人口減少下における都市の舵取りとは

諸富 徹(京都大学)

人口減少は予測可能で、対応可能な「危機」

 最近、『人口減少時代の都市―成熟型のまちづくり』(中公新書)を上梓させていただいた。本書を執筆するに至った背景や問題意識のエッセンスを、この機会に述べさせていただくことにしたい。
 本書では、「コンパクトシティ」の考え方を改めて打ち出している。平たく言えば、都市機能を中心に集め、都市の凝集性を高める考え方だ。2030年以降の本格的な人口減少時代を前に、都市の質を高めるためにもコンパクト化を促進する政策が必要だ、というのが本書の重要なメッセージである。
 コンパクト化なき人口減少社会では、何が起きるのか。本書でも素描しておいたが、都市が拡散したまま人口減少だけが進行すれば、人口密度が低下し、空き家・空きビル・空き店舗が虫食い状に広がっていく(都市の「スポンジ化」現象)。そうなると、これら不動産の採算性が低下し、再投資が滞ることで廃墟化が進行していく。

 人口減少で、住民税や固定資産税の税収が低下するので、自治体もまた、投資余力を失う。そもそも現在のように、郊外に拡散した日本の都市で今後、老朽化が進行する社会資本を維持・更新するのは莫大な費用がかかる。人口減少が本格的に進めば、社会資本を現在の規模で維持すべきか否か、各自治体で真剣な議論が巻き起こらざるを得ない。
 急激な出生率の回復や、移民受け入れの大幅増がない限り、人口減少は必ずやってくる未来である。なすすべもなく人口減少局面を迎えて、こうした危機的事態に直面するのではなく、それがもたらす経済的・社会的インパクトをしっかり予測しながら、早めに手を打つことが肝要ではないだろうか。
 ある日、突然やってきて大災害を引き起こす自然現象とは異なり、人口減少はゆっくりと押し寄せてくるためにわれわれには十分、対応時間が残されている。人口減少時代にふさわしい都市政策/都市経営に打って出ることができれば、われわれはこれを、むしろ質の高い暮らしを営むチャンスとして手にすることができる。
 そうしたまちづくりを本書では「成熟型まちづくり」、そして、それを可能にする都市経営を「成熟型都市経営」と呼んでいる。実はこうしたまちづくりのヒントは、古今東西に見いだすことができる。われわれの先輩が手がけた戦前日本の都市経営から、先に人口減少社会を経験した欧州や北米の諸都市で試みられたさまざまな政策に至るまで、多くを学ぶことができる。つまりわれわれは決して、人類初の未体験ゾーンに突入しようとしているわけではない。
 むしろ懸念すべきは、変化が、確実ではあっても徐々にしかやってこないので、危機感がなかなか醸成されず、対応の先送りを重ねているうちに、気がついたら手遅れになってしまわないかという点にある。

未来を切り開くために「費用」から「投資」へ

 都市は、物的資本に関しては戦後営々と社会資本を整備してきたので、すでに高い水準で整備を完了しつつある。今後、人口減少局面で課題になってくるのは、①これらをどう維持していくのか/あるいは維持するのを諦めるのか、そして、②維持すると決めたなら、その財源をどのように捻出するのか、という点にある。この課題に柔軟な発想で取り組み、行動することが、成熟型都市経営の第1の要諦である。
 成熟型都市経営の第2の要諦は、人口減少時代にふさわしい、新しい投資を実行していくことである。われわれはこれまで、「投資」といえば物的資本への投資を念頭に置いてきた。しかし上述したように、物的な意味での資本ストックは、道路にせよ、下水道にせよ、公民館などの公共施設(「ハコモノ」)にせよ、十分整備されている。したがって物的な意味でのストックをこれ以上積み増す必要は、もはやない。むしろ重要なのは、これらのストックを活用してどのように生活水準を引き上げていくかである。この点では、人々のアイデアの有無が決定的に効いてくるし、それを実現するための人々の協力関係が事の成否を左右する。つまり、物的な投資よりも非物質的な投資、とりわけ「人」と「人間関係」への投資が、まちづくりの成否を大きく左右する時代になっていく。
 成熟型まちづくりにとって必要なのは、したがって人的資本、社会関係資本、そして自然資本への投資であり、今後積み増すべきは、これらの3つの非物質的な資本ストック水準にほかならない。なぜなら、人間(「人的資本」)、人間が織りなすつながり/ネットワーク(「社会関係資本」)、そして自然(「自然資本」)こそが、人口減少時代におけるまちづくりの成否を左右するからである。
 これらの新しい投資でストック水準を積み上げていくことができるならば、今度は、そのストックを最大限に活用してまちづくりを進めるための制度づくりが必要になる。この点でとりわけ重要なのは、「所有と利用の分離」だと筆者は考えている。所有と利用が切り離されずに密接に結び付いたままの社会では、所有が利用を縛ることになる。しかし、「所有者=その資源を最大限に活用して社会に幸福をもたらせる人」とは限らない。そうした意欲と能力をもった人々は、別の場所にいるかもしれない。所有権と利用権を分離できれば、所有権は元の所有者に保持されたまま、意欲と才能のある人々に、その資源(土地・不動産・その他、無形の権利)の活用を任せ、生産的に生かしてもらうことができるようになる。逆に所有と利用を分離できず、人口減少下で所有者不明の土地、不動産、山林が激増していけば、資産が有効活用されないまま放置される社会を迎えることになる。
 こうした問題は、人口増加/経済成長局面とまったく異なっている。かつて所有は、地価上昇を通じて富と所得をもたらす源泉だった。だが、今や土地・不動産・山林は「負動産」とも呼ばれるように、所得源どころか費用負担の源泉とみなされるようになっている。したがって、所有者がこれら資産に投資を続け、それを有効活用していく動機づけは著しく低下している。

「どう稼ぐか」視点の重要性

 「都市を経営すること」の重要性は、今に始まったことではない。しかし、その重要性が人口減少時代に、より高まっていくことは確実だ。人口減少時代の都市経営で重要になるのが、地域が自ら「どう稼ぐか」という視点である。
 強調したいのは、地域経済循環を創り出すことで地域の豊かさを実質的に高めることの重要性だ。自治体は、「都市経営」視点から経済活力を高めることで、税収/収入増を獲得する必要がある。
 では、その費用をどう賄うのか。補助金や地方交付税といった国への財政依存を強めてきた過去から脱却し、地域で自治体が事業収入(「税外収入」)を稼ぐ「日本版シュタットベルケ」構想を本書では提唱している。シュタットベルケとは、ドイツで19世紀末から創設され始め、今やドイツ全土900以上の都市に存在している「都市公社」とでも表現すべき企業組織である。エネルギー、交通、上下水道、廃棄物、インターネットなど、あらゆる生活関連インフラサービスを提供する公益企業でもある。
 シュタットベルケは、エネルギー事業で大きく稼ぎ、その収益で地域交通その他の公益事業の財源を捻出している。同時に、地域で所得と雇用を創り出す重要な主体ともなっている。近年は化石燃料ではなく、地域産の再生可能エネルギーで発電することで、域外流出していた化石燃料購入費を節約し、地域経済循環を促すことに貢献している。
 こう書いてくると、ドイツの仕組みを直輸入することを勧めていると読者は思われるかもしれない。しかし実は、日本にもこうした伝統がある。公益事業による独自財源創出の試みが、戦前から戦後にかけて行われていたのだ。戦前の関一大阪市長の交通や電力分野における公益企業経営に始まり、戦後の宮崎辰雄神戸市長の都市開発行政など、地方自治体が自由に使える自主財源確保に成功した事例をあまた挙げることができる。

コンパクト化と「まちづくり成果指標」としての固定資産税

 「どう稼ぐか」という視点で重要な第2のポイントは、固定資産税収入をいかに伸ばすかである。コンパクト化の重要性については上述のとおりだが、その実行は簡単ではない。郊外と中心部で利害が異なるからだ。郊外からすれば、「なぜ中心部にだけ投資が行われ、郊外は開発抑制となるのか、不公平だ」という不満が生じる。これが、日本でコンパクトシティ政策が失敗してきた一因だ。郊外の開発抑制ができず、中心部のみの開発となるが、民間の大型郊外ショッピングセンターとの競争に負け、中心部開発計画が破綻する、というのが典型的な失敗ストーリーである。
 こうした状況の中、コンパクト化へ向けて合意形成を図ることは可能なのか。一つの有力な回答は、「中心部への投資が税収の増加をもたらす」という点にあるように思われる。つまり、中心市街地への投資効果は地価の維持・上昇に現れる。その恩恵は、固定資産税・都市計画税の税収増加となって跳ね返ってくるのだ。
 コンパクト化で成果を収めている富山市を例にとってみよう。富山県全県の地価平均は25年間連続で下落しているが、富山市では15年以降、3年連続で地価が上昇、特に富山駅と市内電車環状線周辺地区では3%台、4%台の上昇となっている。この結果、固定資産税と都市計画税の税収は12年度比で約3億円の増加、率にして5%の増加となっている。
 市街化区域は、市全体の面積の5・8%を占めるにすぎないが、そこから両税の市総税収の75・1%もの税収が生み出されている。中心市街地への投資の成否は、地価の維持・上昇という形で現れ、固定資産税収の増加に反映される。つまり固定資産税収の増減は、まちづくりの成果指標とも解釈できるのだ。
 有名な香川県高松市の丸亀町商店街の再開発効果についても、同様のことが言える。再開発事業の総事業費は69億円、そのうち自己資金と銀行からの借入額はわずか3億3千万円にすぎず、大半は補助金や国の融資制度で賄われた。これは果たしてペイするのか、そして納税者に説明のつく投資なのか、疑問の生じるところだ。
 だが再開発が成功したことで、土地・不動産価値が上昇、固定資産税収は再開発前の約9倍に増加したという。これは、補助金を10年間で完全に償還できる水準である。それ以降は、永続的に増収効果が生まれる。
 中心市街地再開発への投資は、それが成功する限り、きわめて収益性の高い効果的な投資となり、市税の増収に寄与することで、その利益は広く市民一般に還元することが可能になる。こうした好循環を生み出すことが、コンパクト化の成果を可視化し、市民の合意形成を容易にする効果をもつと期待される。これは成熟都市時代の都市経営原理として、きわめて重要な視点だと思われる。

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