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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年7月号

イラク戦争・朝鮮半島・有事法制

アメリカの戦略と日本の進路

九州大学大学院助教授  出水 薫


 与えられた「イラク戦争・朝鮮半島・有事法制―アメリカの戦略と日本の進路―」というテーマの中で、私は朝鮮半島問題を中心に話したいと思います。
 いま日本社会には、様々な報道で北朝鮮脅威論が浸透しています。しかし、北朝鮮は日本にとって本当に脅威なのでしょうか。北朝鮮は有事法制を必要とするような脅威ではない、むしろ有事法制が北東アジアの平和に悪影響を及ぼす、というのが私の結論です。
残念ながら有事三法が成立しました。有事とは戦争であり、有事法制は戦争に備えるための法律です。国会は日本国憲法の平和主義と真っ向から対立する、戦争を行うための法律を作り上げました。
 この法制度の準備過程で異常な北朝鮮脅威論が繰り返されました。小泉首相は「北朝鮮の脅威に対応するにはアメリカの協力が必要だ」と述べて、アメリカのイラク侵攻をいち早く支持しました。
 一部のマスコミは「北朝鮮が日本が攻撃する」と繰り返し報道しました。「大規模な部隊が日本に上陸してくる。原発を破壊する核テロを行う」。こんなシナリオをまことしやかに書きたて、「自衛隊出動ができる法整備が必要だ」と主張しました。有事法制の口実として北朝鮮脅威論が使われたのです。

 北朝鮮の脅威とは何か

 どういう意味で北朝鮮が脅威なのか、北朝鮮が日本に先制攻撃をかける可能性があるのか、冷静に考える必要があります。どの程度の脅威なのか。北朝鮮の能力、意図、戦略をきちんと把握する必要があります。具体的に語られているのは拉致、不審船、ミサイル、核の四つです。
 拉致と不審船の問題は治安の問題です。自衛隊が出動するような、有事法制が必要な問題ではありません。もし不審船が覚醒剤等の取引をしているのが事実ならば、それは許されない犯罪行為です。ただし、それはアメリカや日本が長期にわたって、北朝鮮を事実上の経済制裁下に置いてきたことと無関係ではなく、北朝鮮を苦肉の外貨獲得手段に追い込んだ面も見ておくべきではないでしょうか。
 次にミサイルと核の問題です。核兵器には濃縮ウランを使った広島タイプとプルトニウムを使った長崎タイプがあります。濃縮ウラン型は核実験なしに保有できますが、ミサイルに搭載するには小型化する必要がある。仮に濃縮ウラン型を保有したとしても、北朝鮮にはミサイルに搭載できるほど小型化する技術はありません。プルトニウム型はミサイルに搭載可能ですが、核実験による検証がどうしても必要です。核実験が行われていない以上、北朝鮮がプルトニウム型を保有しているとは考えられません。
 さらにノドンおよびテポドンと呼ばれているミサイルの問題です。一九九八年に日本上空をこえたといわれるテポドンの実験は、ミサイルを制御できずに失敗しました。ノドンやテポドンのミサイルの基になっているのは旧ソ連製のスカッドミサイルです。スカッドは、目標の半径数キロ以内に落ちるのが百発のうち五十発という、精度の低いものです。「原発にミサイルを撃ち込む」などということが技術的に可能かどうかは、一目瞭然だと思います。ミサイルの殺傷能力も、通常弾頭ならば数人程度で、有事法制を必要とする脅威とは言えません。北朝鮮の技術水準はとても低く、ノドンやテポドンは兵器として完成していません。冷静な議論が必要だと思います。

出発点としての朝鮮戦争

 北朝鮮の意図、戦略的なねらいはどこにあるのでしょうか。米朝関係を考える際に忘れてはならない歴史的出発点は、一九五〇年から五三年まで戦われた朝鮮戦争です。現在も休戦しているだけで、いまだに講和も成らず、平和条約も結ばれていません。つまり、戦争は終結しておらず、アメリカと北朝鮮の敵対関係は今日まで続いています。アメリカの占領下にあった日本が、朝鮮戦争を戦うための基地としてフルに利用されたことも、忘れてはならないと思います。
 このように、北朝鮮が世界最大の核保有国、軍事大国であるアメリカと戦争状態、敵対関係にあることは、北朝鮮にとって非常に大きな負担です。これが北朝鮮の行動を規定する決定的な要因として作用します。北朝鮮はアメリカとの戦争状態、敵対関係を終わらせなければ体制の存続がないことを自覚し、それを戦略として追求してきました。
 さらに七〇年代後半以降は、韓国が経済的にも軍事的にも北朝鮮を上回るようになりました。韓国は、朝鮮戦争で北朝鮮を事実上支援していた中国やソ連と戦いました。その韓国が一九九〇年にソ連と、九二年には中国と国交を正常化し、戦争状態を終結させて、外交面でも北朝鮮より有利になりました。
 韓国がなぜソ連や中国との正常化に成功したのでしょうか。韓国は一九八〇年代に高度経済成長を達成し、他の国に資本協力、技術協力ができる経済力を手にしました。この経済力が、ソ連や中国を外交交渉のテーブルに誘い出すことを可能にしたのです。
 他方で、北朝鮮が体制維持の戦略を実現するために、アメリカや日本との国交正常化を望んでも、相手は世界一位と二位の経済力をもつ国です。相手を交渉に誘い出す材料を持たず、北朝鮮敵視を続けるアメリカは交渉のテーブルに出てきません。日本もアメリカの枠を超えては動きません。追い込まれた北朝鮮が、余儀なくされて最終的に取った手段が瀬戸際外交です。国交正常化とは相反するかに見える瀬戸際外交は、北朝鮮にとってもジレンマです。北朝鮮のこうした立場を理解しなければ北朝鮮と交渉を持つことも関係を結ぶこともできません。

 瀬戸際外交の危険性

 瀬戸際外交は危険なもので、外交手段として肯定的に評価されるものではありません。しかし北朝鮮はやむを得ずそれをするしかない。
 その例が九四年の朝鮮半島危機です。北朝鮮は八〇年代後半から九〇年代の初頭、核カードを使って米朝交渉を開始したものの、交渉は進展しませんでした。北朝鮮は九三年から九四年にかけて、国際原子力機関(IAEA)の査察拒否、核拡散条約からの脱退宣言と、さらに厳しいカードを切りました。アメリカのクリントン政権は、この問題を国連に持ちこみ、経済封鎖によって北朝鮮側の譲歩を引き出そうとしました。これに対し、北朝鮮は経済封鎖を宣戦布告と見なすと対応しました。当時の北朝鮮の経済状態からすると、経済封鎖は体制の崩壊につながるからです。クリントン政権は、国連安保理が経済制裁を決定すればどうなるか、第二次朝鮮戦争の可能性についても検討しました。米朝の瀬戸際外交によって、朝鮮半島は危機的な状況になりました。結局、カーター元大統領の訪朝、金日成主席との会談によって危機は回避され、その年の十月に「米朝枠組み合意」が成立しました。
 アメリカが危機を回避したのは、アメリカ側にも第二次朝鮮戦争を戦えない要因があったからだと思います。大規模な軍事行動を実行するには、周辺諸国に圧倒的な物量基地、後方支援基地が必要です。朝鮮戦争では日本全土が後方基地としてフルに利用されました。しかし、当時の金泳三・韓国大統領は、アメリカの経済封鎖や軍事行動に強硬に反対しました。もっと大きな要因は、日本に第二次朝鮮戦争を支える準備がなかったことです。
 九四年の朝鮮半島危機の時に、在日米軍は、民間空港や港湾施設の米軍優先使用など千項目以上の要求について、日本政府に打診しました。当時の日本は細川政権から羽田政権に代わる混乱の時期で、政府も官僚上層部も驚くだけで、有効な対応はできませんでした。日本の「準備不足」が九四年危機を止めた一つの要因だと思います。
 しかし、九四年以降、日本はアメリカの要求にそい、北東アジアにおける大規模な軍事行動を支える後方基地の体制づくりを進めてきました。日本にとってこの十年は「軍拡の十年」でした。一九九六年の日米共同宣言(日米安保再定義)によって新ガイドライン、周辺事態法、テロ対策特別措置法がつくられました。米軍を後方支援するため、自衛隊が世界のどこにでも行ける体制がつくられました。そして、日本全土を基地としてフルに使えるようにするのが今回の有事法制です。

 攻撃をしかけるのは誰か

 一部のマスコミが書きたてているように、北朝鮮が日本に先制攻撃をかける可能性はあるでしょうか。先制攻撃で北朝鮮が得るものは何もありません。逆に、先制攻撃は北朝鮮への武力攻撃に正当性を与え、北朝鮮が目的とする体制維持を不可能にする自殺行為です。北朝鮮が日本に先制攻撃をかけるなどという考えには何の合理性もなく、その可能性は全くありません。
 ただし、先制攻撃ではありませんが、北朝鮮が日本を攻撃する可能性が一つだけあります。米軍が北朝鮮に先制攻撃をかけた場合です。そうなれば、北朝鮮は自国を守り体制を維持するため、死にものぐるいで米軍や米軍基地に反撃を加えようとするでしょう。第一義的な攻撃対象は韓国の米軍基地ですが、日本が北朝鮮攻撃の基地として使われていれば、日本も攻撃対象にする可能性があります。
 日本が他国を侵略することはなく、有事法制は日本が侵略された場合の備えだ、という日本社会の考え方には落とし穴があります。日本は先制攻撃をしないと思っていても、アメリカが日本を先制攻撃の出撃基地として使う可能性があるからです。北朝鮮を先制攻撃する基地として日本を使うかどうかを決めるのは、日本ではなくアメリカです。
 ブッシュ政権は、九・一一テロをきっかけにアメリカが脅威と感じたら先制攻撃も辞さないという軍事戦略(ブッシュ・ドクトリン)を昨年発表しました。発表しただけでなく、ブッシュ政権は、イラクを脅威と一方的に認定し、世界の反対を無視してイラク侵攻という先制攻撃を実行し、軍事占領しました。
 そういうアメリカの行動に北朝鮮は脅威を感じ、はりねずみのように身を守るために針を突き立てているのだと思います。それを日本に対する脅威だと世論を誘導して、政府は有事法制をつくりました。有事法制はアメリカが先制攻撃に踏み切りやすい条件を整え、従って、北朝鮮が先制攻撃への反撃として日本を攻撃する可能性を大きくするものです。

 高まる米朝の瀬戸際外交

 九四年の「米朝枠組み合意」は、「北朝鮮が黒鉛減速炉を凍結する代わりに、アメリカがプルトニウムの抽出が難しい軽水炉を提供する」「軽水炉が完成するまで代替エネルギーとして重油を供与する」「米朝は正常化に向けて努力する」などという約束でした。
 クリントン政権はなぜこういう約束をしたのでしょうか。クリントン政権は、北朝鮮が黒鉛減速炉を凍結したにもかかわらず、重油の提供以外はすべて先延ばしにしました。時間稼ぎをしているうちに、北朝鮮が瓦解すると考えていたのだと思います。ところが北朝鮮は、中国と韓国の支援もあって、体制を維持しました。中国も韓国も朝鮮半島の現状維持に利益を見いだし、北朝鮮の体制の存続を支える政策をとったのです。クリントン政権はやむを得ず政権末期になって北朝鮮との関係を見直し、オルブライト国務長官の平壌訪問まで実現しましたが、時間切れとなりました。
 大統領選挙の結果、クリントン政権を「弱腰外交」と非難してきた共和党のブッシュ政権が登場しました。ブッシュ政権は「悪の枢軸」と北朝鮮を非難し、日本の有事法制も含めて、米朝関係は九四年より危険な構造になっています。ブッシュ政権が軍事オプションも口にするなど、非常に危険な状況ですが、北朝鮮に対する限定的な空爆などは、当面はないと思います。アフガン戦争は終わらず、侵攻したイラク占領政策に相当の軍事力をさかざるを得ないからです。
 アメリカはこのように余力がないので、今は多国間協議という形で北朝鮮問題の解決を主張しています。つまり、アメリカが多国間協議に固執している間は、ある意味では安全だと言えます。ただし、北朝鮮の方はアメリカのイラク侵攻を目前にしましたから、北朝鮮に対する不可侵を明確に約束させる米朝二国間協議にこだわっています。米朝は四月に、中国が入り多国間協議とも二国間協議とも言える玉虫色の形で三者協議を行ないました。
 アメリカが多国間協議の枠組みを維持している間は、アメリカは武力行使をせず、有事法制も発動されません。しかし、それはアメリカに軍事力を行使するだけの余力がないというだけに過ぎないことも、見ておなければなりません。

 平和共存への道を

 北朝鮮との関係は、突きつめると、北朝鮮を軍事力を使ってでも抹殺してしまうのか、北朝鮮と共存するのか、二つの選択肢があります。
 日本の対北朝鮮強硬派の主張は、北朝鮮を物理的に抹殺する選択肢です。アメリカ自身もそのような選択をする可能性があります。しかし、その選択は多大なコストがかかるだけでなく、朝鮮半島の南北で数十万人の死傷者が出る破滅的な結果を招きます。朝鮮半島で大規模な死傷者が出るような軍事衝突が起これば、日本や中国も巻き込んで北東アジアの経済は破壊的な影響を受けます。この選択は絶対に阻止しなければなりません。
 もう一つの選択肢である北朝鮮と共存する道は、韓国や中国が選択している道です。韓国は金大中政権から盧武鉉政権に代わりましたが、引き続き平和共存を求めています。中国も同様です。
 日本はどうするのでしょうか。北朝鮮は非民主的で、人権侵害を行なっている体制であることは事実ですが、それは北朝鮮の人々が解決する問題です。北朝鮮と共存することが多大な破壊的な影響から逃れる道です。米朝が衝突する悪循環に落ち込まないように、日本は韓国や中国と協力して多国間協調の枠組みづくりをすべきです。
 北朝鮮は有事法制を必要とするような脅威ではありません。むしろ有事法制が北東アジアの平和に悪影響を及ぼすことになる、というのが私の結論です。日本は平和共存をめざして韓国や中国と協力し、日朝国交正常化への道を歩むべきです。それが有事法制を発動させないことにつながります。
 しかし、日本政府はそのような選択を迫られているとの自覚すらないのではないかと危惧します。麻生・自民党政調会長は先日、「創氏改名は朝鮮人が要求した」と発言しました。韓国と協力して多国間協調の場を作る上でも、許せない発言です。イラク特措法は有事法制と同様に、アメリカの世界戦略を支え、日本の軍事大国化をはかるもので、イラクの人々のためではありません。

※これは六月十四日に佐賀で行われた講演の発言要旨です。(文責編集部)