自民党総裁選――そこに見る自民支持層・保守層の動向

安倍政権の終わりを対米従属の終わりにしなくてはならない

本誌編集長 山本正治

 自民党総裁選は安倍3選で政権継続となった。
 安倍首相は自民党の信任を受けたと、秋の臨時国会に憲法改正の自民党案を提出すると前のめりである。しかし、そんな基盤は自民党内にも、保守層内にもない。安倍政権の政権運営は容易でない。
 新たな金融・経済危機が切迫したといわれる世界で、第4次産業革命の技術覇権争奪は苛烈を極め、貿易戦争は米中間の「経済冷戦」となった。衰退するアメリカは中国を抑え込もうと戦時を想定するような総力体制である。従属国日本に経済や軍事、技術革新などさまざまな方面で要求と圧力を強めている。
 国の進路が厳しく問われ、対米追随の日米同盟強化路線を見直すべきだとの声が保守層の中でも高まっている。「ポチ」でない、しっかりと自主・平和の国の進路を定める重要な趨勢である。

 5派閥から支持を受けた安倍首相だったが、国会議員票でも30票近くが石破氏に流れるなど思う通りにならなかった。全国の党員投票では、派閥と業界団体などの締め付けにもかかわらず党員票の45%が石破氏に流れた。名義貸しも多いといわれるが、自民党107万党員のうち40%近くが投票せず、安倍首相への投票はわずか35万票、全党員の33%が支持したにすぎないのである。安倍政権は自民党員からすら支持されていない。
 国の独立にも関心が深い自民党支持層・保守層の動向は、日本の自主平和をめざす上で重要である。安倍政権は、それほど嫌われているのだ。
 ところで自民党は昨年10月の衆院総選挙で281人を当選させ、衆院議席の60%を握った。しかし、それは1億609万人有権者のうちの1885万票で、全有権者のわずか17・4%の支持を受けたにすぎないのである(絶対得票率)。
 全有権者の中での自民党の支持、その自民党の中での安倍支持、これが「安倍一強」などといわれる安倍政治の実態であり、選挙と議会制民主主義のなせる業である。自民党が他の政党を欺瞞し引き付け政権を維持している。公明党は長いし、今、日本維新の会が公然たる予備軍になっている。この状況を崩せぬ野党も弱さを露呈している。いずれにしても国民の要求と意思から相当に乖離しているのは間違いない。
 この総裁選は安倍政権の終わりの始まりであり、政治のいっそうの流動化は不可避である。

地方党員・保守層の怒り

 安倍首相の勝因は、「外交」と「アベノミクス」だといわれ、石破氏もそれへの根本的批判を手控えた。しかし、この総裁選のさなかにも安倍外交とアベノミクス見直しが避けがたい事態が相次いだ。だが総裁選は、日本をどうするか、国民をどうするか、政治に求められる核心に迫るものではなかった。安倍批判票を集めた石破氏だったが、踏み込んだ対案は示せなかった。
 「日本農業新聞」社説は、「地方の乱」と見出しをつけ地方の不満が反映したと特徴づけた。農民などを中心に疲弊する地方の保守層・自民党員の中にも、貧困と格差拡大のアベノミクス、安倍政治への不満は非常に強い。石破氏が一定の批判票を引き付けたのは間違いない。善戦と言ってもよいのかもしれない。
 「地方重視」を唱えた石破氏だが、農林水産業の強化発展の基本政策はなかった。そもそもかつて農相として、「品目横断的経営安定対策」という零細家族農切り捨ての大規模化政策を進めた張本人である。地方創生相としてもさしたる成果がなかったどころか、大都市集中を促進しただけだった。アメリカの要求に従い、かつわが国大企業の輸出第一の大枠の中での自民党農政の限界である。
 農林水産業を基礎に地域経済を再建し地方を豊かにする政治が求められる。それは国の基であり、独立の食料安全保障と国土保全の根幹にかかわることである。

北方領土を売り渡すのか

 ロシアのプーチン大統領は12日、「年内に日ロ平和条約締結」を呼びかけた。「戦後外交の総決算」を掲げ、外交成果、レガシーを焦る安倍政権が、領土主権で譲歩し北方4島返還を棚上げするのではないかとの危惧が保守層の中でも高まった。
 しかし、この国家主権の大問題が総裁選の争点となることはなかった。
 プーチン大統領が、領土で一方的に譲歩するはずはない。なによりも島を日本に返してそこにアメリカが対ロの前線軍事基地をつくることを恐れている。自民党にはアメリカの要求を拒否する手立てはない。
 敗戦後73年たっても首都を含む全土に米軍の駐留を許し、とりわけ沖縄を軍事植民地のように捨て置いて恥じない自民党の総裁選では国家主権問題は争点になり得ないのである。

朝鮮との緊張を解決する政治

 朝鮮の南北首脳会談が開催され、「民族の問題は民族自身が解決する原則」に沿って軍事的衝突回避と経済交流促進で画期的合意を達成した。植民地支配の過去を持ち戦後の南北分断にも大きな責任を持つわが国は、この合意を心から歓迎し実現のために奮闘しなくてはならない。
 もちろん今後について予断はできない。韓国は米韓軍事同盟に縛られてもいて、まだ紆余曲折は避けられない。アメリカは朝鮮戦争以来の朝鮮半島の分断と緊張をアジア戦略の中で最大限に利用してきた。今も対中戦略のなかで朝鮮半島情勢をコントロールしようとしている。朝鮮半島と東アジアの平和のためにはアメリカのアジア戦略との闘いが必要である。
 わが国にとっても責任は大きく、決してよそごとではない。
 しかし総裁選では朝鮮政策も通り一遍に済まされた。安倍首相は最重要課題と言ってきた拉致問題についても言い逃れに終始した。石破氏は、「東京とピョンヤンに連絡事務所設置」を提起した。それ自体は結構なことだ。しかし、自主外交を確立し、植民地支配のしっかりとした清算の上に即時国交正常化をめざす基本姿勢がなくては一切が進まず、拉致問題は解決できない。経済制裁を含む敵視政策を続ける限り、朝鮮の核・ミサイルが在日米軍基地を狙い続けることにどうして異議を唱えることができるであろうか。国交正常化の自主外交だけが打開の道である。

トランプ大統領の最後通牒

 トランプ大統領は総裁選の直前に、「(通商問題で)どのくらい(対価を)払わないといけないか⽇本に伝えた途端、当然(安倍首相との良好な関係は)終わるだろう」と通商問題で最後通牒を突き付けた。自動車と農畜産物などでの大幅な譲歩と経済主権も奪う日米自由貿易協定を狙っている。安倍首相が親密な関係を誇ってきたトランプ大統領からのいわば宣戦布告である。
 ところがこの問題も総裁選では全く争点とはならなかった。
 アメリカは安全保障問題をからめて譲歩を迫っている。トランプ大統領は、安倍首相との日米首脳会談の直前に「軍事と貿易を議論する。アメリカは日本をかなり助けてきた。もっと互恵的な関係を望みたい。良い結果を出す!」と宣言していた。
 安倍政権は国民向けに欺瞞することはあっても、残念ながらトランプの圧力をはね返すことは不可能である。
 毅然と拒否し、アメリカ依存でない、国民生活のための内需拡大と、発展する中国・アジアとの共生の自主的な国民経済の確立が求められる。

アメリカ一辺倒でない国の進路

 対中国関係こそ対米関係と表裏一体のわが国外交の最大の課題である。平和友好条約40周年の今年の総裁選だったが全く争点とはならなかった。自民党は戦後一貫してアメリカの対中国世界戦略に縛られている。しかも、安倍首相には対中国復讐心も根強い。
 アメリカの強引な干渉と圧迫に世界の中小国は連携を求めている。中国は、「一帯一路」政策を進め、友を求めている。GDPがわが国の3倍と強大化した中国だが、わが国には一緒にやれること、やらなくてはならないことはたくさんある。アジアはそれを望んでいる。アメリカ市場の困難さを見越して企業は中国シフトも強めている。
 アジアの経済連携こそわが国の展望である。アメリカ一辺倒でない国の進路が求められている。
 10月に安倍首相が訪中して平和友好条約40周年を記念し日中関係をさらに発展させるという。結構なことだ。しかし、「戦後外交の総決算」を掲げて、安倍政権であたかもアメリカ依存でない強い日本が実現するかの幻想もあおって政権を維持しようとする政治的意図も見え隠れする。自民党政権の欺瞞を許してはならない。
 「衣の下から鎧」という。南シナ海まで海上自衛隊を派遣し対潜水艦作戦を強行し、わざわざ発表して中国をけん制した。間もなく離島奪還の日米合同軍事演習も計画されている。生活苦にあえぐ国民をそっちのけで5兆円をはるかに超える大軍拡予算を組んで軍事態勢を強めようとしている。アメリカの戦略に沿って「左手で軍拡、右手で握手」では日中関係が安定するはずがない。
 「戦後外交の総決算」というのであれば、従属的な対米関係こそ総決算し、アジアをにらむ在日の米軍基地を一掃しなくてはならない。こうしてはじめて中国や韓国・朝鮮をはじめアジア諸国との関係を強め発展させることができる。

野党は国の進路に関心を払ってこそ幅広い支持が得られる

 野党各党は、中国外交などアジア外交を財界と自民党与党にほぼ任せきりである。日中関係の発展でも、対朝鮮外交でも、ほとんど自民党と変わらない。これではアジアの平和と経済関係発展に深い関心をもつ経済界を含む広範な国民、とりわけ中間層や保守層の支持を得ることはできない。
 この時期に、ある野党党首がアメリカに出かけサンダース氏と会談した。それは結構だが元米政府高官と会って、「⽇⽶安保に基づく同盟関係は⼤事で、深めていかなければ」と述べた。元高官は「野党第一党のこうした⽴場を歓迎する」と大喜びで応えたという。これは支持者をも裏切るもので民主党政権崩壊の歴史から何か学んでいるのだろうか、学んだとすれば逆の結論ではないか。
 沖縄をはじめ国民が求めているのは、自主的で対等な日米関係をめざし貫く、ポチでない、「もう一つの日本」をめざす努力である。
 安倍政権が行き詰まり、内外政治の中で対米従属政治そのものの限界が露呈している今、国の運命に責任を持つ勢力が求められている。総裁選を通じて自民党支持層、保守層が問うているのはそれであろう。

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