[名護市長選挙を受けて] 基地のない沖縄経済の夢を戦略的に示す

中国敵視ではなくアジアの平和交流こそ展望

伊波 洋一 参議院議員に聞く(文責、編集部)

 2月4日の名護市長選挙の結果については、渡具知武豊候補がかなりの票差で稲嶺進前市長に勝利したということで、大変大きなショックを全国の皆さんに与えたと思う。
 現地の皆さんも大変なショックを受けている。マスコミなど事前のさまざまな予測でも激戦であるとは伝えられていたが、これほどの票差がつくとは全く予想していなかった。
 今から振り返ると、やはり稲嶺陣営が相手を甘く見ていたのではないかという面がある。辺野古移設を争点にして、稲嶺市長がこの8年間、県民を引っ張る流れをつくり出して先頭に立ち続けていることに皆が自信を持っていた。市民中心、市民本位の市政をつくって沖縄県内の自治体としてもリードする立場でやってきたという自負もあった。 実績などを踏まえれば、負けるはずはないという予断が、結果として緩んだ選挙にしてしまったということがあると思う。
 一方、相手の渡具知候補は辺野古の「へ」の字も言わず封印した。公開討論会などを全て拒否し、街頭演説も避けて、イメージ戦略に徹した。前回は、中立という形で公明党県連が立場を保留し、多くの公明支持者は稲嶺側へ投票する流れがあった。今回は公明党沖縄県連と渡具知候補との間で政策協定が結ばれ、「沖縄海兵隊の県外、国外移転」を掲げた。公明党沖縄県連は基本的には辺野古移設反対の立場をいまだに一応標榜している。こうして辺野古問題を争点化させない流れをうまくつくり上げられてしまった。
 選挙ではどちらかというと実績の問題ではなくて、これから何をやるかということが問われる。渡具知候補は、稲嶺候補が取り組んできた中学卒業までの医療費無料化を高校までの拡大と、学校給食無料化を公約で打ち出した。
 学校給食の無料化は数億円のカネがかかるので、現職市長にはなかなか打ち出しにくい。
 今回、このような渡具知候補の公約は、子育て中の有権者にとって魅力的な部分となり、「名護市21世紀の森公園」の名護湾沿いのビーチにコースターリゾートの絵を描き、ショッピングセンターを誘致して映画館や流行のカフェをつくるなどの絵を描いてみせて、高校生を含む若い人たちに訴えた。
 他方、安倍政権が組織的にやったと思われるのが「名護市が経済的に疲弊している」という宣伝だ。全く事実と違う宣伝を官邸の関係者たちがしきりに流して、たぶんそれがマスコミに流れていったと思われる。これがかなり効いていた。
 あと一つは、基地再編交付金問題で、「どうせつくられるのならば、もらわないのはおかしいのではないか」と宣伝された。こういったことが、一部ではあれ、公明党支持者や業界と保守支持層には有効に機能した。
 今回の市長選から18歳以上が有権者となり若い人たちが増えたが、若い人たちの出口調査では、稲嶺さんに3割台、渡具知さんに6割台という投票になっていた。
 こうしたことも3458票の大きな票差をつくり出す要因の一つになっただろう。しっかり認識しておかなければならないのは、2万1660票という圧倒的な期日前投票数だ。前回と比べると、およそ5800票以上増えている。期日前投票は全投票数の6割近い票。当日投票は1万5800票余である。
 県内の業界団体の支持を取り付けるために100名近くの政権与党の国会議員や関係者、秘書などが送り込まれた模様。
 そういう人たちが水面下で働きかけ1人50票から100票を獲得するために業界に当たった模様だ。それが期日前投票に転換されていったと思われる。渡具知陣営は、政府ぐるみの組織的な取り組みだった。
 一方、稲嶺さんのところは、理由はいろいろあるが、残念ながら組織的な取り組みにはなり得なかった。それだけでなく、これだけの票差から、やはり選挙のやり方を反省しなければいけない。というのは、実績だけでは選挙は闘えないということだ。有権者はやはり「夢を見たい」ということ、選挙では将来の生活展望をアピールすることが必要だということを、この選挙から再確認した。

沖縄の発展戦略、夢と展望を示すことが重要

 名護市長選の2日後に、城間那覇市長の就任3周年激励会があった。そこには翁長雄志知事もおられた。私は、次の4年に限らず、沖縄県・那覇市の5年後、10年、20年後のすばらしい夢、発展戦略を県民・市民に見せて、そのためにやはり基地のない沖縄をつくる、基地が経済発展の最大の阻害要因になっているということをしっかり訴える必要があるのではないかと話した。
 稲嶺市長が8年間、県民の先頭で辺野古新基地建設に反対して取り組んできたことは、翁長知事の誕生や「オール沖縄会議」の発足など、沖縄の基地反対の流れを大きく広げ、県民的なものに育てる転換点になった。その歴史的意義はとても大きいと思う。私たちがそれをしっかり受け継いでいくことが、今求められていると思っている。

 名護市長選挙の直前、1月21日に南城市長選挙があった。ここは名護市長選挙と全く逆のパターンで、65票差で瑞慶覧長敏さんが勝った。誰も勝つとは思っていなかった。相手候補は、基地推進首長たちの「チーム沖縄」のリーダーで、強いと見られていた。
 市民の声を聴かない南城市の市政に対して、市民の声を生かす市政を誕生させようと、市民のネットワークで取り組まれた。実は、最後の日を除いて街頭宣伝に市外の議員や国会議員は一人も入れなかった。南城市は1町3村の4つが12年前に合併し、保守の地域だったので、かつて保守の村長だった方も含めて、多くの市民、特に女性の皆さんが参加していた。
 瑞慶覧さんは、辺野古の新基地建設反対、普天間の閉鎖・撤去、オスプレイ配備撤回の実現を求める「建白書」の立場を明確にしていたが、基地を争点にはせず、市民生活課題が争点とした。沖縄本島南部の保守の地域で、瑞慶覧市長を誕生させたことは、市民の大きな力を示すことになった。経験としても良かったと思う。
 辺野古問題は引き続き県政の最大の課題である。しかし、これは政府が強行していることで、知事にはやれることとやれないことがあるので、知事を支える側もそこを見極めながらやっていくことが大事だ。知事に辺野古問題の責任をあまり押し付けないようにしなければならない。

◆沖縄と日本の将来

 私は、参議院の外交防衛委員会に所属し、直接、防衛大臣と外務大臣に質疑している。辺野古問題を沖縄の問題と位置づけてはいけない。辺野古をつくることは日本の将来を誤ることになると主張している。
 これからの沖縄の基地問題が、沖縄や日本だけでなく、東アジアの国際関係を大きく左右するという認識はまだ広がっていないようだ。広げる役割を果たそうと、私は、質疑をしているわけだ。
 今の日本は国の方向性をどう位置づけていくのか。

日本が米国のための単なる対中国の防波堤に

 そもそも辺野古の基地建設の当初の米軍の意図は何だったのか。普天間基地の移設先を、辺野古ではなくて「国外、最低でも県外」と言って誕生した鳩山政権を説得するため、2009年10月13日に、カート・キャンベル米国務次官補がアメリカ国務・国防総省訪日団を率いる団長として来た。キャンベルは、鳩山政権の幹部に辺野古新基地建設を「中国との戦争のため」と説明した。これはウィキリークスが暴露した20万通を超える米秘密公電の中の2009年10月15日付東京発の秘密公電にあって、当時の米国ルース駐日大使が署名している。台頭する中国を抑えるためには、戦争する必要があり、そのとき嘉手納飛行場と那覇空港だけでは足りないので、あと1つ沖縄に飛行場が必要、3つ必要なのだと述べている。
 菅官房長官は、辺野古新基地建設について、1996年の日米合意を持ち出すが、あのときは「撤去可能な海上ヘリポート」だった。当初は、面積も小さく撤去可能で、サンゴも傷つけないと説明していた。それが、2005年に巨大な埋め立て計画になったのである。これは、世界的な米軍再編の流れの中で出てきた、キャンベルが述べた戦争のための新たな基地建設なのである。
 同時にそのとき提起されたのは、沖縄海兵隊のグアム移転だ。沖縄海兵隊を沖縄に残すためのものではなくて、海兵隊はグアム移転させるというものだったことは明らかだ。沖縄の海兵隊と家族1万8千人が国外に移転する計画が進行中である。
 2006年当時の米軍戦略は、「エアシーバトル構想」という、中国をたたきのめす戦争構想だった。
 しかし、2001年の9・11米同時テロ後のアフガニスタン戦争とイラク戦争などの対テロ戦争に加えて、2008年のリーマン・ショックの金融危機により米国経済は停滞し続ける中、中国は1990年代の2ケタ成長に続き、2010年まで2ケタ成長が続き、あっと言う間に大国になってしまった。日本のGDPは4兆ドルのまま、日本の4分の1だった中国は、今は2・5倍を超えた。
 中国の急成長で、米国の戦略も変わったのである。結局、米国は中国とは戦争をしないことになった。「エアシーバトル構想」の代わりに「オフショアコントロール戦略」という、周辺同盟国による中国包囲網をつくり、中国がもし台湾や外に出てきた場合、特に米軍が想定しているのは台湾(中国が言う「不可分一体の領土」)で、その地域に限定して戦う戦略である。特に、戦争のための場所として沖縄・南西諸島を位置づけている。なぜかというと、日本列島は中国に面していない。ところが沖縄・南西諸島は東シナ海を挟んで中国大陸と向かい合っている。台湾があって与那国島、石垣島、宮古島があって沖縄本島、奄美大島と連なっている。南西諸島の島々が中国軍と戦う場所なのだと書かれた論文が2010年、11年頃から出ている。海上自衛隊幹部学校が11年に創刊した戦略誌『海幹校戦略研究』には、同様の論文が多数掲載されている。
 2012年12月の総選挙で安倍政権が誕生すると、一気に「日米同盟」強化の動きが加速され、辺野古新基地建設や高江ヘリパッド建設、集団的自衛権の行使容認、戦争法制定へと進んでいった。南西諸島で中国軍を迎え撃つために、奄美大島や宮古島、石垣島などへの自衛隊・地対艦ミサイル部隊配備基地建設が着手されている。
 自衛隊も、それに合わせて「南西シフト」を進めていて、中国海軍への盾にする基地建設が進行している。その一番が辺野古新基地建設である。アメリカの狙いは、いずれは自衛隊に辺野古新基地やキャンプ・ハンセンなどを任せて、自衛隊に中国と戦わせようとしているのだと思っている。

中国を敵ではなく平和友好の相手に

 私は、このまま辺野古をつくらせると、日本が米国のための単なる中国への防波堤にされてしまう、こんなことはやるべきではないと訴えている。
 中国と日本との間には、「日中共同声明」で国交を回復した後、6年後に「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」と約束した「日中平和友好条約」が締結され「互いに武力を行使しない」、つまり戦争をしないという合意がなされている。今年はその40周年だ。
 だからその「日中平和友好条約」を再確認して、中国を戦争の相手と見ずに、平和友好の相手と見て、政治・経済的にも手を握り合う必要がある。経済や貿易の面では日本と中国の関係は日本と米国の関係より、すでにはるかに大きい。貿易の総量でも日米を超えている。訪日外国人客は今2800万人くらいで、その約半分は中国人だ(中国、台湾、香港の計)。さらに日本の企業が進出している数も中国が多い。売上高こそまだ米国のほうが多いが、近づいている。そのうえで法人利益、進出先で出している利益は、中国のほうが米国より多くて、1兆数千億円になっている。
 それを「日米同盟、日米同盟」と言っても、米国の盾になるだけだ。私は外交防衛委員会で「今のままいけば日本が戦場になるだけだ」と、口を酸っぱくして言っている。「日中はもう戦争しないということを約束しているではないか、どうしてこのことを国民に知らせないのか」。多くの人が「日中平和友好条約」のことを知らないのだ。
 今年は日中平和友好条約締結40周年なので、先日も参議院の会派「沖縄の風」代表として中国の国会にあたる全人代の代表の方々と対話をする機会があった。そのときに中国の元軍人で空軍の将軍だった方が「尖閣諸島問題はいろいろあるが、この問題をすべての日中関係に敷衍しない。尖閣の範囲で解決すべきである」と主張していた。そのとおりだと思う。
 日本もやはり、日中関係を尖閣から全部スタートさせない、尖閣問題は尖閣の範囲で問題を解決する。日中関係と今の辺野古の問題、宮古島、石垣島、与那国島等の自衛隊基地建設の問題はとてもリンクしている。米国の意向に沿って日本政府は基地づくりをしているわけだ。辺野古は米軍の基地である。ところが米国は、中国の脅威から逃げるためにグアムに移転する。いろいろな意味で逃げるということを、戦略的にはちゃんと打ち出している。どういうことかと言うと、例えば横須賀の空母群・第七艦隊は中国との戦争になったら役に立たない。中国はこれらの艦隊を確実に撃つDF21という地対艦ミサイルをもう配備している。だから米軍はグアムまでセットバック(後退)しないとやられてしまう。
 すると、日米同盟は成り立たなくなって、「自衛隊が日本を守れ」ということになる。だから自衛隊が攻撃するという意味で「敵基地攻撃能力論」というのが出てきている。国民には隠されているが、「敵基地攻撃能力の保持」の議論は、米国が日本を守らないと言っているからこそ出てきた。自衛隊が盾、米軍が矛の関係を、対中国戦では米国が放棄する戦略を取っているのである。
 日本が、国力で何倍も勝る中国と戦争することを考えること自体がおかしな話だ。先ほど述べたように、ありがたいことに40年前に私たちの先人たちが「戦争しない」という「日中平和友好条約」を締結している。
 辺野古の問題は現場の運動で建設を止めているが、本来、日中は戦争をする相手ではないので、辺野古につくる必要はないし、石垣島にも宮古島にもつくる必要はないと、私は国会の外交防衛委員会などで主張している。日本の方向性自体がおかしいのだと。安倍政権は本当に都合の悪いことは全部隠して、日本の進路を誤らせようとしている。

国と沖縄の進路、分かりやすい将来展望を示す

 辺野古の問題、稲嶺市長は残念だったが、11月の翁長知事の県知事選挙に向けては、もっとしっかりと国や沖縄の進路について訴えたい。同時に、選挙は一般の人たちが投票するので、一般の人たちが分かりやすいような、また求めるような政策や将来展望をきちんと提起しないといけない。確かに辺野古基地建設反対というのは大変重要なことだが、それを強く主張するだけの知事選挙としてはならないと思う。
 アジア経済の発展の風を受けている沖縄では、入域観光客数が、昨年は初めてハワイの入域観光客を超える約940万人に達した。大型クルージング船の入港も、那覇、石垣、平良等へ、合計515隻を数えた。
 沖縄を介したアジアとの交流は、今後、ますます発展していくはずだ。希望をもって、経済発展・県民生活向上の夢を描きながら、そのためにも戦争のための新基地建設を続けることがあってはならないと思う。私たちは、沖縄の発展と日本の平和のために沖縄の基地をなくして平和な産業に転換していこうということを、もっと県民の共感を得るような形で訴えていく必要があると思う。

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