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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2007年10月号
驚いた。こんなに大勢の県民大衆が一箇所に集まったのを見るのは、一生涯にまたとないかも知れない。しかも、赤子を乳母車に乗せた若夫婦や子ども・孫を連れた年配の人たち、高校生や大学・専門学校生、そして90歳以上の沖縄戦の生き残りの人たち等々、あらゆる職業、階層
の人たちがいた。そして、北は北海道や九州各県から、集まった、集まった。9月29日(土)は15時開催だが、12時前から人々は、会場の沖縄本島中部にある宜野湾海浜公園へと動いていた。参加者の最終的な人数は11万6000人(宮古島市や八重山郡も含めて)と発表された。むろんこれは1995年10月の「米軍人による少女暴行事件糾弾県民総決起大会」の8万余の参集をはるかに超える人数である。
問題は文部科学省が、2008年から使用される高校の日本史教科書の太平洋戦争中の沖縄戦についての記述で、1行にも満たない文章を執筆者に、修正要求したことに始まる。
例えば、三省堂の日本史を見ると、「日本軍に『集団自決』を強いられたり、戦闘の邪魔になるとか、スパイ容疑で殺害された人達も多く、沖縄戦は悲惨を極めた。」を「追い詰められて『集団自決』した人や、戦闘の邪魔になるとか、スパイ容疑を理由に殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨を極めた。」と修正させている。すなわち、日本軍が強制したことを削除してしまい、「追い詰められて」とか「殺害された人も多く」は「誰が(やった)」という主体がないために、ひどくあいまいになっていることにある。これには、明らかに政治的背景があって、「戦後レジームからの脱却」を狙う意図が読み取れる。一個人でも国家でも、悪行は反省し、さらによりよい高みを目指すのが、求められる倫理である。それを、自虐史観とけなす人たちは、隣人のアジアや世界の人たちから、ちっとも変わらない危険な日本人と、警戒されるに違いない。たった一行の文章だが、沖縄県内で発刊された戦争体験記の何十冊分の重みがかかっている。
ということで、県民大会を盛り上げたのは、沖縄県民の62年前の戦争体験である。本土防衛準備の時間稼ぎの捨石にされ、年寄りから小学生まで陣地構築に協力し、県民を守ってくれると信じていた日本守備隊からは、壕追い出し、食糧強奪、自殺教唆・強要等の仕打ちを受けた。1974年ごろ、司馬遼太郎は「街道をゆく」取材のため沖縄へ来た。それを「沖縄・先島への道(街道をゆく 六)」にまとめている。沖縄戦のことを聞き、「軍隊というものは本来、つまり本質としても機能としても、自国の住民を守るものではない・・。軍隊は軍隊そのものを守る。」と書いた。沖縄戦の苛酷さは、体験者のみでなく、子孫にトラウマとして伝わっている。集団自決(強制集団死)は、日本守備隊が駐屯する村や島で起こっている。
こういう県民大会という場合、いつも保守政党出身の県知事が出るか、出ないかで、問題になる。初めの段階では、いつもの通りぬらりくらりと言い逃れをしていた。県議会もなかなか検定意見撤回決議案を、保守政党の抵抗で決めきれないでいた。しかし、地方市町村議会が、つぎつぎと決議を上げていく中で、県知事も県議会も決意せざるをえなくなった。沖縄県全41市町村議会がほぼ同じ決議を全会一致の形で上げ、県議会も同様に決議をせざるを得なくなり、県知事や県議会議長も参加を表明するにいたった。しかも、大会実行委員長は、県議会議長である。各市町村では、市町村長を実行委員長にすえて、運動は着実に進行した。
これらの運動を、側面から支えたのは、県内新聞の「琉球新報」と「沖縄タイムス」の2紙である。大会まで連日、集団自決生き残りの証言や識者による談話等の囲み記事を載せた。本土大新聞にはない沖縄土着の新聞の住民側に立つ姿勢が遺憾なく発揮された。
大会が始まると、大会実行委員長の県議会議長が、はじめに挨拶に立った。「8歳の時の沖縄戦体験を思うと、胸が痛む。報道によると、文科省教科書審議調査会には、沖縄戦の専門家がいないという。その人たちが、『日本軍の強制』を書き換えさせた。絶対に許すことはできません。日本軍の強制は隠しようがない事実。これを伝えることは、大人に課された最大の責務である。殉国美談にするか、軍命によるかが、問われている。」と述べた。
しかし、私が心にひっかかったのは、「戦争でなくなった御霊(みたま)の尊い犠牲によって、現在の平和がある。」と述べたことである。このことばを初めに目にしたのは、特攻隊基地だった鹿屋の平和資料館である。その後、大臣や政治家が使うのを、よく耳にした。肉親が間違った侵略戦争の犠牲になったというと、忍びない気持ちはわかるが、事実を見据えて、再び戦争を起こさせないという決意が、求められている。
2007年10月3日