コロナ・豪雨災害・貧困 命を守る政治は緊急の課題だ

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世界的な歴史の転換期を確信させられた夏

『日本の進路』編集部

 この夏、全世界的に猛威を振るう新型コロナウイルス感染症のパンデミック、これまた全世界に広がる異常気象で、大水害、大森林火災など未曽有の災害が続出。世界的に、これも限度を超えた貧困と格差の想像を絶する広がり。わが国も例外でない。
 世界の在りよう、経済や社会の歴史的な転換が避けられないとの認識が世界的に急速に広まっている。人によっては、資本主義的な生産様式が限界にきた「社会革命」の時代だと言う。わが国でいえば、明治維新以来の「近代化の日本」が限界に。

 菅政権と自民党にはもはや対処能力が失われたかのようで「政権崩壊」だ。
 貧困層を中心に深刻な事態にさらされる国民の命を守る抜本的対処が政府や自治体に求められる。同時に、次の時代の経済と社会の在りよう、新しい政治の準備が不可欠だ。緊急の闘いを強化するとともに、戦略的な闘いを強めなくてはならない秋だ。

誰一人の命も失わせない

 菅首相は8月17日、「緊急事態宣言」の地域拡大と期限延長を決めて記者会見。「医療体制の確保。まずは、急増している自宅で療養される方への対応」と語った。
 「医療体制の確保」は、自宅療養ならざる「自宅放置」、実質的な命の「選別」だ。1年半も体制整備の時間があったにもかかわらず、無策の結果、残念な心痛む死者が相次ぐ。
 同じ日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会に参加する経済学者らが、「医療体制の抜本的な強化」を求め、「確保病床など重症者の受け入れ能力を2倍以上、できれば3倍」を提言した。1年半もたって今頃こんな提言だからあきれるが、当然な提案だ。
 翌18日、日経新聞は社説で、「宣言の連発だけでは感染は抑えられない。政府は急増する患者の重症化を食い止め、命を確実に救うことを優先すべき」と主張。具体的に「国立病院機構が運営する全国140病院の総病床数は5万を超えるが、コロナ患者向けに確保した病床数は約1800にとどまる。地域医療機能推進機構(理事長は尾身茂氏)が束ねる57の公的病院でも、コロナ病床の比率は全体の約6%と低い」と指摘。
 国立病院機構や地域医療機能推進機構の対応は、政府が決断すればできる。日本医師会会長も、「臨時の医療施設を整備」を求めた。中国の武漢に学んではどうか。
 感染のテンポを抑える「緊急事態宣言」のような措置も必要だ。だが、実効あるものにするには、完全な補償が不可欠だ。東京都や沖縄県などは、今年のほぼ全期間が「宣言」か「蔓延防止措置」だ。経済活動が大幅に制限されて、零細な商工業者やそこで働く人が悲鳴を上げるのは当然だ。自殺者が、とくに女性を中心に増え続けている。思い切った対策が必要だ。低・無所得者にせめて何十万円かの給付金が急がれる。必要な財政は昨年度予算の使い残し30兆円はじめいくらでもある。国民の命を守るためには使って当然だ。

コロナ死の多寡決める格差

 コロナ感染症はあっという間に全世界に広がり、ウイルスは変異を重ね、それがまたたちどころに全世界に広がる。このパンデミックが、世界的な人・モノの活発な交流、経済の極端なまでのグローバル化の産物であることは論を俟たない。
 しかも同時に、このグローバル経済が、世界的な貧富の格差を急激に拡大し、膨大な貧困を生み出したことも周知の事実だ。コロナ禍はそれを加速している。
 感染症対策で期待されているワクチンだが、全世界で接種完了した人の割合は23・7%、「先進国」ではアメリカが51・7%だが、アフガニスタンはわずか0・6%といった具合のひどい格差だ(8月17日現在)。全世界の人びとにワクチンを届けない限り、グローバル化した世界ではどの国もコロナウイルス感染から逃れられない。文字通り世界的な対策が必要だが、それどころでない貧困にあえぐ国が多く、必要な財源がない。
 大儲けしてきた米欧巨大製薬資本は所有権を停止し、ワクチンが世界中の人びとに行き渡るよう開放すべきだ。「先進国」政府は必要な資金を出さなくてはならない。
 そうした根本的な、世界史を転換させるような抜本対策、利益一辺倒でない世界が必要なことをコロナウイルスは人類に教えている。世界的な格差問題を解決することと結びつけてしかコロナ感染症を抑えることは困難なのだ。
 それは「先進国」の内部でも同様だ。イギリスの「エコノミスト」誌が注目すべき論文を掲載した(7月31日、「コロナ死の多寡 決める格差」)。
 「研究者らは(コロナ)死者数の地域的ばらつきの謎を解く『魔法の』変数解明に近づきつつある。それは一般的に関係があると考えられている要因が必ずしも関係しているとは限らない。それは経済状況に関連している。現時点で最も有力なのは所得の格差だ。所得格差が小さい北欧諸国では、新型コロナの人口当たりの死者数が欧州全体を下回っている。ジニ係数が0・29のフランスは、0・34の英国より(死者数が平年に比べどの程度多いかを示す)超過死亡が格段に少ない。一方で、格差が著しく大きい米ニューヨーク州では、新型コロナの死者数もずばぬけて多い」といった論旨だ。
 「先進国」でも貧困と格差をなくすことが、感染症に対処する人類の未来に不可欠なことも明らかになってきた。それなしには人類は共倒れだ。

気候変動も限界。工業化からの転換が求められる

 グテーレス国連事務総長が「これは人類に対する厳戒警報だ」と言う、「国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第6次評価報告書が出された。そこでは「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことは疑う余地がない」と断定した。
 温暖化対策の「パリ協定」は、産業革命前に比べて、気温の上昇幅を2度未満、できれば1・5度に抑えることを目標にしていたが、世界の平均気温はすでに1度上昇。1・5度の目標達成は困難な状況だ。
 地球環境は不可逆的なところにきている。気温上昇が1・5度を超えて2度になると、人間が住むほとんどの地域で極端な高温が増え、干ばつの確率が上昇、世界の食料生産量の低下につながる。国連防災機関は「干ばつは次のパンデミックになりつつある」と指摘する。
 産業革命以来の「工業化」で温暖化は限界、人類の存続可能性が問われている。各国政府、企業家団体は「持続可能な資本主義」を言わざるを得ない。だが、企業家の利益優先の各国政府に可能か。
 菅政権も、気候変動サミットで「温室効果ガスの30年、46%削減目標」を公約した。だが、製造業大企業の利益を守ろうとすれば、原発を使ってでも電力を確保する以外にない。経団連はそれを強く望んでいる。しかし、それでは「原発廃止」を求める国民大多数の理解は得られず、総選挙も危うい。政府は立ち往生だ。目前の電力供給は、CO2を大量発生させる旧式の石炭火力の再稼働だ。
 企業利益第一ではなく、どうして国民の命第一にならないのか。経団連や輸出大企業の顔色をうかがわなくてはならない政権では、温暖化対策は不可能だ。
 国民の、人類の生存・生命最優先へ、根本的転換なしにこの危機は越えられない。
 熱海の土石流災害、8月に続いた豪雨災害。企業利益優先の「国土強靱化」ではなく、「命を守る流域治水」への転換が求められる。

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