2022年「国際小規模漁業年」に思うこと

深刻な沿岸漁業の現況

JCFU全国沿岸漁民連絡協議会共同代表 高松 幸彦

 正月飾りの神棚に「二礼二拍手一礼」、感謝と願いをこめる。お節に箸をはこび、配達された年賀状に目を通す。「賀・春・寿・福・喜」などの漢字が目につく、親の代から変わらぬ正月の光景だ。
 ただ、こんなに「夢や希望を語れない」正月は過去になかった。
 世界中に再拡大した新型コロナウイルス、変異株も感染力が強く感染者数も急増、回復基調にある景気に水を差す。
 この2年間どの職種の人もなにがしかの制約を受け耐え忍んできた。国民の多くは初詣に「新型コロナウイルス感染症の収束」と願ったものとおおよその見当がつく。
 生活困窮者が食事の配給に列をなす姿がTVで流される。1年間で18万人も失業者が増加したのもうなずける。「自助努力」ではどうにもならないところまで追い込まれている。
 漁業も苦しいのは例外ではない。飲食、観光業界が大打撃だったのは自明であるが、それに応じて魚介の需要が落ち込むのだから魚価安になる。しかも、原油価格の高騰で燃油代も上がる。加えて、ひと昔前は庶民の味だった「イカ・サンマ・秋サケ」の大不漁。二重苦三重苦の経営を強いられた漁業者も多かった。


 ホタテやナマコは海外からの引き合いも強く堅調な相場で推移し、「輸出品と内需」で明暗がはっきりした。それでも漁業全般を複合的にみたときに「非常に厳しい状況であった」と言わねばならない。何とも「先行き不透明」な年始です。

年を追うごとに厳しさ増す漁業環境

 例えば「尖閣問題」。
 わが国の実効支配下にあるとはいえ、日・中・台が領有権を主張する海域では「中国公船」が常駐する。
 また、日台の漁業交渉では石垣(八重山)の漁師がマグロ漁の好漁場として代々使ってきた海域が漁師の意図とは関係なく操業に不利な状況になっている。現場の漁師としては、台湾漁船との競合が無理という、現場の漁師置き去りの交渉(協定)だけは避けてほしいと願うばかりである。
 「スルメイカの不漁問題」も大変だ。
 原因とされているのが日本海(大和堆)周辺での外国船の操業である。わが国EEZ(排他的経済水域)内の外国船の違法操業に対しての日本政府の緩い対応ぶりには、本当に「主権国家」なのかと思ってしまう。19年スルメイカ(秋生まれ群)の水揚げは、わが国が1・5万トンに対し中国は推定15万トンである。かつては海のゴミとまで言われていたスルメイカだが、私の地元では幻となってしまった。
 秋の味覚サンマの資源減少には海洋変動と乱獲が影響。
 サンマ乱獲の背景には公海での漁業秩序が大きく関わっている。サンマが日本近海に来遊する前に公海で大量漁獲する先獲り操業。環境要因としては、日本近海に暖水塊が長期間居座るようになったことも近海に回遊が減った要因となる。
 国連公海漁業協定によって管理の基本的な枠組みがつくられている。地域漁業管理機関(RFMO)やサンマの資源管理を話し合う国際会議「北太平洋漁業委員会(NPFC)」では規制強化を嫌っている中国、台湾に対し日本がどこまで踏み込めるかがカギとなる。
 このように枚挙にいとまがないほどに国際的環境は、国内漁業に問題が山積みなのだ。

身近で深刻な問題

①コロナ禍での漁業経営への影響

 全漁業経営体の94%は沿岸漁業を中心とした小規模家族漁業である。小規模漁業は、主に地先漁場、または、「共同漁業権(EEZ排他的経済水域内の約1%)」(もしくは近海)で操業している。
 世界遺産の和食(魚食文化)であるが、その食材の多くを支えているのは豊富な魚介類の生息環境がある沿岸域(浅海域)だ。大量漁獲によって採算性が確保される巻き網漁業やトロール等の沖合漁業と違い、素潜り漁業や小型漁船によって沿岸域の高級食材を持続的に漁獲(採捕)する。そして、地元観光業界や首都圏などの飲食店に鮮度の良い状態で供給できるのも沿岸漁業である。
 コロナ禍の前はインバウンド消費で「美味しい和食」を求めて訪日外国人であふれかえっていたのが、今はほとんど見かけなくなった。それでも昨年末には旅行業・旅館ホテル業界・飲食店の制限緩和で国内消費もやっと上向きになり始めていた。しかし、影響の長期化から「2021年上半期の飲食店倒産(負債1000万円以上)は270件、このうちコロナ関連は45・5%」(東京商工リサーチ)という結果が報告された。
 JCFU全国沿岸漁民連絡協議会でも全国の浜の仲間に聞き取り調査をしたが、やはり、高級食材を捕っている漁業者ほど深刻な状態であった。なかには「ヒラメやタイがキロ単価100円台で魚箱代にもならない」「旅館・ホテルや料亭でアワビや伊勢海老が二束三文」という悲痛な声があちらこちらから聞こえてきた。
 再び感染者拡大の兆しとなったが「コロナ禍の収束」を願うばかりである。「魚食文化の衰退」は「沿岸漁業の衰退」を意味する。こんなときこそ国家によるさらなる支援、「公助」があってよいと思うが。

②地球温暖化による漁業への影響

 漁業の未来はあるのだろうか。
 地球温暖化に起因する海洋変動や海洋汚染、また、「乱獲やIUU漁業(「違法・無報告・無規制」に行われている漁業)」これらの問題に深く関心を示すのは必ずしも漁業者だけではない。
 昨年、英国で開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約会議)では、パリ協定の合意の順守、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保つとともに、1・5度に抑える努力を追求する」ということが合意された。
 会場周辺には世界中から若い世代が集まり、その関心の高さがこちらにも伝わってとても印象的であった。
 私たちは「海の恵みを頂戴して」生業としている。
 資源の増減(資源変動)は簡単に言えば、「環境に起因するものと漁獲の影響など人為的要因」で決定づけられる。魚種によっては「獲りすぎ」で資源減少に陥っている場合もあるだろう。しかし、漁獲対象外の資源も大きく増減することもある。つまり環境変動論(科学者の意見の分かれるところ)である。
 私の経験上言えることは、原因が何であれ資源減少が激しいときは「漁獲圧」(魚が成熟する前に強い漁獲がはたらき、次世代の資源が確保されず、持続可能ではないこと)を下げることに徹することである。今は「海がやせている」と言える。これは漁師の表現で、海に栄養もなくプランクトンも少なく小魚もいない状態で、「そこには大きな魚がいないこと」を表すわけである。
 漁業に従事して50年あまり。始めた当時と現在の海を比べるとき、明らかに海の中が様変わりしているのが分かる。私は北海道の離島でやっているが、3年前に対馬を訪れたときに地元漁業者(素潜り)が、20年くらい前から海の変化を感じていたと話されたのを聞いて、同じく自分もその頃からいろんな現象に気付いていたので、話を聞いて驚いたことがあった。
 確かに同じ対馬暖流でつながっているので不思議なことでない。特に海底の岩盤が石灰藻(無節サンゴモ)に覆われて白色化する「磯焼け現象」は、南北の海域同時に進行しているのが分かる。
 大気温の上昇は、温室効果ガスを排出する経済活動が原因だが、熱は海洋に伝導し海水温度の上昇を招く。近年は冬期間でも海水温度が高止まりする傾向にある。よく、「暖流系のマグロやブリが獲れていいですね」と言う方がいる。しかし、逆に低水温を好む生物が環境に順応できない場合は生息域を変え、定着性生物は最悪死滅するということも考えられ、漁師にとって決して好ましいことではない。北海道大学の研究で、日本近海の天然昆布の主要11種類が2090年には消滅すると発表されている。コンブ等の海藻類にとっては成長を促す栄養塩の影響、コンブ等を餌とするウニ・ツブ類の植食生物への影響も大きい。この研究発表には恐ろしささえ感じてしまう。
 また、温室効果ガスのCO2が海水に溶け込むと酸性化が進む。酸性化が進むとサンゴや貝類に影響を及ぼすことが知られている。すでに閉鎖性の日本海ではデータ的に他海域より酸性度が上がっていると報告されている。北海道や東北ではホタテ貝養殖が盛んだが、養殖に携わっている年配の漁師は、「最近のホタテの稚貝は殻が柔らかい」と言う。酸性化との関連性は定かではないが経験豊富な漁師の話は気になるところだ。
 昨年9月以降に発生した北海道東部太平洋沿岸の大規模赤潮は、壊滅的な被害をもたらした。赤潮の原因のプランクトンは、国内初確認の植物プランクトンで、冬場の低水温でも増殖し、いつどこで同現象が出現するか現時点では予測がつかない。今後、他海域の漁業者もその不安を抱えていくことになり神経をとがらせている。
 地球温暖化は後戻りできないポイントをすでに越えたと言う科学者もいる。急速な環境変化のなか、新たなリスクと背中合わせで漁業を営まなければならない。

漁業の担い手不足と高齢化

 日本の生産年齢人口は、1995年は8726万人だったが、2029年には7000万人、2040年は6000万人に減少すると発表されている(総務省統計局)。どの産業でも慢性的な人手不足が深刻化する。
 一次産業は、就業者の高齢化率が他産業より高く、全漁業で1993年に全就業者数32万4886人(60歳以上が33・2%)が、2016年の全就業者数16万20人(60歳以上49・4%)(漁業センサス統計および漁業就業動向調査報告書)。
 漁港数は大小合わせ2909港あるが、大型漁船が水揚げする釧路や銚子等、上位20港で海面漁業の水揚げ量の65%を占める。残りの漁港の大部分は沿岸漁業が使う、荷捌きや小型漁船を係留する中小の漁港である。小規模漁港の多くは離島や半島を含めた海岸線の僻地にあり、漁港の数だけ集落があり全国津々浦々に点在している。
 漁業者がそこに住み持続的に漁業を続けることで国民に食料を安定供給する役割を果たしている。日本は食糧自給率が低く、迫っている地球規模の「食糧危機」を考えても、食料安全保障の観点からしても小規模漁業が重要であることは確かである。四方を海に囲まれている国土、漁業者の国境監視(不審船・密輸)の役割や水難救助活動など、多面的機能はとても重要な役割を果たしている。国民にあまり理解されていないのが残念である。
 つまり、漁業の衰退は国民全体に関わる問題として捉えていただきたいと思う。JCFU全国沿岸漁民連絡協議会は、家族経営体の集まりで、北海道から沖縄県石垣(八重山)と広域にわたる。
 世論喚起に努力している。「漁業を経済規模で判断」するような政治が動き、また、施策を講じられている感は否めない。国連は本年22年を、「国際小規模漁業年」(小規模伝統漁業・養殖に関する国際年)とすることを決め、国際的に小規模漁業の重要な役割を認識し、その振興政策実施を各国に求めている。はてはて、わが国が打ち出す政策とはいかなるものか、大いに期待するが。