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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年6月号

アメリカの「反テロ」世界戦争

アジアに波及させてはならない

千葉大学助教授 小林正弥


 アメリカ原理主義

 九・一一テロの翌日、ブッシュ大統領は「これは戦争だ」と宣言し、アメリカによる「反テロ」世界戦争が始まった。私たちはテロ直後、この深刻な事態に研究者も声を上げるべきだと考えて「公共哲学ネットワーク」をつくり活動を展開してきた。
 ブッシュ政権を考える時、政権を支えるネオコン(新保守主義)とキリスト教原理主義に注目する必要がある。私はこの二つを「アメリカ原理主義」と呼んでいる。政権寄りの評論家は「二十一世紀の最初の四半世紀はテロに対する戦争が続く」などと言い、ネオコンは「アメリカ的原理を世界に広げる」と公言している。自称はしないものの、明らかに帝国主義的な発想だ。
 ネオコンはテロ以前から、「湾岸戦争でなぜフセイン政権を打倒しなかったのか」と批判し、イラク攻撃をめざしてきた。だから、ラムズフェルド国防長官らはテロ直後からイラク攻撃を主張し、フセイン政権打倒を主張した。彼らは「イラクはアル=カイーダと接触がある」と言ったが、証拠を示せず、次に「大量破壊兵器を開発・保有している」と主張した。だが、フセイン政権は大量破壊兵器を使わなかったし、米軍の捜索でもまだ出てこない。さらに開戦後には、民主化のための「解放戦争」と言い出した。アメリカは二度、三度と詐欺行為を行い、大量破壊兵器は口実にすぎなかった。
 イラク戦争に反対して全世界に反戦運動が広がった。アフガン戦争でアメリカを支持したフランスやドイツもイラク戦争には激しく反対し、安保理の中間派もアメリカを支持しなかった。国連安保理で決議は通らず、アメリカは独断でイラク戦争を強行した。フセイン政権崩壊は「反テロ」世界戦争という長期戦争の一局面にすぎない。アフガニスタンやイラクでは戦争は終わっていないし、中東ではイランやシリア、アジアでは北朝鮮などにも戦火が広がる可能性がある。「反テロ」世界戦争がいつまで続くかは、来年の大統領選挙にかかっている。

 アメリカのイラク・中東支配

 アメリカはイラクの「大戦闘」の勝利を宣言したが、政治的に勝利したとは言えない。仏独との間に深刻な亀裂が生まれた。テロ再発の危険性も高まった。イスラエルに有利な中東和平案も簡単にはいかない。
 イラクはどうなるか。アメリカは戦後の日本占領をモデルに民主化するという。だが、戦前の日本は国家神道、イラクはイスラムで全く違う。むしろ、キリスト教原理主義とネオコンの結合は、戦前日本の国家神道と国家主義の結合、超国家主義に似ている。日本の民主化はアジア侵略の反省から始まったが、イラクは侵略された側で米軍は侵略軍だ。日本モデルの民主化は通用しない。民主的な選挙をやれば、多数派のシーア派中心の政権ができ、イランと密接な関係になる。だから、アメリカは民主主義を実行できず、米軍による占領が長期化する可能性が高い。親米の強権的かいらい政権をつくるかもしれない。イラク国民の反米感情が高まり、イスラム原理主義が支持を高める。アメリカはイラン・イラクと地続きのシーア派国家ができるのを阻止すべく、核開発問題によりイランへの非難を強めている。
 私たちは、アメリカによるイラクの軍事占領継続、かいらい政権の樹立に反対すべきだ。イラク新法、自衛隊のイラク派遣に反対すべきだ。アメリカの占領機関への日本人派遣にも反対だ。アメリカは軍事占領をやめ、フランスやドイツが主張するように国連中心で民主化を追求し、どのような政権をつくるかはイラク国民の選択にまかせるべきだ。
 さらに中東全体はどうなるか。中東は歴史的に見れば、帝国主義によって分割された地域だ。穏健派諸国の多くはこの分割で生まれた王制国家である。アメリカが「中東の民主化」を進めれば、王制国家に圧力がかかる。民衆の反米感情も親米の王制国家に向けられる。サウジなどの王制国家は不安定になる。
 その時、民衆の支持はどこへ向かうのか。一つはイスラムとりわけイスラム原理主義であり、もう一つは汎アラブ主義つまりアラブ統一の大義だと思う。帝国主義による分割の歴史を見れば汎アラブ主義は無視できない。バース党も汎アラブ主義だった。イラクでは「シーア派とスンニ派は手を結んでアメリカ支配に抵抗しよう」という動きも強まっている。長期的にはイスラム原理主義と汎アラブ主義が結びつき、中東の秩序を大きく変える可能性がある。
 ネオコンがめざす「中東の民主化」、アメリカの中東支配が実現するとは思えない。むしろ、アメリカの軍事支配に対する反発が高まり、イスラム原理主義の力が高まるのではないか。スンニ派総本山ですら、イラク戦争ではジハード(聖戦)を主張した。穏健派諸国の一部も崩れるかもしれず、アメリカが最終的に目的を達成する保証は全くない。
 その上、アメリカ経済の停滞が続いている。経済が弱くなれば中東の覇権維持も困難になる。アメリカは軍事力で一時的に中東を平定したように見えるが、長期的に見れば一層大きな困難をかかえたと言える。

 強硬路線は戦争を招く

 日本にとってより深刻なのは、アメリカの「反テロ」世界戦争がアジアに波及しつつあることだ。朝鮮危機の最大の要因はアメリカの世界戦略である。核開発問題も、北朝鮮がアメリカの先制攻撃に不安を感じた結果であり、アメリカから侵略されない保障、不可侵条約を求めるのは理解できる。これに協力し、平壌宣言を実現するために日朝交渉を進めることが、日本にとって最良の行動、戦争の危険性を最小にする道だ。
 しかし、日本の保守派はブッシュ政権に従って強硬路線を主張する。保守派の論客たちの発想はこうだ。アメリカは国連を弱体化させ、イラク戦争支持国による有志連合を構想している。有志連合なら日本も国連常任理事国のような地位が得られ、今こそチャンスだと。渡部昇一氏などは「徳川幕府のようなアメリカ幕府が始まるから、いち早く忠義を働き、アメリカ幕府で高い地位を得よう」と主張している。戦争の是非、倫理性は考えもしない。
 アメリカの「対話と圧力」には軍事的オプションが含まれている。北朝鮮も独裁的な軍事国家である。この状況下で、日本が強硬姿勢をとれば戦争の危険性を高める。日本の保守派はこの点を直視せずに、アメリカが守ってくれると考えている。戦争になれば、最終的にはアメリカが勝つだろうが、その前に北朝鮮のミサイルが飛来し、日本も無傷ではすまないかもしれない。特にソウルは三八度線に近いので、米軍の先制攻撃でも韓国の大被害は避けられない。韓国はそれを知っているから、金大中氏の「太陽政策」以来、平和政策を必死に訴えてきた。アメリカが直ちに軍事オプションをとらない理由の一つは韓国の膨大な被害、もう一つは三八度線に近接する在韓米軍の被害が避けられないことだ。
 だが、楽観できない。アメリカが「在韓米軍の撤退」で韓国を脅し、盧武鉉大統領は大統領選で主張したことが言えなくなっている。「在韓米軍の再配置」は、三八度線に近接する在韓米軍を後方に移動する計画で、本当のねらいは米兵の被害を少なくすることだ。後方に移動すれば、米軍の先制攻撃、北朝鮮の反撃でソウルに被害が出ても、在韓米軍への被害が少なくなり、後方から北朝鮮を攻撃できる。アメリカは軍事オプションがとりやすくなる。
 韓国が強硬路線にブレーキをかけきれない中で、日本政府はアメリカの強硬路線に乗り、有事立法を成立させて戦争体制をつくっている。目前では万景峰号などの検査を徹底し、次は国連による経済制裁に向かうかもしれない。北朝鮮が反発して核保持をエスカレートさせると、アメリカの先制攻撃の可能性が生じるし、北朝鮮を追いつめすぎると、戦前の日本のように暴発する危険が高まってしまう。

 平和的対話へ路線転換を

 政府内には強硬路線に抵抗する動きもある。外務省の中では田中外務審議官が中心になって日朝交渉の道筋をつけてきた。彼は日米首脳会談での「圧力」という言葉を表に出さないよう主張した。だが、安倍官房副長官などタカ派がくつがえし、強硬路線を継続している。拉致被害者の会も田中氏の辞職を要求した。これに対して、ハト派路線を支持するという国民的な声を挙げるべきだ。
 タカ派の強硬姿勢が支持されている背景には拉致問題がある。拉致被害者に同情する素朴な国民感情をタカ派が扇動する形で世論がつくられてきた。私も拉致被害者に同情し、家族の一日も早い再会を望んでいる。だが、強硬姿勢を求める被害者の会の活動は批判されてしかるべきだ。彼らは拉致をテロと認めるようアメリカに要求し、ブッシュ=小泉は拉致をテロとした。被害者の会は、北朝鮮に強硬姿勢をとることが解決につながると信じているのだろう。だが、拉致をテロと認定すれば、「反テロ」戦争の論理によって北朝鮮への武力攻撃が正当化される。被害者の会のタカ派的行動は戦争の危険性を高めてしまう。アメリカ政府は拉致被害者の素朴な心情を「反テロ」戦争に利用しているだけだ。
 九・一一でも同じ構図があった。ネオコンは以前からの計画を実行に移す手段として、テロ被害者への同情を利用した。テロ被害者の一部はこれに疑問をもち、「われわれは戦争を求めてはいない」と運動した。拉致被害者の願いは戦争ではなく、北朝鮮の家族との再会、日本への帰国だと思う。拉致被害者も政治の駒に使うなと声を上げてほしい。
 拉致問題を解決する一番の早道は、平和的な交渉だ。そうならなかったのは、政府が被害者をいったん帰す約束を破ったためだ。被害者は政府のいう通りにすれば家族にすぐに会えると思ったのだろうが、事実はそうならなかった。政府の約束違反は日本外交の大失敗だ。タカ派は失敗と認めず、北朝鮮が悪いと言っている。タカ派の論理に乗れば拉致問題の解決どころか、膨大な死者、悲惨な結果を生む危険性がある。その時、政府はどう責任をとるのか。
 アジアに戦争を引き寄せ、大惨事を引き起こしてはならない。政府は失敗を反省し、タカ派の当局者を辞職させ、経済制裁ではなく経済支援を示し、平和的な対話による解決に、明確な方針転換を行うべきだ。

 平和主義的な秩序構築に向けて

 ブッシュ政権は明らかに軍産複合体と結託し、石油、軍事、金融と結びついている。軍事力による世界支配を志向し、戦争もいとわない。この危険性を知って、フランスやドイツはEUを基盤に独自の方向を志向している。日本も「アメリカに従っていれば大丈夫」という親分―子分の思想を打ち破り、主体的に日本の平和や安全のために何が大事なのかを考え直すべきだ。
 アジアに平和主義的な秩序を構築する必要がある。その第一歩は中国や韓国と協調して朝鮮半島で戦争が起こらないようにすることだ。そして歴史問題のしこりをほぐす努力をする。長期的にはアセアン諸国も含む平和秩序を追求する。マハティールが提唱したEAECはアメリカの反対で実現できなかったが、アセアン+3(日・中・韓)は出発点になる。一歩一歩、平和主義的な秩序を構築していくべきだと思う。
 かつて、アジア・アフリカ諸国が連帯する動きがあった。その精神を再生させる必要がある。マハティールは非同盟諸国会議でアメリカのイラク攻撃を批判し、非同盟の理念や国際秩序の改革を主張した。これに日本が協力すれば、世界の構造を変えていくことにつながる。一挙に日米安保破棄は難しくても、アセアンと協力しアジアに平和主義的な秩序を構築していくべきだ。アメリカの「反テロ」世界戦争がアジアに波及しないよう協力することでは、東アジア諸国は一致しているのだから。(談・文責編集部)