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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2005年7月号
元沖縄県副知事、広範な国民連合代表世話人 吉元 政矩
沖縄の動き
まず沖縄について三点ほど報告したい。沖縄本島から三百五十キロ南の宮古群島に下地島(伊良部町)があり、県営の民間パイロット訓練の飛行場があります。突然、伊良部町議会が三月に「下地島空港に自衛隊を誘致する」という動議を一票差で可決した。これに対して町をあげた反対の声があがり、町民の半数以上が参加する町民大会が開かれて議論となりました。その結果、再度町議会が開かれ、「下地島空港への自衛隊誘致」は白紙撤回されました。
二つ目は、普天間基地の辺野古移設問題です。工事を阻止しようとする地元住民の闘いが連日、一年以上も続いています。小泉首相は国会で「沖縄の過重な負担は軽減しなければ」と発言していますが、辺野古での防衛施設庁の動きは続いています。
三つ目は金武町での「都市型訓練施設」建設問題です。強行建設が始まってちょうど一年になります。アメリカの海兵隊やグリーン・ベレーなど特殊部隊が対テロ戦争のための技術を身につける、戦争のやり方を身につける訓練施設です。住宅地に極めて近く、過去にも訓練の弾が住宅地に撃ち込まれたことがあり、地元住民が一年以上も抗議行動を展開しています。防衛施設局は、完成した訓練場の奥に新たな訓練場建設を昨日から始めています。基地の縮小・返還の運動の中でも、米軍のために国民の税金を使って軍事施設を作っています。
昨年八月、普天間基地所属の米軍ヘリが沖縄国際大学本館に墜落炎上した。民間地に米軍ヘリが墜落したのに、米軍は駆けつけた宜野湾市の消防にも警察にもタッチさせなかった。日米地位協定の問題が再び問題になってきています。
そういう中で、今年の五月十五日の普天間基地包囲行動はかつてなく盛り上がり、二万四千人が人間の鎖で包囲しました。大学生など若者や若い母親が多かったのが特徴です。宜野湾市のすべての自治会が実行委員会をつくって、自らの問題として包囲行動に取り組みました。
東アジア戦略報告と「従属国」への深化
戦後の日本は、アメリカの動きに一喜一憂しながら追随してきました。一九八九年ベルリンの壁が崩壊し、九〇年に東西ドイツが統一。九一年にはソ連邦が崩壊し、米ソ冷戦が終わりました。アメリカは冷戦後の新たな世界戦略を模索しはじめました。湾岸戦争直後の九一年六月、フィリピンでピナツボ火山が爆発し、クラーク空軍基地とスービック海軍基地は撤退し、以降、日本の在日米軍基地をさらに重視してきた。
九〇年代前半、クリントン政権は北朝鮮の「核問題」でするどい対立が発生しました。韓国の反対で実行はされませんでしたが、アメリカは北朝鮮へのピンポイント爆撃を計画していました。
日本では、自民党の一党支配が崩壊し、自民党が分裂、細川氏を中心とする連立内閣が誕生。細川首相が、二十一世紀の日本の安全保障について懇話会をつくりました。その中で、「日米安保は大切だが、そろそろ変えよう。東アジアで多国間の安全保障を目標にしていいのではないか」という議論がありました。アメリカに言うとおりやってきた日本が、日米安保をやめようという議論をしはじめたことに、一番びっくりしたのがアメリカでした。
その翌年の一九九五年二月にアメリカは「東アジア戦略報告」を出しました。その内容は、1冷戦後も東アジアに十万人の米軍を維持、2日米安保の強化(日本の自衛隊を補完勢力、基地や資金の提供者として位置づける)というものです。
この「東アジア戦略報告」がきっかけで、北朝鮮を念頭に置いた軍事力の強化に走り出しました。九六年四月に日米安保再定義、九七年に新ガイドライン、日米物品役務協定、周辺事態法、テロ特措法ができ、インド洋やペルシャ湾に自衛隊のイージス艦が派遣されました。その延長線上にイラク特措法ができイラクに自衛隊に派兵されました。
国内法としては、国旗・国歌法、有事法制、最後に残った課題が教育基本法の見直し、憲法改正です。結党五十年目の自民党は十一月に「憲法改正案」を発表する。来年六月には民主党も「憲法改正案」を出す。中曽根元首相は憲法改正を二〇一〇年頃と設定しています。
「東アジア戦略報告」が発表された同じ年の九月、普天間基地所属の米兵三名が少女暴行事件を起こした。沖縄県民は一斉に怒りました。当時の大田知事は、米軍用地強制収用のための代理手続きを拒否した。十月二十一日の県民大会には八万五千人が集まり、日米両政府に抗議した。県民は基地返還や地位協定の抜本的見直しを要求。沖縄問題が全国に広がりました。
沖縄の怒りの声に日米両政府は一定の対応を迫られ、沖縄の米軍基地問題を話し合う、沖縄に関する特別行動委員会(SACO)ができました。この中で、「五〜七年後の普天間飛行場の返還」が明記されたが、結果は県内移設で今日まで解決せずにきています。
こういう流れの中で、ブッシュ政権一期目に国務副長官だったアーミテージが、一貫して日米軍事同盟を強化してきた。アフガニスタン攻撃のとき「ショー・ザ・フラッグ」と発言。この発言で日本はテロ特措法をつくり、インド洋の米艦船に給油する給油艦を派遣した。イラク戦争のときには「ブーツ・オンザ・グランウド」(=軍靴でイラクに入れ)とせかされて、イラク特措法をつくりサマワに自衛隊を派兵した。
新たな米戦略と『防衛大綱』のねらい
このアーミテージが中心となって作られたレポートが二〇〇〇年十月に出されました。
二〇〇〇年六月、平壌で金大中・韓国大統領と金正日・国防委員長が歴史的な南北首脳会談を行った。九月にオルブライト国務長官が平壌を訪問し、年末頃のクリントン大統領訪朝による米朝首脳会談を約束した。ところが、十一月に次期大統領としてブッシュが当選した。クリントン訪朝に対して「あなた(クリントン)とブッシュの北朝鮮政策はまったく反対だ」とパウエルやアーミテージが反対した。二〇〇一年にブッシュ政権になって北朝鮮との関係は悪化、六カ国協議もうまくいっていない。この四年間、北朝鮮に対する敵視・罵詈雑言が続きました。北朝鮮を核開発に追い込んだのはブッシュ政権の敵視政策です。
アメリカが「テロ国家」と認定すれば、単独行動で核も含む先制攻撃をする、それがアメリカの国益につながる、というのが二〇〇二年九月の「ブッシュ・ドクトリン」です。それにそってイラク戦争を実行した。
ブッシュ政権の二期目をどうみるか。アメリカCIAが、昨年十二月に出した「二〇二〇年の世界を描く」というレポートの中で「二〇二〇年には中国とインドが大国として台頭する。警戒すべき対象だ」と述べています。将来も世界を支配したいアメリカの国務省、国防総省なども二〇二五年には「中国とインドが大国になる」と想定しています。
アメリカは石油が集中する中東から中国を含む東アジアまでを「不安定の弧」と設定し、この地域に米軍を再編しようとしています。米軍再編問題が議論された二月の日米安全保障協議会(2プラス2)で、北朝鮮や中国を仮想敵国とした「共通戦略目標」が合意されました。昨年十二月の「新防衛大綱」も、アメリカの世界戦略に沿ったものです。
「アーミテージ・レポート」にもありますが、「アメリカとイギリスの特別な関係を、日米関係でもつくろう」ということです。アメリカのねらいは、「自衛隊という軍隊を補完勢力として、日本にある米軍基地・自衛隊基地を兵站基地として世界の戦争を遂行する」ことです。米軍と自衛隊が一体で戦争をする、そのために「集団的自衛権の行使」できる憲法改正を求めています。それがアメリカの戦略だと思います。
これはきわめて危険です。EUの中でイギリスは常にアメリカにくっつき、イラク戦争にも突入しました。米英という特別な関係を、中東からアジア太平洋で日本に求めている。米軍を補完する力として自由に使える自衛隊を提供せよ、というのがアメリカの要求です。その米戦略に日本政府は積極的に乗って政治軍事大国化をめざしています。
米軍再編の動き
米軍再編がどうなるか。横田基地に航空自衛隊司令部を移設し、首都圏上空の航空管制権を日本に返還、基地の日米共同使用がほぼ合意された。石原知事が要請していた「軍民共用化」は検討課題のままです。
二つ目は、キャンプ座間への米陸軍第一軍団司令部移設問題。中東を含むアジア太平洋全体の陸軍司令部が座間に移設されれば、「極東」の範囲の日米安保と矛盾する。そういう批判が高まって、「極東の範囲内での指令権限をもつ司令部を移設する」と言い出しています。日米間でほぼ合意しましたが、キャンプ座間の地元の座間市と相模原市が、署名運動などで猛烈に反対しています。
もう一つは、米空母の艦載機による夜間離着陸訓練(NLP)は岩国基地に移すと言われています。岩国基地は、三千メートルの滑走路や水深十三メートルの港を含む沖合工事が二年後に完成します。商工会議所などは受け入れに動いていますが、地元住民の根強い反対があり、どうなるか分かりません。
横須賀の原子力空母問題。アメリカは二隻の通常型空母(一隻は現在の横須賀母港の『キテイホーク』で二〇〇八年退役)のうち、『JFケネディ』も廃艦にする予定でしたが、来年の中間選挙を前に共和・民主ともに地元の要望で廃艦させない方針です。したがって、横須賀の次期空母は通常型の『JFケネディ』にという話に置き換えられています。
最後に普天間飛行場問題です。私たちの要求は、即時閉鎖・返還です。辺野古への移設を主張してきた稲嶺県知事が、「過重な負担は限界」と、「沖縄の海兵隊はすべて県外移設」を要求しています。沖縄の米軍基地面積の七四%が海兵隊基地、兵力でも六三%です。犯罪とりわけ凶悪犯罪の八〇%以上が海兵隊員です。いま普天間の即時閉鎖と海兵隊の撤退・県外移設は一致した要求になっています。これに対してアメリカは最近、「北朝鮮が核実験をする。ミサイルを発射するから沖縄の海兵隊は必要だ」という主張を強めています。
二〇〇三年に当選した宜野湾市の伊波市長は、「五年以内に普天間基地を撤退させる」と選挙公約にしています。五年後の二〇〇八年は北京オリンピック、二〇一〇年は上海万博。この二つの節目は東アジアの状況に影響があると思います。「朝鮮半島問題」であり、「台湾海峡問題」です。沖縄は敏感に感じます。「普天間は即時閉鎖」「二〇一〇年まで沖縄海兵隊の撤退」が沖縄の要求です。
七月に予定されている外務・防衛担当のの日米安全保障協議会で決まり、八月以降に関係自治体への説得が始まるのではないか。十一月に韓国の釜山で開かれるAPECの首脳会議の時、来日する際のブッシュ・小泉会談で「新しい日米共同宣言」が出されると思います。
EUと東アジア共同体
ヨーロッパは、二十世紀に二度の大戦を経験しています。その大戦は石炭と鉄鉱石の奪い合いから始まった。第二次大戦後、フランスやドイツなど五カ国が話し合って「再び戦争はしない」と確認し、石炭と鉄鉱石の共同管理機構を作った。それがEU(欧州連合)の原点です。いまEUは二十五カ国に拡大、五億四千万人の人口を抱え、、二〇〇〇年からは共通通貨ユーロを導入しています。共通通貨をもち、域内では国境のない自由な往来のできる共同体になっています。
北米ではアメリカ、カナダ、メキシコの三カ国で、自由貿易地域をつくりました。今年中にキューバを除く南北アメリカが南北アメリカの自由貿易協定を結ぶ予定です。
アジアでは、ASEAN(東南アジア諸国連合)が地域の共同体を模索してきました。その延長線上にASEAN十カ国と中国・韓国・日本の十三カ国で、二〇一〇年をめどに「東アジア経済圏」をつくろうとしています。それに向けて二〇一〇年までにASEANと中国は自由貿易協定を結ぶ予定です。韓国も同様です。日本もASEANと経済連携協定を結ぼうとしていますが、大事な中国や韓国との間の自由貿易協定の話し合いが進んでいません。
ASEANは、「東南アジア諸国連合友好協力条約」という安全保障条約を結んでいます。一昨年の秋、中国、韓国、日本にも入ってほしいと呼びかけました。中国と韓国は応じました。インドも入りました。ところが、日本は「日米安保条約があるから」と拒否しました。二カ月後に大慌てで小泉首相は入ることを決めました。
アジアの共生こそ日本の進路
このようにASEAN十カ国を中心に東アジア全体の土俵ができつつあります。二〇一〇年前後に東アジアの経済共同体を、二〇二〇年前後には安全保障を含めた東アジア共同体をめざしています。その中で、日本が一番足踏みをしています。それどころか、中国や韓国との関係で大きな摩擦を起こしています。
今年十一月、マレーシアでASEANと中国・韓国・日本が中心に「東アジアサミット」が開かれます。将来の東アジア経済圏をめざしています。これにインドが入りたいと言っています。インドを含めると三十億人の人口を抱えた経済圏になります。日本が提案してオーストラリアやニュージーランドも加盟の方向です。これには広げすぎだとの異論がありました。さらに日本はアメリカも参加と提案し、東南アジアの反発を買っています。
アーミテージ前国務副長官は、最近何度も訪日し、「東アジア経済圏」「東アジア共同体構想」は「アメリカを疎外するものだ」と猛烈に反対しています。実は日本、中国、韓国の三カ国で、アメリカの国債を膨大に買っています。東アジア経済圏ができ、共通通貨ができるとドル離れが起こる。だからアメリカは絶対に許せないと反対しています。
私は、東アジアの経済圏、経済共同体、さらに安全保障を含めた東アジア共同体という枠組みはできると思います。そういう展望の中で、中国や韓国との関係で摩擦を起こすことが日本の国益、将来にとってどうなのか。日本はどこに向いているのか。
二〇〇一年の小泉政権誕生以降、北朝鮮危機をあおりながら、日本の軍事力の増強を図ってきました。さらに米軍再編という中で、とりわけ沖縄の米軍を補完する自衛隊の役割を強調するために、台湾独立・台湾海峡危機をあおってきました。
ところが台湾の動きは変わってきました。台湾の陳水扁総統は、台湾の独立をめざす憲法改正を打ち上げ、昨年十二月の立法員選挙を行った。しかし、陳水扁氏の民進党と台湾団結連盟の与党を合計しても過半数に届かなかった。今年二月、野党第二党の親民党と十項目の協定を結び、やっと過半数になりました。その協定の中には台湾独立は言わない、憲法改正しないなどと明記しています。中国は、野党第一党の国民党の連戦氏、さらに野党第二党の親民党主席を中国に招待した。しばらく、独立への方向はとん挫したと思います。
また、アメリカは中東とりわけイラクで手を焼いて、中東和平はうまくいかない。とても北朝鮮まで手が回らない。中国に下駄をあずけて六カ国協議を始めた。中国は少し開き直って、米朝交渉をさせようとしている。このままでは、日本はアジアから取り残されていくと思います。 私たちは憲法九条を守るという国内的な視点だけではなくて、米軍再編問題や戦争の反省など歴史認識問題も連動した運動を展開する。経済も安全保障も東アジアと共生する進路をめざすべきだと思います。アメリカへの追随からアジアの共生へ、日本の進路の問題として運動を展開していく必要があると思います。
(五月二十七日講演、文責編集部)