新春メッセージ:丹羽宇一郎氏

平和と自由を国是とする「特別の国」の進路をめざして

断片的な情報に惑わされないしっかりとした価値判断を持って

元駐中国大使 丹羽 宇一郎

 2017年の展望を考える時に、あるいはその前に、インターネット世界の急速な発達、SNSなどの利用が急速に広がっていることを念頭に置く必要があります。トランプさんなどももっぱらそれで情報発信し支持も得たようですが、ここには問題があります。SNSなどは断片的な情報なので、利用者は何がより全面的な事実か、何が正しいのか、価値判断ができないわけです。しかも、膨大な情報が、瞬時に世界中を駆け巡っています。これが一番恐ろしいことです。これには、右も左も関係ありません。

 トランプさんは、いまも盛んに(SNS上で)つぶやいています。しかし、彼がその通り政策を実行するということとは違います。ところが、それを前提にしてメディアも学識者も、皆が右往左往している。
 日本では、安倍さんはプーチンさんと何を話し合ったのか、情報はまったく伝わらない。環太平洋経済連携協定(TPP)にしても、海苔が張り付いたような真っ黒く塗りつぶした資料が出されただけで、内容はほとんど知らされない。賛成するにしても反対するにしても、これでは判断しようがない。ところが、国会で強行採決です。いろいろな大切なことで、情報がつまびらかになっていない。特に日本はそうです。そうした中で、われわれは物事を判断して動かなくてはいけないわけです。
 ですから、われわれ一人ひとりが、一つの、しっかりとした価値判断を持っていないと、イデオロギーを持っていないとポピュリストになってしまう。情報が断片的に出されるたびに、つまみ食い的に受け入れて判断し、動いてしまうからです。
 この問題がこれからの世界の大きな問題になってきます。日本の進路を考える時、心すべき前提です。

政治の力で平和な「特別な国」に

 日本の進路で大事なのは、平和と自由です。これは日本の国是でしょう。
 安倍総理は、憲法改正と言っています。しかし、憲法を改正して国民は幸せになるのですか。国民の暮らしは良くなるのですか。平和と自由なくして、これからの世界は成り立たないでしょう。
 だから、単純に憲法改正をしてはならない、平和をめざそうという呼びかけを強めましょう。皆さんの「日本の進路」誌もそうですが、安全保障の細かなことをあれこれ議論をしていますし、世の中にはいろいろな情報、見解があふれています。しかし、自分で判断せず、制服組に任せる、つまり、力と力、軍人と軍人に判断を任せたら最後は必ず戦争になる。日本もこのままいったら必ず戦争になります。
 戦争を止める力は、政治です。だから、皆さんが、国民の皆さんに訴えなくてはならないことは、細かなことではなくて、日本の国是として憲法を変えてはならない、平和を守るのだと訴えることでしょう。平和を守るのは、政治の力であり、政治家です。安倍総理に平和を国是とするよう迫らなくてはなりません。
 平和を守らなかったらどうなるか。いまの経済力、軍事力から言ったら、日本は米国と中国の狭間に陥没します。世界をリードする経済力はありません、軍事力もありません。それを安倍さんのように、軍事力があるような顔をして日本をリードしてはいけない。
 世界で使われている軍事費1兆7000億ドルのうち、36%はアメリカです。10%以上が中国です。日本は、2・4%ちょっとでしょう。そうした中で、軍事力で対抗しようとする議論はまったく意味がないことです。日本がやらなくてはならないことは、そんなことではない。
 日本は特別な国なのです。平和憲法を持っている特別な国なのです。世界中の国が、日本のような政治と経済をやりたいのです。この憲法を大事にしなくてはなりません。世界中の皆がうらやましがっているのです。ところが各国はできないのです。それを変えて、皆と同じような「普通の国」にしようなどという、いまの政権の考えは根本的に間違っている。日本は特別な国でよいのです。世界中からうらやましがられる国なのです。誰がつくった憲法でもよい、世界中からうらやましがられるこの憲法を守るべきです。中身が良ければよいのではないでしょうか。中身を議論しないで、アメリカがつくったから駄目だとか、枝葉末節な議論をしてはいけません。
 2017年の進路にとどまらず、ずっと、この憲法を日本の国是にすべきです。
 もう一つ、大事なことが自由です。経済の自由、貿易の自由。人権、人道的なものとかを含めて、生きていく上での自由。ここがベースにならないといけない。実現は難しいが、日本が生きる上での国是です。平和と自由、これを大きく打ち出すべきです。

米中の狭間でアメリカについて行く愚

 2017年以後の世界は、トランプさんと習近平さんとの関係、つまり、米中の関係がどうなるか、が核心です。日中関係は米中関係にあり、日米関係は日中関係にありで、結局米中関係が核心なのです。
 南シナ海の問題でも、中国と周辺諸国の間でいろいろありますし、安倍さんもいろいろ言っています。しかし、米中関係はもっと複雑です。アメリカは艦船を派遣したが、攻撃能力のないイージス護衛艦を派遣したにすぎない。中国側も、艦船を派遣して追尾したにすぎない。翌日には、両国の軍人同士がテレビ会談をやったり、あるいは10日もたたないうちにフロリダ沖で米中合同軍事演習をしたりしています。
 米中は、日本が思う以上に机の下で、海の下で手を握っています。トランプさんも例外ではないと思います。そうした米中関係を安倍さんは分かってやっているのでしょうか。
 安倍さんはハワイに出かける。何のために行くか。プーチンさんとの会談をオバマさんに報告するためでしょう。オバマさんは、安倍さんにプーチンさんとの関係について警告を発しました。西側諸国は、ロシアに制裁をしているわけですから。ところが、安倍さんは、領土問題があるからこれは日本に任せてくれ、と言いました。
 しかし、領土問題はうまくいかないです。日米安保条約があるからです。沖縄に、日米地位協定で無制限に米軍基地を許している問題です。
 もし、2島にしろ4島にしろ、日本に帰ってきたらそこにアメリカ軍が基地をつくれる。そうしたら、オホーツク海のロシア艦隊は太平洋に出られなくなる。そんな島をロシアが返すはずがありません。
 安倍さんは、やることが完璧に音痴です。
 しかも、ハワイに行けば、「なぜ、中国の南京に来ないんだ。なぜ、瀋陽に来ないんだ」となります。また、アジアには、100万以上の日本兵の遺骨が散乱したままで、収集できていません。日本は、アジア諸国にハワイ以上に大変なご迷惑をかけている。安倍さんは、それにもかかわらず、いっぺんも来ていないじゃないか。ハワイに行ってアメリカのための慰霊はやる。しかし、アジアの国々に対して慰霊に行っていない。「安倍さんどうするのですか」、こう言われた時にどう返事をするんでしょうか。戦後70数年もたっています。
 ところが、また戦争になるかもしれないところに、自衛隊を派遣する。70数年前の遺骨も収集できていないのにです。遺棄化学兵器も吉林省に20万発以上残っていて、いまでも被害が出る可能性もある。これも片付いていない。戦後は終わっていないのです。
 そういう中でハワイに行く。それも一つの考え方だろうが、その後、どうするのか。それによってはとんでもないことになります。中国は、すでに対抗策を打っている。軍艦を出すとか、上空を飛ぶとか、最近、急にまた始まった。安倍さんが無頓着なことをやって、中国国民の心にチクチク針を刺しているわけですから中国も対応せざるを得ないのでしょう。せっかく少し良い雰囲気になってきたのに残念です。
 
 オバマさんは、アジア重視だったが、トランプさんは違い、「世界の警察官ではない」と言っています。これは大変なことになりかねない。
 トランプさんは、対外関係でもオバマ・レガシー(遺産)の4つを全部否定しました。1つは、イランとの核合意、これに反対。2つは、キューバとの国交回復に反対。3つは、COP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)の地球温暖化対策パリ協定の見直しを主張している。最後はTPP。4つともオバマさんの手柄、レガシーを全部否定、見直しを唱えています。もちろん、大統領になってもすぐ否定したり、見直ししたりできるわけではないでしょうが。しかし、中西部を中心に貧困化した国民の不満を引き出して大統領になったわけですから、それに少しは応えていかないといけない。そうでないと彼らはまた反対を起こす。トランプさんもそれは分かっているでしょう。
 だから、まだ分からないが、トランプさんは国内政策としてそうしたものを少しずつは出してくるでしょう。これは、2017年の世界と日本に大きく影響します。
 だからこそ、2017年は、平和と自由が非常に大切になります。これを大きく打ち出して、国民の皆さんに呼びかけて、一緒にやるために努力しましょう。何がなんでも憲法改正してはいけないとは言いません。どこを変えるか議論すればよい。読んで分かりやすいものにするのは賛成です。だが、平和と自由、ここは絶対に変えてはいけません。
 だから、肝心なことを、簡潔に、やさしい言葉で呼びかける必要があります。平和と自由を脅かす動きにどう抵抗するのか。それは、呼びかけることです。
 難しいことを議論ばっかりしてもダメです。実行力がなければ意味がありません。

民主主義の仮面をかぶった独裁政治

 日本で最も悪いのは、権限と責任の所在が不明確なことです。豊洲問題もそうです。誰が決めたか、最終決定者、責任について明らかにならず、小池知事も結局詰めきれていない。記憶にないなどと役人は逃げています。
 原子力発電所問題も、誰の権限で決めているか、定かでありません。福島の原発事故問題も、誰が最終権限を持っていたのか、東電なのか、経産省なのか、はたまた地方自治体なのか、いまだに明確でない。原発再稼働にしても、誰が決めたか、明確でない。
 福島原発事故処理に21兆円のカネがかかるという。しかし、誰が決めたのか? 全然明確でない。経産省が発表したが、じゃあ、経産省が最後は責任を取るのか。東電なのか。鹿児島の川内原発再稼働にしても、地元の市長は認めたが、じゃあ事故があった時に責任を持つのか。九州電力は持てるのか。あるいは、経産省ですか。誰も答えられない。みんな逃げている。みんなが逃げるようなことは、そもそもするな、と言いたい。
 憲法もそうだが、原発も、誰の権限で、誰の責任で決めたかをはっきりさせておくことが必要です。原発を再稼働するとしたら、その場所に石碑を立てて、決定した委員会は何か、責任者は誰か、何年何月何日と、個人名を刻んでおく。何年かして問題が起こったら、決めたのはお前の爺さんだ、いや親父さんだとなるようにしておけば簡単には決められない。
 ところが日本の現状は、仮面をかぶった民主主義制度でみなうやむやになっています。野党も悪い。蓮舫さんも、安倍首相に本当には迫らない。ケンカしないで、まあまあまあと茶番劇をやっている。権限と責任が不明確なままでは茶番劇にしかならない。私は、中国が独裁主義だと言われるので、そう言う人に対しては、日本は「民主主義的独裁主義」だと言っています。要するに、民主主義の仮面をかぶった独裁政権です。
 安倍政権はやりたい放題やっているのに、それを野党は徹底的に追求しない。3分の2をとられた無力感からか徹底的にやらない。マスコミもそれを問題にしない。中国の独裁も悪いが、日本の方がたちが悪い。だって、中国は誰が決めたか分かっている。ところが、日本はそれが分からないようになっているのです。
 平和と自由が危うい。権限と責任が不明確。やりたい放題の民主主義的独裁。選挙があるとすれば、早くやれ、「独裁」の3分の2を打ち破れと言いたい。野党も協力すべきだ。そうでないと、民主主義的独裁でやりたい放題が続きます。
 「日本の進路」誌も、分かりやすく問題を提起してほしい。そうでないと役に立たない。いま私は切歯扼腕(せっしやくわん)している。

日米地位協定の抜本改定を

 沖縄に行ってきましたが、日本国民は沖縄県民の気持ちに寄り添わないといけない。
 厚木基地の爆音訴訟最高裁判決もそうです、大幅な後退です。私は、大和市に住んでいるからよく分かります。日米地位協定の抜本改定をやらないといけない。アメリカ軍はやりたい放題です。それに対し日本の政府は何にも言えない。そこを変えないで、周辺のことをごちゃごちゃ言っても仕方がない。
 「日本の進路」誌も、同じようなことを言っているだけでは仕方がありません。実際に変えていかないといけない。沖縄の人のように、体を張ってでもやらないといけません。体が動かないなら、新聞の投書欄に大量に投書すればよい。
 沖縄もそうだが、弱い人びとに寄り添った政治にしないといけません。よくも同じ日本国民を蹴散らしてアメリカのために軍事基地をつくるなどできるものです。なんで、そこまでわれわれはペコペコしなくてはいけないのでしょうか。
 最初は仕方なかったかもしれません。しかし、いまは違う。アメリカがそれじゃ自分たちは出ていくと言うのなら、日本は自立の道を考えるほかありません。中国が日本に攻めてくるなどということがあるとすれば、平和国家として世界各国に訴えるとともに、国民皆で、専守防衛で進む覚悟でいくほかありません。
 私も年を取ってきました。生きているうちに、今日より明日が良くなり、安心のできる社会にしたい。
 2017年、「日本の進路」の皆さんも他人、他国に頼ることなく、自立する強い心を持ち頑張っていただきますよう期待しています。

【にわ ういちろう 公益財団法人日本中国友好協会会長。1939年生まれ、伊藤忠商事社長、会長。2010年、中国駐在日本大使に就任。近著に「習近平はいったい何を考えているのか」(PHP新書)。本誌2016年10月号に「これからの世界でどう生きていくか――いまこそ独自の新しい日本の国家像を」。このメッセージは、12月19日のインタビューをもとに作成。文責編集部】

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする