「対中国外交の転換を求める」問題提起 猿田佐世

Don’t make us choose
米中いずれかを選ばせるな

新外交イニシアティブ代表 猿田佐世

 新外交イニシアティブ(ND)代表の猿田佐世(弁護士)です。
 新外交イニシアティブは先ほどお話しされた柳澤協二さんも評議員として参加してくださっている団体で、日本にあるさまざまな声を外交に届けるという活動をしています。例えば、大変名誉なことですが、鳩山先生が総理大臣を引退してから公式に訪米されたときにも私どもが訪米日程のアレンジをさせていただきました。最近ですと枝野幸男立憲民主党代表のアメリカ訪問の際のアレンジを担当させていただきました。


 新しい外交をめざして、日本とアメリカ、中国、その他の国をつないでいこうという、ちょっと珍しい団体です。
 本日は、皆さんが普段あまり気にすることのない点について、お話ししてみたいと思います。

バイデン政権の外交戦略

 皆さんは、今のアメリカの状況をどう見ておられますか。
 とにかくもう、「中国に対抗するので必死」ということです。その様子がアメリカからどんどん伝わってきます。力を落としているアメリカが中国にどう対応するかというと、「同盟関係が財産だ」ということで同盟国に頼るようになる。「民主主義国家vs専制主義国家」という対立に落とし込んで、「悪い奴ら=専制主義国家vsわれわれ=民主主義国家」という構図にして同盟国を巻き込んで、何とか自分の覇権国としての地位を維持しようと動いている。

 そうした中で、台湾問題が突如、大きく取り上げられています。先ほど羽場先生が説明くださったQuad(クアッド)だとか、AUKUS(オーカス)とか、いずれもアジア地域で中国を囲い込むような政策です。アメリカは表立って「囲い込み」とは言いませんが。
 その中で日本はアメリカ陣営の一番の雄といいますか、一番弟子という感じです。菅前首相は、日本の防衛力強化を日米共同声明で約束しました。なぜ、他国との共同声明の中で「自国の防衛力を強化する」と宣言するのか、よく分かりませんが、そういったことも4月の菅首相とバイデン大統領の共同声明では確認しています。

 アメリカが力を落としている。でも中国に対峙しなければならない。だから同盟国の力を借りなければならなくなって、日本は「ハイ、自分は頑張りますよ」と手を挙げて一番弟子として宣言し、行動しているのが現状です。

アジア諸国の囲い込み合戦

 それでも足りないので、今、米中は、他のアジア諸国を自らの陣営に囲い込もうと、必死に働きかけています。私のライフワークは米国議会などにロビーイングすることなのですが、最近のニュースを見ていると、さながらアメリカと中国によるアジアの国々へのロビーイング合戦で、苦笑いせざるを得ないほどです。アメリカ政府と中国政府の高官が、一生懸命にアジア各国を回っています。7月にはアメリカからオースティン国防長官がフィリピンやベトナム、シンガポールを回った。8月にはハリス副大統領がやはりベトナム、シンガポールを訪問しています。それぞれの訪問の数週間後には中国の外交高官が同じ国を回っている。今、アジアは、米中のオセロゲームのようなことになっています。

「選ばせないでくれ」と声を上げるASEAN諸国

 南シナ海の領土紛争があることからも、米中対立の「主戦場」は東南アジアといわれてしばらくがたちます。そんな中でこの数年、東南アジアの国々が「米中いずれかを選ばせるな」との悲鳴を上げるようになっています。
 例えば、2020年、昨年の9月、ちょうど1年前ですが、ASEAN外相会議は、「ASEANは地域の平和と安定を脅かす争いにとらわれたくはない」と発表しました。お願いだから中国とアメリカは、われわれの庭に入り込んで覇権争いをしないでくれ、ということです。かなり勇気のいる発言だったと思います。
 シンガポールは小さな国ですが、リー・シェンロン首相が、世界の外交雑誌で一番権威があるといわれている米誌「フォーリン・アフェアーズ」に自分の名前で投稿して、「アジア諸国は米中のいずれか一つを選ぶという選択を迫られることを望んでいない」と明確に言っています。
 また、フィリピンのドゥテルテ大統領は、人権問題では評判が悪いし、私もその点については批判的ですが、非常に見事に、したたかに、中国とアメリカとの間のバランスをとっています。なんとアメリカとの地位協定については破棄通告までしてしまいました。もっとも、後になって撤回しましたが。フィリピンは防衛大臣がアメリカでの講演で米比相互防衛条約は全面的な見直しが必要、とか言っちゃう。まだ「発展途上国」と言ってもよいフィリピンが地位協定破棄などと堂々と発信するわけです。
 日米地位協定にも問題がたくさんあるのに、日本は一文字を変える交渉すらしない。そんな国、日本と、地位協定破棄を通告してしまうフィリピンとどこが違うのだろうか、と思うわけです。
 この前のAUKUSの時も見事でした。AUKUS発表の直後、東南アジア諸国は直ちに反応しました。マレーシアは、「オーカスが南シナ海において、他国による攻撃的な行動を挑発することになるのではないか」との懸念を示しました。インドネシアも「域内で続く軍拡競争と戦力展開を深く懸念する」との声明を発表し、豪州に、核拡散防止条約と国連海洋法条約の順守を求めました。ASEAN諸国は、アメリカとイギリス、そして地域大国であるオーストラリアを相手に「とんでもないことをしてくれた!」というメッセージを発しているわけです。
 ASEANはどの国も、中小国と言われる国です。日本に比べれば経済的にも軍事的にも小国と言っていいでしょう。しかし、その集まりであるASEANは一体となって大国からの圧力を押し返そうとしている。そして、自分たちが中心となって、地域の平和と安定を築いていく。ASEANを地域機構などの中心として捉える考え方を「ASEANの中心性」と言いますが、ヨーロッパではベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)が中心となってEUをつくっていったように、アジアでは中小国の集まりであるASEANが一体となって、ASEANの中心性を生かして、この地域で紛争をなくしていきたいと頑張っているわけです。
 私は、まさにここに日本は学ぶべきではないか、日本もそういった立場で外交を進めていくべきではないかと思っています。
 日本政府も明確に、「米中いずれかを選ばせるな」と発信すべきです。冒頭に角田代表が、「もし米中で戦争があった場合に、日本は戦争に参加しませんと言いなさい」とおっしゃっていましたが、まさにそれと同じです。
 もちろん日本は日米同盟を基軸とする国家であり続けてきましたから、いきなりそんなことを言いだすとものすごいハレーションでしょう。ですから言い方のトーンや雰囲気、順番や手順もあるでしょうが、これからは「米中いずれかを選ばせるな」ということをさまざまな形で表明していかなければいけないと思います。

しっかりとしたASEANの世論

 もう二つばかりご紹介したい情報があります。「米中対立におけるASEAN」というASEANの調査です。見事です。アメリカと中国の対立において、ASEAN諸国がどう対応すべきと考えているのかよく分かります。図を見ていただければ分かるように、一番多いのは「ASEANの対応力やASEANの一体性を強化して対応していく」という回答で約半分、48%です。「中国とアメリカどちらのサイドにもつかない」というのが31%です。「中国でもアメリカでもない第三の道をめざす」という回答も15%弱あります。わずか3・1%だけが、「アメリカか中国かを選ばなければならない」です。この世論調査によれば、アメリカか中国か、どちらかを選ばなければならないというASEAN地域の人はたった3%しかいないのです。
 日本はあまりにもアジア諸国を大事にしてこなかったし、見下してきており、その情報を知ること自体が難しいメディア報道の状態になっています。しかし、このASEANの方向性はもっと日本で知られてもいいのではないか。
 既に述べたとおり、今、国際政治の世界では東南アジア諸国が米中対立の「主戦場」になっています。南シナ海を抱えていることもあって注目が高く、アメリカも中国もこぞってロビーイングしなければいけないほど重要な地域と考えられています。それもこれも、みな、ASEANがちゃんと一つにまとまりながら「米中いずれか選ばせるな」と米中に物申しているからです。米中もそんなASEANに配慮せざるを得ない。
 そして、これが最後の情報提供になります。図に「ASEANの現実」と書きました。ASEANの国々がアメリカか中国かどちらかと連携(alignment)することを強いられたらいずれを選ぶか、についての調査結果です。実に、10カ国中7カ国が中国を選んでいるのです。中国の隣国で地域紛争を抱えているベトナムとフィリピンが群を抜いてアメリカ寄りですが、インドネシアなども含めて中国を選んでいます。

日本のとるべき立ち位置

 私は、中国の味方につかなくちゃいけないと言っているわけではありません。私が言いたいのは、米中の狭間にある「中小国」がこれだけ自分の置かれている状況を客観視して見ているという事実であり、日本も実は同じ状況にある、ということです。
 日本は他の選択肢を何も考えることなくアメリカだけを選んでいます。しかし、日本の現実も、アメリカか中国かを選べと言っても選べる状況にはない。着ている服、持っている車を考えれば中国製が数多くあります。日中は切っても切れない。
 日本には、近隣の韓国や東南アジアの国々の存在を考えない雰囲気があります。外国といえば、アメリカか、中国か、ヨーロッパくらいしか考えない。周りのアジアの国々がどのような声を上げているのか、知ろうともしない。ASEANなどの「中小国」が、地域の緊張を高めないでほしいと叫んでいるのに、なんで日本は何も叫べないのか、振り返ってみる必要があります。
 先ほど柳澤さんから、「何をする必要があるのか」という提示がありました。まず日本は、地域大国ではなくミドルパワーであることを認識したうえで、アジアで声を上げている他の国々と連携しながら、「緊張を高めるな」「米中どちらか一つは選べない」「対立に巻き込まれるのはこりごりだ」というメッセージを発しなくてはなりません。
 次にまたAUKUS設立のようなことがあったら、今回のように「歓迎!」などというメッセージを発するのではなく、「緊張を高めるので困る」と発するべきです。マレーシアやインドネシアがやっていることを見習うべきです。表立って表明できなければ、陰で米国に電話一本かけて伝える、まずはそれでもいい。もろ手を挙げて対立を推進することはやめなければなりません。

日本世論は「米国も中国もどちらも大切」

 政治家の皆さんは、日本の世論はみな「中国嫌い・アメリカ寄り」なのだから、今のような米国寄りの政策をとるので仕方がないと言います。ところが、実際はそうではない。世論調査(「言論NPO」調査)では、日中関係と日米関係どちらが重要ですかという問いに対して、「どちらも同程度に重要」との答えが49・6%、約5割です。日本でも半分の人が米中どちらも重要と言っている。
 米国一辺倒の政治家たちの9割9分は「日本人はみんなアメリカを選択する」と思っている。しかし、そうではなく、「対米関係の方が日中関係より重要」と答えているのは3割にすぎないのです。もちろん、私も含めて人権問題などで中国に眉をひそめている方も多いと思います。しかし、どちらと関係を結ぶべきかという問いに対しては、どちらも重要という客観的な、冷静な意見を持っている人が、日本国内でもASEAN諸国と同様に多いのです。
 そういう声を反映した政治を政治家にはやっていただきたいし、私たちはそういう態度を取るよう政治家に働きかけをしなければいけないと思います。ありがとうございました。

補足発言

若者の感覚、行動へどう動かすかが課題

 中国との関係がアメリカとの関係と同じくらい重要であると考えている日本人が、アメリカの方が重要と思っている人よりかなり多い、という世論調査の結果を報告しました。
 それは周りの若い人と接している時の私の肌感覚と全く一致しています。私が代表を務めているシンクタンク「新外交イニシアティブ」は非常に若い世代が多く、会議などでは20代も多い。インターンの大学生や高校生がいる団体です。彼らは皆、中国との関係も重要であると認識している。
 また、私は立教大学で教えています。学部を問わない一般教養科目を教えていますが、そこで今の米中対立の話をすると、クラスに150人くらいいる学生の多くが、「中立でいるよう日本は努力すべきだ」と答えます。アメリカのみに与しない方がいいと思っている学生が驚くほど多い。
 授業の後に提出してもらっているコメントペーパーでは、人権は守らなければならないとか、中国とも対話しなければいけないなど、非常にいい反応が返ってくる。もっとも、彼らは、行動に出たり、発信したり、こういう集会に来て話を聞いたりなどはほとんどしていないと思います。学生を含む一般の人々が政治活動に参加しないというのが、今の日本のすごく大きな問題だと思っています。