トランプ政権と労働運動の課題を考える

小川 宏(全国農団労書記長)

 トランプ大統領がTPP離脱の大統領令に署名したことによってTPPの漂流は確定した。しかし、安倍政権は大統領選で「TPP離脱」を公約しているトランプ氏が勝利したにもかかわらず、その翌日の11月10日衆議院本会議でTPP承認案を強行採決した。
 日本以外のTPP交渉参加国は混沌とした米国大統領選の情勢を踏まえて慎重な姿勢を貫いていたにもかかわらず、日本だけが前のめりになり、「日本が承認案を可決させることで米国(トランプ新大統領)を説得する」などと息巻いていた。だが、官邸も米国を説得することが不可能なのは十分に承知していたはずだ。単に「米国追随」という批判を避けるために見切り発車したのだろうか。それともTPPが唯一の成長戦略だったから拘泥したのか。

TPPに代わる日米FTA

 2月10日の日米首脳会談では「同盟と経済関係を強化」という主旨の共同声明を発表したが、新たな経済対話のテーマは、財政、金融などマクロ経済政策の連携、インフラ・エネルギー・サイバー・宇宙での協力に加えて、2国間の貿易枠組みの協議でまとまったと伝えられている。安倍首相は共同記者会見で「経済関係をいっそう深化させる方策について分野横断的な対話を行う」と述べており、明らかに水面下で日米FTA(自由貿易協定)の協議入りがまとまったと考えるべきである。
 TPPは参加12カ国のうちGDPの合計が56%以上を占める6カ国以上の批准で発効できるという仕組みだった。12カ国のうち米国が60%、日本は18%を占めており実質的な日米FTAとも言われていたゆえんだ。さらにトランプ大統領は多国間の協定より2国間協定のほうがより「アメリカ・ファースト」が実行できると考えていることは明白だ。従って、米国はTPPと表裏一体で行われていた日米並行協議の「合意」内容をスタートラインとしてくることは想像に難くない。
 食の安全問題に注視すると、日米並行協議によって既にBSEの懸念がある米国産牛肉輸入制限が緩和され、米国の要求を呑む形で決着している。またGMO(遺伝子組み換え)食品問題では、SPS(衛生及び植物検疫措置)で、食の安全基準自体が貿易障壁とならないだけでなく、その運用も貿易障壁とならないことが求められている。つまり多国籍企業の利潤を前にして食の安全は何ら考慮されていないのだ。
 昨年、米国のモンサント社はドイツのバイエルに買収されたが、モンサント等のGM企業はビジネスモデルの崩壊に瀕していると言われている。GM作物の安全性や独占に対する拒否は高まっており、GMO禁止国(地域)は増加、既にGMを作付けしている国や地域でも離反が増えている。そのためTPPでは知的所有権を強めてGM企業の独占を保証しようとしていた。TPPは漂流したが、多国籍企業であるバイオメジャーを救済するために、日本がFTAでさらなるGMOのマーケットとなることは火を見るより明らかだ。
 安倍首相は日米関係をより強固なものにするために、「米国製の防衛装備を購入することが米国の雇用創出に貢献する」という理由で「バイ・アメリカン」に協力することを国会でも明らかにした。今後は防衛装備に限らず、米国のアフラックなどの民間保険会社や薬品メーカーの市場拡大のために医療・保険制度が大きく改変される懸念がある。さらに、企業が国を訴え巨額な賠償金を支払わされるISDS条項もFTAで強要されることは必至だろう。TPPは漂流したからといって安心はできない。日米FTAによって国や自治体の主権が侵され、三権分立が成立しない事態となる可能性がある。

グローバル化に頼った成長戦略の誤謬

 英国のEU離脱やトランプ勝利はグローバリズムの限界が露呈したと多くの人が指摘している。新自由主義によるグローバル化によって、困窮した労働者や没落しつつある中産階級の怒りが英国のEU離脱やトランプを推進したと言われている。ただし、その怒りの声が多国籍企業やグローバル企業に向かわず排外主義など右翼的なポピュリズムに流れていることに留意する必要があるのではないか。
 国際NGOの「オックスファム」は本年の1月に、「世界で最も裕福な8人が保有する資産は、世界の人口のうち経済的に恵まれない下から半分にあたる約36億人が保有する資産とほぼ同じだった」とする報告書を発表した。
 日本はどうかというと、富の過半数を占めるのは上位8%くらいだと言われていた。日本でも格差問題が深刻だが、米国などのように超富裕層が増え、高額な資産を持つ人とそうでない人の格差が拡大しているのと違い、低所得者層が増大したことによる貧困率の悪化とも言われていた。しかし、報道によると2015年に1億円以上の金融資産を所持する人はアベノミクスの始まる13年にくらべて50・2%増加し、富裕層への資産の集中も3%増加したと伝えられた。全体の2割の富を2%程度の層が所有していることになる。
 一方、不安定雇用や低賃金労働、そして若者の失業は世界共通の現象だ。さらに、デジタル化の進行によって従来型の雇用・労働が大きく揺らいでいる。世界時価総額ランキングを見ると1位がアップル、2位がアルファベット(グーグルの持ち株会社)、3位マイクロソフトなど上位6位までがIT企業で占められている。そしてそれらの企業の雇用者数は極めて少ない上、IT等のテクノロジーは労働者に対して新たな格差と二極分化を強いている。そのような中で全ての労働者が潜在能力の開発と技術革新の恩恵を受けられるようにするためには、新たな労働運動が求められてくると考えられる。また、典型的な新自由主義の主張であるトリクルダウン理論の破綻が明らかである以上、労働運動・社会運動にオルタナティブが求められている。
 そのヒントが協同組合にあるのではないだろうか。協同組合つぶしを企図する安倍政権に抗していく
 政府は15年に農協法等の一部改「正」を強行し、農協の理事会制度を法律で規制し農外資本出身者がコントロールできるように道を開いた。また農協の信用(金融事業) ・共済事業(保険事業)の分離による将来のJAバンクとJA共済の株式会社転換も企図している。
 さらに16年11月に出された規制改革推進会議の農業ワーキング・グループの「農協改革に関する『意見』」では、農協の共同購入による価格交渉力を弱めることによってアグリビジネスの参入を容易にすることや、共同販売の仕組みを否定し個々の農業者の「販売努力に帰結させ、利益が上がらない農業者は「自己責任」によって淘汰たする意図を隠していない。
 これらの農協攻撃はひとり今後の協同組合セクター全体に対する攻撃を予感させるものだと言わざるを得ない。つまり、現在の新自由主義に裏打ちされた資本主義が揺らぎ始めたことを受けて、その延命のために邪魔になる協同組合を攻撃しようとしていると考えられる。
 だからこそ、グローバリズム延命策を打ち破るために労働運動・協同組合運動・農民運動は連携を強化し、新たな地平を切り拓かねばならない。

【全国農団労:全国農林漁業団体職員労働組合連合】

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