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月刊『日本の進路』1999年3月号
急浮上した米の関税化とわれわれの闘い
秋田県 高橋良蔵
38年ぶりに見直し改正される農業基本法に、農業現場の声をしっかり反映させるため我々は4年前から取り組んできた。今年は要請運動最後の年だと思い、秋田県労農市民会議は12月8日に代表者30名を派遣して中央行動を起こすことを決めた。
ところが、その夜のABSテレビが米の関税化移行の動きを伝えた。明けて19日、夜遅いNHKテレビで、福島県農協中央会会長が米の関税化受入れ容認の意志表明をしたと報道されたのを聞いてびっくりした。それに符合をあわせたように、農水省高官が1年前倒し関税化移行は国益にかなうもので、福島県農協中央会長の発言を歓迎する、とのコメントを発表した。
(1)ミニマムアクセスから関税化に切り替える動きが急浮上したこのニュースは「晴天の霹靂」のごとくまったく突然のことだった。
5年前に米の自由化には応じないと2度ならず3度も国会決議したことを裏切って、一夜にしてガットのウルグアイ・ラウンドで米の自由化を合意した政府の裏切りを思い出さずにいられない。やがて、ミニマムアクセスの受入れは食管法の廃止、新食糧法へとつながって行き、生産者米価の暴落となった。そればかりではなく、この10数年間に秋田県の農業粗収入は700億円も落ち込み、専業農家ほど苦しい経済事情に追い込まれている。
農水省や農業団体は四つの選択肢があると示しているが、実は関税化に替える方向に傾いている。関税化に切り替えることで、国内米価の3倍以上に相当する高い関税を課することが出来るからミニマムアクセスより得策だと甘いことを言っている。しかし、1200%から1300%もの高い関税率がいつまで続くかその保障は全くない。
米通商代表バシェフスキー氏は日本政府が検討している米の自由化問題に「重大な関心を持っている」と述べ、日本国内で1000%前後の高関税を求める意見も出ているが、アメリカ側は「最大300%程度」を念頭に置いていると言われている。日本が関税化を提案しても条件によりアメリカ側が受入れるかどうか不透明で、早くも交渉が難航しそうである。ましてWTO農業協定の期限切れの2001年以降どうなるのか米の自由化を求めるアメリカの要求だけ見ても高い関税率を30年も続けることが可能かどうか、全く不透明である。
(2)11月17日に米の関税化方針を突然公にして以来、12月15日までのわずか1ヶ月足らずの短期間に、全国都道府県農業団体の意見集約をして、16日には最終決定をし、その直後に閣議決定する日程まで組まれていると聞き、何故に急ぐのかということになるが、それは来年4月から関税化を実施するには「12月中にWTO加盟国に通告」する為に間に合わせようとする政府の意図が働いていることは明らかである。しかも関税化に移行するには「食糧法」「食管特別会計法」「関税定率法」「ガット関連条約」など四つの法律改正が必要だ。つまり国会承認を経なければならない。それなのに国会審議の手続きを後回しにして加盟国に通告することは国会軽視もはなはだしいことで、民主国家にあるまじき行為である。
(3)1年前倒し関税化すると4万トンの輸入米が抑制される。それと引き換えに日本農業の将来を左右する米の関税化を、自民党、農水省、農業団体の3者協議で決めようとしている。こんな独断的な非民主主義は許されない。生産者、消費者を含め広く国民議論を実施すべきであり、向こう1年の検討期間を与えるべきである。
(4)今回のやり方は、国が農業団体にゲタを預け国の責任を逃げようとしている。1996年ローマの食料サミットでは国内生産を重視すると決議したように、食料主権、国家主権は大事なものとして世界各国の総意を得た。そのためにも国の責任、国の自給率を上げる責任を明確にするべきである。
以上が昨年末に寝耳に水のごとく全国の農村を襲った「米の関税化移行」の動きに対するわれわれの見解であった。見解を発表し、記者会見をし、日刊4紙の記事にも載り世論に訴えたが永田町には届かない。ましてや3者協議(自民党、農水省、農協団体)で決めようとする本部幹部には、まるで遠くて届かない。
そこでわれわれは12月8日、9日の両日上京して直接行動を起こすことになった。とはいっても秋田から30名そろって上京するには最低百50万円の費用がかかり、どうして調達するか、カンパ活動の苦労がつきまとう。
上京団は何をどう闘ったか
12月8日、永田町の星陵会館ホールでは全国集会が開かれた。秋田の代表団は30名は、農業者、労働者、農民作家、消費者、市民運動家など多彩な論客で、全国の仲間に混ざって活躍した。秋田の国会議員は9名いる。われわれは上京に先立って、寺田知事、佐藤秋田県農協中央会長、石川錬次郎秋田市長はじめ69町村長全員が「農と食・環境を守る農基法」実現のためガンバレと寄せ書きした檄布を9枚準備した。それに加えて米の関税化に関する文書を、県選出の全議員を個別訪問して、しっかりと手渡した。生産現場の声と共に直接届けることが闘いの一つである。
その夜、本郷に宿泊し、日本農業新聞論説委員を講師に「急浮上した米の関税化」の学習会を開いた。秋田のメンバーは空腹に耐えながらメモを取り、遅くまで翌日の闘いに備え勉強した。
12月9日、東京は朝から大雨だった。午前9時、大手町農協ビル8階に全国農協中央会の山田常務を訪ね、米の関税化移行問題で80分にわたる激しい意見交換を行なった。その一部を再録してみると。
質問「ミニマムアクセス米から関税化に切り替えるのはどうしてか?」
農協「特例措置は関税化隠しにすぎない。当時、関税化即自由化と思っていた。その結果関税化に向かっていけなかった。今は、どうせ世界の関税化の流れが強いので、その流れに合わせて食糧安保を勝ち取っていきたい」
質問「2001年の先は見えるのか」
農協「見えない」
質問「そうするとミニマムアクセス米は失敗だったのではないか。同じことが関税化に切り替えてから2、3年して行き詰まり、関税化が失敗だったということになりかねないのではないか」
農協「ミニマムアクセス米は今にしてみれば失敗だと言えるだろう」
質問「牛肉、オレンジの自由化で日本の農業は壊滅した。関税化の受け入れはガンの宣告を受けたも同然だ。5年もすると日本の米作農家はなくなるだろう。その時に、全中は農協組織として持つかどうか。農協組織として5年持つかな、と思っているがその点についてはどうか」
農協「農協はこのままではやっていけなくなる。だから合併したりしている。一方でもっと困難なのは信用事業部門の経営が悪くなっていることだ。営農指導するのに2000億円(2万人)必要だ。しかし、信用、共済から2000億円はあげられない。かつて1兆円上げたこともあったが、もう1000億円しかあげられない。いま大規模農家は農協離れを起こしている。ここをどう繋ぎ止めるかも農協の課題だ」
3者協議で決める!その一角である全中幹部との意見交換は1時間20分にわたって間断なく続いた。
中川昭一農水大臣との会見
中川大臣との会見は午後3時から国会内の一室で行われた。会見者は5名、時間は15分と厳しい制約の中で実現した。大臣が現れると素早く要請文を手渡す。さっと目を通すなり「言いたいことは何ですか」。単刀直入であった。「今のやり方は短すぎる、1年間の議論がほしい」。これに対して大臣は「いいですよ、1年でも2年でも。でも四つ選択肢としてある以上、今年中にやったほうがいい」と言った。大臣の言い方に不快感を持った。「それでは2001年以降の高率関税化は守られるか」と質問したら、「ルールにのっとってやれば問題ない」という返答であった。
自民党農林水産委員長の桜井新氏も「WTO協定をよく勉強すれば、そういうことは可能だ」と同じことを言っている。それは2000年までのことを言っているので、それ以降のことに答えていない。大臣との会見は正直いって違和感を感じた。米の関税化とは自由化のことだ。4月からスタートする米の関税化は30年後、日本の稲作農家は裸になって各国と対等にコスト競争をやりますよと宣言したも同然だ。
もしアメリカ側のさわぐ「最大300%」からのスタートとなると10年後関税ゼロ(裸)になると計算する学者もいる。3者協議会は、こんな危険な政策を選択してしまった。