NATOとロシアのはざまで引き裂かれるウクライナ

境界線でせめぎあう大国
 〈国際法の順守、平和・安定・繁栄が基本〉 

世界国際学会(ISA)アジア太平洋会長/
グローバル国際関係研究所所長/
神奈川大学教授・青山学院大学名誉教授
羽場 久美子

本稿は、第2回「日中時事交流フォーラム」(2月27日)での問題提起に筆者が加筆修正されたもの。見出しとも文責編集部。

 ウクライナはヨーロッパとロシアのはざまにある「非常に大きな小国」です。不思議な言い方ですけれども、ドイツとポーランドを合わせたくらいの、ドイツの2倍の領土があります。ウクライナはすでに主権と領土保全の領有権を持つ国です。現在、ウクライナの首都までロシアの軍隊が迫っており、そうした中で多数の犠牲が出ていることはたいへん遺憾だと思います。


東西に分断された国家

 ウクライナは複雑なことに、歴史的にも民族的にも、西と東に分断されています。それを最初に説明しておきたいと思います。ウクライナは20世紀の初頭までは西側はポーランドやハンガリー、あるいはその前はハプスブルク帝国の中に入っていました。東側はロシア帝国にあったために、西側と東側で意識がまったく違います。西側はカトリック教徒が多くヨーロッパ意識があり、東部はロシア語をしゃべる人が3割、ロシア人も多くて親ロシア地域であるということです。中南部は多民族の海洋商業地域ということでユダヤ人、ムスリムなど多様な民族が黒海で活躍していました。

 1917年から19年のロシア革命以降、ウクライナはソ連の下にあったわけです。91年のウクライナやベラルーシの独立によってソ連は解体します。この点も重要です。

 ウクライナはロシアの「やわらかい下腹」とも「ヨーロッパのパンかご」とも言われています。つまりウクライナというのはロシアにとっては安全保障上の死活地域であるということです。さらに南部のクリミア半島の役割はきわめて重大です。ロシアの不凍港は三つしかなく、その中で最も重要な港がクリミア半島の南端です。ここは黒海を中心にヨーロッパとアフリカとアジアをつなぐボスポラス海峡の領域にあって、ロシアにとっては軍事的な要衝となっています。ウクライナにNATO軍が入ってくれば、ロシアそのものが張り子の虎になってしまう、喉元にナイフを突きつけられたも同然ということを意味しています。だからこそ軍事侵攻したのですが、逆に軍事侵攻したことで、ロシアはすべてを失うことになるかもしれません。

内戦続くウクライナ

 ウクライナの政治的立場も非常に揺れています。政権の交代劇が続いてきました。2004年のオレンジ革命と2014年のマイダン革命は西ウクライナを中心に起こった「ヨーロッパ回帰」の革命です。その途中の2010年の選挙で親ロシア派が返り咲いて、ヤヌコビッチ大統領となり、EUの連合協定を拒否したために、14年のマイダン革命が起こったという経緯もあります。ウクライナ自体が西側と東側のヨーロッパ支持者とロシア支持者に分かれて揺れてきたということも大きな問題です。

 2014年のマイダン革命のときに、仕掛けたのは西ウクライナで、EUやNATOも背後からこれを支持した。その直後にロシア軍はクリミアを占拠し、クリミアはロシアに編入されました。
 マイダン革命後に選ばれたポロシェンコ大統領は、西ウクライナの兵を集めて東ウクライナを攻撃し、内戦を始めました。そしてその背後に、一方にはアメリカやEU、他方にはロシアがついて国内の若者が短期間で1万4000人が殺されたと言われています。マレーシア航空機撃墜事件があり、民間機も犠牲になりました。結局、どちらかが誤射したのかいまだに明らかになっていません。

 重要なのは、ウクライナは豊かな農業国で非常に平和的な民族ですが、現在も過去も歴史的に繰り返し周辺の大国によって引き裂かれた中で、大飢饉により数百万が餓死したり、殺し合いを余儀なくされたりするという、非常に悲惨な状況にあります。

 こうした中で2014年からEUの仲介が始まります。西欧の仲介はたいへん成功しました。当時はメルケル独首相がウクライナのポロシェンコ、ロシアのプーチンを積極的に仲介しました。そしてフランスの社会党のオランドが仲介し、ロシアのプーチンとアメリカのオバマの会談も実現しました。そうした中で2015年2月のミンスク合意が実現されることになります。

 ミンスク合意というのはドイツとフランスが仲介し、欧州の安全保障に責任を持つOSCE(欧州安保協力機構)を背景に、東西双方が納得できる方策を見いだし、東部ウクライナの停戦を実現したものです。戦闘の停止、前線からの重火器の撤去、法律に基づいた地方選挙、そして人道援助と社会保障、外国軍と傭兵の撤退など、非常に公正な確認がなされました。それに従ってロシアが認める地域を西側も一定程度承認し、そしてルガンスク、ドネツクという今回プーチンが独立を承認した地域ですけれども、その東側に緩衝地帯を設けました。それによってとりあえず内戦を収めるという、国連型の和平交渉をしたわけです。しかしその後も内戦は継続していきます。

NATO加盟掲げる
ゼレンスキー

 ウクライナのゼレンスキー大統領は東西の膠着状態の中、2019年に東部内戦地域を除く9割弱の選挙区で選ばれた人です。憲法にEU、NATO加盟を掲げて欧米に接近し、内戦を継続して国内の親ロシア派オリガルヒ(財閥)を国家反逆罪で次々に逮捕して駆逐していったという問題があります。

 今回の悲劇は欧州にメルケルもオランドもいなかったこと、そしてアメリカのバイデンが国内に対しては分裂ではなく統合を掲げたにもかかわらず、国際的には統合ではなく分裂を促したことです。バイデンはいっさいの責任はロシアにあると言いましたけれども、すでに昨年の9月の段階でバイデンとゼレンスキーはホワイトハウスで話し合い、ゼレンスキーに全体で25億ドルの軍事援助をし、NATO加盟を後押ししています。この9月というのはアフガニスタンからアメリカが撤退を決めたときですけれども、アメリカ側もロシアの封じ込めに向けウクライナ支援をこの半年行っていたということです。

 そうした中で今年の2月、北京オリンピックの最中に、突然アメリカからロシア侵攻報道が繰り返されたわけです。アメリカ国内でもなぜバイデンが繰り返しロシア侵攻を言うのかということで、多くのメディアは驚きました。バイデンはその根拠をアメリカ・インテリジェンスからの通報と言いましたけれども、インテリジェンスというのは正しい情報も間違った情報も流すことによって混乱を生むわけですから、アメリカがインテリジェンスの情報で発信するということ自体が新しいことだったと多くのアメリカのメディアも言っています。

 実際には2月16日には何も起こりませんでしたが、ロシアは21日にルガンスク、ドネツクの独立を承認し、24日に東部に侵入しました。その後、各方面からキエフに、そして西ウクライナに侵入し、首都キエフ包囲、西ウクライナの軍事施設も爆撃、南と北の核施設も陥落というような状況になってきています。キエフ侵攻、西ウクライナ侵攻は行うべきでなかった。ウクライナ全土への軍事侵攻は国際的な批判を呼び起こすことになります。

 アメリカはさらなる武器供与を決定、そしてドイツもウクライナに地対空ミサイルを提供したということです。西側の武器供与と防衛費拡大でますます本格的な戦争になる可能性が高いが、一方でアメリカもドイツも自らが手を汚さないまま、代理戦争が開始され、犠牲はウクライナ市民に集中しているという状況が始まっています。

NATOは対ロの軍事同盟

 では、どうしたらいいのか? まずNATOの問題です。いま始めるべきは停戦交渉です。この間、バイデンとNATOの事務総長もNATO拡大をやめないと言ってきました。NATO拡大を停止するという条件を出さなければロシアはウクライナ侵攻をやめないのではないか。

 実際、最近になってゼレンスキーも米欧も、NATOの早期拡大はしないと言い始めています。アメリカの国際政治学者ミアシャイマーは、NATO拡大停止、ウクライナの中立化が最善の解決法だと言っています。現段階では国際社会もウクライナも認めがたいでしょうが、国際政治学的には最も重要な解決法でした。

 ソ連が崩壊してワルシャワ条約機構が崩壊したときに、本来はNATOも崩壊する予定だった。しかし、NATOは解体せず、91年のローマ宣言でNATOは役割を変更させて「危機管理の同盟」になって生き延びます。つまり、反ソの軍事同盟だったものが世界の危機管理の同盟、スーパーマンのような役割になって世界中に展開できるようになりました。その結果、NATOは次々に東欧に拡大していきます。しかし、拡大の経緯の中で、中東欧がロシアの再侵入を恐れ、マイダン革命も起こって、再び危機管理の同盟ではなくてロシアを取り巻く軍事同盟に戻っていった経緯があります。

 ですからもしウクライナにNATO軍が展開し、「やわらかい下腹」に地対空ミサイルや核兵器が投入されると、最終的にはロシアの解体になってしまう可能性があります。他方で、ロシア軍がウクライナ全土に展開して、もしウクライナがロシア軍によって解体されるようなことになると、ロシアは国連の安全保障理事会からも追放される可能性が起こります。つまり、ロシアにとってはウクライナの西側、つまりヨーロッパに展開したことで、いま絶体絶命の状況になってきていると言えると思います。ロシアは西ウクライナに侵攻するべきではありませんでした。敵の手中にむざむざ入っていったことになります。

 しかしロシアから見ると、その気持ちもわからないではありません。NATOは冷戦終焉直前までは16カ国でした。ところが冷戦が終焉してから次々と旧社会主義国の東ヨーロッパの国々がNATOに入り、元ソ連のバルト3国もモンテネグロもNATOに加盟した。今回、欧州・アジア・アフリカの3大陸をつなぐ地域に大領土を持つウクライナやジョージアがNATOに入れば、ロシアは解体が目前になってしまいます。

停戦合意が緊急課題

 いま欧米諸国は経済制裁で国際経済からロシアを締め出そうとしています。ロシアの石油、天然ガスのパイプラインを拒否し、国際金融決済のSWIFT(スイフト)からの締め出し、プーチン、ラブロフ外相の個人資産凍結を言っています。が、これはロシア国民を苦しめるだけで、プーチンのウクライナ侵攻を止めることはできないでしょう。ただ、国際社会にとってはこれ以上の戦争被害を出さないためにも停戦合意が緊急であると言えると思います。ロシアはNATO拡大の挑発にはまり、軍を、ロシアの影響下にないヨーロッパ地域まで侵攻させてしまった。その結果、停戦合意がもたらされても、ロシアが望んだようなNATOの拡大の停止というのはもはや難しいかもしれません。ロシアは軍事力の強さを見せつけたかったのかもしれませんが、あくまで対話交渉で解決した方が果実は大きかったでしょう。(いま再び、NATO拡大停止、中立化が日程に上っていますが、アメリカが認めない可能性もあります)
 ウクライナ問題はいま見てきましたように、東西の綱引きでした。そしてその東西の外側で、アメリカとロシアがそれぞれ背後から引っ張っているという状況があったわけです。ただ、結果的にはロシア軍が21世紀の平時に他国侵入し、そして首都まで、西ウクライナまで、侵攻して政権を転覆させようとしたことは主権と領土の侵害、そして国際法の蹂躙にあたり、これを国際社会として許すことはできないと思います。

 ロシアは渡ってはならない橋を渡ってしまった。軍事力ではなくてあくまで外交交渉によって問題を解決すべきであったと思います。いま求められることは可能な限り早期の停戦合意であり、ロシアは軍事侵攻をやめ、民間人を保護しなければなりません。東ウクライナを押さえるだけで停戦合意を始めていたら、有利に進められたかもしれない停戦合意をロシアは自ら放棄してしまった。

 そしてアメリカは武器供与とNATO拡大を非難されないためにもロシアのウクライナ侵攻が必要であったと言えると思います。キエフまで侵攻し首都や西ウクライナを爆撃し、南部の核施設を手中にしたことでロシアは正当性を失ってしまった。戦後のロシアの国際的位置は大きく後退し、プーチン政権は生き延びられない可能性があります。

平和への日本の役割

 日本ですけれども、日本は隣国として、もし可能であれば東アジアの日中韓共同で平和と安定と主権尊重、即時停戦の声明を出すなど積極的に停戦、平和のために動けば、それはとても重要な役割となるのではないかと思います。

 今回、国連総会が、ロシアに「軍の即時かつ無条件の撤退」を求めた非難決議は、141カ国という多くの国がウクライナ侵入反対でした。中国・インド・アフリカなど35カ国は棄権。ロシアは国際法規を守り、停戦を受け入れ、すみやかに2014年にメルケルやオランドが行ったような西ヨーロッパ、また国連の仲介を受けて、戦争を停止するべきです。

 ウクライナというのはまさに西と東のパワーの境界線上にあり、そこでの衝突でした。戦争を一方からだけで語るのは危険です。ロシアの残虐さや問題点を批判しつつ、ロシア側にすべての問題を押しつけるのではなくて、なぜ戦争が起こったのかという背景は考え続けないといけない。またNATO拡大、アメリカの武器供与や軍事力の拡大も問題であったことは認めないといけないと思います。そして私たちがめざすべきは平和と安定、主権尊重、国際法順守、外交交渉によって、戦争を終わらせるための解決策を提示していく、ということが重要なのではないかと思います。

 ウクライナの首都キエフは歴史のあるとても美しい町です(3ページ、筆者の顔写真の背景にある町並み)。ここが今包囲され郊外が爆撃され、全土で900人を超える市民が死に、現在300万人を超える難民が出ています(UNHCR3/20)。ロシア軍の死者は数千人に上ると言われています。

 これを可能な限り早く終結させ、国民の犠牲を減らし、和平を締結すること、日本もその一翼を担うことが、国際社会にとって最も重要なことだと思います。(情報がますますつかみにくくなっており、ウクライナ支援を掲げて、アメリカやNATOからの武器輸出と地対空ミサイル・対戦車ミサイル、いまや戦闘機のウクライナ配備を正義とする声がますます強まっています。極めて難しいですが、これを止めて早期の戦争終結を訴えていくことが、いま最も重要な課題のように思われます)

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