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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年5月号

沖縄・宜野湾市長選

普天間返還・県内移設反対の候補が勝利

伊波洋一後援会副会長  石川元平


 公職選挙法と政治資金規制法違反に問われ、議会開会中に逮捕され辞任に追い込まれた宜野湾市長の出直し選挙が四月二十七日に実施された。
 前比嘉市長は、一期目の革新市長から二期目は「市民党」を名乗って再選された。しかし、普天間基地の県内移設問題や普天間飛行場の返還・跡地利用をめぐる「沖縄新法」立法化の過程で、保守県政と自民党政府に取り込まれてしまった。二期目は政党の推薦・支持は受けないとしながら、実際は自民党とともに企業がらみの不正な選挙で当選を果たしていたのである。

基地の県内移設の是非を問う

 出直し市長選挙においては、久方ぶりの沖縄的「保革対決」の決戦となった。「市民に開かれたクリーンな市政」ほか、類似する政策もあったが、最大の争点であり、明確な違いが示されたのが普天間基地の「県内移設」問題であった。
 保守候補は、県政・国政をバックに日米両政府のすすめる名護市辺野古沖への県内移設を掲げ、現実的対応を基本とした。
 伊波洋一革新候補の姿勢と政策は明確であった。日米政府がSACO(日米特別行動委員会)の最終合意報告で沖縄県民に約束した普天間基地の返還日は過ぎ、まずその約束を果たすよう迫った。すでに経過した七年と合わせて「五年以内」の全面返還(国外撤去)を実現させ、残りを跡地利用にあてていくという訴えである。米本国や海外の米軍基地の閉鎖・返還状況と米国の法律にも明るい革新候補と我々の訴えには説得力があった。
 伊波候補はまた、日米政府の圧力に屈して県内移設を容認し、十五年で返還可能な基地を県民の財産とすると主張する保守県政の姿勢を「最悪の選択」だとして批判し、ジュゴンのすむ珊瑚の美ら海こそ県民の財産と断じた。
 こうして超短期決戦の「自公保・企業」対「革新政党・労組・市民派」の政治決戦は僅差(七百十票)ながら革新が勝利した。

 革新勝利の意義

 思えば革新陣営は、一九九八年の知事選を頂点に自公の選挙協力に苦杯をなめさせられてきた。自公体制は沖縄で構築されたといわれる。日米安保体制下、経済と地域振興策のアメをぶらさげれば、いつまでも飛びついてくると思ったのだろう。しかし、われわれ宜野湾市民は基地を安定的に使用しつづけようとする日米政府の対沖縄政策に「ノー」を突きつけた。
 宜野湾の勝利は辺野古のオジー・オバーや名護市民をはじめ心ある県民の魂をどれほど揺さぶったことか。私への祝福のメッセージが物語ってくれた。
 今年も「五・一五」の季節がやって来た。「平和憲法体制への復帰」「核も基地もない平和な沖縄」の初心に立ち返った闘いの再構築が求められていることを痛感する。