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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』1999年2月号

政府の「減税政策」を批判する

憲法の原則に逆行する危険な流れ

日本大学法学部教授 北野 弘久


 1999年度の国の予算案

 1999年度の国の予算案の国会審議が始まりました。一般会計の総額は81兆8601億円。大企業、高額所得者中心の法人・個人の所得減税などで9兆円を超える大型減税が予定されています。不景気による税収減に加えて、有害ともいうべき大型減税によって、税収総額はわずか47兆1190億円。国債収入は31兆500億円で、国債依存率は37・9%。国債のうち赤字国債は実に21兆7100億円という空前の巨額となっています。これによって99年度末の国債累積残高は327兆円。地方債を含めると借金総額は600兆円規模になり、GDP(国内総生産)約500兆円をはるかに超える規模となります。
 また、景気対策と称した大型予算の歳出の中心は、従来型のゼネコン、軍需産業路線を踏襲する内容になっています。
 減税、歳出の面からいって経済不況、消費不況の克服にはあまり効果がありません。昨年、財政構造改革法のもとで、「財政再建」のための当初予算を組んだ政府が、財政構造改革法を凍結して、「狂気」とも思える巨大な赤字予算を組みました。近い将来、政府はこの巨大な財政赤字のツケを不公平税制である消費税の引き上げ(15%〜20%)によって処理しようとしています。

 高額所得者優遇の所得税減税

 日本国憲法は、能力に応じて租税を公平に負担するという応能負担原則を採用しています。この原則は垂直的公平(超累進課税率)を建て前としています。つまり、資本主義社会ではどうしても個人によって所得の格差が生じるので、所得の高い人は多くの税負担を、所得の低い人は少ない税負担にして、社会的不公平をカバーしようとするものです。
 実際はどうなのか、所得税の最高税率の変化を見てみよう。1962年(昭和37年)から久しく所得税の最高税率は75%でした。75%の税率が適用された課税所得金額は8000万円超。それが84年に70%(課税所得金額8000万円超)、87年に60%(課税所得金額5000万円超)、89年に50%(課税所得金額2000万円超)と次々と引き下げられました。95年には最高税率50%が課税所得金額3000万円超に適用されることになり、現在に至っています。それが今回、課税所得金額1800万円超という高い段階で適用される最高税率が37%に引き下げられようとしています。右に加えてさらに、定額減税ではなく定率減税(各人の所得税額の20%。20円を限度)が予定されています。まさに高額所得者優遇税制です。
 人々に「ひろく、うすく」税を負担させることが公平だとして「間接税への傾斜、直接税のフラット化」の流れは、憲法の応能負担原則に反するものです。所得税の最高税率はむしろ引き上げるべきです。例えば、課税所得金額1億円超には最高税率の引き上げを検討すべきです。
 また所得税の課税最低限度額が国際的にも高いので引き下げるべきだという主張が出されている。つまりもっと所得の低い人々からも所得税を取るべきだという主張です。
 巷間、現在の課税最低限度額は、夫婦・子ども2人のサラリーマン世帯では491万円とも361万円とも報道されています。これらは「虚構」の数字です。課税最低限度額は、基本的生活費控除である基礎控除、配偶者控除、扶養控除の人的控除だけで計算すべきです。したがって夫婦・子ども2人のサラリーマン世帯の課税最低限度額は152万円(38万円×4人)にすぎません。
 憲法25条には「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたわれています。人々の健康で文化的な最低生活費に国家は課税の形で介入してはならないという考え方です。この生存権的自由権に従えば、課税最低限度額は少なくても生活扶助基準額のレベルまで引き上げるべきです。
 東京都の一級地の98年度生活扶助基準額は、老人1人世帯で129万6000円、夫婦・子ども2人で264万2000円。したがって基礎控除額は130万円に引き上げるべきです。そして夫婦・子ども2人の課税最低限度額(基礎控除額、配偶者控除額、扶養控除額の合計額)を265万円以上に引き上げるべきです。

 大企業優遇の法人税引き下げ

 昨年、37・5%から34・5%に引き下げられた法人税を、さらに下げようとしています。
 「日本の法人税率は国際的にも高いので、企業の海外への流出を抑えるためにもさらに法人税率を引き下げるべきだ」と経済界からの主張。これはまったく事実に反します。日本企業が海外にいく理由は、第一は諸外国と比べて生産コストが高いこと。賃金一つ見ても発展途上のアジア諸国で生産した方が安い。第二は円高です。第三は貿易収支の不均衡問題によるアメリカなどからの圧力です。企業の海外への流出は法人税が理由ではありません。
 次に日本の法人税率は本当に高いのか。日本の法人数は多いが大部分が中小企業です。上場企業で資本金十億円以上の企業は5〜6000社だと言われています。そういう大企業はさまざまな租税特別措置によってわずかしか法人税を納めていません。実質法人税率は高くない。しかも、大企業の多くは輸出産業ですから年間数百億円もの消費税の戻し税があります。
 そもそも法人税率を画一的な比例税率にしていること自体が憲法の応能負担原則に反します。日本では三菱重工のような巨大な企業も町工場も法人税率が同じです。憲法論からいえば、所得税率に準じて法人の所得額の大きさに応じて法人税を10%から50%までの超過累進税率とすべきなのです。そうすれば中小企業には低税率が適用されるので、中小企業の活性化にもなります。

 庶民と中小業者を圧迫する消費税

 89年4月に消費税導入の際に、日本の消費税はヨーロッパ型付加価値税とは異なるという日本的特殊性が喧伝されました。低税率の3%、インボイス方式の不採用、高売上額の業者にも適用されかつラフな簡易課税制度、限界控除制度などが強調されました。この日本型を理由に業者は消費税によるいわゆる「益税」が生ずるともいわれました。さらに政府は当分の間、指導行政に力点をおくとも公言しました。これらは、中小企業の反対をおさえるための手法でした。
 中小企業の反対を抑えるために導入された前出の特例措置が大幅に縮減されつつあります。消費税率の引き上げ、限界控除制度の廃止、簡易課税適用業者範囲の大幅な縮減と簡易課税率の精緻化、帳簿および書類の双方を必要とするインボイス式化、指導行政ではなく強権的な調査・課税・摘発などです。
 消費税の納税義務者は事業者であるが、中小企業は消費税の負担を転嫁することが困難な場合が多い。つまり大型間接税である消費税が事業者の負担になっており、中小企業の倒産を加速しています。また、消費税導入前(88年度)の中小企業対策費は2539億円でしたが、98年度予算では1858億円に縮減、中小業者はますます犠牲にされているのが現実です。
 同じ9兆円規模の減税をするのであれば、消費不況の原因の一つである消費税の凍結または引き下げをするほうが効果的です。消費税減税は、非納税世帯を含むすべての人にその効果が及びます。昨年暮れの民間業者の行った「消費税なしセール」の例でも分かるように、消費税減税は心理学的にも効果があります。

 危険な動きに反対の声を

 19世紀は国家の干渉を受けないという自由権の世紀でした。20世紀に入ると資本主義が独占段階になり、自由権だけでは人々の実質的平等や生存権を確保できなくなり社会権が登場しました。社会権とは、中小企業、労働者、消費者、障害者等の社会的弱者の生存権を確保するために人々が国家の干渉を求める権利です。国家の仕事は、この社会権を具現化・現実化することです。言葉をかえれば「福祉」の実現です。
 国家は、大企業の寡占化・独占化などを規制し、中小企業の保護育成、労働者・消費者・社会的弱者の生存権を保護しなければなりません。これが憲法の要請する「福祉」です。
 しかし、「規制緩和」の名の下に、大店法の廃止、中小企業倒産の放任、独禁法制・労働法制の骨抜き、弱者切りすてなど、「中小業者、貧乏人は死ね」という恐るべき流れが進んでいます。所得税と法人税の減税を含む99年度予算案もその流れの中にあります。
 予算案に関連して次のようなことを要求すべきです。防衛費の大幅な縮減、ゼネコン型の公共事業費の大幅な整理、ODA(政府開発援助)の合理化、大企業・大資産家等の特権的減免税措置である租税特別措置の全廃を断行すべきです。加えて、憲法の応能負担原則にしたがって租税制度・租税体系の見直しを行う。また、人々の預貯金の金利の引き上げを行う。金融機関の再建には公的資金を投入せず、金融業界の自助努力に待つべきです。人々の生存権にかかわる預貯金元本が危なくなる場合にのみ、例外的に公的資金の投入が許される。
 日米安保の新ガイドラインと周辺事態法案など関連法整備の動き、また日本国憲法9条の改悪をめざして国会に憲法調査委員会設置の動きがあります。このような反動的な動きを支え加速させようとしているのが自自連合です。こういう流れに反対し、中小企業者、労働者、消費者、障害者等が広く手をつなぎ、平和で豊かに生存できる21世紀を実現するため声を上げ行動しなければなりません。

  (文責編集部)