「対中国外交の転換を求める」問題提起 谷野 作太郎

日中両国は国交正常化の原点に戻れ

元駐中国大使(元内閣外政審議室長) 谷野 作太郎

 いただいたテーマが「対中国外交の転換を求める」という大変大きなテーマ、それを短時間でお話しすることはなかなか難しいんですが、時計を見ながらお話ししたいと思います。鳩山先生のお話の中の「日中両国は国交正常化の原点に戻ろう」という点についてはお手元に配布されている資料の中に、同じテーマで私が書いたもの(谷野作太郎著・東洋経済新報社2017年刊『中国・アジア外交秘話』第5章の一部、「日中両国は45年前の関係正常化の原点に帰れ」32ページに要約を掲載)がありますのでここでは省略します。


日中関係の現状確認が前提

 今の、鳩山先生からのお話は多くの点で共鳴いたしますので、ダブらない範囲でお話ししたいと思います。
 まずは皆さま方と今日の日中関係の状況、中日関係の状況を確認いたしたいと思います。

 第1は、すでにお話もありましたが、来年、両国は正常化を成し遂げてから50周年という節目の年を迎えます。それにしては北京においても、東京においても全くこれに向けての盛り上がりがない状況で非常に残念です。しかし、その来年をどのように迎えるかということは、両国の将来にとって大変重要だと思うんです。

 第2点は、その来年ですが、中国においては党大会があります。そこでおそらく習近平さんが次の任期、第3期目に入るということになると言われております。他方、日本においても新しい政権が生まれました。この二つの政権が、50周年を踏まえて、これからの両国関係をどうするのか。何とかそれまでに両国の首脳会談が実現すればよいのですが。

 3点目は、中国のGDPがどんどん伸びていく。いずれ米国を抜くと言われています。ところが日本のGDPは勢いがないという状況です。世界における比率が小さくなっていく。日本の一人当たりのGDPがだんだん他の国に追い越されるという状況です(購買力平価換算では今や世界の第30位)。

 そういうなかで、しかし何を申し上げたいかというと、「まだ間に合う」ということです。今のうちに、先ほど鳩山先生から「日中の正常化の原点に返れ」というお話がありましたけど、そういうことも含めてまだ間に合う今のうちに日本と中国の間に改めてしっかりした新たな土台づくり、政治、経済の関係をつくるべき時期だと思います。これが来年にかけての両国にとっての大きな課題だというふうに私は思っております。

 要は、中国から見て頼りがいがある、信頼される日本をつくり上げていかなければいけない。

日本を信頼できる頼りがいがある国にもう一回つくり上げる

 そういうお話になりますといろんな面があります。
 例えば、日本の優れた先端技術、グリーンテクノロジー、イノベーションに長けたところ。もっとも近年、そこが危うくなってきているという面はありますが、それでもいろいろありますね。省エネ技術、水素を利用する技術、医療技術等々。残念ながらしかし、それですらここへきて中国にどんどん後れを取っている。博士号の論文の数がよく話題になりますけど、大変な差をつけられておる状況であります。それでも岸田首相の所信表明にもあり、かねてから政府が言っていることなんですが、「技術立国」ということをおっしゃっている。

 私はそういう面も含めて日本を、中国から見て信頼できる、頼りがいがある国にもう一回つくり上げることが必要だと思います。

 私は実は、岸田首相がバイデンさんに第一番に電話をされるのはいいが、けれどもその他の外国の首脳方と次々と電話をされる中で、なぜ中国に電話をされないのかと思っておりました。そしたら、昨日(8日)の4時に両国の首脳が電話会談をやったようであります。私は大変良かったと思っています。

 昨日というのは、実は中華人民共和国の建国記念日、国慶節の休暇の明けた日なんですね。ということは、中国の関係者は休みも返上して会談に向けての準備を進めておったということですね。どういうやり取りがあったか新聞に出ておりますから繰り返しませんが、国慶節の休み中、中国の関係者は休暇を返上して準備し、習近平さんの決裁ももらって首脳会談、電話会談に臨んだ。東京の中国大使館も一生懸命仕事をしたようです。やはり今の両国関係を何とかしたいということでしょう。

「小異を残して大同につく」

 さて、そこでそういうことを申し上げた上で、先ほどの鳩山先生のお話にもあった、日中関係、中日関係を律するガイドラインということについてです。故周恩来総理が繰り返し言っていたのは、「両国関係は大同につく、小異を残しつつ大同につく」ということでありました。

 しかし、どうもここのところ日中関係は違った方向に行っている。「小異」は日中関係にもいろいろとある。しかし最近は、それを双方でいじくり回して、「大異」にしてしまって盛り上がる傾向が気になります。その背景には心ない人たち(一部の政治家、評論家)、そして少なからぬメディア、そうした人たちが煽り立てる。本来、小異であることを大異に持っていく。そして日中双方の国民はカリカリする。まことに残念な状況であります。メディアでは、北京や上海の日本の特派員たちが「よい話」を送ってきても、本社のデスクが握りつぶす。逆の話こそもっと送ってこいと言うんだそうです。

 実は「小異を捨てて、大同につく」という言い方をする人が日本には多くいます。しかし、そんな中国語はありません。「求大同、存小異」――「小異は残す」んです。残して、これを管理して、用心深くこれに対応しながら「大同につく」ということです。小異を捨てたうえで大同につくという中国語はないということは確認しておきたいと思います。
 また、最近の言葉でいえば、「戦略的互恵関係」と日中関係。そういうなかで、例えばグリーンテクノロジーでの協力はやっぱり「互恵」ということになると思います。グリーンエネルギー、グリーンテクノロジーの開発。

 中国は不動産投資で失敗した。しかし、最近、その方向性を変えて、グリーンテクノロジーに向けて大きく関心をもっている。カーボンニュートラル、しかし、これには大変な大きな資金がいる。それで、それに向けて、グリーンボンド、そういう債券を発行するという話もあります。

 中国のある権威ある学者によればカーボンニュートラル達成目標の2060年までに最大46・6超ドルの投資が必要だとか。ということは毎年1・2兆ドルの金が必要だということになります。日本は技術の面でお手伝いができると思いますけど、足らざる面はこういう資金の面で中国のお手伝いをすることは可能かもしれない。グリーンボンドの利回りがどれくらいかによりますが、日本の企業は、ジャブジャブ金をため込んでいるらしいから。個人資産もしかりです。

経済は相互関係、「互恵」を堅持する

 両国間には領土の問題もある、安全保障の面もある。しかし、日中関係はそれだけではないということを鳩山先生もおっしゃった。

 日中の経済は相互関係です。経済の面では日中両国は引き続き最大の関係です。日本の経済界に話を聞くと、今後めざすべき市場はやっぱり引き続き中国で、しかも、今もかなり利益が出ている。だから今後の大きな市場、引き続きめざすべきは中国だと。投資の面でも収益率が非常に高い。

 とすれば、なぜ、今日のようなこうした寒々とした日中関係のなかで、日本の経済界はもっと声を上げないのか。日中関係だけではありません。今日のテーマではありませんが、日韓関係においても日本の経済界がなぜもっと大きな声を上げないのかと、私は思っておるわけであります。例えば、日本で店頭に並んでいる4Kテレビ、あれなど韓国の協力なしにはできないらしいです。ところが悪化する日韓関係のなかで、「制裁」だといって突如「化学材3品目」の対韓輸出を制限する方向に走った。日韓も「互恵」、お互いに協力する、北朝鮮問題への対応ということもあるでしょうに。

 最近の例では岸田さんがおっしゃっている「成長と発展の好循環」、あるいは「中間層を厚くする」。習近平さんも同じようなことを言いだしましたね、「共同富裕」。だから、お二人で首脳会談の折に、役人の作ったペーパーを読み合うだけでなく、余人を交えず、膝を交えてそれに向けた戦略を話し合う。悩みを分かち合う。そんななかで日中関係をどうするか、思いの丈を述べ合ったらいいと思いますね。人間関係はそうやってつくっていくものです。そういう機会があればと望んでいます。

 昔、経済企画庁長官もやられた宮崎勇さんは、これと同じテーマで朱鎔基首相とそれぞれの哲学、考え、悩みを打ち明けながら話をしておられた。そうしたことを宮崎先生から伺ったことがあります。

中国のTPP参加申請はチャンスになる

 今、「中国封じ込め」に向けての同盟、戦略同盟みたいなものができている。例えばQuad(クアッド)。その中にインドも入っていますね。これなどは表に向かっては、われわれのめざすところは「中国排除」じゃなくて、志を同じくする国々で、公正で、効率性・透明性の高い市場の形成に向けて協力することだと。必ずしも中国に対抗する戦略同盟ではないと説明すべきです。

 最後、これは丸川先生からもお話があると思いますが、TPPへの参加。中国の主な思惑は「台湾排除」ということなのでしょうが、それにしても、「いろいろハードルが高いよ」「とてもとても無理だよ」と、政府補助金の問題等々を挙げて、とにかく「ダメ、ダメ」という論調が強過ぎますね。

 しかし私は、ここは逆手にとったらいいと思う。「結構ですね。それに向かって努力してください。応援しますよ」と。「ダメ、ダメ」と言わずに。もちろんその際、中国からの要求に屈して、今のTPPのスタンダードを緩くするということがあってはなりません。

 昔(2001年)中国がWTOに入るときに、朱鎔基首相は、「WTOに入って中国経済を鍛えるんだ」と言って、大いに情熱を持って多くの困難を乗り越えて加盟を実現した。その間、日本政府もずいぶん助け、朱鎔基さんは、後々までこのことを感謝していました。その結果、国際社会も中国経済に信を置くようになり、投資も急速に増え、今日までの目覚ましい経済発展に結びついたということがあります。今、中国に同じような人がどれほどいるか分かりませんが、例えば劉鶴さん(副首相)とか、周小川さん(元人民銀行総裁)とかは革新派、改革派だそうで、この人たちはTPP参加に真面目な意味で熱心だそうです。中国で意欲ある人たちを元気づけるためにも「ダメ、ダメ」と初めから門を閉ざさないで、「どうぞ、やってみたらどうですか」というふうに日本から言うように論調を変えたらどうかと思います。中国経済が、より国際社会のスタンダードに近づくことは、世界の利益でもあるわけですから。

 私はここで、北朝鮮と韓国が国連にダブル加盟したことを思い出すんですね。TPPでは、ハードルの高い低いという意味では台湾の方がよほど低い。だけど私は、可能ならば中国が本気になって国内改革に取り組んだ上で、2年なら2年と期限を区切ってもいい、そのなかで台湾と両方入るのがいいかなと思っているんです。「ダメ、ダメ」とケチをつけて中国を貶めて、それで元気になる、そこから偏狭な民族主義的な風潮が広がるのは危険だと、私はそう思います。

 アジア開発銀行やWTOに入っているんですよ、中国も台湾も。台湾は独立の関税地域として。TPPも参加する資格は国じゃない、国でなくていいのです。台湾を含めて中国と両方が加盟できればいいなあと思っています。昔、誰もが想像しなかった南北朝鮮が国連に同時加盟したことがありましたね。本命は米国ですが、米国は残念ながら今のところちょっと無理でしょうね。

補足発言 「4点の提言」

中国の発展が国際社会から祝福されるものであってほしい

 今日は久しぶりに鳩山先生ご夫妻にお会いしました。私が在勤時代、インドにお越しいただいたことを今でも懐かしく思い出します。また、西原先生にはご高齢にかかわらず、いつもの堂々としたお声に再び触れて大変、勇気と元気をいただきました。ありがとうございました。
 4点だけ、箇条書き的になるのですが申し述べます。

 一つ目は、中国の発展について。日本も国際社会も中国の発展自体は前向きにとらえ慶賀すべきことだと考えます。これは祝福されるべきことであり、日本にとっても世界にとっても利益でもあるということ、そういうメッセージをもっと発してゆけばよいと思う。
 ただしその場合に、その発展の道筋がやはり国際社会から祝福され支持されるようなものであってほしい、という但し書き付きであり、この点こそ大事です。

 鳩山先生が正常化の原点に戻れとおっしゃった中に、例えば、日中両方はアジア太平洋で覇権を求めないという大切な約束があります。他方、例えば南シナ海の問題、あそこは日本のタンカーが毎日行き来しているわけです。いわば日本にとっての生命線なんです。そこに軍事基地めいたものをどんどん造られる。そして、南シナ海全域を内海とする。そして、「日本は部外者だから口を出すな!」と。これはやはりよくないですよ。あの国際仲裁裁判所の判決も、あんなものは「紙くず」だと言って相手にしない。これでは国際社会の信というものを失うばかりです。

 発展は支持する。結構なことです。しかし、それへの道筋は国際社会の理解と支持、これを勝ち取るものでなければならないということは言っていかなければならないというのが第一点です。

日本の若者への近現代史教育が大事

 第2点は「歴史」の問題であります。ここで主要なテーマは、もはや「謝罪」ではないと思うんです。これは、日本は散々やってきた。

 その前に、日本の若者の歴史教育の重要性について。こういう話があるんです。ある先生が日本の学生に、「かつて日本はアメリカと戦争したんだぞ」と話した。そしたら、「へー、先生、知らなかった」。そうすると別の生徒がおずおずと手を挙げて「先生、それで一体どっちが勝ったんですか」と聞いた。皆さんお笑いになるでしょう。ところが私が、例えば入社式とか入学式なんかでこの話をすると、皆、シーンとして笑い声は聞こえない。皆さんのような年代になると大笑いになるのですが。今の若い人たち、気味が悪いですよ。

 ましてや日本は、かつて中国と戦争をして大変な物的・精神的損害と苦痛を与えた。しかし戦後、その中国は日本からの「賠償」を求めなかったということは、今の日本の若者の知識の外かもしれません。一方、中国や韓国の若者たちは、近現代の歴史ばかりを勉強している。他方、日本側は「マゴフミ(孫文)って誰のこと」とか、「パールハーバーって日本のどこの湾のこと」では、大事な彼我の間の若者同士の対話が成り立ちません。

 この話の大学は西原先生の早稲田大学ではありません、何と、東京大学なんです。これは事実。何も、中国の、あるいは韓国の、国定の歴史観に一から十まで合わせようという話ではありません。あれはあれで偏ったところがありますから。しかし、若者への特に近現代史教育、これが日本ではおろそかになっていると思います。

 私はそういうなかで、入学試験に日本の近現代史を出したらどうだと、そうしたら学生も一生懸命勉強するだろうと言ったことがあります。そうしたら、これも事実なんですよ、ある著名な大学がそれをやったら、その大学のOBから、「とんでもないことをするな、やめとけ、いらざることだ」と言われたという話が伝わってきました。びっくりしましたね。

「過去」に向き合い将来を誤らない

 第3点は「歴史」ですが、この近現代の歴史にどう向き合うかということであります。さっきちょっと口にした「謝罪」ということはもはや主題ではない。これは日本はいろんな機会にやってきた。要は、過去のあの不幸な歴史に、その事実にキチッと勇気を持って向き合う、そして将来に向けて誤りがなきように、そこから教訓をくみ取っていくということこそが大事だと思うのです。これは、「自虐」でも何でもありません。

 西原先生がおっしゃったように、まさにドイツはそれをやってきたんですね。ワイツゼッカー元大統領の有名な歴史についてのスピーチがあります。「過去に目を閉じるものは現在にも盲目となる」というような話だったか。あれは長文ですけれども、あの中にナチスの蛮行についての謝罪は一切ないんです。ただ繰り返し言っていることは、われわれ今の世代の責任は過去のあの忌まわしい歴史を過不足なく伝えていくことだと。そしてそれをドイツの若者にやっているんです。

 アウシュビッツなんかには、ドイツの若者たちが今でも勤労奉仕に行っているようです。また、ドイツには至るところに慰霊の記念碑がある。そういうことであの「過去」を伝えている。このことがドイツと日本との大きな差となっている。ベルリンにいらっしゃったことありますか? 日本で言えば銀座のど真ん中みたいなところに大きな石を並べ立てた慰霊の広場があります。これが3点目。

 日本でそうした過去の「歴史」を誤りなく伝えていくのが今の世代の責任であるとおっしゃっている日本人の一人はどなただと思いますか? 平成時代の天皇陛下、今の上皇陛下です。平成時代のお誕生日の際のメッセージを読んでご覧になると、ことあるごとにそのことをおっしゃっている。

 第4点目、これで最後ですけれども、その「歴史」をひん曲げて、ひどい時にはそれらを正面から否定して、そうすることで元気をもらう、「日本の民族としての誇りを取り戻そう」と。そういう人たちがいらっしゃる。

 しかし、そういう所作、風潮が、第三国、例えばアメリカ、アジアから見た場合に、こういう人たちが取り戻そうとしている「日本の民族の誇り」というものを実は最も深いところで傷つける結果になっていると思うのです。昨年末、突然亡くなった、私の友人のエズラ・ヴォーゲル教授(ハーバード大学)も、よくそのように言っていました。このことをぜひとも分かってほしいと思います。

 繰り返しますけれども、今や大事なのは、「謝罪」ではなくて、あの「歴史」をきちっと勇気を持ってこれに向き合う。そして将来に誤りなきよう、そこから教訓をくみ取っていく。これは西原先生のお話に通じるものですが、そういうことを申し上げたいと思ってこの場に立たせていただきました。