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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』1999年8月号
 

いま介護保険を問い直す

九州大学助教授 伊藤周平




 介護保険制度導入のねらいの第1は、公的負担でやってきた現在の福祉制度の半分を保険料にかえて、公費支出を減らすこと。保険料負担や利用者負担に転嫁されるわけで、国民の負担が重くなります。
 第2は、医療保険の給付でやっている老健施設や療養型病床などを介護保険に移して医療保険の負担を軽減(約1兆円削減)すること。
 第3は、介護保険をモデルにしながら、医療保険改革、社会福祉全体の改革(実際は改悪)を進めていくことです。橋本内閣の6大改革は破たんしましたが、唯一、社会保障改革だけは続けられています。介護保険制度をモデルにして、医療保険改革を進めるねらいだと思います。

 保険に名をかりた増税

 介護保険制度の第1の問題は、保険に名をかりた増税です。
 介護保険は強制加入で、被保険者は保険料の支払いを義務づけられる。医療保険は、加入して保険証をもっていけば医療機関にかかれます。しかし、介護保険は、市町村に申請し、要介護認定を受けない限り、介護保険の給付はない。要介護認定で「自立」と認定されれば給付はない。
 しかも、介護保険の給付対象者はきわめて少ない。介護保険制度の被保険者は65歳以上の第1号保険者と医療保険に加入している40歳以上64歳までの第2号保険者に区分される。厚生省の推計で、第1号被保険者のうち介護保険の適用がある人の比率は2000年時点で約13%(2200万人のうち、約280万人)。第2号被保険者は加齢に伴う疾病が原因で要介護状態になったことが条件となるため、その比率はわずか0.3%(4300万人のうち約14万人)。
 介護保険の給付が受けられる人は推定で全体の1割程度です。保険料は40歳から死亡するまで徴収されるので、被保険者のうち9割の人にとっては介護保険料の徴収は増税に等しい。「保険あって給付なし」です。保険料負担やサービス利用の際の1割の利用者負担をあわせれば、新たな国民の負担増は厚生省の推計でも2兆円以上、消費税の1%引き上げに匹敵します。

 過酷な保険料負担と利用者負担

 第2の問題は、過酷な保険料負担と利用者負担です。
 保険料に加えて、要介護認定を受けてもいざサービスを受ける段階になって、1割の利用者負担が払えないということで、介護サービスを辞退する人も出てくる可能性があります。例えば、要介護度5の場合の利用者負担額は月3万5000円です。3万5000円しか年金がない人は払えません。利用者負担のために支給限度一杯のサービスを辞退する人が出てくる。ドイツの介護保険では保険料だけで利用者負担はありません。
 厚生省は、第1号被保険者の保険料を月額3000円程度と見込んでいます。サービスの辞退者を前提にして在宅サービスの整備率が30〜40%程度と計算しています。ということは、整備率が100%になれば保険料は3倍程度になる。つまり整備率が上がれば保険料も上がる。しかし厚生省は国民に説明していない。もしサービスが必要な人に、すべてサービスができるような基盤整備ができたら3倍程度、1人あたり月額8000〜9000円になります。
 最近、65歳以上の保険料の半額を3年間だけ国が負担するという話が浮上しています。3年後には結局、倍になるわけで子供だましの選挙対策です。

 介護サービスは向上するか?

 第3の問題点は、介護制度の下でサービスが不足したり、現行のサービス水準が切り下げられる可能性が高いことです。
 例えば、現在の措置制度で、月額50万円くらいの介護サービスを受けておられる一人暮らしのお年寄りがおられます。とくに重度の場合ですと、ヘルパーさんが1日4時間きてくれますから、月120時間。要介護度5の給付水準ではヘルパーさんは最高で月50時間です。現在と同じサービスを受けようとすると、月70時間分は介護保険のきかない全額自己負担となります。要介護度が低く認定されれば、自己負担はさらに重くなる。月に30万円も自己負担できる人はほとんどいないので、ヘルパーさんの時間を1日4時間から1時間にという具合に減らすしかない。しかし、もし寝たきりで3食介護が必要な人は、1食しか食べられなくなる。2日に1回しかヘルパーさんが来てくれなければ餓死してしまう。大げさな話ではなく、非常に危ない制度なんです。
 介護保険制度で「家族介護中心の現状から解放される」かのような宣伝がされていますが、実際は家族介護を前提としています。事実、厚生省の人が介護保険の給付水準は、要介護度の高い一人暮らしのお年寄りが在宅で暮らせる水準ではないと言っています。家族介護を当てにしているんです。介護する家族がいなければ、施設に入るしかありませんが要介護度が低ければ施設が受け入れてくれません。
 ですから、このまま導入されれば、死人が出てしまう、非常に危ないと思っています。ガイドライン関連法は戦争法で人を殺しますが、介護保険もサービスが減らされて衰弱死する人たちが出てくる。現在の措置制度に比べて介護保険制度は、高所得者には選択の幅が広がり、いい制度かもしれません。しかし、圧倒的多数の人たちには、現在の措置制度の方がいい。福祉制度の改悪です。

 福祉労働者のリストラ、パート化

 第4の問題は、介護保険制度では福祉労働者のリストラやパートが進み、介護サービスの質の低下が生じ、雇用創出効果も期待できない。
 厚生省関係者や一部の学者は、介護保険制度の導入で、在宅サービス事業に営利企業などが参入し、競争原理が働き、介護サービスの質の向上や効率化がはかれるとか、雇用創出効果があると主張しています。
 事業費補助方式というのは出来高払いで、要介護度ごとにサービスを提供した分にお金が支払われる。常勤ヘルパーで家事援助をやっていたら赤字になります。ヘルパーをパートにして身体介護中心にしなければ採算がとれません。
 介護サービスをはじめとする福祉労働は、人件費の固まりで省力化や効率化が困難です。それでもコスト削減をやろうとすれば人件費削減しかない。専門学校などで介護福祉士の資格を取っても常勤では求人がないんです。現在のヘルパーは低賃金の主婦のパートが圧倒的です。若い人たちが一生の仕事としてやっていけない。雇用創出効果はない。
 これまで比較的安定していた施設の職員を削減する動きが加速しています。東京都の自治体直営のある施設では3000万円削減され、介護保険がスタートすると1億円削減されると言われています。国からの補助で足りない分を都が上乗せしてきましたが、是正の名のもとに削減する。給料を半分にするか、職員を半分にするかしかない。すでに介護保険導入を見込んで、給料の比較的高いベテラン職員を解雇して若い人をパート的に雇う動きが出ています。
 介護サービスは経験がものをいう世界ですから、サービスの質の低下は明らかです。看護婦の過重労働で支えられている医療現場では医療ミスが多発しています。福祉も医療と同様に人の命にかかわる現場です。経験の浅いパートのヘルパーさんによる事故の可能性が高まります。
 医療や福祉を市場原理に委ねれば、質の低下が起こるのは当然です。どんなに良心的な非営利の事業者でも、営利企業と対抗して生き残るためには営利化するしかない。一人暮らしのお年寄りにとって必要性の高い家事援助は、報酬の単価が低いために切り捨てるしかなく、そうしないと施設が生き残れない。

 要介護認定

 第5の問題は、公平な要介護認定が期待できないとともに、要介護認定が給付対象者をしぼり込む手段に使われる危険性があります。
 要介護認定を受けようとする被保険者は市町村に申請する。申請を受けた市町村は調査員を派遣して訪問調査する。申請者の身体状況を中心に聞き取り、マークシートに記入してコンピュータに入力し、判定を行うのが一次判定。1次判定と、調査員の特記事項、かかりつけ医の意見書をもとに、市町村ごとの介護認定審査会(5名程度)が合議して行うのが2次判定。結果は、「自立」、「要支援」、5段階の「要介護」に分けられ、認定された段階に応じた上限つきの受給資格が確定する。自立と認定されたら給付は受けられない。これが認定の手順です。
 身体介護の必要性の調査ですから、身体的にはさほど問題なくても精神的援助の必要性が高い痴呆の人たちの精神的援助とか、話し相手などは考慮されません。
 どだいコンピュータで判定するのは問題です。モデル事業に参加した市町村からは、コンピュータの1次判定があまりにも実態とかけ離れているという苦情が殺到しました。例えば、自立で寝返りもうてない高齢者の場合、過去2回のモデル事業では要介護度五であったのに、今回は要介護度2あるいは3と判定された。また、痴呆の項目が一、二項目違うだけで、極端に要介護度が上がったり、逆に下がるケースが目立った。厚生省がコンピュータの判定基準を頻繁に変更するようでは信頼性に欠けます。介護保険の給付対象者を現在のサービス量にしぼり込んでいるのではという疑念があります。
 現場のソーシャルワーカーや介護専門員が、申請者の状態を見て、必要なサービスの種類と量を決めてケアプランを作ればいいんです。その上で、市町村の介護認定審査会がチェックすればいいんです。コンピュータによる判定は必要ない。
 厚生省が示した案によると、介護認定審査会は週1回のペースで開催し、1回当たりの時間は3時間、平均処理回数は45件、1件当たりの平均の審査判定時間は4分間とされています。
 4分間程度の審査時間では、本人や家族の意見を聞いたり、調査員が同席して説明する時間はなく、コンピュータによる1次判定を追認する形になる。よほどのことがない限り、1次判定の矛盾を2次判定で是正することは物理的に不可能です。介護認定でどういう介護サービスが受けられるか決まるわけで深刻です。介護認定に対する不満、不服申し立てがたくさん出ると思います。

 特別養護老人ホームの変化

 第6の問題点は、これまで生活施設であった特別養護老人ホームを退所させられる人が出てくるため、高齢者の生活問題が深刻化します。
 特別養護老人ホームなどの施設は、入所者1人いくらという報酬になっていますが、介護保険制度では要介護度別の報酬になります。要介護度の高い人たちばかりを入所させないと経営が成り立たない。要介護の認定で「自立」「要支援」と認定されたら施設に入所できなくなります。厚生省は、2000年3月31日までに入所していれば、5年間は施設にいられると、答弁しています。しかし、来年の4月1日からは要介護度に合わせた報酬を払うことになっています。だから施設としては要介護の低い人は退所させないと経営が悪化する。要介護度に関係なく5年間は現行と同様の報酬を支払うということなら、意味のある経過措置ですが、口約束だけの経過措置はまったく意味のない措置です。
 現在でも全国で何万人もの特養への入所待機者がいるにもかかわらず、厚生省は介護保険制度導入後は、特養の建設は抑制していく方針です。厚生省は現在の入所者を退所させて在宅に移行させれば、特養を増設しなくても現在の入所待機者はなくなると見ている。施設整備費にかかる公費支出を抑制するねらいです。
 しかし、在宅サービスの充実で、減らせるのは短期入所の施設サービスに限られる。しかも介護保険制度では在宅サービスの充実はまず望めない。かりにある程度の在宅サービスが整備されても、介護保険の給付でカバーされる程度の低い水準の在宅サービスでは、高齢者を施設から在宅介護に誘導することは困難です。
 結局、このままでは、在宅サービスは不十分なまま、施設ケアの必要な高齢者を無理やり特養から在宅に追い返す結果となります。家族のいない人や住居基盤のない人は路頭に迷うし、家族がいれば「介護地獄」と呼ばれる家族介護の悲惨な現状は今よりひどくなると思います。

 医療と介護の分離

 第7の問題は、医療と介護の強引な分離と医療のリストラで、介護保険の給付対象の高齢者が必要な医療を受けられなくなる危険性がある。
 介護保険制度では、介護保険の給付が受けられる場合には、医療保険からは給付しないという規定があります。医療保険と介護保険が競合するサービスについては、介護保険の給付が優先します。問題になるのは施設に入っている場合です。介護療養型医療施設(現在の療養型病床群など)は、病棟単位で介護保険適用部分と医療保険適用部分とに区別され、介護保険適用部分の入院患者には医療保険からの給付は行われない。
 介護保険適用病棟(病室)の入院患者が病気になって医療保険の給付を受けようとすれば、医療保険適用病棟(病室)に移らなければならない。要介護の高齢者は病気を併発して医療を必要とする場合が多く、医療と介護の線引きは困難です。何よりも同じ施設に医療保険適用病棟がない場合には転院が必要ですが、症状が安定した場合に元の施設に戻れるのかという問題が起こります。
 例えば、特養にいる人が病気で入院すると医療保険の給付になるので特養からは退所になります。3ヶ月間は籍を残すというのが厚生省の口約束。しかし介護保険の報酬は1日単位ですから、1日でもベッドを空ければ特養に介護報酬が入ってこない。お年寄りや家族の中には病気入院すると特養に帰れないと心配して、病気になっても入院させないでくれという事態も予想されます。

 犠牲者を出さない抜本的改正を

 以上見てきたように、介護保険制度導入は、社会保障のリストラの第一歩という側面がある。第1に、医療・福祉分野への公費支出、とくに国庫負担の削減。介護保険制度の導入自体が国の介護費用負担を保険料や利用者負担に転嫁し、公費支出の削減を図ろうとするもの。第2に、応益負担を原則とする患者・利用者負担の強化。第3に、医療・福祉事業の民営化と営利化の推進である。別の言い方をすれば、社会保障における財政責任も含めた公的責任の縮小・放棄を意味します。
 低所得者対策であった措置制度に比べて、介護保険はきわめて選別性、排除性の強い制度です。所得が低くて保険料や利用料を払えない人がサービス利用から排除されるような制度を国民は望んでいません。
 逆に必要とされているのは、医療・福祉への公費支出の増大であり、社会保障制度の拡充です。そのために必要な公費はそれほど大きなものではない。厚生省が、その抑制に躍起になっている医療費は1995年度現在で総額約27兆円です。対国民総所得比でみると約7%でアメリカの約半分、ヨーロッパ諸国の約7割の水準にすぎない。医療費より少ない福祉支出についてはなおさらです。高齢化が進めば老人医療費が増えるのはしょうがないことです。公共事業費など無駄な歳出を削減し、高齢化社会への社会保障に財源を回すべきです。
 ところが、政府は財政構造改革法を凍結した現在でも、銀行には60兆円もつぎ込むのに、財政赤字を理由に社会保障費は重点的に削減しようとしています。国民の命にかかわる医療や福祉にもっと公費をつぎ込んで当然だと思います。銀行救済より医療保険救済を優先すべきです。
 厚生省は、高齢化が進む中で医療費の削減しか考えていない。介護保険の総費用は年間約4兆円、医療費は約30兆円ですから、規模が圧倒的に違う。だから厚生省の戦略目標は医療保険改革です。戦略目標である医療保険改革の露払いというか、実験のための介護保険制度なんです。
 このまま介護保険をスタートさせれば混乱は避けられず、数年で破たんするのではないかと思います。混乱や破たんによって犠牲になるのは高齢者など利用者です。このままでは生活困難に陥ったり、衰弱死や孤独死する危険性があります。抜本的な改正が必要です。
 「介護保険を国民が待ち望んでいる」と宣伝されています。介護保険の内容を知れば知るほど、国民はびっくりすることになります。今の段階では多くの国民がその内容を知らないだけです。介護をしている人や家族の人たちの声を代弁して、声をあげる必要があります。今回の介護保険制度の問題点を広く知らせ、このままでは犠牲者が出ると声をあげ、国に抜本的改正の要求をあげる必要があります。福岡では7月31日に、緊急シンポジウム「9割の人が保険料のかけすて、いま介護保険を問い直す」を準備しています。
  (文責編集部)