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自主・平和・民主のための広範な国民連合
月刊『日本の進路』2003年4月号

WTO農業交渉と日本農業

大幅な関税削減は認められない

食料・農林漁業・環境フォーラム幹事長、東洋大学教授  服部信司


 世界貿易機関(WTO)の農業交渉が二〇〇〇年一月から始まり、今年三月末のモダリティー(保護削減の基準)確立へ向け、交渉が行われています。農産物にかかる関税の大幅削減を求めるアメリカやケアンズグループ(輸出補助金なし輸出国)と、環境保全や農村維持などの非貿易事項への配慮を求める日本・欧州連合(EU)との間の大きな対立があります。
 九三年に合意されたウルグアイラウンド農業交渉の合意文章には、今回の交渉のあり方について「国内支持と保護の漸進的・実質的削減という長期目標を認識して、なおかつ貿易以外の関心事項にも配慮して交渉を行う」と書かれています。このように次の交渉のあり方まで合意したことは、今までなかったことです。漸進的削減とは緩やかな削減ということで、これは日本やEUの主張です。実質的というのはかなり広い概念で、その中には「大幅に」ということも含められるような英単語で示されています。このような曖昧な合意でしたから、環境保全や食糧安全保障などに十分配慮して緩やかな自由化という路線で交渉をまとめていくのか、あるいは貿易以外の関心事項は第二義的な配慮にとどめて、大幅な自由化を進めるのか、という対立が最初からありました。三年間の交渉がこの対立で行われ、現在も続いています。
 農業生産は各国で条件が異なります。工業では技術や労働力が移動できますが、農業における絶対的な条件である土地は移動できません。土地が豊かなところと少ないところの差はいかんともしがたい。土地が少なければ地価が高く、生産コストが高くならざるを得ないわけで、そのコストの差は、貿易によって均(なら)されることはありません。土地がふんだんにありコストが安い輸出国の条件に合わせるのは不可能で、交渉は生産条件の違いが前提になるべきです。ところが輸出国側は競争条件を同じにしろという立場で、アメリカの提案は大幅な関税削減で、関税の上限を一律二五%にすべきだというものです。こんなめちゃくちゃな方式で関税を引き下げた例は今までにありません。一律に上限を二五%にというのは生産条件の違いをまったく無視した非常に極端な提案です。
 基準確立へ向け、ハービンソン議長が提案を出しています(下ポイント参照)。この議長案通りになると、日本の関税は大幅に下げられます。
 (1)に該当するコメや乳製品など重要な品目は高い関税になっていて、コメは現在四五〇%ぐらいです。そこから四五%削減すれば、コメの関税が今の約半分になる。それでも二〇〇%以上の関税が残るわけで、今回の交渉の結果、直ちに輸入が激増するということはないかもしれない。問題は、この議長提案の方向で今回の交渉が合意され、次回の交渉がその延長で行われた場合、関税が国境保護の役割を果たさなくなることです。仮に、今回四五%引き下げたとして、次の交渉でも同様に引き下げられれば、関税を乗り越えて輸入が行われることは明らかです。そこに非常に大きな問題があります。牛肉などは(2)に該当し、牛肉の現在三八%の関税から三五%引き下げると、二五%ほどになってしまいます。すでに牛肉自由化以降、輸入牛肉が急増し、国内生産が相当打撃を受けました。議長案を受け入れれば、この流れが加速されることになります。豚肉も同様です。
 農業交渉は各国の農業をつぶすものであってはなりません。各国の農業が存立し、その上で削減率を考えるべきです。ですから大幅な関税削減である議長案を認めるわけにはいきません。日本は全力を上げて削減率を小さくするよう努力すべきです。日本・EUとアメリカの立場は非常に隔たりが大きく、ほとんど歩み寄りができません。九月にメキシコで開かれる閣僚会合にずれ込まざるを得ないと思います。
 大幅な関税削減を提案するアメリカは、一方で、昨年出された農業法で国内保護を拡大しています。それはウルグアイラウンド合意の方向に反するものです。ジュネーブでアメリカの公使と話しましたが、国内政策では柔軟な協定が必要だと言う。なのに関税は、日本やEUが主張する柔軟で段階的な引き下げに反対する。非常に矛盾しています。
 アメリカの極端な提案に対し、段階的な削減を提起する日本・EUに賛成している国が、どんどん増えています。以前はEU加盟国十五を加えて三十二カ国でしたが、昨年の終わり頃には四十五カ国に、最近では七十四カ国になっています。一方、アメリカ提案に賛成しているのは三十カ国ほどで変化がありません。
 WTOに加盟している百四十四カ国のうち、百二十カ国は発展途上国です。途上国の五十カ国以上が日本・EU支持にまわっています。このような動きは、ウルグアイラウンドではなかったことです。アメリカ提案のターゲットは先進国だけでなく、中国やインドやインドネシアなど人口が多く経済力をつけてきた国。それらの国は人口が多く、農村地帯の所得が低い。国民の食糧を保障する、まさに食料安全保障が重要なんです。ですからアメリカ提案が通れば、途上国も国内生産に打撃を与えられると危機感を感じています。
 日本の自給率はカロリーベースで四〇%です。日本の農業生産は本当にいびつです。農業は単品を生産するモノカルチャーでは土地も疲弊し、病虫害も出ます。必ず複数のものをローテーションでつくる、輪作が根本です。ところが、六〇年代はじめ、農業基本法ができたとき、トウモロコシ、大豆、大麦など飼料作物の関税をゼロにしてしまった。当時は本格的に畜産を育てるという意図があってのことなのですが、やりすぎです。世界で飼料作物の関税をゼロにしたのは日本だけです。いったん関税を下げると、交渉参加国の三分の二の賛成がなければ戻すことはできません。その結果、これらの輸入が増え、トウモロコシは一〇〇%、大豆は九七%を輸入している。だから国内で生産できる穀物はコメしかない。大変なハンディキャップを抱えています。でも農業生産を放棄することはできません。
 WTO農業交渉への日本提案について、国民の広い理解を得られるよう各地のJAや青年部が集会などに取り組んでいます。しかし今回の交渉は十年前のウルグアイラウンドに比べわかりにくく、農家にとっても理解するのは簡単ではない。国内政策でも農業を支える農政をきちんとやっていかなければいけません。農産物は農家だけでなく、国民の食料や環境保全に関わる問題です。これは国民全体、国家的な問題として考える必要があります。
 (文責編集部)


ハービンソン議長提案のポイント(一部のみ)
国境措置(関税=全農産物の単純平均で5年間で削減)
 (1)現関税が90%を超えるもの…平均60%・最低45%を削減
 (2)現関税が15〜90%のもの……平均50%・最低35%を削減
 (3)現関税が15%以下のもの……平均40%・最低25%を削減