理的ケースワークを行って、3ヶ月から半年かけて普通の住宅に戻していくという。
他方、ドイツの労働政策では、大量解雇を回避するため、企業または地域ごとに「職業訓練会社」を設立させ、複数の公的補助金を投入して、多様な雇用促進計画を実施している。大多数の自治体は、失業中の保護受給者に対し、社会扶助と失業保険の双方の財源によって、公園の清掃や福祉施設の補助的労働などの雇用を創出している。
解決のために
日本では6月26日、ようやく国政レベルの当面の対応策がまとまった。しかし、6ヶ月の自立支援事業で就労による自立ができると考えるのは楽観的すぎる。政府は、この問題が人権問題であることを認識し、急場をしのぐ宿舎と栄養、医療を提供するとともに、より根本的な対策に踏み出さなければならない。
基本は生活保護が必要な人をきちんと保護することである。長期的には、住宅政策と就労の保障などを担当部局をこえて総合的に、かつ国と地方が連携して実施するべきであろう。東京都や大阪府・市が行っている特別清掃のような公的責任による雇用創出の拡大も欠かせない。
放置すれば、野宿を余儀なくされる人たちがさらに増加する。長期化すれば労働能力・体力の低下、意欲の喪失を招き、路上死に至る人々が増えるばかりか、自立困難な大量の要保護者を抱えてしまう。結局は社会的費用も増大することになる。