対談 ■ コロナ禍、貧困の現場から

雨宮処凛 さん(作家・活動家)+ おぐら修平 さん(足立区議)    
今こそ公助をたたき起こすとき

おぐら 雨宮さんとはいつも相談会とかの現場で一緒になっていますけれども、本日はインタビュー兼対談という形でよろしくお願いいたします。
 まずは自己紹介から改めてお願いします。

雨宮 今は作家・活動家で、反貧困ネットワークの世話人をやっています。
 1975年、北海道滝川市の生まれ育ちで、大学に行くつもりで東京に出て来たけど落ちて、19歳から24歳までフリーターをしていました。生活が不安定で精神的にも不安定になってリストカットしてみたり、自分の周りの人たちにも自殺願望があったり、実際に自殺した人も何人かいました。2000年に25歳で作家デビューしたんですが、06年ごろにフリーターのホームレス化が始まりました。街を歩いていても、同世代くらいの人が多分ホームレスではないのかなというような状況になってきて、ネットカフェでは所持金がなく、無銭飲食で逮捕される人が出始めていました。そんなころ、フリーター全般労働組合の「プレカリアートメーデー」という、日本で初めて「プレカリアート」(不安定なプロレタリアートという造語)という言葉を掲げたメーデーに行ったんです。
 そこでは、ネットカフェ暮らしの家なきフリーターが増え、都市がモザイク状にスラム化しているとか、若い人たちの自殺と不安定雇用問題などが語られていました。それらは新自由主義の問題と指摘され、当時は小泉政権ですが「史上最長の好景気」と言いながら貧困が蔓延し、過剰な競争により生きづらい社会になっているという話がされていて、いろんな問題がそこでつながったという感じで、その日から取材をして、07年に『生きさせろ!難民化する若者たち』を書き上げました。

作家・活動家
雨宮 処凛 さん

おぐら 『生きさせろ!』は私のバイブルで、雨宮さんが経験してきた職種とは少し違いますが、私も非正規の当事者として全く一緒だったのでびっくりしました。
 私も改めて自己紹介しますと、1974年三重県尾鷲市に生まれて、兵庫県尼崎市の英知大学を卒業しました。98年、23歳の時、法律事務所の事務員兼政治家秘書のアルバイトをしましたが、プレッシャーから半年で辞め、それからは喫茶店のアルバイト、グッドウィルの日雇い派遣、大阪西成の日雇い労働者といろいろやりました。2000年、26歳で上京して議員秘書を6年、2007年から足立区議会議員を務めています。

足立区議会議員・コロナ災害対策
自治体議員の会共同代表 おぐら修平 さん

雨宮 まさに「ネットカフェ難民」という言葉が出てきたころですね。同じころ、国は「若者の人間力を高めるための国民会議」とかやっていて、労働破壊の問題なのに若者の「人間力」を高めればフリーターはいなくなるみたいなトンチンカンなことをやっていました。
おぐら 議会で貧困問題について質問したら、フリーター、ニートを甘やかすなという自民党議員がいて、全く理解されなかった。2007年当時から10年以上たって明らかに非正規雇用の若い人が増えているし、昔はまだ規制があってジャンルが限られていたけど、90年代後半からだんだん何でも派遣が解禁になって、若い人の安定した雇用の場がなくなっています。
 コロナになって1年8カ月過ぎて、コロナ貧困の現場からということで一体何が起きているのでしょうか。

コロナ禍で一体何が起きているのか

雨宮 この2年間が、貧困問題に関わってきた15年間を足しても足りないくらい濃厚というか濃縮されて、しかも今まで積み残していた問題が全部来たという感じがしています。
 まず2008年の年越し派遣村の時は、相談に6日間で505人来て、そのうち女性は5人でした。2020年末の年越し支援・コロナ被害相談村(新宿)には3日間で344人来て女性が62人で、その女性の29パーセントが住まいのない状態。まず女性がすごく増えているというのが特徴です。
 派遣村から13年間たって日本社会が弱くなったというか、家族も企業も自治体も女性を守る余力がなくなった。派遣村の時は派遣切りに遭ったり寮から追い出されたりしたら、実家に帰る、友達の家に転がり込む、彼氏の家とか、どこか引っかかっていました。それがもう、本当に女性が路上に放り出されている。しかも、背景にDVや親の虐待などはなく、失業だけを理由に路上に出てしまうというのを初めて見ました。また、相談に来る人も若年化していて、派遣村の時はほとんどが中高年で、30代でも珍しかったのが、今回は10代もいる。ボリュームが厚いのが20代から40代という感じです。
 衝撃だったのは、20年間、ずーっと派遣の仕事を転々としてきた41歳の男性のケースです。20歳くらいからずっと寮付き派遣を転々としていて、一度寮付き派遣で働くと、そこをクビになれば職と住まいを同時に失うので次も寮付き派遣しか選択肢がない。それで20年間、綱渡りのように生きてきたのがコロナで初めて路上に出た。
おぐら そこしか選択肢がない。そのループから抜け出せないというのは本当に何人も目の当たりにしてきました。全くその通りです。
雨宮 この20年間、彼は一瞬たりもとホッと一息つけたことがないと思います。
 どれだけ恐怖の20年だったか、住民票もどこにあるか分からない。保険証もなく、何かあっても病院にも行けない。そういう人を大量に生み出したのが派遣法の改正だったわけです。
おぐら まさにそうですよね。住民票がもう分からなくなっちゃった人って何人もいます。年越し派遣村の時は製造業派遣の主に中高年男性というように層が限られていたけれども、コロナではあらゆる世代、職種です。
 あと、女性は住まいを失っている状態を見られたくないので、身なりにすごい気を使っています。見た目では分からない。貧困がなかなか目に見えないということの一つです。また、生活保護への抵抗の強さにはびっくりしますね。
雨宮 2021年4月から生活保護申請時の扶養者照会の運用が変わり、問答無用に連絡が行くのではなく、丁寧な聞き取りをする、となったのはよかったですね。
おぐら 以前から、相談に来られたシングルマザーの方などがパートとかでギリギリの生活で最低生活費を下回っていて、その足りない分を補う生活保護という制度がありますよと紹介すると受けてみようかとなりますが、ただし家族に通知されてしまうことを説明すると、みるみる顔色が変わって、「いや…生活保護を受けずに頑張ります…」。そういう人を何人も見てきて、この扶養照会って果たして意味があるのかと思い、2020年の6月、本会議代表質問で実績を聞いたら、19年に新規で生活保護決定した2275世帯のうち家族の援助があった数はたった7件、0・3パーセントしかなくて、ほとんど意味がないことが明らかになりました。
 これは、生活保護問題対策全国会議事務局長の小久保哲郎弁護士が、民法を改正しなくても厚労省の通知一つで扶養照会しなくて済むと指摘していて、このこともきっかけで、20年の年末に、新型コロナ災害緊急アクションの政府交渉で厚労省に要望し、東京都にも一緒に要望に行きましたね。
雨宮 コロナ禍で一番大きな前進って、扶養照会のあの通知が出たことですよね。おぐらさんの質問が大きな力になったと思います。
おぐら ありがとうございます。今まで唯一つながっていた家族の縁が、扶養照会されることで、家族の恥だと、連絡するなとか言って、福祉事務所に苦情の電話が来ると。扶養照会で縁が途切れてしまうということを福祉事務所の心ある職員さんが嘆いていました。
 先日、本会議質問して、今回、さらに改善の一歩になったのが、生活保護を申請する時に扶養義務者の親族を書かなければいけないのですが、親族に通知しないでほしい理由を書く欄を新たに設けて、事情がある人には通知しないことになりました。

女性による女性のための相談会

雨宮 3月と7月に「女性による女性のための相談会」を開催しました。2回とも120人くらい相談があって、3月の時には一番多かったのが仕事の相談、次が心と体、それから家族、家庭のこと。女性の相談は家族絡みの相談が多くて、夫がコロナで失業したりテレワークになったりして、夫の暴力が始まったみたいな話と同時に、自分もパートの仕事を休ませられて、休業手当が全然出ない。その上、本当は離婚したいけど、子どもがいるから経済的に不安だし、子どものために離婚ができないというような、いろんな問題が複合的に絡まっているものが多いです。そこをほぐしていくというか、女性は家庭のケア労働を担わせられているので、子育て・介護があるから今の状況から逃げ出すわけにはいかないという相談も多かった。
 あと、コロナの前から路上生活している女性も相談に来てくれましたが、その人は普段からメイクもしていて、ホームレスであることがバレないように、すごく気を使っていました。また、15年間活動をしていて初めて相談を受けたのが、キャバクラや風俗の人です。
 コロナでまず夜の街があれだけ敵視されて、お客さんが全然来ない、飲み屋にも来ない風俗にも来ない。キャバクラの人からは家賃が払えないというような相談をすごく受けました。風俗だと寮の人が多く、収入がゼロでも寮費だけはちゃんと持っていかれるというひどいシステムです。
おぐら 寮付きというのは、ある意味セーフティネットのようにも思えるのですが、職と同時に住まいを失うというハイリスクです。これまでの相談で、製造業の派遣もそうですが、夜の街も寮付きが多かったですね。
雨宮 あともう一つ、初めて受けたのが住宅ローンを払えないという相談。夫が失業して自分がデパートの仕事がなくなって息子も派遣で収入が半減して、何とか3人で払っていた住宅ローンが払えないがどうしようというような相談が続々と電話相談に来て、それだけ貧困が中間層にまで広がっているのだと思います。
おぐら 支援団体の皆さんが「社会の底が抜けた」と言っていますが、本当にその通りだなと。ただ、それがなかなか可視化されない。2017年の都内に4000人のネットカフェ生活者がいると東京都の調査結果が出ましたが、現場の皮膚感覚としてはその2倍、3倍はいると思います。足立区で20年の1年間、住まいのない状態で生活保護決定した人が393人でした。都内全体で4000人とかのレベルじゃないというのは目に見えています。

進む二極化

雨宮 最近、自分の親世代の人の集まりで講演して感じたのですが、お金持ちの層って子どもに教育を受けさせ、子どもを独り立ちさせている。他方、私たちが接している人たちは、親も貧困だったりして安定した仕事に就けず、ホームレス状態にまでなっている。同じ日本にいながら、あまりにも違う世界に生きていて、言葉すら通じない感じになりつつある。
おぐら 地域で全く同じことを痛感していて、貧困問題を言ってもなかなかかみ合わないし、理解されないまま15年たってしまいました。
雨宮 ちょっと前の日本ってそういうことはなかった。でも今は安定層の周りに貧困層はおらず、貧困層の周りに安定層はいないから、具体的なイメージが浮かばないというか、それくらい遠くなっちゃったのが、恐ろしいくらいの問題があるなと思っています。今、年収100万円台とか貧しい人ほどコロナの影響を受けている一方で、それぞれ年収800万円で家も広いしWi-Fiもあって減収もない、すごく幸せなテレワークをしている高学歴カップルもいる。
 安定層からは貧困層が見えない分、自己責任で怠け者としか見ない人も多いんですよ。所持金がゼロ円とかでSOSメールがくると話しても、甘えていると言う。こっちからしたら、所持金ゼロ円になるまで自力で頑張ったという、ものすごい努力の結果じゃないですか。
おぐら 自己責任論と社会の分断はまさにそうですね。これまでも東京都への要望や政府交渉など活動されてきましたけれども、今政治が取り組むべきことって、改めてどのようなことでしょうか。

今、政治、社会に求めること

雨宮 フランスの社会学者のメラニー・ウルスさんが日本の「福祉の窓口」の対応を「行政虐待」と指摘しています。私は彼女の視点は正しいと思っています。
 札幌市では2012年に生活保護申請をしながらも受けられず、40代姉妹が餓死する事件がありました。20年3月には82歳の妹が84歳の姉を、生活保護を受けるのは国に迷惑になって申し訳ないと殺しました。8月には名古屋で26歳の息子がお母さんを殺すという事件があって、その息子さんは生活保護を知らなかったのですよね。こういう状況を放置するのであれば、もっともっと悲惨な事件が続くでしょう。
 この2年、「新型コロナ災害緊急アクション」では何度も政府交渉をしていますが、全く声は届いていないと感じます。言いたいのは、公助をすべき人たちは、民間のボランティアに甘えないでほしいです。駆けつけ支援をしている人たちはいろんなデータやノウハウを持っているわけで、それを国は把握して、とにかく命を守る支援ってできると思うんです。それをボランティアに丸投げせず、ドイツみたいに、生活保護を受けましょうとキャンペーンしたり、失業して家賃滞納しても2年間は追い出しませんよというルールを作ったりすれば絶対に自殺者は減ると思うので、まずは簡単にできるところからやってほしい。民間の方からどんどん聞き取りをして、それを生かしてほしいですね。
おぐら 支援団体のノウハウを生かすというのはまさにおっしゃる通りで、課題は尽きないところですが、まとめとしまして一言。
雨宮 派遣村の時は同じ社会に生きる人という視点があったのが、今は貧困層に対して、それがあまりない感じがしています。そこが一番心配なので、もっと普通に助け合いが復権していけばいいかなと思います。一つ希望があるとすれば、やはり駆けつけ支援をする人がたくさんいることと寄付金がすごい集まっていることです。こういう大変な時にこそ助け合わなければという人が増えているのかなというのが少し希望ですね。
おぐら 私も、新聞に大きく載ったことで全然知らない人がメールくれて、困ってる人たちのために使ってくださいとカンパが寄せられました。
 本日はありがとうございました。
雨宮 ありがとうございました。
 

(見出しとも文責編集部。この対談は21年12月8日に行われた)

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