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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2006年9月号
大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授 吉田 康彦
北朝鮮のミサイル発射実験実験に対する日本国内の反応はまさに「狂気の沙汰」だった。新聞は号外を出し、テレビは早朝から特別番組を組み、まるで日本が攻撃されたかのように騒ぎ立て、被害妄想ぶりを遺憾なく発揮した。安倍官房長官は対策本部を設置、陣頭指揮して九項目からなる単独制裁を決め、外務官僚を叱咤(しった)して北朝鮮制裁決議案を国連安保理に提出させた。
日米共同開発のMD(ミサイル防衛)の前倒し配備も決めた。共同開発といっても、日本は総額二兆円にのぼるとされる開発資金を拠出するだけ。ほくそえんでいるのは両国の軍産共同体だ。ブッシュ政権は「渡りに船」とばかりにシーファー駐米大使とボルトン国連大使に全面協力を約束させ、日米協力の蜜月ぶりを東京とニューヨークで演出した。
結局、安保理制裁決議は通らなかったが、日本の「暴走ぶり」は次の諸点から明らかだ。「北朝鮮バッシング」に安直に同調し、これを増幅したメディアにも大いに責任がある。
(一)北朝鮮が実施したのは、何らの兵器も搭載していない空のミサイルの「発射実験」であり、それ自体「弾」ではない。これを「着弾」と呼ぶのは不適当だ。日本新聞協会に用語の統一があり、日本が種子島からロケットを打ち上げた場合は「着水」である。実際は「着水」であるのに、「着弾」という恣意的な表現で脅威感を与えようとした。
七発発射したからといって「乱射」と呼ぶのも日本語の誤用だ。読売新聞は防衛庁・米軍情報をもとに「六発は五十キロ四方以内にきわめて正確に着水している」と報道した。いずれも指定の公海上に高い精度で着水している。整然と行われた発射実験である。
北朝鮮は演習と呼んでいる。演習は世界中の国が日常的に行っている。厳密な定義はないが、ミサイルの発射は、事前にICAOという国際民間航空機関に通告する。それからIHOという国際水路機関に通知して、その事務局が関係各国に連絡するという手続きになっている。一九九八年のいわゆる「テポドン一号」では正式に事前通告した。今回も、内々の通告がロシアと中国に行われたと聞いている。演習の場合は、何月何日から何日までの間、北緯何度から何度、東経何度から何度までの海域に近づかないようにと、航行中の船舶ならびに航空機に無線で連絡する。事前通告なしというのは事実と違う。
(二)ミサイル発射実験は国際法上なんら違法ではなく、これを規制する国際条約は存在しない。現在、世界の四十七カ国がミサイルを開発・保有しており、年間平均百回以上の発射実験が行われている。日本もロケット(ミサイルの平和利用)開発国である。事前通告という点では、日本も種子島からの発射実験を北朝鮮に通告していない。
ロケットとミサイルはどう違うのか。もともとミサイルという言葉はなかった。ロケットという言葉が最初できたのは第二次世界大戦中で、ドイツが開発してイギリスのロンドンに発射した。戦後、米ソがロケット開発競争を行ったが、一九五〇年代の後半から米国ではミサイルという軍事用語が使われるようになった。ミサイルの語源はラテン語の「放り投げる物」で、ミサイルとは放物線を描いて敵陣地に飛んでいく物のこと。ロケットとは地球の軌道上にのる物、あるいは月や他の天体に飛ばすのがロケットだ。今度の場合は、実弾ではなく「空」だが、ミサイル実験(演習)だ。
ロケットという呼び方の方が幅が広い。例えば、イスラエルのレバノン攻撃に対してヒズボラがイスラエルに撃ったのはロケット砲だ。ミサイルとは呼んでいない。したがって、ミサイルの平和利用というのは厳密には間違いだ。
日本はロケットの開発国である。実弾を積めばミサイルになり、観測機器を積めばロケットになる。日本のロケットも、観測機器の代わりに実弾を積めばミサイルだ。そういう意味で日本もミサイル開発国に入っている。
(三)北朝鮮は、着水地点を日本からなるべく遠い、ロシア沿岸に近い公海上に設定し、日本に配慮をした。前回一九九八年の「テポドン一号」(朝鮮名は人工衛星ロケット「白頭山」)発射の際も、日本だけがミサイルと騒ぎ立て、「日本列島のアタマを越えて三陸沖に着弾」と発表したが、米国は「人工衛星だったが、軌道に乗らなかったようだ」と結論を下した。
発射直後、たまたま訪朝していた私に、関係者は「日本の領空、領海、領土を侵犯しないよう最大限の配慮をした。日本にはこれから『過去の清算』をさせて補償・賠償を払わせなくてはならない。在日コリアンも数多く住んでいるし、日本は大事なカネづるだ。われわれの眼中には米国しかない」と語っていた。
(四)にもかかわらず、日本が電光石火の早さで単独制裁に乗り出し、安保理に制裁決議案を提出したのは、安倍晋三、麻生太郎、額賀福志郎ら自民党タカ派政治家が、これを奇貨としてリーダーシップを発揮すれば、ポスト小泉レースでの人気獲得に利用できると計算したからにほかならない。もとよりその背後には、拉致問題をめぐって国民感情に渦巻く北朝鮮憎悪がある。しかし、安保理討議は論理の世界、そこに憎悪を持ち込むのは筋違いだ。
(五)いずれにせよ、ミサイル発射実験が国連で制裁の対象になった前例はない。発射実験に対して、いきなり制裁という国連決議などは、国際法上あり得ないことだ。つまり、世界中で発射実験をやっている。
北朝鮮が発射した二日後には、インドが発射実験をやった。外務省次官はインドの公使を呼びつけて、「われわれが北朝鮮のミサイル問題で制裁させようとしているのに、そういうタイミングの時に発射されては迷惑だ」と抗議した。つまり、発射の時期が悪いと抗議したわけだ。インドの後にはパキスタンもやった。ミサイル発射実験は世界中でやられている。日本は国際法と関係なく、北朝鮮憎しだけで動いたのである。
なぜこの時期に北朝鮮が発射実験をやったのか。米国の独立記念日説や金融制裁に対する反撃説などが言われているが、大きな背景は米国による軍事演習である。ミサイル発射実験の直前に、米韓軍事演習、グアム沖での海軍・空軍・海兵隊の統合軍事演習、ハワイ沖での環太平洋合同軍事演習など、米国は軍事演習を繰り返している。米朝交渉もせず、軍事演習を繰り返す米国への対抗だと思う。
公海上のミサイル発射実験を「国際平和と安全に対する脅威」と認定して、経済制裁さらに武力制裁をも容認した「国連憲章第七章の下に行動する」などという決議案を提出した国は過去に存在しない。もちろん中ロ両国は反対。米国もまともに採決されるとは思っていなかった。ところが、七カ国が共同提案国に加わり、表決に付すことになれば十三対二(中ロ)という票読みができるに至って、安倍・麻生両氏らはすっかりその気になり「制裁、制裁」とわめき出した。「北京オリンピックをひかえて中国が拒否権を行使することはあるまい」などと麻生外相はトンチンカンな観測をテレビで語っていた。拒否権とオリンピックはまったく無関係。常任理事国は国益に反すると判断すれば拒否権行使はいとわない。それが大国というものだ。
(六)発射実験でも国際平和の脅威ということになれば、「制裁」ということもあり得なくはないが、整然と行われた実験であり、実害も全くなかった。したがって「脅威」の認定はは除去され、「憲章第七章」にも一切言及しない「非難決議案」が全会一致で採択された。これを「日本決議案の修正版」と称したり、「日本が最初に強硬な決議案を提出したから、中ロも当初の議長声明案から非難決議に賛成せざるを得なかったのだ」などという我田引水の説明がメディアでまかり通っていた。政府や外交官の負け惜しみの弁解をうのみにして記事にした記者たちにはジャーナリストとしての主体性がない。
(七)日本政府の説明は事実関係に照らしても間違っている。採決された非難決議は、ミサイル発射凍結を北朝鮮に、北朝鮮に対する関連物資の移動阻止ならびにミサイル調達禁止を加盟国に、それぞれ要請しているが、これはあくまで「要請」だ。この種の安保理決議は毎年数多くあるが、ほとんど実践されていない。例えば、一九六七年の第三次中東戦争の後に採択された安保理決議二四二号というのがある。「イスラエルは占領地域から撤退せよ」という決議で、これには米国も賛成した。しかし、いまだにイスラエルは撤退していない。そういうことが国際政治では平然と行われている。それが現実だ。外務省はそういう実態を知りながら口をつぐんでいる。
したがって、今回の決議に法的拘束力はない。国連憲章には、「安保理決議は国連全加盟国を拘束する」と書いてあるが、違反したからといって罰則規定はなく、制裁の対象にもならない。イスラエルに対する決議は何十年も野放しになっている。日本政府の説明はデタラメだ。
自民党の勉強会に外務省の局長が出ていって、「今回の決議には法的拘束力があり、制裁と同じ効果がある。これは日本外交の大勝利だ」とごまかしの発言をしている。私はたまたま社民党の衆参議員の勉強会に招かれた。社民党は七月五日の発射実験の後、何を言ったか。福島党首の談話で「制裁が必要だ」と言っている。だから、私は「もっと勉強してほしい」と言った。ムードや世論にのるのではなく、北東アジアの平和と安定のために、事実関係をきちんと勉強してほしい、と。
◇ ◇ ◇
北東アジアの緊張を除去するためになすべきことは、ブッシュ政権が米朝直接対話に応じ、朝鮮戦争後半世紀を経て今なお残る冷戦構造を解消すること以外にない。しかし、ブッシュ政権は応じないだろう。
すぐにやるとは思わないが、次は北朝鮮の核実験かも知れない。北朝鮮が求めているのは米朝直接対話だ。日本がなすべきことは、ブッシュ政権が動かなくても、小泉首相がレールを敷いた日朝平壌宣言を履行し、国交正常化に踏み切ることである。しかし、現在の右派勢力が企んでいることは、日朝国交正常化や過去の清算をさせず、北朝鮮の現体制を打倒することだ。
そういう勢力が拉致議連などの背後にいる。そういう勢力に支えられた家族会、そのシンボル的存在が横田夫妻だ。日本全国で千回の講演をする。年間の寄付が一億円あるという。それが実態だ。日朝国交正常化が進まなければ、拉致問題の解決は遠のくばかりだ。そういうことに、どれだけの人たちが気がついているのか。冷静な分析と行動が必要だ。
拉致問題や今回のミサイル問題で露呈したことは、政府サイドの画一的な情報統制と世論操作だ。まさに開戦前夜の大政翼賛会的な現象を呈している。異論を差しはさむ余地を許さない風潮が横行している。
二番目は、日朝国交正常化をさせない、過去の清算をさせない、日本の朝鮮半島植民地支配はいいことだった、靖国につながる皇民化政策は正しかった、等々の思想の横行だ。そういうことを許していいのか。
最後に、仮に北朝鮮のミサイルが脅威だというのであれば、米国と日本の防衛産業だけがもうかり、莫大な税金を使うミサイル防衛などに力をそそぐのではなく、平和的に外交努力で、話し合いで、脅威を取り除く努力をするべきだ。
みなさん、頑張ろう。
(八月二十日、広範な国民連合・神 奈川第十一回総会でのスピーチ)