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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2006年8月号
関東学院大学法科大学院教授 湖東 京至
今年度予算に見る借金財政
国の予算はどのように組まれているのでしょうか。小泉内閣最後の予算、今年度予算を見てみましょう。
普通の会社や家庭ではまず収入を決め、それにあわせて支出を決めますが、国の予算は支出(歳出)を先に決めます。概算要求方式と言われており、今年度の歳出総額は七九兆六八六〇億円です。その上で、収入(歳入)を決めます。歳入の中心は税金(租税印紙収入)で、今年度は四五兆八七八〇億円です。その他に三兆八三五〇億円の収入がありますが、あわせても歳出総額をまかなえません。不足分の二九兆九七三〇億円は借金(国債発行)します。
このように、支出を先に決めて、足りなければ借金するという無責任なやり方で、長い間予算を組んできました。その結果は、借金は膨大な金額にふくれあがりました。家庭の場合、こんなやり方で借金していけば、たちまち家庭崩壊です。
戦後の日本は、こんなことになるのを防ぐために、財政法で国債発行(借金)を禁じています。国債不発行主義です。しかし、道路や橋などは財産として残るということで、それを建設するための借金(建設国債)は例外として認められています。ただし、国会の承認が必要です。今年度予算では建設国債は五兆四八四〇八億円です。道路や橋の建設以外の費用にあてるための借金は、俗にいう赤字国債(特例国債)で、財政法は赤字国債の発行を認めていません。それにもかかわらず、与党が国会の特別決議でこれを認め、赤字国債を発行し続けてきたのです。今年度予算の赤字国債は二四兆四八九〇億円にのぼります。
財政法はさらに、日本銀行が借金(国債)を引き受けることを禁止しています。日銀が借金を引き受けるということは、一万円札を印刷して渡すということですから、お金の価値が下がり、インフレになりかねないからです。ところが、日銀はすでに国債の一割強を引き受けています。
このように国債を乱発し、借金をふくれあがらせた政府・与党の責任は重大です。この借金構造をどうするか。政府・与党が考えているのは、「財政再建」することです。そのために、まず基礎的財政収支(プライマリー・バランス)、つまり単年度の収支をとんとんにしようとしています。どうやってとんとんにするのか。庶民へのしわよせです。そのための方針が、政府の「骨太の方針」、自民党税調や政府税調の「財政再建案」です。
すでに始まっている庶民増税
「骨太の方針」や税調の「財政再建案」を検討する前に、すでに始まっている所得税の庶民増税について現状をお話しします。
二〇〇四年から、所得税の配偶者特別控除(最大三八万円)が廃止されました。六五歳以上の高齢者はそれに加えて、老年者控除(五〇万円)が廃止され、公的年金控除が二〇万円縮小されました。単純化していうと、税率一〇%の場合、廃止・縮小された控除額の一〇%が増税額となります。控除の廃止・縮小は翌年から住民税にも反映し、住民税も増税されました。さらに、今年三月から、社会保険料(年金、国民健康保険、介護保険の保険料)控除には領収書が必要になりました。社会保険料を支払っていても、領収書を提出しないと控除してくれません。非常にいじわるな改悪です。
さらに定率減税が今年度から半減され、来年度から完全に廃止されます。これで増える税金は税率によって異なりますが、年間一〇万円とか二〇万円の増税になります。これも一年遅れで住民税にも適用されて、増税されます。
現在の住民税は五%、一〇%、一三%の三段階になっています。これが〇七年度から一律一〇%へフラット化(平準化)されます。「三位一体の改革」で、国から地方へ約三兆円の税源移譲を行うためです。そのため、住民税が五%から一〇%に上がる階層は所得税を五%下げ、一三%から一〇%になる人たちは所得税の最高税率三七%を四〇%に上げます。こうすればバランスが取れると政府は説明しています。
しかし、これはとんでもないごまかしです。住民税の課税最低限は所得税の課税最低限よりも低いため、五%の住民税を納めている人の中には所得税が課税されない人たちがいます。この低所得の人たちは、住民税だけが五%から一〇%へ、二倍の増税になります。所得税課税最低限より低所得の人たちへの対策がまったくないんです。住民税の通知が来たとき多くの人たちがびっくりし、怒って区役所の窓口は大混乱となると思います。
政府与党の「財政再建案」
政府は先日「骨太の方針」を決めました。二〇一〇年にプライマリー・バランスをとんとんにするというのです。そのために国の歳出を減らす。具体的には医療制度改悪、介護保険や年金など社会保障関係費の大幅縮減です。公共事業費も削減です。不足分は消費税増税でまかなう。できれば消費税増税分は社会保障財源に使いたいと言っています。
自民党税調も同じように社会保障関係費を縮減する方針です。参院選後の二〇〇八年から社会保障財源として消費税増税を検討しており、引き上げ幅は三%〜五%です。さらに所得税の抜本的見直しを主張しています。前述した税源移譲で、所得税率はこれまでの四段階(一〇%、二〇%、三〇%、三七%)から、六段階(五%、一〇%、二〇%、二三%、三三%、四〇%)に変わりますが、このうち最低の五%を一〇%に上げ、最高の四〇%を下げる方針です。そして、サラリーマンの給与所得控除を削減し、配偶者控除(三八万円)や、子ども・老人・障害者などの扶養控除(一人三八万円)を全面的に廃止する。少子化対策と称して、納税額を直接減らす児童税額控除を検討しています。消費税も所得税も上げるというのが自民党の方針です。諸控除の廃止は住民税の増税にもつながります。
政府税調の基本方針も同じです。消費税の税率を二けたにし、配偶者控除や扶養控除の廃止、税率の見直しで所得税を増税する方針です。法人税については、減価償却費の見直しなど若干の減税。問題なのは、現在資本金一億円以上の法人に限定している事業税の外形標準課税を中小企業に拡大する方針です。これは中小企業にとって大きな打撃となります。
このように政府、政府税調、自民党税調の方針は、小泉「構造改革」の継続です。社会保障関係費を削減し、消費税や所得税の増税で歳入を増やして、「財政再建」するという基本路線は、次の総理に誰がなっても変わりません。
庶民増税による財政再建とは、われわれ庶民に、借りたおぼえのない借金を返せというとんでもない話です。福祉切り捨てによる財政再建は、「ガンの手術は成功したが、患者は死んだ」というのと同じです。
新自由主義の潮流
このような福祉切り捨て、庶民増税の背景にあるのは、新自由主義と言われる世界的な潮流です。新自由主義は経済学者の言葉で、政治では新保守主義、ネオコンと呼ばれています。勝ち組には優しく、負け組には冷たい。福祉に財政を使うのはもったいない。それが新自由主義者の考え方です。税制では消費税の増税、所得税のフラット化つまり高額所得者に減税、低所得者に増税です。将来的には所得税も住民税のように一律にしたい。さらに所得税や法人税を全廃して、全部を消費税にしたいという考えです。「官から民へ」、「規制緩和」、「大きな政府から小さな政府へ」が共通のスローガンです。
福祉国家であるスウェーデン国内でも所得税のフラット化の動きがあります。現在の間接税は二五%で、これ以上は上げられない。だから福祉を切り捨てるべきだという勢力がいます。他のヨーロッパ諸国でも新自由主義の潮流は顕著です。国民所得に対する税負担の割合は、ヨーロッパ諸国が四〇〜五〇%、日本が約三〇%です。そのため、ヨーロッパでは「日本やアメリカのように福祉を切り捨てるべきだ」という勢力が強まっているのです。
アメリカのブッシュ政権が進めているのも、新自由主義の政策です。所得税、法人税、相続税の三つの直接税を廃止して、最高三〇%の大型間接税を導入するという法案を連邦議会に提出しましたが、さすがに通りませんでした。アメリカのブッシュ政権、ヨーロッパ、小泉政権の中にある新自由主義グループのスローガンはみんな同じです。
六月末から七月にかけて、オーストリアのウィーンで「世界納税者連盟」の大会がありました。その大会はヨーロッパの新自由主義経済学者の研究所が主催する勉強会でした。そこでは小泉構造改革と同じ内容が議論されていました。「アメリカと日本の失業率は五%前後だが、フランスの一一%などヨーロッパの失業率は高い」。「ヨーロッパでは政府が肥大化した」。「アメリカと日本に学べ」がスローガンになって、福祉切り捨てがどんどん進んでいます。サラリーマンの賃金を徹底的に削減する。公務員も給料を下げ、大胆に首を切る。そういう政策です。私たちの立場と違いますが、これが世界の潮流なのかとびっくりしました。
消費税は最も不公平な税金
新自由主義者は、消費税を税収の中心におくことを主張します。消費税は消費者から見ても、事業者から見ても、これ以上の不公平はないと言ってよいほどの、ものすごく不公平な税金です。消費者から見ると、所得のない人にまで負担をさせる税金です。
事業者から見ると、中小零細事業者は消費税を転嫁できません。転嫁については法律にまったく書かれておらず、転嫁できる保証もありません。消費税は預り金、買い物をした庶民がお店に預けたもので、預かったお店は税務署に納税するものと考えられていますが、消費税はそんな税金ではありません。法律的には一〇〇%事業税、赤字でもかかる事業税です。仮に価格の中に入れたとしても、売り上げ金、物価の一部なんです。そういう税金です。
ですから、事業者、特に小さな事業者の消費税滞納はものすごい額です。二〇〇三年の統計では、消費税を納税すべき約二百万事業者のうち、一時百万の事業者が滞納しました。景気回復で少し改善しましたが、それでも滞納している事業者は三五%にのぼり、毎年、税金滞納率のトップが消費税です。現場で税金を徴収している税務署の人たちは「法人税や所得税はいいからとにかく消費税だけでも納税してくれ」と事業者に迫る。それでもお金がないから納税できない。すると「保険を解約して納税して下さい」と迫る。そこまでして消費税の滞納一掃に躍起になっています。あまりにも滞納が多く、そうでもしないと消費税のシステムがもたないからです。
そこで政府は、年一回ではなく毎月納税させようと決めました。現在、消費税の年間納税額が六〇〇〇万円以上の事業者は毎月納税です。それでも滞納がなくならない。滞納すると利息が雪だるま式に増えていきます。滞納したら金融機関からも、公的資金も、一切借りられません。
いまでも滞納率が高いのに、消費税税率がこれ以上あがったらどうなるでしようか。事業者は納税できるでしょうか。
ヨーロッパでは大型間接税の税率が高い。フランスが一九・六%、ドイツが一六%、スウェーデンとデンマークが二五%、イタリアが二〇%です。税率の高いヨーロッパは毎月納税です。事業者は毎月、大型間接税納税のための金策に走り回っており、倒産件数が多い。だから、失業率が軒並み一〇%を超えているのです。日本をそのような国にしていいのでしょうか。
零細事業者に対する免税水準が、三〇〇〇万円から一〇〇〇万円に下がりました。簡易課税の水準も売上高二億円以下から五〇〇〇万円以下に下がりました。いずれ簡易課税も廃止というのが政府の方針です。免税水準も五百万円に下がる可能性があります。そうなるとますます滞納が増えます。
総額二兆円の輸出戻し税
消費税で苦しんでいる人たちがいる一方で、消費税をもらう人たちがいます。不公平の極みです。トヨタ、キャノン、ソニー、ホンダ、東芝、NECなどわが国を代表する大企業は消費税を一銭も納めません。納めないどころか、トヨタは年間二〇〇〇億円もの輸出戻し税を受け取っています。輸出戻し税制度です。輸出する場合、輸出先の国の税金がかかるので、輸出品に消費税をかけない。消費税をかけないのだから、輸出企業が下請けなどに払ったとされる消費税は戻しましょうという制度です。その輸出戻し税が毎月、税務署から輸出企業の口座に振り込まれます。輸出戻し税の総額は、年間で約二兆円。これほど財政危機だと騒いでいるのに、税務署は輸出している大企業に二兆円も支払っているのです。
このような輸出戻し税制度は、ヨーロッパにはありますが、アメリカにはありません。この輸出戻し税は一種の輸出補助金であり、ただちに廃止すべきと私は主張しています。トヨタは輸出戻し税があるから消費税を導入した、と言っています。
税務署は全国に五百十二あります。税金を徴収するのが税務署の仕事ですから、徴収する税金が上がる税務署ほど、署長の評価が高くなります。トヨタがある愛知県の豊田税務署は、徴収する税金が上がるどころか、トヨタ一社に対する輸出戻し税のためにマイナスです。
トヨタなどが主導している日本経団連が、なぜ消費税引き上げに必死になるのか、おわかりと思います。五%の消費税で、トヨタは年間二〇〇〇億円の輸出戻し税を受け取ります。消費税が一〇%になれば、トヨタの受け取りは二倍の四〇〇〇億円になります。
消費者や大部分の事業者に負担が重く、大企業に利益となる、これほど不公平な税金はありません。
とんでもない福祉目的税化
民主党、それに政府や自民党の一部は、消費税の「福祉目的税」化を主張しています。これはとんでもないことです。消費税は無収入の人からもとる税金で、低所得者ほど厳しい逆進性の強い税金です。それを福祉にあてるという考え方そのものがおかしい。低所得者からとって、福祉のために低所得者に使うと言うのなら、最初から消費税を取るべきではありません。福祉目的税化を主張する本当のねらいは、福祉のために使うなら仕方がないと庶民をだますためです。福祉のためと言って税金をとり、実際にはトヨタなどの大企業に、巨額の輸出戻し税を振り込むために使われます。福祉目的税化というのは、庶民を愚弄するとんでもない議論です。
消費税は亡国の税金
政府がプライマリー・バランスをとんとんにするためにと言って、消費税を八%とか一〇%に引き上げたら、実際にどうなるでしょうか。
橋本内閣のときに、消費税を三%から五%に引き上げたら、景気がものすごく冷え込み、たくさんの企業がつぶれました。消費税が上がると物が売れなくなり、事業者の売り上げが下がり、景気が後退します。倒産する企業が増え、リストラ・首切りが激しくなり、失業者が増えます。結局、消費税の税率引き上げは、法人税や所得税の税収減少を招くことになります。赤字の事業者が増え、赤字でも消費税はかかりますから、滞納・遅納がますます増えます。
消費税引き上げは、景気を後退させる亡国の税金です。その点で政府税調もやや慎重です。消費税を引き上げた橋本内閣は長くもたなかった。小泉内閣は消費税引き上げをやらなかったから五年も続きました。
応能負担の税制に
ではどうすれば財政再建ができるでしょうか。まず消費税率を下げて景気を回復させる。所得税は「あるところから取り、ないところからは取らない」という応能負担原則にする。つまり所得の高い人ほど税率を高くする。金のないところから取ろうとするから滞納が発生するのです。都民税、区民税の均等割は四千円ですが、払えない人たちがたくさんいます。もっとひどいのは国民年金保険料で、これは事実上の税金です。無収入の学生からも徴収しようとする。私の講義を受けている五十人の学生のうち、国民年金保険料を納めている人は一人もいません。親が代納している人が数人、納付猶予の特例の手続きをしている人が数人。払えない人に納めさせようとする制度が間違いなのです。滞納が起こるのは当然です。そのあげく分母をごまかすという不正をやる。こういう税金、制度を作ってはいけない。納められない税金に対して、国民は滞納という抵抗をします。消費税を下げて景気を回復させ、「税金はあるところから取り、ないところからは取らない」という応能負担の税制にすれば、滞納はなくなり、法人税や所得税の税収も上がります。これが基本的な考え方です。
景気回復はすぐには実現しませんが、財政再建の財源はいくらでもあります。まず、先ほどの輸出戻し税制度をやめます。大企業に対する特別措置を廃止すれば約四兆五〇〇〇億円の税収増になります。さらに、現行の法人税率三〇%を一九八八年の四二%に戻せば三兆円。高額所得者の所得税率を同じく八八年の水準五〇%に戻せば約一兆円。所得税の特別措置を廃止すれば約二兆二〇〇〇億円。合計約十兆八〇〇〇億円の財源が増えます。この額は消費税五%に匹敵します。逆にいえば、大企業や高額所得者への減税を行うために、消費税が導入されたことになります。
庶民増税・消費税増税の阻止
税金は「福祉国家建設」のために払うものです。福祉予算のためだけに使うものです。他方で、新自由主義者の主張する税金の使い道は「軍隊と警察、裁判所のためだけに使う」というもの。これは古典的な夜警国家論です。日本国憲法は「平和主義」「福祉国家建設」「地方自治」を求めています。小泉・竹中らの新自由主義者は自滅します。新自由主義者に対する国民の総反撃で、福祉切り捨て、庶民増税、消費税増税を阻止しましょう。
*以上は、東京都荒川区で行われた講演の要旨です。
(文責・編集部)