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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年5月号

間違いだらけの時価会計

神奈川大学経済学部教授 田中弘


 深刻なデフレ経済の中、政府・与党、金融界、産業界を巻き込んで、時価会計の見直しをめぐり賛否両論が高まっている。日本で導入されている時価会計とは、どういうものか、何が問題なのかなどを、神奈川大学経済学部の田中宏教授に聞いた(文責編集部)。

──昨年九月決算から導入された有価証券の時価会計が適用されるのはどんな企業ですか。
田中 証券取引所に上場している会社とその子会社、証券取引法が適用される会社です。上場しているのは約三千五百社で、その他合わせて一万社ほどです。株式会社の全体の一%ぐらいになります。

──時価会計の問題点は何ですか。
田中 これまでも、過去七十年ぐらいの間に何度か時価会計の議論が出ました。それは、インフレの時に原価と時価とが大きく離れてしまうので、バランスシートに時価を載せたらどうかという議論でしたが、インフレが沈静化すると消えてなくなりました。
 これまで使われていた原価会計では、いくらで買ったか、買った時の金額を貸借対照表(バランスシート)に載せます。時価会計は、その時の価格、今いくらで売れるという金額を書くのですが、では本当にその価格で売れるのか。時価で売れているなら、売ってしまっている。売れないにも関わらず時価で評価するのが今の時価会計の問題です。本当に売れる金額でバランスシートに書くのであればいいのですが、日経平均株価が七千八百円という時に、本当に売れる金額というのは、もしかしたら三千円かも、四千円かもしれないし、その価格で売ったら株価は暴落して、証券市場はクラッシュするでしょう。にも関わらず時価会計を導入した。
 しかも、今はデフレです。デフレの時に時価会計を採用し、評価損を出せば、さらにデフレの足を引っ張ります。今の会計基準は経済を停滞させ、不況を強化する原因になっているのではないかと思います。
 「時価会計は国際標準だから」といわれ、世界中で時価会計が使われているように報道されていますが、時価会計を実際に使っているのは日本だけです。アメリカにも時価会計の基準がありますが、実際に適用されるのは、ドイツや日本など国外の企業でニューヨークの証券取引所に上場している企業だけです。アメリカ国内の企業には、ほとんど適用対象がありません。
 また、「日本は国際会計基準を導入した」ともいわれますが、国際会計基準の時価会計の基準は、暫定基準と呼ばれていて、「この基準は使えません」と書いてある。あちこちに問題があって、今のところ、問題を解決できないので実務的には使えないと書いてあるのに、日本はそのことをちゃんと評価しないまま「アメリカもやっている、これは世界の流れだ」と誤解して、大急ぎで導入してしまった。
 先述したように、本当に売れる時価だったらバランスシートに載せてもいいですが、実際には売れない値段なので、時価会計そのものが間違えていると思います。ですから「時期が悪い」とか「株価に悪い影響があるから」ということではなく、時価会計そのものが損益、利益を計算する会計基準になり得ないという問題があります。世界中がそのことを知っているから使わないのです。

──アメリカでは、国内の会社は時価会計が適用されないんですか。
田中 アメリカの会社は他社の株を持ちません。銀行は株を持てないし、事業会社は株主から集めたお金で他の会社の株を買うなんてことは許されません。株主がお金を預けるということは、その会社の事業に投資したのであり、証券投資ならば、株主は自分で直接やります。株を持たないので時価会計は適用されません。

──フランスやドイツも二〇〇五年に導入すると報道されていますが。
田中 二〇〇五年に導入するのは時価会計の基準ではなく、国際会計基準のことです。日経新聞などは、「国際会計基準の中に時価会計の基準があるから、自動的に導入される」と誤解しています。国際会計基準にはたくさんの項目があり、その中から使うもの、使わないものを各国が選択できます。時価会計の基準というのはその中の一つに過ぎないわけで、除外しても構わない。ドイツ、フランスなどでは時価会計を外そうという議論になっています。
 今、日本での議論は全部誤解がベースになっています。「時価会計が正しい」、「世界中が使っている」、「デフレでもインフレでも使える」という誤解です。そういう誤解を積み重ね、「時価会計いいじゃないか」という議論になっています。
 アメリカからの押しつけもあったと思います。アメリカから会計改革をやれといわれました。G7でも日本の構造改革が遅れている、その中の一つが会計改革だといわれていました。しかし、まさか日本の産業がこんなに悪化するとはアメリカも思ってなかったでしょう。日本の不況がさらにどん底までいって銀行がつぶれ、生保がつぶれれば、アメリカの産業界にも影響が出ます。
 ですから、アメリカは今では、「時価会計なんて何やってるんだ」と思っているのではないか。世界中が「日本を見れば時価会計は使えない」と判断していると思います。ですから、「時価会計を凍結すれば国際的な信用をなくす」というのはあてはまりません。国際的にはむしろ早くやめた方がいい。

──時価会計をやめることはできるのでしょうか。
田中 極端な言い方をすれば、不勉強だからこんな基準をつくったわけですが、凍結に反対しているのは基準をつくった人たちのメンツの問題でしょう。旧大蔵省の委員や、金融庁、小泉さんや竹中さんは、「凍結しない」と言ってしまったからなかなか取り消せない。日本経済が大変な状態にあるのに、そんなメンツのために経済の屋台骨が大きく揺さぶるようなことが平然と通っているということが情けないと思います。

──時価会計を導入し、さらに株価が下がると、どうなりますか。一番影響をあるのはどこですか。
田中 一番の影響があるのは銀行と生保です。銀行は株価下落で自己資本が目減りし、BIS基準が八%を割る危険性があります。生保では、場合によっては資本金を吹き飛ばしてしまいます。今回は株価が八千円を少し割りこんだぐらいで決算を迎えましたが、株価が七千円ぎりぎり、または七千円を割ってしまったら、かなりの保険会社が債務超過になるでしょう。債務超過になれば金融庁が破たん処理に入ります。すでに七社の保険会社をつぶしていますが、時価会計でつぶしているようなものです。
 日本経済の今の状態を、たとえると交通事故で瀕死の状態になって、大けがして血を流しているのに「脈をとりましょう。口を開けてください。目はどうですか」と診察をしているようなものです。一番大事な、日本経済が血を流して瀕死になっているのに、それと関係なく、トヨタは大丈夫ですか、ソニーは大丈夫ですか、とやっているのと同じです。いわゆるマクロの議論が必要なのに、個別企業のことしか考えていない。会計基準そのものはミクロの問題かも知れないけど、それを使って日本経済がつぶれたのではどうしようもない。まず日本経済を立て直すべきです。そのためには時価会計凍結は当然のことだと思っています。