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[コロナ危機どう闘うか] 苦境の今こそ、『国家を超えた連帯』への好機

社会学者 大澤真幸さんに聞く

 「苦境の今こそ、21世紀最大の課題である『国家を超えた連帯』を実現させるチャンスだ」と喝破される大澤真幸さんに伺った。見出しを含めて文責編集部

グローバル資本主義の負の産物

——大澤真幸さんは、感染症のパンデミック、コロナ・ショックと言われるような状況を、「『グローバル資本主義』という社会システムの負の側面が顕在化した」と捉えておられます。ここが現状認識として最も重要なところだと思います。

 「資本主義は、貨幣(マネー)と商品と人間をグローバル化し、それらを、国境を越えて運動させます。これら三つの中で、最も速いのが貨幣で、最も遅いのが人間です。人間は、貨幣や商品に引っ張られるようにして、国境を越えていきます。ということは何を意味するかというと、資本主義の下では、人間は、他者に対する自然な関心やコミュニケーションへの欲求によって移動した場合よりもずっと速く、広く拡散していく、ということです。もっとわかりやすく言えば、資本の利益に駆り立てられているとき、人間は、異常に速く、世界の隅々にまで移動していくのです。このことが、新型コロナウイルスの拡散がたいへん速かった原因になっています。14世紀のペストがユーラシア大陸の全体に広がったように、資本主義など未発達でも感染症は流行するのですが、今回のウイルスが瞬く間に世界中に行き渡ったのは、明らかに、私たちがグローバル資本主義の時代を生きているからです。もっと具体的に言えば、中国共産党の『一帯一路』の構想で、中国とヨーロッパのつながりが強くなっていたことが、アダになったと推測されます」

——人類の活動が地球環境を変える時代(=人新世)の問題だというわけですね。

 「今回のウイルス禍は、それだけを単体で見るべきではなく、人新世というコンテクストで考えないといけません。資本主義による開発が進み、人間が野生動物の世界に進出したことの結果です。新型コロナの出現を、百年に一度のまれな出来事のように思っている人が多いですが、振り返ってみると、この20年間で、SARS、MERS、そして今回のCOVID-19と、非常に高い頻度で新型ウイルスが生まれています。地球が人新世の時代にますます深入りしてきたからです。今後、新型ウイルスの発生頻度は、もっと高まると考えなくてはなりません」

格差の放置が感染症危機をより深刻なものに

——「封じ込め」の感染症対策が必要で、各国それぞれのやり方で対処しています。大澤さんは、その結果、さまざまな矛盾が噴出するとみておられます。

 「今後、いやすでに、国内的な、あるいは国際的な経済的な格差という問題が、感染症の問題と結びついて出てきています。簡単に言えば、下層の者ほど感染しやすくなる、ということです。下層の労働者はたいてい、自分の家に閉じこもっているわけにはいかないからです。在宅で仕事ができる下層の労働者はほとんどいません。
 ただ下層の労働者に多数の感染者がいれば、富裕層も完全には安全ではありません。結局、格差の問題を放置してきたことが、感染症の危機をより深刻なものにしているわけです。
 現在、すでに『封じ込め』では対応しきれない崩壊が世界で進みつつあります。医療システムの崩壊、経済システムの崩壊、そして人々のメンタル面の崩壊です」

——メンタル面の崩壊とは?

 弱者を優先的に救済するという原理が、これまでもしばしば蹂躙されてきた、ということは確かです。ただ、これまでは、そのようなことが行われたとき、人はそれを倫理的に責めることができました。しかし今回は、医療関係者が苦渋の決断として、弱者や高齢者を犠牲にしたとしても、それを人は責めることができない。むしろ、正しい選択だったと認めざるを得ない。しかし、それでも――いやそれだからこそ――倫理の基礎がますます危うくなるわけです」

アメリカについていく国はどこにもいなくなる――日本を除いて

——国際政治にどんな影響を与えると考えたらよいでしょうか。

 「アメリカも中国も、基本的には〝自国ファースト〟で行動しています。が、どちらがより悪いかといえば、明らかにアメリカです。中国は、自国の国際的な影響力を高めるためにも、対コロナの戦いの中で、他国を助けようとしています。
 アメリカはもっと露骨で、愚かだと言わざるを得ません。少しばかり気に入らないことがあるからといって、こんなときに世界保健機関への援助を削減するのは、誰が見ても非合理です。また、アメリカは、新型コロナウイルスの危機がヨーロッパで勃発したとき、そして自国にはまだそれほど危機がないと高をくくっていたときにも、歴史的に見て最も親密であってよいはずのヨーロッパにほんのわずかの援助の手も差し伸べませんでした。こうした行動によって、アメリカは、世界中に向けて大声で、誰とも友好的な関係を築きたくはない、と叫んでいるようなものです。
 トランプ大統領は、『アメリカを再び偉大にする』と言い続けてきたわけですが、こうした行動は圧倒的に逆効果です。コロナの問題がある程度収まってきたとき、今後、アメリカについていく国は――日本を除いて――どこにもいなくなるでしょう。アメリカが、いざというとき、友さえも見捨てることを知ってしまったからです。
 かつては、例えば2008年の金融危機のときとか、2014年のエボラ出血熱が流行したときには、アメリカが指導的な役割を担って、国際協調の枠組みをつくりました。今回は、そうはならないでしょう。だからといって、中国がリーダーシップをとることができるとも思えませんが……。
 『国家を超えた連帯』が必要だということを私は言っているわけですが、実際のところは、今までになく、そうしたことが困難にもなっているのです。そうした連帯の触媒になるような指導的な役割を果たす者がどこにもいないのですから」

国民国家や資本の利益を超えて協調する体制の必要さを理解する時代に

——では最後に、大澤さんが「21世紀最大の課題である『国家を超えた連帯』」とおっしゃられているところをお伺いします。

 「本当は、現在、国民国家の利己主義の前に、資本の利己主義があります。現在の巨大資本は、かつての国民的大企業とは違って、必ずしも、国民国家に対して強い忠誠心をもってはいません。ただ、国家の方が、自国に根をもつ資本の収益を、主として、自分の方に差し向けさせようと努力している、というのが今日の状況です。
 いずれにせよ、今回のコロナ問題を通じて、人々はごく単純に理解したはずです。感染症から人間の命を守るという課題は、国家や資本の利己主義に従っていては、決して解決できないということ、をです。ただし、人々がそう理解しただけでは、『国家を超えた連帯』ということは、実質的なものにはなりません。それに見合った制度が必要です。
 少なくとも人は、感染症対策のための民主的な国際協調の組織が必要なことを学んだはずです。今日のビッグデータの解析能力をもってすれば、感染症が広がり始めれば、すぐにそれを検知することはできます。そうして得た情報を、ただちに共有することができれば、感染症がグローバルに広がる前に、抑え込むことができます。こうしたことが可能なためには、しかし、国民国家や資本の利益を超えて協調する体制ができていなければならない。そうした体制の必要については、少なくとも人は、今回のコロナ禍を通じて理解するでしょう。
 だから、最初は感染症に特化して、国際協調の体制を築けばよいでしょう。WHOの権限を強化するなどの方法によって、です。そして、この体制の機能を、少しずつ拡張し、一般化していけばよいのです。たとえば、今日のEUは、もともと、石炭の共同管理のための組織から始まっています。EUがうまくいっているとはとうてい言えないわけですが、いずれにせよ、石炭の共同管理からどんどん拡大し、今では、ある程度の政治的なまとまりや共通の通貨をもつまでになりました。同じように、感染症対策の組織の機能を拡張し、経済や政治や文化の領域をも包摂するようにしていくのです。最終的な目標は、世界共和国です」