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月刊『日本の進路』2004年5月号
第20回「21世紀・日本の進路」研究会報告(その1)
京都大学教授 本山美彦
――構造改革という小泉政権の経済政策は、ほぼ例外なくアメリカからの指令にもとづいている。その構造改革の主たる内容は、アメリカ企業による日本企業の買収を促進することだ――
四月中旬、東京で第二〇回「二一世紀・日本の進路」研究会が開かれ、本山美彦・京都教授(日本国際経済学会顧問、前京都大学経済学部長)が「株式交換に関する米国の圧力」、「イラク侵攻と軍産複合体」のテーマで報告を行いました。その報告を二回にわけて紹介します。(編集部)
グローバリゼーションは
自然の流れか
京都大学の本山です。日頃考えていることを、最近発表した論文を中心にお話させていただきます。
ところで、みなさんはお気づきでしょうか。エスカレーターに乗る時に、大阪では右に立ち、急ぐ人たちは左をすりぬけていきます。東京のみなさんは左に立ち、右をすりぬけていく。最近はおにぎりがブームですが、私ども関西人はおにぎりと言い、東京の方はおむすびと言うようです。狭い日本でどうしてそんな違いがあるのかと、いつも不思議に思っています。アダム・スミスは自然の理ということを言いましたが、自然のなりゆきと言われても、その自然が違った方向に表れているわけですから、何かきっかけがあり、誰かが火をつけたはずです。われわれは知らないうちに意識を改造され、従わされているという意識もなく、誰かが決めた掟に従うことを受け入れている。そういうメンタリティーが形成されていると思います。
グローバリゼーションとして、国際化していくことが、あらゆることをマーケットにゆだねることが、自然の流れだと、人々は思いこんでいます。しかし、これは自然の流れではなく、アメリカが強引につくりだしたものです。その設計があまりにも見事なので、人々は強制されたという意識もなく、グローバリゼーションは自然の流れだと受け入れてしまっている。それに気づかず、このままアメリカの設計方針に従っていけば世界は破滅する。私たちは生き残るためにアメリカから距離をおかなければいけない。私はそれを経済学で実証したいと思っています。
むちゃくちゃなドル買い
危機に瀕するドル
たとえば、全世界の資本輸入の四分の三はアメリカ一国によるものです。膨大な経常収支赤字、財政赤字をかかえるアメリカのドルは、膨大な資本輸入によってかろうじて成り立っています。そのドルを支えているのが、日本のドル買いです。
日本が急激な円高を阻止するという名目でドルを買うにしても、せいぜい経常収支黒字のわく内のはずです。しかし、日本はこのわくをはるかに超えてドルを買っています。去年一年間で二〇兆円、今年はすでに一五兆円です。そして、そのドルをせっせとアメリカに差し出しています。これはとても自然の流れじゃありません。
このような綱渡りがいつまで続くのでしょうか。まず続かないと考える方が普通でしょう。そのきっかけとなるのは、人々がドルからユーロへの切り替えを選択した時でしょう。その気運がすでに現れています。
なぜ、サダム・フセインはたたかれたのでしょうか。イラクは国連の監視下で、食料など人道物資購入のための石油輸出を許されていました。その取引通貨はドルでした。しかし、フセインは二〇〇〇年の段階で、それをユーロに切り替えました。サウジアラビアやインドネシアがそれに追随し始めました。さらに、九・一一のテロ以降、アメリカはテロ防止の名目で外国人の預金を封鎖できるようにしたので、盟友と言われたサウジアラビアのオイル・マネーがアメリカから逃げ出しました。
しかも、フセインがユーロに切り替えた時に、イラクの石油代金を扱っていたのは、BNPパリバというフランスの銀行です。イラク問題には、フランス、ドイツ、ロシアの関係とアメリカ、イギリスの関係という対立が、最初からあったのです。
石油取引がドルで行われることがアメリカの生命線です。その生命線をフセインがつぶそうとした。アメリカにとっては見過ごせないことです。だから、あらゆる口実を用いてイラクをたたきつぶそうとしたわけです。ですから、イラク問題が国連主導かどうかだけで議論されていることに、私はとても不満を感じています。
そのアメリカに膨大な軍事資金を供給しているのが、他ならぬわが日本です。アメリカの膨大な赤字と日本の膨大なドル供給、こんなことはいつまでも続かず、どこかでドルが暴落します。現在のイラク戦争がその時期を近づけているのではないかと思います。
そこで、今日は二つのポイントでお話したいと思います。一番大きな問題は「株式交換に関する米国の圧力」です。もう一つは、「イラク侵攻と軍産複合体」です。アメリカは正規軍をどんどん減らし、戦争まで民間発注しています。今イラクで殺されている民間人は、アメリカの会社に雇われた外国人部隊です。この問題もお話したいと思います。
USTRにほめられた小泉首相
今まで、アメリカはいろんな形で日本に圧力を加えてきました。その先頭に立っていたのがアメリカ通商代表部(USTR)です。ヤイター、ヒルズ、カンターといった歴代のUSTR代表たちは、日本たたきで勇猛ぶりを発揮してきました。この三人は、ベクテルの走狗、ベクテルに便宜をはかった人たちということでも共通しています。ベクテルは世界最大の会社で、いわゆるゼネコンです。株式は公開していません。
ヤイターは日本の運輸大臣に書簡を送って、関西国際空港プロジェクトの国際入札を求めました。そして入札に参加したのがベクテルです。ベクテルは明石海峡大橋にも参加を求めました。
ヒルズはご存じのように、日本に「構造障壁協議」を仕掛け、個別品目の輸入目標の明確化を迫った女性です。日本が開発したトロンをつぶしたのも彼女です。トロンはコンピューターのOSとして、ウインドウズよりもはるかにレベルが高かったのですが、開発していた松下を輸入ボイコットでいじめて、トロンの採用を断念させたわけです。トロンは今、携帯電話などのOSに採用されていますが、当時からコンピューターのOSに採用されていたら、世界のOSになっていた可能性が十分あります。松下がパソコンの世界で遅れたのはこのためです。ヒルズは政界引退後にベクテル理事、AT&T理事に就任しました。
カンターは自動車摩擦で活躍した人です。対日制裁リストを発表し、日本の高級車に一〇〇%の関税をかけました。カンターはその後、商務長官となり、ボスニア、クロアチアに乗り込んだときに、ベクテル社員を同行させています。
USTRは、日本は不公正だと開放を迫ってきましたが、そこには軍産複合体(次号で紹介)とか、ここではベクトルという巨大な影が存在するわけです。アメリカの巨大企業の支配者たちは政府の中枢に入り、政治的な人脈をつくった後、また元の企業に戻っていく。そういう回転ドアーがあり、軍産複合体が形成されているのがアメリカです。
そのUSTRのゼーリック代表が、昨年五月の日米首脳会談直後の新聞発表で、次のように述べています。「アメリカは、日本がアメリカ企業に日本市場を開放するため、一〇〇を越す構造特区を設定し、規制緩和政策を採用したことを歓迎する」と。歴代のUSTRの日本たたきと比べて、ゼーリックがこれほど小泉さんをほめるのはどうしてでしょうか。
小泉内閣が発足したのは二〇〇一年四月です。その直後の六月、小泉首相はブッシュ大統領と日米首脳会談を行い、「成長のための日米経済パートナーシップ」に合意しました。その具体的な会合として日米投資イニシアティブが設置されました。日米投資イニシアティブは二〇〇二年に第一回目、二〇〇三年に第二回目の報告書を出します。ゼーリックのほめ言葉は、日米首脳会談に提出された第二回目の報告書の内容を踏まえたものだったのです。
日米投資イニシアティブ
日米投資イニシアティブで議論しているのは、アメリカ企業が日本にもっと進出できるような環境をつくることです。その報告書を検討することによって、アメリカが日本に何を要求しているか、日本政府がいかに唯々諾々としてそれに従っているか、小泉構造改革の本質が見えてきます。
第一回目の報告書には、アメリカ企業の日本進出をしやすくするために日本政府が進めてきた規制緩和政策が表になっています。金融ビッグバン、大店法の廃止、純粋持株会社解禁、株式交換制度、民事再生法、コーポレート・ガバナンスの採用、税効果会計や時価会計の導入、確定拠出年金制度の導入、労働者派遣法の対象業務の自由化、等々がならんでいます。
まず第一が一九九八年の金融ビッグバン開始です。USTRがいくら頑張っても日本の窓をこじあけられなかったのに、日本経済の足腰である金融にさわった途端に日本はガタッときました。
さらに大きな問題は、純粋持株会社禁止の解除です。日本には二つの「九条」がありました。一つは憲法第九条で、軍隊をもってはいけない。もう一つは独禁法第九条で、純粋持株会社をもってはいけない。つまり、経営に参加せず、もっぱら他の会社の株を握って支配する会社は禁止されていました。GHQがつくったものですが、アメリカの要求で一九九七年に廃止しました。アメリカの資本が日本の企業経営に参加せずに、日本企業を支配することもできるようになるわけです。
一九九九年には、株式交換制度ができました。それまでは、Aという企業がBという企業を買収するには、巨額の現金が必要でした。しかし、現金を使わずにBの株式をAの株式と交換することによって、AがBを吸収合併できるようになったのです。Aの株価が高く、Bが健全経営でも株価が低ければ、AがBを乗っ取ることもできるわけです。
最近、アメリカのケーブル・テレビ最大手のコムキャストという会社が、売上高が一・五倍のディズニーを買収すると発表しました。ディズニーは拒否しましたが、コムキャストの株式時価総額はディズニーの二倍を超えています。おそらく年内に買収が実現すると思います。会社の規模、売上高、従業員数などは関係なく、株式の時価総額がどれだけあるかが勝負なんです。
日本政府は改革の進捗があったこととして、コーポレート・ガバナンスの採用を報告し、アメリカが評価しています。コーポレート・ガバナンスだと、株主総会を開かずに執行役員だけで株式交換を決定できます。ねらっている企業の株価が低くなった時にすぐ株式交換を決定できるわけで、M&A(企業の合併・買収)をやりやすくなります。日本の企業がやろうと言い出したことではなく、アメリカに言われて受け入れたわけです。日本企業が日の出の勢いの時に日本的経営だと盛んに言っていたエコノミストたちが、今は手のひらを返したように、コーポレート・ガバナンスだ、日本的経営は古くさいと言っています。
国際会計基準にあわせた会計基準の改正も、進捗があったと評価されています。資産を時価評価することによってマイナスにし、企業を債務超過に追い込み、資本注入という流れができれば、M&Aが簡単にできるわけです。
司法試験合格者数を増やすための法科大学院も進捗させると書かれています。これからはM&Aがらみで法的な紛争が起こるし、アメリカ法やその判例がグローバルスタンダードになっていく。だから、アメリカ法をよく知っている人材を養成するというわけです。二〇〇二年の末に文科省から大学に法科大学院構想が示され、われわれが議論する時間的余裕もなしに、今年全国いっせいに法科大学院が発足しました。二〇一〇年には司法試験合格者を三千人に増やすと言っています。私の大学では法学部の教官が足りず、法学部だけ教官の定年を七〇歳にのばす方向で議論をしています。まさに泥縄です。公認会計士も五万人に増やす目標になっています。
結局、アメリカの号令で、小泉さんが構造改革だ、と下に命令する。「構造改革なくして成長なし」というのはとんでもないインチキです。私たち日本人が努力し、自分たちの覚悟で構造改革するのならいざ知らず、どの構造改革もみなアメリカ発の指令だということに、日本人は気づかなければいけません。
国境を超える株式交換
全世界から金を集め、全世界で最も株価が高いアメリカの企業にとって、日本の株価が極めて低くなっている現在は、日本の企業を買収するチャンスです。しかし、第一回目の報告の時点では、株式交換制度の適用は日本企業だけでした。だから、アメリカは最大関心事項として、外国企業への適用、国境を超える株式交換を要求しました。
そこで、日本政府は二〇〇三年四月に産業活力再生特措法を改正し、特別の場合は、日本にあるアメリカの子会社が、親会社の株式を譲り受けて日本の会社の株式と交換すること(三角合併)を認めました。それにしても日本国の認可が必要ですから、アメリカは無条件で国境を超える株式交換ができるよう、商法の改正を迫っています。今年の第三回報告では、アメリカ企業による日本企業の乗っ取りを合法化していくことになるだろうと思います。
第一回報告書では匿名でしたが、第二回報告書ではGE、ファイザー製薬、モルガン・スタンレー、日興シティグループ証券とならんで、リップルウッドの専用ファンドで買収された新生銀行が、成功例として紹介されています。ハゲタカファンドとして悪名をはせた銀行です。
今年はおそらく、薬品業界が不遇の目にあうと思います。ファイザー製薬は独自の開発力を持たず、開発に成功した企業を次々に乗っ取って世界最大の企業になった会社ですから、国境を超える株式交換が認められれば、最初に進出してくると思われます。山之内製薬と武田製薬の合併はそれに対抗する防御でしょうが、合併してもファイザーの規模にはとても及びません。日本の薬品業界は、あっというまに乗っ取られるのではないかと思います。
ただし、アメリカの一人勝ちでアメリカ万々歳になるのかと言うと、そうではなく、すべてのカギはニューヨーク株式市場の高さにあります。これが暴落した瞬間に、この錬金術はつぶれます。ワールドコムやエンロンのような巨大企業があっという間につぶれたように、アメリカの企業はこの数年間、急速にふくれあがったかと思うと株価下落で一瞬にして消える、そういうことをくりかえしています。
構造改革という小泉政権の経済政策が、ほぼ例外なく、アメリカからの指令にもとづいていることは、はしなくも二回にわたる報告書で明らかになりました。その構造改革の主たる内容は、アメリカ企業による日本企業の買収を促進することだったのです。冷静に考えると非常にむちゃくちゃなことが、構造改革という美辞麗句のもとで堂々と展開されているのです。
(文責・編集部)