食料安全保障、農業と農民を守る

「学校給食有機米100%」いすみ市を訪ねて

危機的な農業と農村状況の中で、安全な食料・食料安全保障の確立、食料とエネルギーの地消地産、農業を軸にした地域循環型経済の実現が求められる。学校給食100%有機米を実現している千葉県いすみ市を1月下旬に訪れ、市農林課の鮫田晋主査と有機米づくりに挑戦された矢澤喜久雄さん(農業法人みねやの里代表理事)にお話を伺った。(広範な国民連合全国事務局・川崎正)

いすみ市は2005年合併でできた房総半島の海に面した人口約3万6000人のまち。今も人口は減り続けているが、近年は首都圏で「住みたい田舎」として人気があり、移住者や退職Uターン者も増えている。いすみ市での有機米づくりに取り組んできた鮫田さんも移住者。「学生時代からサーフィンで何度も来ていた。東京の勤めを辞め05年に入庁し、移住した。しがらみを感じることなく住める雰囲気がある」と。
有機米づくりの契機になったのは、環境と経済の両立をめざすまちづくりである。関東地域でも大型肉食鳥類の再生活動を自治体間連携で進めようと、コウノトリの再生活動に取り組んでいた兵庫県豊岡市の経験を生かし、「コウノトリ・トキが舞う関東自治体フォーラム」が結成された。いすみ市長も、豊岡市のようなまちづくりをめざそうと、12年に環境団体、農業団体が加わった「自然と共生する里づくり協議会」が発足。

◆ゼロからの有機米づくり

協議会の農業部会では12年度から豊岡市の経験の学習などを行った。鮫田さんは農林課に異動になり市側の担当者に。「私は地方創生の知識も、農業の経験もなかった。先行事例の豊岡市の経験を徹底して学び、有機農業が不可欠だと思った」と言う。13年3月ごろ、具体的に何をやるかという議論の中で有機米を作れないかということに。しかし、当時、市内で無農薬、化学肥料を使わない有機農業で稲作をする農家はゼロだった。
そんな中で手を挙げたのが、峰谷営農組合(現、農業法人みねやの里)の代表の矢澤喜久雄さん。峰谷営農組合は水田15ヘクタール、農家戸数23戸の集落で全員が第二種兼業の農家。「豊岡市の取り組みは素晴らしいと思うが、具体的に何か始めないと変わらない」「勤めの収入を農業機械につぎ込み先祖からの農地を守ってきたが、米価は下がり、経営は厳しい」「いすみのお米が評判になれば地域活性化につながる。一歩を踏み出さなければ何も変わらない。失敗しても次のステップが見えるはず」と当時の思いを語る。
とはいえ決断したのが3月で、4月(13年度)には田植え。有機稲作のノウハウもないままの22アール(2・2反)の田んぼで挑戦。「収穫は420キロ、反当たり3俵ちょっと。予想もしていたが農薬の除草剤を使わないので草だらけ、草取りをしてもすぐ生える。まさに草との格闘だった」と苦い思いの1年目が終わった。
収穫後、協議会の事務局の鮫田さん、市長、矢澤さんなどで話し合い、やはり有機農業の技術とくに除草技術の習得が必要となった。そこで有機稲作技術の研究や指導で第一人者である稲葉光國先生(栃木県にある民間稲作研究所)を招き、14年から3年間、集中的に農家の技術指導がモデル事業として始まった。
30人くらいが参加、営農組合の集会場で稲葉氏を講師に、土づくり、苗づくり、除草対策など勉強会が行われた。
矢澤さんは「先生の言われる通りやってみた。田んぼの水は毎日減っていくので水の管理が大変だったが、稲の成長をじゃまする草は出なかった。これは驚きだった。また害虫の被害がほとんどなくなった。農薬を使わないのでカエルやトンボが天敵となって害虫を食べてくれる。これでやれると自信になった」と語った。
それでも有機農業の定着は簡単ではなかった。稲葉先生の言われる通りに、すべての農家がやれるわけではない。慣行農業(農薬や化学肥料使用)もやっているので有機農業に十分手が回らないとか、田んぼの条件にも違いがある。日々の困りごとを一緒になって解決するサポート、現場指導がどうしても必要だった。「しかし、農協の営農指導員や県の普及指導員などが専門でしょうが、農協は広域合併で体制がないし、県にも有機農業の技術がなかった。結局自分たちがやるしかなかった」鮫田さんたちが現場を走り回った。

◆学校給食の100%有機米を実現

2014年秋に農家5戸が収穫した有機米は約4トン。どう使うか決まっていなかった。矢澤さんたち生産者の「安全な有機米だから地元の子どもたちに食べてもらいたい」という希望で学校給食に。
市内13の小中学校で給食に使われるお米は年間42トン(玄米換算)。最初の4トンを学校給食に導入(1カ月分)。有機米の評判はとても良かった。事業を拡大して学校給食の導入量を増やしていくことに。15年秋が16トン、16年秋が28トン、そして17年秋の50トンで、学校給食100%有機米が実現した。「学校給食の全量有機米は、いすみ市が全国初と思って発表しましたが、島根県で合併して吉賀町になっていますが、旧・柿木村が全国初です」と言う。
「学校給食100%有機米がわれわれのゴールではありません。これを通じてより多くの生産者を育成し、次の産地化に進もうと。15人の生産者が学校給食に協力していただきましたので、技術の定着は図れました。現在は得意先の求めに応じて生産量を110トン(生産者25人)まで拡大し、有機米『いすみっこ』として産地化」と鮫田さん。学校給食への提供からさらに広げて産地化したことで、環境と経済の両立に成功。
安全な有機米生産は手間暇がかかる。値段を従来米と同じにすると「やせ我慢の農業」になり、持続も拡大もできないので、買い取り価格を1・5倍に設定。
この2年はコロナ問題で開催できないが、年間何回か生産者と子どもたちが一緒に給食を食べる会を開く。生産者は、「子どもたちのおいしいが最高の褒め言葉、最高のやりがい」と生産者にとって大事な機会になっている。

◆差額分を市が財政負担

2018年からは、小規模野菜農家の皆さんで協議会に「有機野菜部会」をつくって、学校給食向け有機野菜生産の取り組みを開始。現在では主な野菜8品目のうち、地元有機野菜の比率は12~13%。今後も有機比率を高めながら生産者の育成をめざす。
ただ、お米と野菜では違いがあると鮫田さん。「お米は地元農協から購入していたが、野菜は給食センターが献立に合わせて市場流通品を購入するシステムです。可能な品目の検討、給食センターの栄養士さんと生産者と具体的な品目や納入量などの調整、有機野菜の運搬法や代金決算法など難しさがありました」と。
学校給食を有機の米と野菜に変えた負担は、給食費を据え置いて、有機との差額分を市の財政でまかなう。価格変動もあるが、米が年間400~500万円、野菜は250万円程度。

◆学校給食と地産地消

地産地消は叫ばれるが、学校給食の地産地消を進めているところは全国的にも多くないという。鮫田さんは「学校給食は子どもたちの栄養摂取が目的で発展した歴史があります。学校給食食材の地場取り扱い状況も知りませんでした。市場から購入する代金の75%くらいは市外に流出しています。地元の野菜を使えば代金は生産者に還元され、農地の保全にもなる。全国の学校給食のほとんどが、地産地消という地域循環が考えられないようなシステムになっていると思います。それをより望ましい形に転換していくことは自治体の課題です」と強調する。
農業や食料を取り巻く状況について、「世界の食料需給は逼迫して、海外の輸入食料に頼る日本の政策はいつまで続けられるか、問われています。一方で、市内の農業就業者の減少は続いています。兼業でやっている多くの生産者は手持ちの機械や身体が動く間はやろうと、大規模にやっている生産者は次にバトンタッチできるかどうかも分からない。中長期の対策を考えなければなりませんが、昨年の米価下落で、どれだけの生産者が離農するのか、それをわれわれがどれだけ引き留められるかが最大の仕事」と語る。
さらに「学校給食の有機米100%を実現しました。しかし市の農業全体からしたら大きくはない。それでも地産地消、とくに有機農業を進めることが地域の農業者を育て、地域の農業が守られるきっかけをつくれたのではないか。自治体、農業者、市民が協力した大きな前進です」と鮫田さんは語った。
矢澤さんは「数年前に小学校に入る前のお子さんがいる若いお母さんと話す機会がありました。いすみ市の学校給食が100%有機米と聞き引っ越してきたと。うれしかったです」と誇る。
展望が見えてきた思いがした訪問だった。