改憲のための政策か、生活のための政策か

2016年5月21日の「参院選、真の争点は何か。提言討論会」での発言
文責:編集部

竹信三恵子さん(和光大学教授 元朝日新聞編集委員)takenobu2

「改憲」への地ならしに収斂される安倍政権の政策

 アベノミクスとは何か。 私は、これが出てきたときから、これは改憲のための「毛バリ」だと言ってきました。改憲をするためには国会で3分の2の勢力が必要です。それを調達するには、改憲の牙を隠して景気がいい経済でいくしかない、ということで、見せかけの経済発展を、わかりやすい形で演出する。芝居の書割(脚本)のようなものですね。それによって改憲する。そのための「毛バリ」です。

 景気ばかりではありません。最近では「非正規労働をなくします」とか「賃金を上げます」「同一労働・同一賃金」とまで言っている。これは、これまでの労働側の主張ですから、本当にやるのかと思ったり、ナイーブな人は「そうかな」と思ってしまう。

これは、エコノミストの浜矩子さんが言っているんですが「下心の政治」です。おもしろい言い回しですね。いろいろよさそうなことを言うのですが、何やっても改憲したい、という下心があって、動機が不純ということです。例えば、震災では自衛隊を出してきて、マスメディアでその映像をPRする。災害のために緊急事態条項を入れたいとかいいますが、これも災害ではなく、改憲による国民主権の押し戻しへ向けて、政府がやりたい放題できる権限がほしいということです。何やっても政治の本音の所は旧支配階層と富裕層の復権のための改憲なんですね。だから、国民生活のための政策がすっぽり抜けている。だから、ていねいに見ていくと、その政策では何も解決しないことが分かってくる。しかし、スローガンだけ漠然と聞いていると、何かやってくれそうな気がしてくる。景気はいいけど、すぐ消えて、あとは苦い、というビールの泡のようなものです。

アベノミクス三本の矢とは①が大胆な金融緩和策、②が機動的な財政政策、③が成長戦略とされています。確かに、①の大胆な金融緩和で円安と株安が起こり、株価がバンバン上がって、その金が株を持っている人たちには流れてきています。だけれども、結局それは下の方には行かった。株を持ってなければ意味がないからです。

 低所得の人たちは株を持っていない。じゃあ、そういう人たちにお金が行く仕組みをつくったか?生活保護は大幅に削っています。介護保険は、介護報酬を引き下げています。

 株や資産を持っている人は、金融緩和で資産が増えましたから、この間、富裕層は大幅に増えました。一方、資産を持たない人たちは、生活保護をはじめとする福祉の切り下げでなけなしの手持ち資金をはたき、資産ゼロも30%台と過去最高に水準になっています。ものすごい勢いで格差が広がっているわけです。

 ②は、公共事業を増やすという意味です。公共事業は、1970年代からすでに、雇用などへの波及効果は低くなったと言われ始めていました。高度成長期までは、公共事業は人をたくさん雇うものだったから、雇用ができて、それなりにカネが回ってという循環になりやすかったわけです。でも、建設産業はその後、機械化と省力化が進み、その業界に税金を回しても、そんなに雇用への波及効果は大きくないと言われていたんです。建設会社が柱となっているような地方には、税金が回ったかもしれませんが、震災復興の経過などを見ると、中央の大手が事業をとってしまって、地方の零細には回りにくい。しかも、リーマンショック後の不況で建設産業がへたったときに建設の技能を持っている働き手は廃業したり転職したりしていますから、下手にカネを回すと人手不足で事業が消化できなくなる。オリンピックのための需要がそこに起きて、被災地の復興が進まなくなった問ケースさえ出ています。

  そして3つ目の経済の活性化・民間投資を引き出すという「成長戦略」は事実上、何もできていないに等しい状態です。やったことは、せいぜい、保育の民営化とか福祉の分野を民間依存にして不安定化させることと、派遣法の規制緩和などの労働の規制緩和による人材産業の利益の引き上げですね。労働という貧しい人たちの命綱の部分をビジネス業界に売り渡し、労働条件を悪くし、人件費を引き下げたりする形で、企業に利益が移転するように変えてきただけです。「世界一企業が活躍しやすい国」ですよね。特に政府の産業競争力会議は、パソナという人材ビジネスグループの竹中平蔵会長が中心になって、カネさえ払えば社員をクビにできる仕組みである「解雇の金銭解決」や、残業しても残業代をはらわなくてすくよう働き方を労働時間で測ることをやめる「高度プロフェッショナル制度」などをどんどん入れてきています。言ってみれば、働く人が稼いだものをどんどんビジネス産業に回していくパイプを、せっせとつくっているということです。

 だから、本当に低所得者には金が回らない。そんなわけだから、しばらくすると化けの皮がはがれてきて、アベノミクスはダメだという声が高まってくるわけです。そこでつくられたのが「新三本の矢」です。

 ここでは、「一億総活躍社会」の実現を目的とする、「強い経済」、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」の三つが掲げられました。子育て支援や介護離職をなくすなど、福祉が弱いと言われたものですから福祉部門を目標に掲げたわけです。最近は、「子どもの貧困の解決」まで言い出しました。

しかし、アベノミクス下での子どもの貧困対策がなぜダメかというと、そもそも生活保護の基準額を下げているんですよね。そのために、生活保護の基準額に連動して支給されるかどうかが決まっていた低所得家庭向けの就学支援を、受けられる家庭が減っちゃったんです。たとえば、それまで世帯所得120万円以下だったら受けられていたものが、生活保護基準が100万円に下がったら受給資格をなくしてしまう。生活保護を受けるのは我慢して踏ん張っていた母子家庭などで、就学支援でかろうじて子どもを学校にやっていたのに、それがなくなってしまうわけです。

 それではどんな子どもの貧困対策を掲げているのかというと、低所得家庭の子どもの学習支援塾を増やすことなどです。ところが、そのために寄付を呼びかけるという。でもそれは、寄付でやる話でなく、税金でやることでしょう。寄付は気まぐれなもので、お金持ちの気まぐれに依存することになりやすい。国の政策として安定して行うなら税金でやるべきでしょう。

 女性の活躍も同じです。「子育て支援」は、女性有権者からの不人気をカバーするためか、いろいろ打ち出していますが、そこには十分な税金は出さない。会社に保育園を運営させることで、街中の基準に満たないような保育所はできていますが、その結果、人手が足りなくなってしまった。賃金が安すぎて資格を持っていても出てこない潜在保育士がたくさんいるのです。そのために最初に何を言い出したのかというと、保育支援員という20時間の研修でなれる低賃金不安定保育士制度です。批判が高まって、多少賃金を上げると言い始めましたが、まともな賃金を払う保育士は増やさず、低賃金の補助的な職員を増やしていくというのです。どれも規制緩和で、安上がりにしようということですが、それならいままでの規制は何だったのか。子どもの安全はそれで守られるのか。ほとんどまともに検証されていないし、現場の保育士は悲鳴を上げています。

低成長を成熟社会につなげる民生重視の政策への転換が必要

 今本当は、どういうことをしなくてはならないのか。これからは大きな成長することはないでしょう。成長を否定する論者の方がおいでなのは知っていますが、私はしなくてもよいとは言いません。成長しなくてもいい仕組みにしっかりと切り変えないまま成長を否定するだけだと、困るのは低所得者だからです。とはいえ、逆立ちしても、そう大きな成長はない低成長時代に入っていることは間違いありません。低成長を前提にした「成熟社会」にもって行く政策が必要です。

 アベノミクスは、それをぜんぶひっくり返して「成長。成長」とカンフル剤を打った。本当は、カンフル剤を打って、人々が一瞬元気を取り戻した力を使って低成長に備えるシステムづくりや、新しい稼ぎの柱をつくらなくてはいけなかったのです。日本の産業はすでに、円高体質で製造業は外に出て行ってしまって、食べられる産業が減っているのですから、代わりに食べていけるまともな産業を作っていかなくてはならないからです。そのために、量的緩和をンフル剤として使うなら、それなりに論理的です。でも、その間に実際にやったことは、先ほども言いましたが、生活保護や介護のための福祉の安全ネットを削って、低成長社会に着地できない体質に押し戻してしまったのです。

 「手術もしないでカンフル剤を打ってるようなもので、これではだめですよね」と、先にも引き合いに出した浜矩子さんに言ったら、「竹信さん、これはカンフル剤ではないわよ」というではありませんか。「それなら何なんですか」と聞いたら「ドーピングよ」と言われました。元気づけて活性化させるのでさえ得なく、興奮剤を打ちまくって体をダメにしてしまうというわけです。

 これで何がしたいのかというと、選挙までの間、とにかく景気がよくなったかのようにつじつま合わせをし、何とか3分の2の議席を集めて改憲し、戦争ができる「強い日本」を取り戻したい。安保反対の社会運動で失脚したおじいさんの岸信介前首相の名誉回復をしたい、という家族的な夢なんでしょうか。でも、そんな家庭内の野望に、地道に日々生きている一般人の私たちを巻き込んでくれるな、おじいさんの慰霊は、お墓参りとか、家庭内でやってほしい、と思うわけです。

 必要な生活施策

 必要なのは、福祉に税金をちゃんと出していくことです。賃金が入ってこないとすれば、福祉サービス、公共サービスにそこそこお金を出さないと、生活ができません。福祉がそれなりに整えば、安心して生きていけるので、お金を貯めこまずに使いますと、なるわけです。先ほど、100万円を配ったらどうか、という大変すばらしい案が出ましたが、私は率直に言うと反対です。どうしてかと言うと、いま100万円を配ってもみんな福祉が心配だから、貯めちゃう。本当に必要なことは、福祉にもそこそこ行きますからと安心させた上で、そこそこお金を出せば消費に回ると思いますが、中の上以上に人はみんな使わない。老後の心配している。だってテレビで毎日、老後は2千万円なきゃだめとか1億円だとか言っている。だから配っても使う人はいませんよ。将来が恐いから。だから持ってない人はなおさらです。それさえないから、ピーピー言ってる。だから100万円配布以前の、福祉のサービスをきちんとするという方向に切り換えることが先決です。100万円配布する財源をひねり出すために福祉を減らされでもすれば、助かる人も助からなくなる。いま必要なのは、カネ以前の公的サービスなんです。日本は何でも自分で出す社会だから、100万円配布に現実的なニーズが出てきてしまう。でも、100万円配る程度で子どもの教育とかは解決しません。特に男性は「男が金を稼いで養え」という強い圧力にさらされているので、とにかくカネを、という方向に行ってしまう。目先の選挙対策にはいいかもしれませんが、根本解決ではありません。少し発想を変えてみる必要があります。

 また、財源が足りないのであれば、直接税、富裕税を増やしていかないと。法人税にしても名目は下げてもよいけれども、実際に取れる額を増やしていかないとダメなんです。そこが取れないで、いくら消費税を上げても、逆進性が強くて、ますます低所得者は苦しくなります。

 福祉はお金のある人から取って、下に回すから格差が是正される。消費税は下からからも取っちゃうから、貧乏な人も取られちゃうんです。それで福祉やっても、とても足りない、消費税だけでは。いまのように軍備などに使わず、福祉に回し、貧困層の借金を救済する。安心感を持たせて、お金を使っても大丈夫と、それを社会につくっていくこと。それがいちばんだと思います。

 いま安倍政権は雇用、雇用と叫んでいますが、増えているのは非正規だけ。非正規であっても、同一労働・同一賃金が整備されて賃金が上がっていけば、まだ少しはましです。でも、非正規の賃金は、正社員並みの仕事をしていても、もの凄く安い。元々、女の人が夫に支えられて働く状態を想定している賃金なので、食べられないほどの水準でも「夫が面倒見るからいいよね」と言われて見過ごしにされてきた低賃金なのです。それを変えなくてはならないんです。短期雇用であっても、賃金をちゃんとしなくてはならない。賃金抑制で会社が利益を上げてきた経営を変えなきゃならない。

同一労働なら同一賃金という制度が機能するには、同じ賃金とは何かの定義が、ILO基準のような働き手にも納得のいくものでないといけません。「企業の活躍しやすさ」を第一に掲げるアベノミクスではそれが期待できませんので、まずは。最低賃金です。これを大幅に上げられればかなりましになります。現にパートは、これによって上がってきました。

  いまやるべきことは、金融緩和による見せかけの賃上げではなく、私たちちがいま持っているものを最大限活かして豊かさを作り出す工夫です。

 税金を国民の生活の安定のためにきちんと使う。外国とことを構えない。人びとの安心感を増して、入ってきたお金を使ってもよいかなという気にさせてあげること。

 もう一つは、女性が働けるように福祉をきちんとする。保育園ならキチンとした保育園を増やすことで、家計を大黒柱、不安定な大黒柱だけにせず、男女が安定して何とか働ける二本柱に増やしていくしか方法はないです。先進国はすでにやっていますが、日本はそれさえできていません。頭の中にもありません。お父さんに頼ればよいと思っちゃうから、お父さんにお金をバンバン出せば、という高度成長の思い込みを転換させて、二本柱の安定、そのために福祉がいるんだと。こういう考え方を普及できれば、北海道5区の補選も勝ったかもしれない。

 それがうまくいっていない。みな分かっていないというのもあるんですが、もう一つは、日本人は福祉などの安全ネットが弱いので、当面入ってくる金に賭けるしかないです。宝くじでもなんでもよいんですね。ともかく当面、カネが入ってくることに賭けているので、北海道5区補選ではカネが入ってくるように見えた対立候補に票が行っちゃった。

 だから、選挙対策としては最賃引き上げ。もう一つは教育の無償化です。金、金、100万円くれたら票を入れる、と言っている有権者に、カネだけに頼らない方向へのシステム転換をしながら、教育費無償化という形でカネが来るのと同じくらいの目に見える効果を与えることです。そのことができる財源は、やっぱり相続税も含む富裕税と大手企業の法人税の実質増税でしょう。

 安倍首相は「格差を縮小する」と言って、おじいさん、おばあさんから贈与すれば税金をなくすと言ってますが、これも「だまし」。おじいさんやおばあさんがお金持ちじゃない家庭はどうするんですか。一見、「金持ちの年寄」から「貧乏な孫たち」にお金を出す所得移転のようにみえるんですが、錯覚です。お金持ちの家で、お金持ちのおじいさんやおばあさんが贈与をしたら一千万円、控除になということは、孫や子への生前相続でしょう。本当は、お金持ち全般から相続税をちゃんと取るべきでしょう。それを貧乏や中ぐらいの人たちに回していく。カラクリだらけのアベノミクスにだまされてはいけません。

中低所得層から吸い上げて富裕層に回す仕組みの完成

 戦後政治は、いろいろ問題はあったが、上から下へ富を流す仕組みもあった。地方交付税は、産業が少ない地方への税を通じての再分配でしたし。そうやって、高度成長を実現した。

 いまは全部、逆にしようとしている。中低所得者の国民から金を吸い上げ、富裕層に配って、国民を上から統治して、何かあったら米国の求めるままに海外へ一般人の兵士を派遣して、米国にいい顔をして、支配層の権益の復活を目指そうとする仕組みづくりがどんどん進んでいます。では、どうするのか。暮らしがどのように変わっているのか、貧困が生活の中でどのように進んでるのかを、ていねいに暴いていかないといけないんです。どうもみなさんは、あまり暮らしの一線からの分析分が苦手なのかなという気もします。そこの部分を分かりやすくすくいあげて、アピールしていかないとアベノミクスの騙しがわからない。

 国民に経済を教えない国は困ったもものです。税金のことは、本当にみなさん知らないですよね。税金も社会保障も経済なんですよね。さっき言ったように税金を社会保障にちゃんと使わないと、人々がお金を消費に使えないので、世の中にお金が回らないので、お金が回ってこない人たちが増えてしまうのです。

 選挙では、分かりやすく、税金の使い方をアピールしてほしい。賃金と税金と社会保障をしっかり学んで、この三つの組み合わせで奨学金、教育費、保育園など、普通の人たちの暮らしをまともなものにするための基礎になるものをどう保障するかを政策にしていってほしいんです。問題は、アベノミクスは一見似たことを繰り返していることです。野党と同じスローガンを繰り返して争点をわからなくする「抱きつき作戦」です。抱きつかれると「賃上げ。アベノミクスで言ってるじゃありませんか」と言われてしまう。このだましをどうやって引っぺがしていくかが勝負です。そこを狙って選挙活動をしてほしい。本当は「アベノミクス辞典」のようなものをつくって、その用語のあやしさや真の意味を解説するようなものが必要だと思います。

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