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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2006年10月号
大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授 吉田 康彦
はじめに
朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の十月九日の核実験で、NPT(核不拡散条約)体制の矛盾が改めて浮き彫りになっている。実験そのものは失敗、すなわち「不完全燃焼に終わった」とする見方が強いが、北朝鮮が核弾頭数個分のプルトニウムを保有している事実には変わりない。さらに稼動中の原子炉(黒鉛減速型5メガワット炉)の使用済み燃料を再処理してプルトニウム増産体制に入っていることは確実だ。
北朝鮮はすでに昨年二月、「核保有宣言」をしたが、爆発実験をしていなかったため、核抑止力には疑問符がついていた。今回、実験することで核弾頭生産能力を実証し、ブッシュ政権を直接交渉のテーブルに就かせることを狙ったのだが、実験失敗となると再実験が不可避となる。しかし、これ以上の実験は金正日体制を存亡の危機に陥れかねない。
核実験は違法か合法か
核実験そのものは、去る七月のミサイル発射実験と同様、国際法上違法ではない。死の灰を降らせる地上実験は一九六三年の部分核停条約で禁止されたが、地下核実験は放置され、これまでに合計で米国が一〇三二回、旧ソ連が七一五回実施している。
冷戦終結とともに実験の必要性が低下、米ソ両国はモラトリウム(凍結)で合意し、地下核実験を含む全面禁止を謳ったCTBT(包括的核実験禁止条約)を起草した。
その間、CTBTは一九九六年国連総会で採択、署名のため開放されたが、十年を経てなお未発効だ。発効の要件は、核保有国五カ国をはじめ、核開発技術を有する四十四カ国(日本を含む)が批准することだが、肝心の米国はクリントン政権時に署名したもののブッシュ政権になって離脱を表明、中国も未批准。北朝鮮、インド、パキスタンも未署名。というわけで発効までの道のりは遠い。
安保理認定で「制裁」発動
もちろん地下核実験が禁止されていないからといって、国連安保理が「国際平和と安全に対する脅威」と認定すれば、憲章第7章の発動による「制裁」の対象となる。一九九八年のインド、パキスタンの相次ぐ地下実験後も「経済制裁」の対象となった。
今回の北朝鮮の核実験は、七月のミサイル発射実験が国際社会に対する"挑発"と映っていただけに安保理はいち早く全会一致で「非軍事的制裁」(憲章第七章四一条)に乗り出した。中ロ両国が制裁賛成に回ったことの意味合いは大きい。逆に言えば、北朝鮮としてはロシアのみならず、「血で固められた」同盟国で、かつ最大の支援国である中国の離反を招き、米中を接近させてしまった。この誤算は大きい。
米朝直接交渉を拒否するブッシュ政権に対しては野党民主党のみならず共和党内からも批判が出ているが、ブッシュ大統領の対「北」不信感は強く、あくまでも北京の六カ国協議復帰を要求し続け、金融制裁解除にも応じないであろう。
そこで注目されるのが中国の動向だ。一部には胡錦涛政権が北朝鮮を見放し、金正日体制を「安楽死」させることでブッシュ政権と暗黙の合意が成立したという見方もあるが、事はそう簡単ではない。中国は北朝鮮に膨大な投資をして、東北部の開発重点地域に組み込んでおり、政治的混乱は極力避けたいところだ。
対北「宥和政策」を続けてきた韓国の盧武鉉政権も思いは同じで、中朝韓の三国は運命共同体となっている。中韓両国だけで北朝鮮の貿易総額(四五億ドル)の四分の三を占めている。混乱にともなう難民の大量発生も懸念材料だ。
そうしたなかで、日本だけが単独制裁を矢継ぎ早に発動しているが、日朝貿易は減少の一途をたどり、近年は一億ドル台に落ち込んでいる。北朝鮮は「制裁は宣戦布告に等しい」と反発、日朝関係は最悪の状態にある。結果は国内の在日朝鮮人いじめにしかならない。同時に、これによって拉致問題解決はますます遠のくことになるのを関係者は知るべきだ。
ますます空洞化するNPT体制
NPTは「核保有国」を米ロ英仏中の五カ国に限定し、それ以外の「非核保有国」には核兵器の開発・取得を禁じている。加盟国はIAEA(国際原子力機関)の査察を主体とする「保障措置」を受け入れ、すべての核物質を申告しなければならないことになっているが、北朝鮮は二〇〇三年に脱退、現在は野放し状態だ。インド、パキスタン、イスラエルは加盟していない。
他方、イランはNPTに留まり、「原子力平和利用は加盟国の奪い得ない権利」という第四条の規定を振りかざしてウラン濃縮とプルトニウム抽出に着手しているが、国内に原子炉が稼動していないにもかかわらず、核燃料だけを生産しようとしているのはいかにも不自然だ。
他方、ブッシュ政権は、NPT非加盟のまま自力で核開発・保有にこぎつけたインドと原子力平和利用面で協力を申し出て物議をかもしている。人口十一億の大国インドの市場性に着目、大規模発電が可能な軽水炉の輸出をもくろんでのことだが、NPT体制に挑戦して核保有国となったインドと手を結ぼうというのだから全世界が驚いた。このためNPTはますます有名無実化してしまった。北朝鮮はブッシュ政権のこうした動きを見逃していない。
歴代米政権は、イスラエルの秘密核保有を知りながら黙認してきた。これが米国流のダブルスタンダード(二重基準)だが、パキスタンには協力せず、インドにのみ接近することで、米印原子力協力はもうひとつのダブルスタンダードを生み出した。こんな一貫性のなさではイランの核開発を阻止できない。北朝鮮はその辺もにらんでいる。
米国が最も恐れているのは、北朝鮮やイランの核が「アルカーイダ」などのテロ組織に渡ることだが、あちこちにダブルスタンダードが生まれることになると、核不拡散の原則が崩れ、阻止できなくなる。この間、パキスタンのA・O・カーン博士は「核の闇市場」を構築、すでに北朝鮮、イラン、リビア(現在は核廃棄に同意)などにウラン濃縮器材を提供した「前科」もある。
再燃する日本核武装論
北朝鮮の核実験は日本核武装論に再び火を点けた。中川昭一・自民党政調会長、麻生外相らが、「非核三原則を守るにしても議論するのは大いに結構」といいながら、二人とも根底では核武装論者だ。麻生外相は昨年十二月、訪米の際、「北朝鮮が核保有するなら、日本も核武装せざるを得ない」と公言している。
日本が核武装すれば、NPT体制は完全に崩壊し、全世界に核が拡散する引き金になるだろう。そもそもNPTもIAEAも、戦後体制のなかで日本とドイツの核武装を阻止するために発足したシステムなのだ。
日本は過去半世紀、平和利用に徹した実績が評価され、昨年六月、IAEAから「核開発疑惑の全くない国」として「統合保障措置対象国」に選ばれた。日本には原発五十五基が稼動し、全国に二百五十カ所以上の核物質関連施設が存在しているが、これらの施設に対する査察は、IAEAのお墨付きを得て大幅に省略つまり手抜きが認められ、日本政府にお任せとなっている。この信頼関係は一朝一夕に出来上がったものではない。日本核武装論はそうした実績を無に帰し、「九仞の功を一箒に欠く」(きゅうじんのこうをいっきにかく) ことになる。
広島・長崎の被爆体験は何だったのか、日本政府の「非核三原則」は何だったのか、改めて問い直されるべきだ。「北朝鮮の脅威」に煽られて軽々に核武装を論じるべきではない。議論するだけなら結構だが、結論はおのずから明らかなのだ。
不平等条約であるNPT体制がまがりなりにも機能してきたのは、国際社会が核不拡散、核軍縮、原子力平和利用をNPTの三本柱として受け入れてきたからだ。ところが、ブッシュ政権登場以来、米国は核軍縮に一切関心を示さず、核拡散につながるとして原子力平和利用まで規制しようとしている。NPT第六条は精神規定ながら、「核軍縮の義務」を核保有国に課している。この原点を忘れてはならない。この点からも、日本核武装論など論外である。